やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
今後もゆっくりしていくので気長にお待ちいただけたらなと。
六年前。
沖縄海戦と呼ばれた悪夢が発生するよりも三年前のことだ。
そして、「人類魔法師化計画」というお伽話が一般市民の間で話題の種になっていた頃、三浦優美子と比企谷八幡は出会った。
『み、
噛みながらも、精一杯見栄を張ろうとませた表情を浮かべる優美子に対し、ただ無機質、無感動な顔を向ける八幡は、お世辞にも人当たりが良いとは言えなかった。
だが、真面に人見知りしてしまうよりは幾らかマシだったのだろう、と優美子は今でもそう考える。
『……お初にお目にかかります、
口にして、ぺこりと頭を下げる様は、無機質に嗤うロボットを連想させた。
息遣い、仕草、歩くスピードや歩幅までが、完璧にプログラムされているかのようだ。瞳の瞬き――その頻度にまで人の手が入り込んでいるかのような、心地の良さを優美子は感じていた。
ただ――
(……なんか、
当たり障りのない姿勢、気分を良くするだけなら空調にだって可能な筈だ。それ故に優美子は、彼の側を離れていく。
……彼が少しだけ寂しそうに自分の背中を追っていたが、優美子が気づくことはなかった。
そして、これより四年後の十師族選定会議にて、三浦家は十師族を退任する事となる。
☆
(魔法。それは勇気の証ッ!)
などと心中で吠える八幡のその姿は、どう見ても強敵から逃げ去る負け犬のそれであった。
一心不乱一生懸命完全燃焼脇目も振らずに、ただ応接室から脱兎の如く逃げていた。
全ては冤罪(抹殺ブリット)から逃れる為。痴漢と言われるとあながち間違いでも無い気もするが、それでもこの時の八幡にそんな余裕などありはしなかった。
ただ一つ八幡が意識を割かれている事があるとすれば、それは彼の制服にしがみついている彼女のことだ。
「まっ、まっまま、まっでっ、待ってよ後輩くん!」
「――って、なんであんたはついて来てるんですかねぇ!?」
今なら魔法による
「さっ、さっきは驚いただけだからっ! よく考えたらあそこに顔を押し付けられるくらい何でもないから(?)っ!」
おそらく平常心ではとても口にする事はできない言葉を惜しげもなく声を大にして叫ぶ女子生徒は、涙目だ。
そして、そんな彼女の言葉は八幡をさらに加速させる。
「俺がぱんつに頭を突っ込んだ相手は
それを聞いてより一層足を早める八幡だが、
「あっ!」
「っ!?」
身体から、女子生徒の手が離れる。
速度を緩めかける八幡だったが、そんな気に囚われたのは一瞬のことで、彼はより強く走り抜けて行くのだった。
そして教室にたどり着いた彼は、他生徒の視線を日光浴のように浴びながら着席し、早く忘れようと腕を組んで卓上にうつ伏せになる。
「……どうしたんだい?」
その様子を、隣席に座った女子生徒が怪訝そうな様子で見ていた。
☆
「……食堂にも閲覧室のように個室制が採用されるべきだ」
昼時。目の前にごった返す大量の一高生を見て、八幡は思わずそう零した。
むしろこれから閲覧室で飯を食ってやろうか、と思ってしまう程だったが、既に注文は取ってしまったし、態々ここから食事を閲覧室に運ぶのも面倒だ。
(……何処かにいい場所はないものか)
既に席の殆どは埋まってしまっている。
だが、彼の手元には美味そうな湯気を立てる出来立ての食事があった。
これを立ったまま食べるのは食べるのは他の生徒の邪魔となってしまうだろうし、どこかに相席を頼むというのも、彼の選択肢としてはありえない。
結果、彼は少しずつ増え始めた席待ちの他の生徒と共に、食事を持って立ち尽くす羽目となった。
だが、そのまま突っ立っているだけでは本末転倒。八幡は自らのベストプレイス(譲歩版)を求めて、行動を開始する。
(お……)
彼の眼前の席が空く。が、僅かに一歩彼の先を歩いていた隣の生徒が足を速めてその席に座ってしまった。
(……チッ)
次を求めて視線を巡らせる。が、視線を向ける空席の殆どが彼を向けるたびに埋まっていくので、彼は見つけた空席が人で埋まっていく様子をただ見ているだけの人となってしまう。
負けじと八幡も次々に目を凝らす。……と、空席ではない意外なものが彼の視界に飛び込んできた。
「一科生と二科生のケジメはつけるべきだよ、司波さん」
そう言って、八幡の見知らぬ集団(肩にエンブレムがない事から恐らくは二科生の集団だ)に身を寄せようとする深雪の気を引こうと話しかける、一科生と思しき別の集団が。
トラブルの匂いを感じてか、その周囲には人があまり近寄ろうとはしていない。
さらに、彼らを挟んで彼らよりもずっと奥、食堂の端の方の席にはあまり人がいない事も見えた。
(…………はぁ)
脳内で一息ついて、脳裏で事の順序を組み立て、トレーを片手で持ち、考えたそれを素早く実行する。
「すまん、ちょっと退いてくれ」
「え? ……お、おう」
既に人垣が形成しつつあった輪の中心に割って入り、その中心人物の肩に手を置く。
「……森崎」
「比企谷? ……ああ丁度良かった、今からこの席を譲って貰おうと――ぷ!?」
声をかけた後、くい、とその女子生徒の襟首を掴んで引き寄せた。
そしてそのまま、目指すは先ほど目をつけた端の席。
「ひっ、比企谷! 待ってくれ、もう少しで席を譲ってもらうから……っ!?」
森崎は八幡の手を振り払わないまま、抵抗を試みるが、当然森崎の反抗も計算に入れての連行なので、八幡は拘束を緩めない。
「バカじゃねぇの。人が使ってんだからそいつの食事が終わるか、正当性のある交渉をしろよ。なんだあれ。あんな高圧的な態度を撒き散らして恥ずかしいとは思わないのか」
「う……」
言葉を詰まらせ、しゅん、と大人しくなる森崎。そんな彼女を変わらず片手で引っ張りながら、渦中の二つのグループへ向けて「知り合いが迷惑をかけた。すまん」と一言謝って、森崎を引きずっていく。
取り残された一科生側グループは主導していた森崎がいなくなった事により二科生側へと噛み付く理由が薄くなり、彼らはその場を後にした。
(……意外だな。解決するであろう面倒事には極力首を突っ込まないタイプだと思っていたが)
一方、二科生のグループの中にいてトラブルを回避する為に席を立とうとしていた達也は、八幡の突然の介入によって移動する必要がなくなったものの、彼に対するイメージが崩されたようで拍子抜けしていた。
そこまで考えて、九重八雲の挑発(推測)に乗るような奴だという事を思い出し、どうせ自分には納得できない事だと納得する。
「……び、びっくりしたぁ」
だが、達也以外の人間は未だに懐疑的な視線を八幡に向けていた。
「あの、一科生の方を連れていってくれた人、いつのまに近くに来ていたんでしょう?」
達也と共に食事をしていた柴田美月が、まるで幽霊でも見たような表情で胸をなで下ろす。
「……さぁな。でも、俺たちが見えないところから来たって事だろ」
「……おかしいわね」
同じく食事を共にしていた西城レオンハルトが疑問を口にして、千葉エリカがそれを否定する。
「……? どういう事だ」
条件反射的に純粋にレオが聞き返すと、エリカも顔をレオに向ける。
エリカの瞳には、ただの疑問では済まされない確信にも似た何かがあった。
「アイツが来たのは向こうから。でも、障害物になりそうなものはあまり……というか、高校生が隠れられそうなトコなんてないでしょ?」
「まぁ……そうだな。でも、そんな難しい事じゃないだろ。他にも生徒はいるし、その中に偶々紛れてただけって可能性もある」
「そもそもこの場所自体見通しが良過ぎるし、あの時は深雪に付いてきた連中と揉めてたから、少なくとも人の流れは滞ってた。それに生徒達があたしらを避けてたから人数自体疎らでもあったし、人が来れば直ぐにでも気づける……筈だったのよ?」
解せない。そう一言零してエリカは自分の食事に戻った。
ただ、エリカの一言で漂い始めていたこのモヤモヤとした空気は、次の
「はむっ」
由比ヶ浜結衣は、カレーを美味しそうに頬張っていた。
極上の至福であるかのように、ただ彼女はスプーンを口に運ぶ。
「…………」
彼女の幸福を噛みしめる表情に毒気を抜かれ、達也は変わらない表情のまま口を開いた。
「……由比ヶ浜さんは、今の奴が近付いてくるのは見えた?」
別に達也が気になった訳ではない。深雪がいるこの状況で雰囲気を悪くしたまま食事を続けたくなかったのが本音ではあるが。
丁度カレーを口に運んでいた彼女はとぼけた声をあげて、咀嚼、飲み込んで達也に対し向き直った。
その瞳は、彼について確信以上の既知の領域がある事を暗に物語っていた。
「……うん、ヒッキーの事は見えてたよ」
(――ヒッキー?)
「でもヒッキーはヒッキーだから仕方ないっていうか、気配が無いのは生まれつきみたいなものだし……あたし達意外の普通のひとに感知出来ないのは別に変じゃないと思うよ?」
大して気にした様子もない物言いに、達也は目を細めた。
「『あたし達』……それはつまり、十師族の護衛役、『筆頭魔法師族重護衛格』の事か? 十師族という貴重な存在を守護する、十師族に匹敵、或いはそれ以上の力を持つ六つの家……」
そこまで口にした達也だったが、それを聞いていたエリカやレオ、美月でさえその表情に動揺は見られない。
何故ならば。
「へぇー。由比ヶ浜が六道だった事も知ってるの。物知りなんだね司波くん」
揶揄うような結衣の笑みに、達也は首を振る。
「……いや、知らない方がおかしいだろう。それぞれの当主の名前ならまだしも、十師族を守護する立場に位置する君たちの存在は基本的に知っている事だ。……っ?」
そう。由比ヶ浜結衣は達也たちからしてみれば、芸能人や著名な映画監督以上にその存在を知っている。
だから、その存在に驚いたりはしない。
しかしここで達也は、些細な事ながら違和感を感じた。……感じて、しまっていた。
(……何故、由比ヶ浜結衣は六道『だった』なんて過去形を使うんだ? 十師族とは違って六道に代わりなんてものはない。由比ヶ浜程の力を持つ家が抜けるなんて、普通なら絶対にそんな事は……)
そしてここで、この場にいる誰もが予想だにしなかった言葉を、彼は彼女の口から聞いてしまう。
「あ、あはは……ごめんねー? そこまで褒めてもらったここで言うのもアレだけど、あたしの家はもう六道じゃないんだ」
「は……?」
達也が驚いているのは六道という単語にではない。正式名称ではない彼らの略称ではあるが、自称もしている事だし別に問題視すべき事柄ではない。
それよりも。
まるで十師族四葉が十師族をやめた、と言わんばかりのインパクトを携えて、由比ヶ浜結衣は朗らかに笑う。
「いやー、あたしもよく知らないんだけどね? 六年前に由比ヶ浜と入れ替わりで六道に入ったのが、あのヒッキーの家……比企谷なんだよ。魔法勝負とかしたみたいだけど、結果はウチの惨敗。相手にすらなってなかったかも」
そう言って、数年前までは魔法陸上戦に於いては世界最強と謳われていた由比ヶ浜家の由比ヶ浜結衣は、再びスプーンを口に運んだ。
やべぇすげぇ書き直してぇ。゚(゚´Д`゚)゚。