やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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ようやく物語が進んだ感じがしますね。死神の刃とは差別化していくつもりなので、そちらもお楽しみにしていただければなと。


奉仕会長と呼ばれた男

 ——人は学ぶいきものだ。

 

 八幡は、そう考えている。

 

 覚える、ではなく学ぶ。それ自体に何の意味があるのかを考えだすことが出来る生物であり、それが他の動物にはできない。

 

 人間が人間である事の価値は、恐らく低い。だが、人間が知によって生み出すものに価値などつけられるものか。

 

 それが人間の素晴らしさであり、また人間固有の愚かさでもある——八幡はそう考えていた。即ち、

 

「——傲慢、か」

 

 人間が生まれながらにもつ、七つの悪。

 

 ヒトがヒトを定義するために必要とされたものは「考える心」だが、常に心に寄り添うのが負の感情である。

 

 切り離す事など出来はしない。心を二つに裂いたところで、出来上がるのは二匹の獣だろう。

 

『ヒキオ。ウチのクラスと二科のクラスの連中が揉め事起こしてる。一触即発状態かも』

 

「その文面」を見て、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる八幡は、額に手を当てて深くため息をついた。

 

「えーと……」

 

 懐から端末を取り出し、学園の図書館に簡易アクセスする。呼び出したのは去年第一高校を卒業生した生徒の名簿。

 

 その中から一番適当なデータを呼び出し、彼はもう一度大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……同じ学年の、同じ生徒……しかも入学したばかり……今の時点で、貴方たちがどれほど優れていると言うんですか!」

 

 放課後。達也と帰ろうとした深雪に例によって例の如く付いてきたのが、深雪と同じAクラスに所属している一科生の生徒であった。

 

 日を改めれば良いだろうに、態々火種が燻っている場所で噛み付いてくるのは、中学生の気分が抜けていない証拠なのか。

 

 ただ、面倒だからと言って火種を大きくし燃え広がらせるのは、平穏を望む達也にとって好む所ではない。彼らが早く諦める——可能性は極小だろう——事を祈って、ただ深雪とその場を傍観していた。

 

 それにしても、と達也は視線を美月へと向ける。

 

 達也たちの中では一番大人しいと思われた美月が、一科生の生徒たちの侮辱に激昂していたのだ。

 

 まったく、人は見かけにはよらない——と感想を零した所で、一科生の生徒の口振りが変わった。

 

「そうか……そんなに格の違いを知りたいか!!」

 

 傲慢な笑み。その手の先には、使う魔法を限定する代わりに魔法の補助機能が搭載された特化型CADが握られていた。

 

 森崎が何者かだなんて、この瞬間に何人が死んで生まれているかという事実くらい、どうでも良い。

 

 問題は、激昂した美月にその銃口が向けられている事だ。

 

「はっ。やってみろよ、おもしれぇ」

 

 女子に銃口が向けられているから——という訳ではないだろうが、レオが挑発し、その銃口の先を自分に向けさせる。

 

 これで、多少何が起ころうとも心持は落ちずに済むというもの。

 

「……いいだろう、格の違いを教えてやる!」

 

 問題は問題を起こした者ばかりが注目されるのではない。問題を起こされてしまった者も、事態の発生を防ぐことをしなかったという奇異の目で見られてしまうのだ。

 

 常識的な判断ができる者ならまだマシな決別ができるが、まだ彼らは高校一年生。そんな感情のさざめきですら、抑えることが出来ないのかもしれない。

 

(仕方ない——)

 

 達也は右手を二人に向けて翳すが、その前にエリカが警棒を握って動き出しているのが見え、その腕を引いた。

 

 抜き放つエリカの剣が、銃口を向ける森崎のCADに届く——

 

「はい、そこまで」

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

 ギチ、ガギン! 金属同士がぶつかり合う音と擦れ合う音が重なって、ひどく不快な不協和音を周囲に響かせる。

 

 ただそれは、エリカが森崎の銃をはたき落としただけの音ではなかった。

 

 それは、両方の武器を受け止めた時に発生した音。

 

 魔法を発動後に砕く——のではなく、魔法の発動を自前の制動力で完全に抑え込んだのだ。

 

 驚きの声と視線はそれぞれ殺陣の演者——エリカと森崎から向けられていたものだ。が、それ以上に、物体の構成を記録した情報体であるエイドスの匂いすら漂わせずにその場に突然現れたその人影を、達也は驚きに満ちた視線で見ていた。

 

 その人物は、下手をすれば骨折しかけない威力の攻撃に挟まれておきながら、涼しげな表情で佇んでいた。

 

 エリカと森崎の隙間に立つ人影——シャツにジャンパーを羽織り、下はジーンズという格好を見るに恐らく部外者——は、誰もが驚きで開いた口が塞がらない中、唯一口を開いた。

 

「よしよし。まさか口車に乗せられて魔法で人を攻撃する——なんて事にならなくてよかったよかった。犯罪だもんな、アレ」

 

 人の笑みをたたえて、心の底から安堵したような表情を浮かべるその人物は、そう言うと受け止めていたエリカの警棒と銃口を押さえていた手を離す。

 

 達也に続いて正気を取り戻したエリカが、食い気味にその男に突っかかる——

 

「……何よ、あんた、……っ!?」

 

「センパイには敬語を使えよ新入生。それともなんだ? 照れ隠しか? ちゃんとした(・・・・・・)名前で呼んで欲しいのか? エリカ……」

 

 その先は無音で、口の動きだけがエリカに言葉を伝える。

 

「……っ、し、失礼、しました」

 

 しかし、男は幼子をあやすような仕草でエリカを見て、その言葉を受けた途端にエリカは驚愕に目を見開き、後ずさった。

 

「……エリカちゃん、知り合い?」

 

「いいえ、初対面よ。……でも、なんで……」

 

 美月がその顔を心配そうに覗き込むが、エリカは美月と顔を合わせようとしない。

 

 その間に男は今度は森崎の方を振り返って、笑んだ。

 

「君も。魔法は技術だ。人を傷つけるという事を忘れてはならないよ」

 

「……」

 

 森崎が言葉を発せずにいると、

 

「全員動くな!」

 

 騒ぎを聞きつけてやってきたらしい、この学園の風紀委員——肩には腕章がある——が、隣に立つ生徒会長・七草真由美と共にその手を達也たちに向けていた。

 

「事情を聞きます。全員、ついてきなさ——ん?」

 

 しかし、その間に立つ男を見て、風紀委員長、渡辺摩利は眉を潜めた。

 

綾如(あやじき)先輩……っ!?」

 

「よーう、渡辺。その腕章似合ってんなぁ」

 

 摩利の言葉に、第一高校2094年度卒業生、前生徒会長綾如海都(あやじきかいと)は、ニィ、と口角を吊り上げる。

 

「何故あなたがここに、というかあなたが原因ですか!」

 

「いやいや。彼らが楽しそうな事してたから、ちょぉーっと混ぜてもらってただけだぜ」

 

「そうやってまた問題を隠そうとする……!」

 

「現に問題は何も起きていない。魔法は使用されていないし、殴り合いの喧嘩も起きていない。他校の生徒や市民相手の言い争いも無い。帰って大丈夫だぜ?」

 

 道化。誰もがその仕草・言動を見て零したであろう、綾如海都は、しかし、本心からそれを物語っている。

 

 去年は同じ生徒会の先輩として世話になった真由美に風紀委員長としての推薦まで戴いている摩利は、強く言うことは出来てもその人間性を知っているが故に、彼の持論を覆す事は出来ない。

 

「……なら、まぁ、良いですが……」

 

「綾如先輩」

 

 それを聞いて渋々引き下がる摩利だが、真由美は違った。

 

「ん? なんだよ真由美」

 

「先輩がこの場にいらしているという事は、何か用事があったのですよね? その要件は一体何でしょう?」

 

「用事? ……んーまぁ、ちょっと図書館に調べ物というか、呼び出しというか……」

 

 歯切れの悪くなる綾如に、様子を見ていた真由美が笑みを深めた。

 

「学校の許可は取りました? でなければ不法侵入で警備員を呼ばなければなりませんが……」

 

「警備員顔負けの最高戦力を二人も引っ張ってきておきながら、何言ってやがる……」

 

 困ったように携帯端末を取り出す真由美に綾如は頬を引きつらせ、

 

「あんま言いたくないんだけどなぁ……」

 

 といって指を差した。

 

「? どこに——」

 

 綾如の指差す方向を振り向く真由美。すると、一人の生徒が小走りで向かってきていた。

 

「綾如先輩ー!」

 

「ほら、アレだよ。あのこっちに走ってくる奴。あいつに魔法について聞かれててな」

 

 大仰に手を振りながらやってくるのは、女子生徒。

 

 なるほど、と納得の表情を浮かべる真由美に、振り返って顔を確かめた摩利は頭上に疑問符を浮かべた。

 

「彼女は……」

 

 その少女の肩には、六枚花弁が無かった。ワインレッド色の髪を左右で三つ編みにし、おさげにした少女は、一年生だった。

 

 綾如の元に駆け寄ってきたその少女は、荒い息を整えながら、綾如に向き直る。

 

「お待たせしました……っ、平河千秋です。……綾如先輩、ですか?」

 

「そうそう、綾如海都だ。お前の姉から話は聞いてる。俺に聞きたい事があるんだって?」

 

「は、はい……! 会えて光栄です! 実は、魔法行使における余剰サイオンの抑制について、何ですが……」

 

「オーケー、把握。とりあえず場所を移そう。ここじゃ迷惑だし」

 

「は、はい……というか、何ですかこの集まり」

 

「いろいろあってさ。いくぞ」

 

 言葉の後、千秋と綾如は揃って駅の方面へと向かう。その背中を見送りながら、摩利は呟いた。

 

「……また、あんな事をしているのか先輩は」

 

「ええそうね。もう会長じゃないのに、後輩のためにって、面倒を見てくれるところだけは尊敬するわ」

 

「そこ以外はダメか」

 

「ダメね、十文字くんがまた頭を悩ませちゃうし」

 

 見送りながら、摩利は温かな視線を綾如に向ける。それは、尊敬の眼差しでもあり、人としてのある種の目標でもあった。

 

 綾如海都。別名、奉仕会長。

 

 成績が常にトップクラスであるのを良い事に、単位取得を課題とテストだけで済ませて授業には殆ど参加しなかった問題児。それと同時に、学園の悩める生徒の問題解決に東奔西走する、全ての生徒から尊敬されていた人気ナンバーワン生徒会長なのだった。

 

 実際、彼が生徒会役員の書記として参加した四年前から生徒会長職を退任した去年まで、この学園で起きた問題は手違いによる教材(主に競技用CAD)の配達ミスくらいしか、心当たりがない。

 

 一科二科の違いによる学生同士のイザコザなんて、二人は今日初めて見るくらいなのだから。

 

 どこまでお人好しなんだ、と感想をこぼしてから、摩利は取り残された達也たち一年生に注意だけ促して、その場を解散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……なんて寒い芝居をさせるのよ、あんたは」

 

「いや仕方なかっただろ。精霊の眼持ちがいるのに安易な魔法使うわけにもいかないし」

 

 校門での一悶着から数分後。キャビネットの中で、千秋と綾如——の変装を解いた八幡は、疲れ顔のまま、それぞれの窓の景色を眺めていた。

 

「他にもやりようがあったでしょう。無視するとか、無視するとか、無視するとか……っ!」

 

「騒動をか? いや、十師族の直系が巻き込まれてんのに無視はちょっと」

 

「あの女のメールを、よ! 何でわざわざ首突っ込むの? アンタ六道辞めたいんでしょうが!」

 

「露骨なサボタージュってほら、わかりやすいし……」

 

「何『青は青い』みたいなこと言ってんの? それくらいはしないとダメなの! わかる!?」

 

「まったくこの男は……!」

 

 千秋は、怒りと悲しみと呆れと、ごちゃごちゃになっているあらゆる感情を飲み込み、そう言って吐き出した。

 

 それは、諦め。周囲の平穏を保つためならば自己の犠牲はいくらでも厭わない彼の性格に、嫌になる程付き合わされて——諦めとなって吐き出された心情だった。

 

「いやでも、……助かったよ。ありがとう」

 

 静かになった車内で八幡が口を開く。当然ながら目を合わせようとしない彼の態度に頬を膨らませて、千秋はぷい、と他所を向いた。

 

「……別にお礼とか、あんたに文句吐いたからいいし。ていうかお礼なら森崎に言えば?」

 

「あいつにはまぁ、後で菓子折持ってくから……」

 

 今回の影の功労者は森崎昴だ。

 

 劇的な場面が欲しいという八幡の指示に従って、彼女は挑発に乗る真似までさせた。

 

 だが、それがどれだけ危険な真似なのか、森崎はわかっていたはずだ。その上で条件を呑んでくれたのだから、感謝のしようがないのも事実だ。

 

 あのままエリカと森崎が撃ち合っていれば森崎の魔法は発動せずにエリカが森崎のCADを打ち落としていたに違いないのだから。

 

 入学してまだ数日、顔も声も覚えられていないうちにとはいえ、深雪に突っ掛けた者からグループの主権を奪い、口論から魔法の一騎打ちに持ち込んだ腕は流石だ。

 

 しかし、問題を問題にしないがために採算度外視でここまでするのかと、千秋は外の景色を眺めながらそんな事を考えていた。





綾如→あやじき→AYAGIKI(H)→逆転

→(H)IKIGAYA→ひきがや→比企谷。

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