やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

17 / 61
お待たせしました。

前作とは八幡の持つ能力を変更しています。

また、死神の刃の方の八幡とも違う能力となります。


唐突に現れた異常(少女)

 第一高校、昼の校内。生徒会室の前を通りがかったとある女子生徒は部屋内部から突如響いた怒声に肩を震わせ、足早に立ち去った。

 

「……ですから、反省文提出や内申の減点、停学・退学処分は受け入れます。慰謝料だって払いますよ。……それが、どうして生徒会に入る事と繋がるんですか」

 

 声の主である比企谷八幡は、そう言って正面に座る七草真由美と渡辺摩利を睨め付ける。だが、八幡の隣に立つ深雪や達也も含めて、誰一人、その剣幕に気圧される者はいなかった。笑みすら浮かべていたのだ。

 

「もちろん、八幡くんへの罰だからに決まってるじゃない。あなたの言う通り、普通なら痴漢なんて警察沙汰で裁判所か少年院送りが妥当なところね。でも、被害者本人の意思もあるし」

 

 片目を瞑る真由美の仕草にどこまでも胡散臭さを感じつつ、八幡は深雪の方を向く。被害者である筈のその少女は、何故か勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「意思……ですって」

 

「ええ」

 

 確認するように向き直った八幡の言葉に、真由美は頷いた。

 

「罪に対する最大の履行は罰。これは言わずもがなだけど、加害者が望むような〝罰〟は果たして罰と言えるのかしら?」

 

「だからといってそもそも罰則を無視すると? そのような規律にたゆみのある社会はいずれ崩壊しますが」

 

「そんなわけないじゃない。それでは深雪さんの気が済まないし。だから、生徒会参加という罰を与えたのよ」

 

 茶を飲む余裕すら見せる真由美。一方で、八幡は拘束や魔法の影響下にあるわけでもない。理屈の噛み合わない相手に、八幡は両手を卓上に叩きつけた。

 

「罪に対して釣り合っていないでしょう……! 労働が何の償いになるって!?」

 

「だって」

 

 真由美は不意に、八幡と視線を合わせた。

 

 突然の事で、八幡は一歩後ずさった。そして、目の前に座す生徒会長の突き刺すような眼差しに射竦められる。

 

「だってそれが一番八幡くんが嫌な思いをするんだもの。罰としては相応しいでしょ?」

 

 その容姿や人に好かれる、人を導くカリスマ性などから『妖精姫』とも呼ばれる真由美だが、今八幡が対峙しているその人物は、紛れもなく十師族の最大勢力の一つ、七草家の長女としての威圧を惜しげもなく放っていた。端的に言えば——

 

「……っ、で、ですが。それで納得するのはあくまでも本人だけで、あの時見ていた周囲の人間がそれで納得する訳が」

 

「お姉ちゃんはね」

 

 八幡の言を遮りため息を吐くように真由美は下を見る。そして、ゆっくりと顔をあげた。

 

「ものすごく怒っているの」

 

「————」

 

 その顔を見て、今度こそ、完璧に八幡は言葉を失う。

 

 何故なら。その顔は、今までに八幡が見た事がなくて、思わず背筋が凍り付いてしまう程の『怒り』の表情だったからだ。

 

「……八幡くんがあんな真似をするなんて顔から火が出ちゃうくらい恥ずかしいし、深雪さんへの申し訳なさで今も胸が苦しいわ。あなたのやったことは深雪さんの時間を、深雪さんの未来を奪ってぐちゃぐちゃに壊してしまった最悪の愚行なのよ。人生は治したり元に戻したりが絶対にできないの。それなのに開き直って『罪に釣り合ってない』ですって? ……ふざけるんじゃないわよ! 絶対にやってはいけないことを地面を踏んで歩くみたいな気軽さでやっておいて、選べるものがあるとでも思っているの!? 償えるものは何もないのよ! あなたは!!」

 

 ひとしきり、感情を吐き出すかの如く八幡に怒りをぶつけた真由美は、一呼吸おいて八幡を再び見つめた。

 

 叱られている——怒りをぶつけられている間の八幡は、ただ悔しそうに口元を歪める。そして、深雪を視界に入れないように顔を背ける。

 

「……懲罰委員会はどうするつもりですか」

 

 八幡のほぼ真横、彼を挟んで司波兄妹の反対側に立っていた関本が、摩利に尋ねる。既に自分の手を離れている案件ではあるが、その動向を確認しようとしたのだ。

 

「労働奉仕で手を打つことにした。所属は生徒会会長補佐だが、風紀委員でこき使ってやるから覚悟しておけよ。今日の放課後からだ」

 

 後悔。今の八幡の胸中を埋め尽くすのは、その感情のみ。ただ、顔に浮かべた苦々しい表情とは裏腹に、深雪への申し訳なさは皆無だったのだが。

 

「……はい」

 

 八幡が項垂れる姿を見て、深雪は胸を撫で下ろす。何があるのかはわからないが、これでとりあえず八幡の目論見は崩すことができた。あとは、自分も生徒会に参加してその後の動向を見守る。成績を隠すことをせず、主席でこの学園に入学した時からある程度は覚悟していたことだ。やることが一つ二つ増えたに過ぎないのだから、殆ど変わらないのだが。

 

「——はい。それじゃあ八幡くんの件はこれで一旦終わり。少し遅くなっちゃったけれど、お昼にしましょうか。八幡くんも一緒に食べる?」

 

「いえ、他で食べます。……失礼します」

 

 途端に声のトーンが変わった真由美が拍手で場の空気を変える。部屋から出ていこうとする八幡を引き止めようとはせずに「それじゃあ」と深雪たちに椅子にかけるように促し、昼食を摂った後、元々この日予定していた深雪への生徒会勧誘を行う事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝に起きた事件のことは既に学園中に広められていたが、昼を過ぎてその事を気にしている者は事情を知る人間のうち一割もいなかった。

 

 授業が本格的に始まり、皆それどころではなくなるからだ。一科生は担当教師がついての実技授業に加え、魔法工学や力学といった座学の授業もある。一方の二科生も、自習や映像授業に取り組まなければならない。課題をこなさなければならないという点では、科による違いなどなかった。

 

 そして、高校生として入学しておきながら、とある理由によって高校課程における全ての課題を入学前に提出することで授業や課題への出席免除資格を持っている八幡は、クラス内での居心地の悪さ(気にしないとはいっても教室内は針のムシロ状態だ)を嫌って午後の授業が始まった時間帯を狙って食堂を利用していた。

 

 この学園に入学する生徒は気質はともかく根は真面目な上昇志向を持つ少年少女しかいないので、こんな時間に昼食を摂るような他の人間は八幡を除き誰もいない。

 

 ……はずだったのだが。

 

「ねぇねぇ、あなた、今朝に騒ぎになってたでしょ? あの、わたしにやったみたいな、……あれを、してさ」

 

「……何ですか」

 

 先日廊下にて、八幡に奇跡的な角度でそのとある場所に頭を突っ込まれた女子生徒が八幡の隣に腰を下ろした。

 

 ざるうどんを啜る八幡とは違って、彼女はたぬき蕎麦をテーブルに置く。

 

 合掌し「いただきます」と唱えてから、蕎麦を一口啜るその少女は、何でもないはずだというのに、八幡にとって異常に見えた。

 

 まず、今朝の事件を知っておきながら、八幡の隣に座るという精神が理解できない。破滅願望、被虐欲なんて非現実的なものを持ち合わせているのだろうか。

 

試しに問いかけてみる。

 

「俺のことを知ってるなら話は早いですね。一緒にいると何をされるかわかりませんよ」

 

「何かれるかわからないから、いいんじゃない」

 

 八幡の言葉に返す言葉も、異常だった。

 

 箸の手が止まり、その女子生徒の方を始めて見る八幡。彼女は、最初からずっと八幡を見ていた。

 

 ぶつかった時でさえ、まともにその少女の事は記憶していない。しかし、こうして相対してみて初めて、その少女の顔を見ると、中々に可愛らしい顔つきをしていることが見てとれた。

 

 まず身長。もうすぐ170センチに届こうかという背丈の八幡に対し、どう見ても150センチに届いていない。ひょっとして、彼の妹より小さいのではないだろうか。

 

 それに加えて、シュシュで括っているのを解けば本人の身長を超えてしまう程の長さの黒髪。

 

 もう少し成長すれば司波深雪の美貌に比類されることは間違いないその童顔の可愛らしさは、周りに美少女しかいない八幡から見ても、間違いのないものを感じさせた。

 

 ピンク色の瞳にあどけなさしか感じさせないその幼性は、八幡の中で何か熱のようなものを渦巻かせている。しかし、八幡を引きつけたのは、そんな表面のことではない。

 

 彼女の肩。そこには、六枚花弁がない。つまり、彼女は二科生だったのだ。

 

 こんな時間にこんな場所にいる。八幡のような特待生でもない限りはそんな事はあり得ないはずで、先ほどから続く異常な行動に、八幡は戸惑っていた。

 

 ようやく自分の方を振り向いた八幡に、女子生徒は笑む。

 

「比企谷八幡くん、はじめまして。藍野日織(あいのひおり)っていいます。二年生、E組の二科生です」

 

 流石に戸惑いを隠せなかった。それと同時に、この場を取り巻く異常な空気にも。

 

「……二科生、ですって?」

 

 二人のいる食堂を満たすのは、普通の魔法師ではあり得ないほどの濃密な想子。つまりは少ない量でより力のある特異な想子のその純度や濃度共に、八幡はこれほどのものを他に見たことがなかった。

 

 ただ二人、いや三人——彼の妹や母親といった血縁者を除いて。

 

 それは純粋な人間や魔法師、遺伝子交配の末に生み出された十師族などとは比べものにならない程の力。人間一人と黒蟻一匹。そこまで言わせてしまうほどの力の差が八幡と十師族の間にはあるわけだが、その自分と同じ匂いを、八幡は今になってようやく気付いていた。

 

「多分、あなたとわたしって本当に似てるんだと思う。君が入学した時から気づいていたよ、そうなんじゃないかなって」

 

 言葉と共に、その少女の肩甲骨から制服を突き破って羽のようなものが現れた。

 

 彼女の背中から生えたそれは、純粋な物質ではない。であるにもかかわらず、制服を突き破るという物質的効果を与えている。高濃度高純度の特殊な想子、赤色想子(レッド・サイオン)と呼ばれるものがその力の余波で、物理世界に影響を与えているのだ。

 

 物理的な影響力を持つそれは、可視化され、虹色の光る羽根となって見るものを魅了する。

 

 八幡は、それを知っていた。

 

 何故なら、自分にも同じものがあるから。

 

 それを尚もゆっくりと広げながら、日織は八幡に問いかけた。

 

「ねぇ、これはなに(・・・・・)? わたしとおんなじ君なら、これをどうにかできるんじゃないかな?」

 




藍野日織——オリキャラ。二科生で、八幡と同じ力を持っている。詳細は不明であるがその存在を八幡どころかお兄様にすら気取らせなかった。自分の力を隠せていないが、魔法師としての力の根源、想子に当たるものが違うため、今まで八幡以外に気付かれなかった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。