やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
お待たせしました。
いつものことながらかなり好き勝手に書いてます。
第一高校、図書館、特別閲覧室。生徒や職員のみが閲覧可能である魔法に関する文献やデータなど、重要なデータにアクセスできる『重要魔法文化財保管庫』のような役割を果たしているこの場所は、廊下はもちろん利用中の室内に至るまで監視カメラが部屋の隅々までを監視している。
故に、全ての情報が記録されるこの場所で「調べ物」以外の目的でここを利用する生徒はいない。
だからこそ、彼女は音声データの視聴の為に音が外に漏れ出さないよう仕掛けが施されたこの部屋を選んだのだが。
更に、現在は、いざという時の機器の不調を防ぐ為に定期的に行われている、一部の区画の侵入を禁止しての設備点検中だ。
機材の点検中は監視カメラも含めて機器への接続が解除され、部屋の中の電源も落とされる。
しかし——メンテナンス中のために立ち入りが禁止された部屋の一つで、通話を行う者がいた。……それが、彼女なのだ。
「——はい。深雪さんが交換条件として提示したことによって比企谷くんの停学は取り消しになりました。ここまで比企谷家としての真意は不明ですが……」
特別閲覧室はいざという時の為、音の反響を拡散する為に電子制御に頼らない防音構造を採用しており、余程の大きな音——それこそ爆発でも起きない限りは、外の音も中の音も壁を通過する事はない。
そんな完全閉鎖空間(空気の通り道は別に確保されている)でケータイを耳に誰かと通話しているのは、十師族護衛任務を請け負う六道機関の一つ、雪ノ下家の次女雪乃。
彼女は片手を壁に当て、魔法で壁の振動を完璧に遮断し、万が一にも声が漏れ出ないように気配を配りながら——主人である四葉家当主、真夜と彼女の両親へ『報告』を行っていた。
雪乃の報告を受けて雪乃の父、
『あの子はもう、まったく……。それで、周囲の人たちはそれを「どの程度」気にされているのかしら?』
真夜の口にした「あの子」。その『呼び方』が意味する事を噛みしめながら、雪乃は口を開いた。
「学年次席という事で注目を集めていた様子ですが、授業が始まりましたのでもう殆ど口には出されていない様子です。二科に入った由比ヶ浜さんからも課題が忙しくてあまり話題は聞かないのだとか。……彼女の場合は、話が耳に通っていないのもありますが」
四葉真夜が、尋常ではない程の執着をあの子——八幡に向けているのを、雪乃は知っている。
その執着はただ単に、真夜にとって八幡という人間は優秀が「過ぎる」というだけで興味を持っている訳ではない事、執着心を見せる割には洗脳や監禁などの荒っぽい手段を使おうとせずに何故か実の息子の様に可愛がっていたりなど、異質なものでもあるが。
ただ、それに関しては雪乃の両親も、それに近い同じようなものを見せていた気がする。……それを言及し始めれば六道どころか十師族の面々に八幡は可愛がられていたことを思い出し、雪乃は考えるのをやめた。
『だけど、皆さんの記憶にあの子の痴態が残ってしまったのも事実。あの場にいた全員を消す訳にはいかないし……深雪さんにも考えはあるようだから、暫くは様子見しましょう。雪乃さん。あなたの『閃光機動』も中々に疾くなっていますし、対処はお願いしますよ』
閃光機動。肉体を瞬間的に強化する事で音速を超えた縦横無尽、自由自在な移動を可能にする魔法だ。
瞬間移動と間違われる事があるが、実際のテレポートとは違い、プロセスが移動である為に壁などに囲まれてしまえば使えないという難点があるが、極めれば瞬間移動に次ぐ世界最速の移動魔法の一つである。
現時点では彼女の姉が雪ノ下家の中で最も速い『閃光機動』の使い手であり、瞬く間に数キロの距離を移動する様はまさに魔法の異質さを体現していると言える。妹である雪乃も魔法の腕を上げており、特異な感受性のある司波達也はともかく、すれ違った司波深雪にはその影を追うどころか認識することが出来なかった。真夜の言う通り、モノにしているといっても間違いではないだろう。
それに、水が流れるようにさらりと言われた『消す』という言葉。それに真夜の四葉らしさを感じながら、雪乃は口を開く。
「では、必要に応じて介入を————」
——直後。椅子に座っていて尚よろめいてしまうほどの大きな揺れが、特別閲覧室を襲う。
「…………」
『……?』
『……どうしたの、雪乃?』
不意に体勢を崩し、雪乃の姿を映しているカメラに手をつく雪乃に真夜は首を傾げ、千秋は心配そうに問いかけた。
「いえ……これは、爆発……?」
『何かあったのかしら、雪乃さん』
肌に触れる微かな感触から情報を読み取る雪乃。彼女の持つ端末でも情報が流れていたが、それ以上に彼女は直接知ることができていた。
「食堂の方で大きな揺れがあったようです。……ただ、もう揺れは感じないので恐らくは爆発事故か地震でしょう。また何かあれば連絡を」
『待て雪乃』
さして気にもせず、会話を切ろうとする雪乃。だがそこで柊悟が待ったをかけた。
「……お父さん」
『食堂で揺れだと? こんな時間にか?』
時計を見る雪乃。時刻は午後一時半になりかけているが、食堂は営業を終了していない。しかし、柊悟が時間を気にするのも雪乃には変に思えてしまう。
「なんで、どうして」と震動の原因に興味を向けるのであればともかく「こんな時間に」と、その発生時刻に目を向けるのは明らかに、気にしている何かが——
「え、だから、おそらく彼が、あ……」
現在は授業時間中だ。しかし、という事はつまり——
他の六道とは違い比企谷の存在は訳がわからない。仲間外れというよりは、仲間意識はあっても一枚の壁を自分たちとの前に置いている気がする。
だが彼は仲間だ。少なくとも、雪乃が彼と共に過ごした三年間は嘘ではない。
揺れが起きてまず雪乃がしていたのは八幡の心配だ。しかし、彼だからこそ大丈夫だろうという信頼もあった。だから最初動こうとはしなかった。
……もしも、そんな彼でも防げなかった爆発だったというのなら。
☆
赤色想子の恐ろしいところは、念じてしまうだけでそれ自体が形を持つ事だ。
ナイフの形を思い浮かべればナイフの形に、ナイフの硬さを思い浮かべれば銀ナイフの硬さに。しなやかさはしなやかさ、使い込んだ形跡があるかどうかすら、思い込んだ通りに形創ることができる。
場合によっては背から生やした赤色想子が直接武器としての形態を持つこともあるし、また魔法として形取ることもある。
しかし、一番に厄介なのは制御出来ていなければ感情と能力が直結してしまうという点だ。
故に八幡は、最初からこの能力を制御できるように
そして。
彼ら彼女らのもつ赤色想子が実体化した『翅』とやらは、実体化し、翼として広げるだけで莫大なエネルギーを産む。
具体的には、核爆発と同等かそれ以上の爆発が、無秩序に広げられた翅から発せられるのだ。
それは、たとえ十師族の魔法師であるといえど防ぐのは容易ではない。
容易——ではなく、不可能か。たとえ全てを消し去る魔法と全てを再成する悪魔の魔法の使い手であれど、翅を破壊したところで生まれたエネルギーを留める事など出来はしないのだから。
「くっ……!?」
——インパクトの瞬間、八幡はとにかく横っ飛びに逃げようとした。
彼の背後には一面のガラス窓。開閉式だが、今は閉まっていた。
ガラス張りの壁を背にしていれば、それらが割れた時、次に自分を襲うものが何なのか容易に想像はつくだろう。
八幡もその直感に従い、逃れようとして——動きを止めた。
「……あぁいっ、っあ、なんで、こんなに……!? もどれ、もどれ、もどって……!!」
八幡が逃走を決めた原因——藍野日織が、自ら生やした翅に戸惑う姿を見るまでは。
「何、やってんすか!?」
声を荒げる。しかし、頭を押さえて目を瞑る日織にはその声が届いていない。
「くそ!」
あまりの有様に愚痴りながら、横に手を伸ばす。指先からではなく、八幡の体全体からサイオン光が迸った。
ガラス壁は割れたら困る。いや、本当に困るのは彼女の方が……。
慣性制御及び重力制御、情報強化、テーブルや椅子の相対位置固定に加えての干渉力を最大展開した硬化魔法。爆発の煙処理や火花などの色光減衰を含めた計三十六種類の魔法を五百点以上の場所に同時かつ均一にかける。
二人の体を爆発から守るには障壁一枚張ればそれで十分なのだが、何も証拠を残さない為には椅子一つ、変形させる訳にはいかないからだ。
最後に空気中のチリを媒体にした物体を分子レベルで切断する魔法、分子ディバイダーで日織の背から生えている羽を切り離し、八幡が日織に手を伸ばす。
そして彼女を腕の中に抱え込み、残った羽を払いながら、多重かつ即時的に障壁を展開する魔法、ファランクスを発動して衝撃を待った。
——その衝撃は、八幡が出せるファランクスの最大出力、毎秒一万枚という障壁生成速度を容易く蹴破って八幡に到達した。……明らかに、核を遥かに超えている威力だ。
だが、辛うじて日織には届いていない。念の為と一枚だけ張っておいた、数を重視するファランクスよりも質に重きを置いた障壁で日織を包んでいたためだ。ただ、その障壁は衝撃を受け止めた後、粉々に砕けていたが。
「————っ!」
八幡が施した魔法のお陰で椅子や壁は傷一つ付いていないが、八幡の背中は制服やシャツが焼け落ち、露出した肌が焼け爛れる。
閃光や衝撃は一瞬で終わった。だが、その余波は八幡を重傷に追い込み、一瞬ではあるが八幡は意識を手放していた。
悲鳴すらも上げずに倒れる八幡。
「え? え? ……あなた、大丈夫な、……っ!?」
自分を抱きしめていた圧迫感がなくなり、先に倒れ、その背を目にする日織。あまりの惨状に言葉を失うが——
「
さも当然であるかのように、比企谷八幡は日織の背後、そこに立っていた。
「……!? え!? ええ!??」
抱き抱える生き血のように生温かい感触——が、
惨状に続くあまりの変体に、驚きを通り越してびっくらこいたという日織少女が目を回そうとするも、そんなことが許される前に日織の腕はその前からやってきた八幡に掴まれていた。
「早く逃げましょう。物的損害はゼロですが、通り抜けていく衝撃までは
言って日織の手を取る八幡のその顔は間違いなく本物だ。全てがつまらなそうな顔も、細胞レベルでシンパシィを感じたあの雰囲気も。ただ——
「う、うん。……あれ、あなた、ちょっと元気になって——若くなってる?」
本当に、何も変わっていない。だが、目の前の少年はどこかよく話していた先程よりも、幾分か若く見えたのだ。なんというか、今とは違って人に慣れていない感じが八幡からは感じられる。
先程までを犬とするなら、借りてきた猫のような佇まいだ。
「は、なんすかそれ。いいからいきましょう。雪ノ下のやつがもうすぐそこまで来てる」
案の定、八幡は首を傾げて日織の手を引いたままに食堂を後にした。
藍野日織が、八幡には持ち得ない——世界の中を見渡す精霊の眼という異能に、目覚めているとも知らず。
取り残された蕎麦とうどんは中身が消失した状態で返却口に並んで置かれ、気絶し、目を覚ましていた食堂の担当者によって片付けられていた。
数分後に到着した雪乃が目にしたのは、数分前となんら変わらずにそこに在る食堂の姿で、しかし本当にただの揺れだったのかと雪乃は首を傾げることになった。
数十分後、急きょ開かれた職員会議では揺れの原因が地震であるという判断が下され、実際に震度計も一定の数値を示していたことから、これが爆発によるものと判断できる材料はないに等しく、異論を挟む者は少数であった。
……教員の中でも一名、揺れの本当の原因に気付いていた、司波達也や藍野日織と同じ精霊の眼を持つタバコ好きの女教師がその結果を聞いてため息をついていたが。
あの小僧め。何を引き寄せているんだ。
職員会議の終了間際にその女教師が呟いた独り言に気付いた者は、誰もいなかった。
次話は明日にはあげる予定です。その次はワートリ短編かな。