やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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モンハンのモンスターはアオアシラが好きです。


刑部の予兆

 

 

 

 放課後。

 

 昼間に地震などのトラブルはあれど、放課後まで引きずるようなものでもなく、チャイムが鳴れば全ての生徒が思い思いに、勉学からの解放された時を過ごしていた。

 

 涼風のように緩やかな雰囲気の中で、しかし司波兄妹は険しい面持ちで生徒会室へと向かっていた。

 

『あれは地震じゃない。明らかに何者かによる人為的な爆発だ』

 

 授業が終わり、深雪と合流してすぐに言われたその言葉。プレートの境目の上に位置し、頻繁に地震が起こる日本なのだからと、深雪はさして気に留めていなかったが——何よりも信頼する兄の言葉で、気を強めた。

 

 しかも、爆発。テロなのかと深雪が達也に訊けば、

 

「わからない。衝撃波だけが食堂から放たれていたからな。……まぁ、誰かが爆発を防いだようだし、これは明らかに十師族に危険が及ぶものだ。きっと彼らが対応してくれているだろう。……さ、生徒会室が見えてきたよ。おしゃべりはここまでにしようか」

 

「もう……お兄様ったら」

 

 目的地が近付いてきた事を理由に、会話をやんわりと取りやめる達也。そんな彼に対して少しだけ拗ねつつも納得して前を向く深雪だったが、達也は「これ以上深雪が踏み込んでくれなくて助かった」と考えていた。

 

 ——達也もまさか、自分が対処できなかった魔法について「何があったのかわからない」で最愛の妹が納得できる説明を与えてあげられるとは微塵も思っていないからだ。

 

 アレが魔法によるもの(正しくは魔法の効果によって威力の減衰を受けていた)と見抜いただけでも、十分凡夫の域を逸脱しているが。

 

 扉の前に並び立つと、深雪が生徒会室のインターホンを押した。出たのは生徒会長の真由美で、軽い返事の後に扉のキーが開けられる。昼間と同じように達也が一歩前に出て深雪を庇うような立ち位置のまま、二人は生徒会室へと入っていく。

 

「失礼します」「お邪魔します」

 

 それぞれの言葉を口にして、会釈する。中にいたのは真由美と風紀委員長の摩利と罰により生徒会入りとなった八幡に加えてもう一人、達也と深雪が見知った生徒だった。

 

「ようこそ生徒会へ。司波さん、共にこれから頑張りましょう」

 

「……はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 そう言って深雪に(・・・)深くない笑みを向けてくるのは生徒会副会長の服部刑部。達也を通り過ぎ、無視しているのは深雪にとって割と深刻な案件だったのだが、とりあえず深雪はここを堪えた。

 

「それじゃあ司波くん、比企谷。行こうか」

 

 摩利がそう言って、生徒会室から直接風紀委員本部へと繋がっている通路への扉に向かう。達也は頷き、八幡はほぼ無言で立ち上がって摩利の後をついて行こうとするのだが、

 

「待ってください、渡辺委員長」

 

 服部がそこに待ったをかけた。

 

「なんだ? 服部刑部少丞範蔵副会長」

 

 振り返る摩利の悪い顔は明らかにわざとであったが、そのやり取りは幾度となく繰り返されてきたのか、服部は「服部刑部です」と短く訂正しただけに留めて、摩利の顔を見た。

 

「私は、二科生とそこの観察処分者の、生徒会及び風紀委員参加に反対します。実力の伴わない二科生と、一科生であっても規律を軽んじるような不埒者が参加する事は適当ではありません」

 

 嫌味でも、傲慢でもなく、書類の上から見ただけの情報で八幡と達也を判断している。

 

 生徒会長の下した判断に対するこれ以上ない程のいちゃもんであるが、なまじ筋があるだけに下手な反論はできない。特に、達也と深雪の場合は自分達の立場が知られては困る。

 

 八幡に関しては適当良いと思う深雪だが、兄に対する無理解や無頓着から来る侮蔑は我慢がならない。

 

 故に彼女は、声を上げる。

 

「……兄は、兄の力は、この学園の魔法力の測定方法と合致していないというだけで、実戦であれば誰にも負けません!」

 

「司波さん。我々魔法師は困難な局面にある時ほど、冷静な対応が求められます。そのように身贔屓に目を曇らせているようではいけません」

 

 しかし、深雪のそんな態度が今の上級生に刺さるのかといえばそんな事はなく、さらに深雪が激昂する羽目になった。

 

「お言葉ですが! 私は目を曇らせてなどいません! もちろん節穴でもありません! データ上の、数値の事だけでよくも人を——」

 

「深雪」

 

 達也がやんわりと深雪の肩を引く。それで深雪は我に返り、口許を手で覆った。

 

 しかし、それでは深雪が服部の誤解を解けないままだ。

 

 仕方なく、達也は、深雪の目が曇ってなどいない事を証明する為に——

 

「服部刑部少丞範蔵以下略先輩。ちょっといいすか」

 

彼ら兄妹に背を向けて服部の前に立ったのは、それまでずっと隅で観ていたはずの八幡だった。

 

 綺麗に、司波兄妹から八幡へと服部の意識は向けられていた。

 

「……服部刑部だ! 以下略とはなんだ!」

 

 戯けた笑みを浮かべ、肩を竦める。ペースは完全に八幡が獲っていた。

 

「下の名前、ミドルネーム、ファミリーネーム、姓名の名、いろいろ考えたんですけど、どれが本当の名前なのかわかんなかったんすよ。もう呼びやすいし『はんぞー君』とかで良いですか呼び方」

 

「服部だ! つくづくシャクに触る男だなお前は!」

 

「『ハットリくん』」

 

「服部だ比企谷八幡!」

 

「わかりましたよ服部」

 

「敬称をつけろ!」

 

「『服部くん』」

 

「大概にしろよお前! 何が言いたいんだ!?」

 

 顔を赤くして、服部は八幡を睨み付ける。摩利や真由美が口許を押さえて肩を震わせていたが、それも彼の顔を赤くしている理由の一つなのかもしれない。

 

 八幡は一息つくと、

 

「いえ、自分はやる気もあまり無いですし、そこの二科生よりも有能性は低い。会長補佐の仕事は生徒会よりも風紀委員に身を置く事自体を重要視されているみたいですし、カザリだけであるなら何もできることが無いです」

 

 諭すように、八幡は服部の目を見る。

 

 そして、言い放つ。何よりも伝えたい言葉を。

 

「ですから、こういったやり取りの後で申し訳ないんですが……お前、俺より弱いだろ」

 

「……なんだと?」

 

 二度見——ではなく、瞬きでそれまでの表情を忘れて八幡を見る服部。

 

「ですから、俺にはやる気がない。そんな人間がいても副会長の仰る通り、無駄です。空間を人一人分必要のない荷物で埋めるようなものですし」

 

 肩をすくめ、嫌味ったらしいポーズで首を横に振る八幡。

 

「だけど、今の俺はただ単にやる気がないだけで、アンタとは元々持ってる力の桁が違う。筆頭魔法師族重護衛格——その一つ、比企谷にアンタは、追いつくことすらできないんでさよ(・・・)

 

 何気なく放たれたその言葉は、服部の脳裏から全ての反論を奪い去った。

 

 場が沈黙に包まれる中、書記の中条あずさが小首を傾げた。

 

「……でさよ?」

 

「だけど、今の俺はただ単にやる気がないだけで、アンタとは元々持ってる力の桁が違う。筆頭魔法師族重護衛格——その一つ、比企谷にアンタは、追いつくことすらできないんですよ」

 

声色一つ変えずに復唱する比企谷八幡。

 

「言い直した!?」

 

 その威風堂々たる有様にあずさは驚き、

 

「ぷっ……くく」

 

 真由美はさらに押し寄せる笑いを必死に堪えていた。

 

 言い終えて、八幡は少し顔を赤くする。

 

 こういうところが、変わらないなあと真由美は思いつつ——

 

「八幡くん。罰から逃げることは許さないわよ」

 

 あっさりと、彼が巧妙に隠したその意図を看破してみせた。

 

「……いやいや、逃げようとしてませんて。模擬試合なり何なりをして上下関係をはっきりさせようとしただけです」

 

「その試合でわざとボロボロに負けて『所詮口だけの見掛け倒し』なんてはんぞーくんに言わせて、追い出されるところまでがセットなのよね?」

 

「…………」

 

「反論できないところを見ると図星ね」

 

「……いやでも、そんな、訳ないじゃないですか」

 

「そうやって言葉に勢いがなくなるところも図星な証拠よ」

 

「ぐっ……」

 

 八幡は悔しそうに口端を歪めるが、真由美は一転して表情を変えた。

 

「……ま、でもそれは良い案よね」

 

「会長?」

 

 服部が、真由美を見る。

 

「よし、こうしましょう。達也くんと八幡くん、それにはんぞーくんで模擬戦をするの。これで達也くんは深雪さんの目が曇っていないことが証明できるし、良いでしょ?」

 

「……ええ。それで構いません」

 

 真由美が微笑み、達也が頷く。深雪が達也の制服の裾をすまなさそうに摘んだが、八幡は、

 

「待って、俺がこれをやるメリットが無いんですが」

 

「八幡くんもこれから風紀委員の活動をお手伝いしていくんだし、どれだけ動けるのかを摩利が知ることができる良い機会よね。さっきはんぞーくんの事を格下って言ってたし」

 

 それに摩利が頷き、服部も八幡を睨め付けた。

 

「これ以上異論はないかしら。……それじゃあ、あーちゃん、リンちゃん、場所の確保をお願い。私は先生たちに話を通しておくから」

 

 そして、試合という名の決闘を行う為に職員室などに届け出をする為、または自分の準備を済ませる為に各々が部屋を出ていく。

 

 服部、司波兄妹と続いて退出した最後、八幡が真由美に振り返り、

 

「……良いですけど、終わったらさっさと帰らせてくださいよ。見たい番組があるんで」

 

「じゃあ八幡くんが負けたら、今日は私が八幡くんの家に泊まりに——ううん、今日から八幡くんの家で暮らす事にするわね。勝ったら中止を考えてあげる」

 

 ちろ、と舌を出してウィンクする真由美。その言葉が終わるか否かのタイミングで、八幡はガックリと項垂れた。

 

「よかねぇしこんなん勝ち以外に方法が……!」

 

 慟哭する八幡。真由美と八幡の間に、どんなに理不尽なものであっても拒否権というものは存在しない。条件付きというだけでも、昔に比べて随分優しくなったものだ。

 

「勝てば良いのよ勝てば。……ただし、達也くんとはんぞーくんの試合を先に行うから、その間に準備は好きにしていいわ。逃げたらわかってるわね?」

 

「雪ノ下とか三浦を身代わ……に交代を頼んでも良いですか」

 

「ダメよ。何のためにあの子達がどの枠でも生徒会に参加しないように締め出したと思ってるの」

 

「アンタの考えてることが時々怖いよ……」

 

 その言葉を最後に、二人は生徒会室を後にした。




なんとなく筆が進んだので次話も半分くらい書けてるのですが次はワートリ短編です。

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