やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
国立魔法大学、第一高等学校。
日本最先端の
(つまり、間違いなく問題が起こる)
校門を視界の正面に捉えて、少年は内心そう呟いた。
少年の名は
校門を通り抜け、講堂に向かって歩く。その途中で、奇妙な話し声が聞こえてきた。
「納得ができません! どうしてお兄様が二科生、補欠扱いなのですか!」
少年と少女が言い争っている。……と言うより、少女が少年に対して一方的な不満をぶつけているようにも見えた。
(八幡センサーに反応アリ。……危険人物と断定。関わり合いになるのを避けるべし……なんつって)
例えば、そこでお兄様呼びしている少女とお兄様と呼ばれている少年。どちらも違う意味でついこの前まで中学生だったとは思えないほどの容姿を持つ二人だ。
物語で言えば彼らは間違いなく主人公側、トラブルに巻き込まれる側。
こういう輩には絡まない絡まれない、認知されないの「3ナイ」がリア充世界で生きていくに必須なのだ。
「深雪!」
「……っ! ……も、申し訳ありません、お兄様……」
少女が少年の何に触れたのか、少年が声を上げる。少女の方が「本当はお兄様が……」とか言っていたあたり、何かしらの事情はあるのだろう。
そして、孤独な八幡少年はその横をただ通り過ぎていく。
だが恐らくは兄妹であろう二人が、彼の存在に気付いた様子はない。
(……あぁ)
ただ八幡は、彼らの背後からやってくる複数の人影に気付いた。無論、彼らの兄妹喧嘩(?)を聞きつけてやってきた警備員などではなく、彼らと同じこの学校の生徒なのだろうが(教員がこの時間に登校すると遅刻だ)、それでも「この兄妹」が他人の目というものを、憚らない筈もなかった。
(このまま兄貴の方が話題を収束させていくに違いない……まぁ、『一応』ではあるか)
彼の気分が変わった訳ではない。むしろ、このまま素通りして存分に恥をかけといった心持ちだ。だが、それでは彼の存在意義に反してしまう事になる。
世界の影に沈み、何者にも悟られないのではなく気にされていない方法を取っていた八幡は、世界に対し浮上する。
そして、その兄妹に近づくと、ただひとつ、ぼそりと言った。
「……四葉の隠し子。少しは、人目というものを気にするべきだ」
どちらでもなく、両方へ向けて放った言葉だ。無論この距離でこの兄妹が“自分達を認識しない他人の目”に気付かない筈もなかったし、兄の方はすでに会話を切り始めていたが、それでもだった。
「「っ!?」」
八幡の「忠告」というより「警鐘」に反応したのは、二人共。八幡は二人に聞こえるように話したのだから、当然か。
少女――妹――は兄に語りかけた姿勢のまま、固まって目を見開く。
少年――兄――は、
……だが。
「待て」
そのまま立ち去ろうとする八幡の肩を、兄――司波達也は掴んでいた。
「……なんだ? というか誰だお前。何かしたか、肩を離せ」
振り向かず、八幡は落ち着いた声で返す。
だが内心は、
(うおあああなんで見つかったんだ!? ビビった! 超びびった!)
ヘタレまくりで、冷や汗を流しそうな程緊張していた。
そんな彼にお構いなく、達也は犯人を問い詰める刑事の如く、隙なく語りかける。
「何かした、ではないだろう。……お前が比企谷八幡か」
「あ?」
今度は八幡が声を上げる番だった。
(何故気づいて――いや、何故俺の名を知っている。比企谷八幡の名前なんて、
そんな
「話は
疑問は解消された――が、それと同時に、先程以上の緊張感が場にもたらされる。
それは例えるなら、息も凍りつくマイナス六十度の世界。
呼吸をするだけで苦しく、また呼吸が止まっていく。
だが、その息苦しさを覚えたのはその場にいた誰でもなく、彼の存在を知って駆け寄ろうとしていた生徒会長でもなく、誰でもなかった。
「……別に敵対しようなんて考えちゃいねぇよ。ただ、そっちがやるつもりなら遊んでやるが」
「…………お兄様」
「いや、そちらが動かないならばそれで結構だ。俺たちも、平和な学園生活が送れればそれで良い」
ハッキリと八幡を睨む達也に、その視線から目を逸らしてまともに取り合おうとしない八幡。
交互に目をやり、困ったような表情を浮かべる深雪だが(深雪は八幡と会話をしていない)、その空気を破壊したのは彼女ではなかった。
「はちまーん、はちまーん!」
その呼び名からして、八幡の知り合いか。
その方向を一瞥した後、達也が改めて八幡へ視線を戻すと、八幡は……この上なく嫌そうな顔をしていた。
名前で呼び合う仲。少なくとも互いに知り合った関係でなければ呼ばれない筈だが、どうにもこの目の前の少年は、名前で呼ばれる事に忌避感を抱いている。
(……終わりか)
場の終わり、雰囲気の終了を感じ取った達也は、八幡からふと視線を外した。
八幡も、自分の名を呼ぶ方向に体の向きをぐるりと変えて正面を向くと、そのまま抱きつくかのように突っ込みかねない人物に向かって話しかけた。
「……何の用だ、材木座」
「はちまぁーフヴォルッ!?」
しかし、何かに躓いたのか八幡に材木座と呼ばれたその巨体を持つ男子は三人がいる場所に到達する直前、びたーん、と地面に飛び込むように転んだ。
「むぅ……ぐあ、い、痛い……」
「……大丈夫ですか?」
二人(八幡&達也)は立ったまま、睨み合ったその場から動いていない。だから、自分勝手にも怪我を負った材木座を心配しているのは歩み寄った深雪だけ、という事になる。
しかし、深雪も材木座に手を差し伸べるような事はしなかった。というより、できなかったのだ。
深雪が歩み寄った時には既に肘をつき、膝を立てて起き上がっていた。
「……あ、えっと、はい、大じょ……っ!?」
だから深雪は立ち上がろうとする材木座を上から眺めただけの形になるのだが、深雪の、誰であっても思わず息を飲んでしまいそうな双眸に見つめられて、立ち上がりかけていた材木座は腰を抜かした。
「……?」
何が何だか……といった様子で首を傾げる深雪に、まるで周囲の視線など気にした素振りもない材木座が、驚きを言葉として口から吐いた。
「……よ、四葉……深夜……っ!?」
その名を聞いて、深雪も材木座に負けず劣らずの驚愕の表情を露わにした。
「な……」
「……おい」
八幡が小さく声をかけると材木座も「しまった」と表情を浮かべるがもう遅い。
四月に入り、暖かさも増す春も本番を迎えるいうのに、この兄妹はホッキョクグマですら凍死しかねない程の冷気を放っている。
「……ご、ごめん……なさい」
弱々しく呟かれた謝罪の言葉など、彼ら兄妹の耳を撫でるだけで、届いていなかった。