やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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お待たせしました。

七草真由美嬢の大人げなさが滲み出てる気がします。


動くこと十文字の如し

 靴音の変わらない廊下を進みながら、摩利は前を歩く八幡の背中を見つめていた。

 

……新しい六道だと? いやまさか、六道で入れ替わりなんて……。

 

 考え事の中身は、先程自ら六道を名乗った八幡についてだ。それに少なからず衝撃を受けたものの、摩利はこう判断を下していた。

 

 ありえない。六道は代替が簡単に行われないからこその六道なのだ。

 

 まして、痴漢を行うような人間が六道を名乗るものか。

 

 ……しかし、彼女の友人である真由美は随分と彼と親しく接している。以前「婚約者がいる」とは聞いたことがあるが、目の前のアレはまるで姉と弟のようだ。

 

「ちょっといいか、比企谷」

 

「はい?」

 

「君が先程言ったことは本当か? 筆頭魔法師族重護衛格……六道には比企谷なんて名前は聞いたことがないんだが」

 

「変わってますよ、随分前にね。師族会議みたいに通達されないから、大多数が知らないと思います。俺だって八代の当主とか全然知りませんし」

 

「それでよく六道になれたものだな。……ん? という事は、六道は七つの家になっているのか?」

 

「いえ、由比ヶ浜と交代で六道に入りました」

 

 思わず、摩利は立ち止まる。

 

 信じられないことがあれば、誰でも立ち止まってしまうに違いない。この場合は特に、世界最強の軍隊がアメリカのスターズであるならば、世界最強の個人は由比ヶ浜と言われてしまうほど、由比ヶ浜の実力はコケにされるものではないのだから。

 

 だから摩利は、戦力の過剰常備を防ぐ為だとか、六道ではなく別の組織として全国に分散させる為だとか、そういう仕組み的な理由なのだと考えた。

 

「そういう制度なのか?」

 

「いいえ? あんま覚えてませんけど、魔法勝負で一方的にボコボコにして、なんやかんやで入った……んですよ。詳しくは由比ヶ浜の方が知ってると思います」

 

 それに絶句した摩利を誰が失礼であると咎められよう。服部の時とは違い、ごく自然に肩を竦めて「俺も実感ないです」と零し、八幡は試合が行われる第二演習室の扉のパネルに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ、八幡くん。……摩利と何を話していたの?」

 

 頬を膨らませ、真由美がジト目を八幡に向ける。

 

「俺が六道なのは本当なのかって聞かれまして。まぁ、信じられないのも無理はないんすね」

 

 八幡と摩利が入室すると、彼ら以外のメンバーは既に到着、スタンバイしており、すぐにでも服部と達也の試合を始められる状態になっていた。

 

「……それで、比企谷さんの準備は何をなさってきたのですか?」

 

 しかし、ここで八幡に声をかけたのは深雪。試合開始時刻まで校内を散歩してくると言った八幡の意図を読めずにいたからだが、それはあまり、八幡と達也が試合をするわけでもないし、重要では無かったはずだ。

 

 だから、ここで困惑したのは八幡の方だった。

 

「……いや、何も? 宣言通り散歩してきただけだ」

 

「素晴らしい余裕ですね。慢心は怪我の元ですよ」

 

「お前の兄貴相手だとむしろ怪我をするのが難しいくらいだ」

 

「あらあら? 試合をする前からもう負傷なされているのですか? 脳震盪かしら?」

 

 互いに憎まれ口を叩き合い、並んで向かい合う服部と達也を見る。摩利が審判を務めることになっていて、試合はすぐにでも始まろうとしていた。

 

 二人を交互に見やった摩利が、二人に告げる。

 

「よし、これからルールを説明する。相手に回復不能な障害及び死に至らす術式の使用は禁止。直接攻撃は相手に捻挫以上の負傷を与えないものに限り、武器の使用は禁止。素手による攻撃は許可される。相手が降参するかこちらで続行不可能と判断した場合、決着とする。またルール違反は力づくで取り押さえるから、そのつもりでいろ」

 

 摩利は八幡を見てはいなかったが、その言葉は八幡にも向けられていた。というより、新入生である八幡と達也に向けたメッセージなのだろうが。

 

「わかりました」

 

「了解です」

 

 八幡とのやり取りの影響なのだろうか。服部が当初摩利に向けていた言葉よりも、

 

「では……始め!」

 

 ぎょうぶ は 倒れた!

 

「……え?」

 

 あずさの呟きが、その場を支配する。半数以上の人間が唖然として服部が倒れるその光景を見守る中、深雪は恍惚とした表情で、達也は当然といったように落ち着いて、八幡はただ無言でそれを見ていた。

 

 決着は数秒後。

 

 その瞬間、腕を達也に向けた服部の視界から達也が消え、呼吸をするまもなく服部の視界がズレて、意識がズレて——世界が、真っ暗になっていた。

 

 その間に何をされたのかといえば、服部は達也に背後に回り込まれ、複数のサイオンの振動波が作り出した意識を揺さぶるほどの波によって意識を刈り取られたのだ。

 

 それを直接本人の口から訊いてからも、摩利も真由美も、達也が施した仕掛け——波の合成の元である、多変数化能力に驚くばかり。

 

 ……だが。

 

 彼らが驚き終えるのは、まだ早い。

 

「……、何はともあれ、これで終わりですかね。服部先輩も二連戦はキツそうですし、そもそも司波兄と俺が戦ったところで意味なんてなさそうですし。お疲れ様でしたー」

 

 試合結果に胸を撫で下ろし、速やかに退出しようとする八幡だが、背後からかけられた真由美の声が、八幡の足を止めた。

 

「何を言ってるの? あなたの戦う相手は違うわよ、八幡くん」

 

「え? ぶっ!?」

 

「む? ……八幡、何をしている?」

 

 扉に手をかけ、爽やかに帰宅しようとする八幡だが、扉が開くと同時に入ってきた人物の胸に頭突きをする羽目になったが、頭突きを受けた相手は少しも応えた様子がない。

 

 それもそのはずで、八幡がぶつかった相手とは——

 

「待たせた、七草。それで、試合はすぐに始めて良いのか?」

 

 師族会議十文字家代表代理、部活連会頭、十文字克人その人だからだ。

 

 巌のような体から溢れる闘気は、明らかに高校生が身に纏うようなものではない。

 

 その威圧に完全に萎縮してしまった八幡は後退りながら、

 

「……い、いや、無理無理、なんで司波が服部先輩なのに俺が十師族相手に手合わせしないといけないんですか。明らかに主旨とレベルと相手が違う……!」

 

「だって八幡くんが頑張るとこが見たかったんだもん」

 

「何してくれてんすかおい。……え、これ勝たないとダメなやつですか? お泊まり?」

 

「そうよ。だから頑張ってね?」

 

「応援の仕方が明らかにおかしいでしょう……! 頑張って欲しいならそれ相応のハードルを見せるべきですよ畜生!」

 

「じゃあハンデをあげるわ。それで良いでしょ?」

 

「……まぁ、それなら」

 

 渋々、といった様子で八幡はうなずく。

 

「それでは二人とも位置につけ」

 

 審判は引き続き摩利だ。しかし舞台の演者は八幡と克人へと変わり、二人を見る気配も八幡には違って見えた。

 

「ルールは先程話した通りだ。ただ、致命傷でない限り、怪我をした程度では試合は中断しない。結果的に相手に重傷を負わせなければ殺傷性Aランク相当の魔法の使用も許可する。……これで良いんだよな、真由美?」

 

 確認の為か、真由美に視線を向ける摩利。目の色を変えている鈴音やあずさに服部、達也たちの視線を集めてなお、真由美はしっかりと頷いてみせた。

 

「ええ。それで構わないわ。十文字くんも大丈夫よね?」

 

「ああ。その辺りはわかっている」

 

 言って、構える克人。

 

「……」

 

「どうしたの、八幡くん?」

 

 しかし、首に手を当てて何か不満げな様子の八幡に、真由美が問いかけた。

 

「いえ、実力を測る為なら先程と同じルールにすべきだと思います。重傷程度ならいくらでも続行可能ですから」

 

「……何を言っている? 片腕を骨折するだけで、両手で操作するタイプのCADはほぼ使えなくなる。そうでなくても、そんな状態でまともな戦闘ができるわけがないだろう」

 

 反応したのは摩利。しかしそんな摩利を八幡は真っ直ぐにみつめ、

 

「……なんでもないです」

 

 と、落胆したように目を背けた。

 

「俺もCADは特化型で行きます。……どれくらい使うかわかんないすけど、多分」

 

 手をぷらぷらと空中で揺らし、十字を切る仕草をする八幡。

 

 胡散臭さしか見えないのは彼の日頃の行いが悪いせいか。

 

「特化型? キミのCADも特化型なのか?」

 

 特化型——と聞いて、達也は目を細めた。

 

 先ほどの試合で達也が使用していたのも特化型と呼ばれるものだ。CADとして一般的なもう一つの種類、汎用型に比べて積むことが出来る術式の数は極端に少なくなるものの、発動速度の速さがウリで、主に戦闘を行う魔法師が好んで使うタイプだ。

 

 六道を名乗るだけあって、やはり特化型なのかと納得していた。

 

 摩利の耳に、目に、信じられない言葉が飛び込んでくるまでは。

 

「いえ、CADは普段使いませんよ。ただ面白そうだから使ってみたいってだけで——よっと」

 

 そう言って八幡が懐から取り出したのは、拳銃タイプの特化型CAD。どうやら彼も、達也と同じようなスタイルで戦うらしい。

 

「……なんだって?」

 

 しかし摩利は、その言葉と異常性に気がついていた。

 

「もしかしてキミは、普段はCADを使わないのかい?」

 

 まるで、今日初めてCADに触れたと言わんばかりの手つき。

 

「え……あー、まぁ、はい。実家が古式魔法の家系でして」

 

「では、札か何かをCAD——ホウキ代わりにしているということか?」

 

 どうやら八幡は、個人の技能に依るものがほとんどで、現代魔法以上にその奏者を選ぶという古式魔法の使い手らしい。なるほど、それならCADに縁がないのも納得できる。だが、摩利を困惑させたのはそのあとの言葉だ。

 

「使ってませんけど……」

 

「は?」

 

 使っていない。それ自体を秘密にしていたり仕込み刀のように隠しているのではなく、そもそも使っていないときた。

 

 これには、摩利だけでなく、克人と真由美を除くその場にいた全員が驚いていた。

 

「え? 何か使わなくちゃいけないんすか?」

 

 ボケているのではない。ツッコミ待ちなのでもない。自然と口に出されたその言葉は、現代魔法の常識の外にいた。

 

 とても、学年次席の成績を持つ人間とは思えない。

 

「いや……使わないといけない訳ではないが、普通は使うものだろう。というか、CADも使わずに干渉強度、演算規模、処理速度の魔法力を測る試験で次席になったのか君は……?」

 

 感心を通り越して半ば呆れた口調で訊く摩利に八幡は、

 

「まぁがんばりました。つっても司波兄妹とはかけ離れてますけどね——と、渡辺先輩、そろそろ始めましょうか」

 

「……そうだな、待たせた十文字。それでは両者構えろ」

 

 時計を見た八幡が摩利に向き直り、ちょうど良いとばかりに摩利も時計に視線を合わせた。

 

「時計の長針が真上に来たと同時に開始とする。あと10、9——」

 

 右手に握ったCADの感触を確かめるように、八幡は握り直す。その経過だけで、数秒が経っていた。

 

「6——」

 

 こんな模擬試合に意味があるとは思わない。負けるならまだしも、彼にとって勝つことに意味がある訳はないのだ。

 

 それでも、今回は負けることによって初めてデメリットというものが発生する。

 

 ならば、負けるわけにはいかないのだろう。

 

 我ながら情けない理由だが、それでも言い訳があるだけマシかもしれない。

 

「——5、4」

 

 負けてはいけない根拠ではなく、勝っても良い言い訳が。

 

「3」

 

 六年前、負けなければいけなかった筈のとある戦いで、八幡は手加減ができずに勝ってしまった。

 

 そのせいで、一人の少女を泣かせてしまった事がある。

 

 最強。無敵。そんなものにはやはり価値がない。

 

「2」

 

 持論がある。他者に向けて、どうしても伝えなくては気が済まない持論が。……ならば、証明しなければなるまい。

 

 最強の先にあるものが、高みではないということを。

 

 

 世の中、劣等生でいるくらいが、この世を満喫できるのだということを。

 

 

「1。……始め!」

 

 そして——今後の八幡の運命(美少女と一つ屋根の下か否か)を分ける試合は、始まった。






八幡は十文字会頭相手におそらくまともな戦い方はしない。
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