やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

21 / 62

キャトルミューティレーション≠アブダクション。


本気のごっこ遊び

 

「もし、よろしいかの?」

 

 森崎昴が廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。

 

「はい? 何——」

 

 振り返る森崎。しかし、振り向いた先には誰もいない。

 

 ——何だ? 気のせいか?

 

 そう思い、進行方向に向き直って、その足を止めた。

 

 森崎の視線の先に、誰かがいたからだ。それも、先程までは確かにそこにいなかった、誰かが。

 

 その人影は、随分と小さな少女のカタチをしていた。

 

 背丈は同年代でも比較的身長が低い森崎の六割から七割ほどしかない。

 

 そのくりくりと大きな瞳や、瑞々しくハリのある肌など、見た目のみで判断すれば、間違いなく小学生にしか見えない。

 

 だが。子供用に拵えたチャイナ服の様なデザインの服の上に天女の羽衣の様な上着を羽織り、森崎では心当たりがないデザインの服を着こなすこの幼女の顔を、森崎は知っていた。

 

「……」

 

 森崎は気づかれぬ様に静かに胸元に手を伸ばす。しかし、膨らみのない感触でCADを携帯していない事に気付き、焦るが——

 

「安心せい。わしもあの小僧と同じで、様子見に来ただけじゃ。……しかしまぁ、今は羊の中に放り込まれた狼の気分じゃな。張るような闘気も他にない。暴れたくて仕方ないの……」

 

 ぷにっ。森崎の頬をつつき、舌舐めずりでもしそうな表情で森崎を見上げる。

 

「……やってみろよ范星露(ファンシンルー)比企谷(オレ達)が黙っちゃいないぞ」

 

 しかし、それを睨み返す森崎のどこにも、怯えなどの負の感情は見られない。

 

 笑みを向けられ、睨み返す。一触即発の空気を壊したのは、別の争いの波動であった。

 

 突風の様な衝撃波が二人の間を駆け抜け、精神に風を感じさせる。

 

「……っ、あのバカ」

 

「ほう。……懐かしいの」

 

 飲まれてしまいそうなほど巨大な力の波動を森崎は感じ取り、一方の幼女は嬉しそうに笑みを作った。

 

「……とうとう始まったか、模擬試合が……」

 

「なんじゃなんじゃ? アスタリスクの外にも決闘のシステムがあるのか?」

 

「アンタがたみたいに自由な私闘ができるものではないし、何十枚という書類を各所に回した上で場所のタイムスケジュールと睨めっこしたりする分手間は何倍もかかるけどな」

 

 それまで威圧を脱ぎ捨て、子供の様にはしゃぎ出す范星露の手を退けながら、森崎は誰か代わってくれ、とため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……始め!」

 

 摩利の声が演習室内に響き渡った。

 

 紛うことなき試合開始の合図だ。

 

 そして、先に行動を見せたのは克人だった。

 

「……」

 

 無言のまま、克人がCADに指を走らせる。

 

「はいっと」

 

 しかし、克人の魔法よりも八幡がCADを床に叩きつける動作の方が速かった。

 

「……は?」

 

 とその突拍子もない行動を見て間抜けた声を思わずあげたのは、審判をしていた摩利だ。

 

 当然だ。普通ならば、魔法を使うに——特に発動を急ぐ場合——必須のアイテムであるCADを投げ捨てる愚行など、どんな奇策であっても実行できる筈がない。

 

 しかし、それと同時に摩利は先ほどの八幡の言動を思い出していた。

 

 扱ったことがないだの何だのと言っていたが、要するに彼は「魔法の実行」においてCADどころか術のための札を持つ必要が無いと確かに言っていたではないか。

 

 結論として、八幡は最初からCADというものをまともに使う気がなかった。故に、八幡がCADを手にした理由は——

 

「……っ?」

 

 そして、その奇行の理由に気づいたのかどうか、対峙する克人は目元を腕で覆った。

 

 驚きの余韻に浸る余裕もなく、八幡が投げ捨てたCADから眩い光が溢れ出し、一瞬だが、全員の視界を奪う。

 

 閃光が収まると、その場所には投げ捨てられたCADの他に人の姿はなかった。

 

 克人は咄嗟にこの部屋の出入り口に目を向ける。いつも(・・・)であれば、八幡の性格からしてこんな旨味がない試合、すぐにでも放棄して逃げ出してしまうからだ。

 

「……」

 

 しかし、扉は未だに施錠されたまま。

 

 扉が開く時は何にしても音が鳴るし、という事は八幡はまだこの室内にいるということだろう。

 

「……きえたっ!?」

 

 あずさが騒いでいる。観客に紛れている訳でもなさそうだ。

 

 ……何か作戦があるということだろうか。

 

 なら、しばらく様子見——

 

 ——ダンっ! 何かを強く蹴る音が響いた。

 

「……なるほど」

 

 克人は視線を落ち着かせたまま、自身の右斜め上方に十文字家の固有魔法「ファランクス」を展開する。

 

 ぎっ……がギギギギガギギィン! 先程の閃光には及ばないものの、凄まじい量の火花を撒き散らして「それ」と克人の「ファランクス」は衝突した。

 

「……あっれー。俺の計算だとここで一発KOしてる筈なんですけど」

 

「……仮にも十師族だからな。それに、お前の手の内はよく知っている」

 

 俗にライダーキックと呼ばれるフォームの八幡の飛び蹴りは、靴底がファランクスとぶつかり合い、次々と繰り出されるファランクスを破って火花を散らしている。

 

 閃光の瞬間、八幡はただ天井に向かって跳んでいただけだ。そして、身を翻し天井を蹴ってさらに跳んだ。

 

 しかし、ただ蹴りを繰り出したというだけでは八幡が吹き飛んで終わり。克人と力比べをするには、砕く為の武器やそれを飛ばす推進力が足りていなかった。

 

「……少し、出力が上がったか。だがその程度ではファランクスは破れんぞ」

 

 だから八幡も、自らの身体にファランクスとぶつかり合うための魔法をかけていた。

 

 蹴りを繰り出した格好のまま、八幡は獰猛に笑った。

 

「けどまあ。今展開してるファランクスって、こっちだけですよね?」

 

 自分の身体を一本の槍に見立てた『一番槍』に、手数を増やす魔法『二番手』。

 

「無論だが?」

 

「じゃあ克人さんの負けです」

 

 

 

 ——直後、先程よりも随分と大きな騒音が第二演習室に轟いた。

 

 

 

「なっ……なんなのですかあっ!?」

 

 カミナリか何かと勘違いしたあずさが思わず耳を塞ぐ程であったが、落ち着いて目を開けてみれば、八幡が二人に(・・・・・・)増えている(・・・・・)こと以外(・・・・)、別に変化など————

 

「ふ、ふたり!? 比企谷くんが増えてますよ!!」

 

 十文字の背後からもう一人の八幡が拳で殴りかかっていた。しかし、それも読まれていたかのように全方位展開したファランクスによって防がれ、試合は続行している。

 

 ただし、永遠の膠着状態は2人目の八幡が登場した時点で解かれ、八幡は主に徒手空拳、克人は腕にファランクスを部分展開した装甲スタイルでじゃれあっている。

 

「……のようですね。会長、あれについてお聞きしても?」

 

 どちらの彼を視ても、達也にはその二人の間に情報の過不足など感じられず、どちらをどう捉えても本物の人間そのもので、何もわからない。

 

 だが、聞けることで解決できる疑問ならば越したことはない。と、一番事情を知っていそうな真由美に問いかけてみれば。

 

「……あれ? あれは八幡くん曰く『分身の術』なんだって。実際には幾つかの家の秘匿技術を混ぜ合わせて勝手に合成した人目に触れちゃダメな類の術式らしくて、あの術式の起動式だけでも『原子力空母艦二隻とフルオート式対空拳銃3丁とアイネ・ブリーゼの新作ケーキ試食券』の価値と釣り合うんだって。……本当かどうかわからないけどね」

 

「最後に余計なのが混じっている気がしますが……端数でしょうか」

 

「いやむしろ端数なのは空母の方っつーか。ケーキ券を買おうとしたら俺の中では戦略誘導ミサイル1ダースでも足りませんし」

 

「そうなんですか……ええ!?」

 

 納得しかけ、あずさは声を上げた。

 

 気づけば、三人目の八幡があずさの前にいたのだ。それも、結構な至近距離で。

 

「どどっ、どうなっているんですかあなた!? 実は三つ子とか!?」

 

 異性に詰め寄られるという、乙女心をくすぐられる仕草にあずさは思い切り顔を赤くし、それに対して戯けた様子で肩をすくめ、首を振る八幡。

 

「いやいや。俺みたいなのが三人もいたら、今頃四つ——いえ、なんでもないです」

 

「よつ……?」

 

「気にしないでください。それより、ここの照明っていくらぐらいするんでしょうか」

 

「? 大体二本で千円から千五百円くらいでしょうか。それが何か——」

 

「いえ。場合によっては巻き戻した方がめんどくさくなくて済むかなと思ったんですが」

 

「???」

 

 はてなマークを頭上に浮かべるあずさ。だがその数秒後、八幡が何を企んだのかを、否が応でも知る事となる。

 

「会長ー」

 

「何かしら、八幡くん」

 

 八幡の状態に何ら驚いた様子のない真由美が、朗らかに応える。微笑みすら浮かべているが、彼女の美しい相貌も、次の八幡の行動で崩れ去ることになる。

 

「上の照明二十本、注文頼みますねー」

 

「は? ……ちょっちょ、ちょっと待ちなさい八幡くん!?」

 

 その言葉と同時に、真横に何かを投げる仕草をする八幡。実際に何かを投げている訳ではないが、その掌からは稲妻が飛ぶのが見え、真由美が悲鳴を上げた。

 

 稲妻が向かう先は演習室の空調機能と一体化した照明パネル。

 

「待ちなさいよ————っ!?」

 

 稲妻がパネルにぶつかり、光が弾けた。

 

「〝甘き雷姫の不機嫌(コンコルーサ)〟」

 

 ばつんっっっ。何かを引き抜くような音に風船の破裂音を混ぜ合わせたような空気の振動があずさ達の耳に届き、それと同時に演習室内のすべての照明が破れ、部屋から明るさが失われる。

 

「な……」

 

 それはたった1人——生徒会長、七草真由美から知己の存在であるが故の余裕とわざわざデートのために空けておいた予定を奪い去る、悪魔の所業であった。

 

「む……」

 

 それにいち速く反応したのは、ボクサーの右腕と左腕の様に一体感のある攻撃を繰り出す八幡ズと同等以上の立ち回りを見せている、克人だった。

 

 場が暗転すると、最初から克人と戦っている八幡Aのつま先を着地時を狙って踏みつけ、呻いて動きが鈍くなったところを足払いをして転がす。

 

 続いて、倒れる八幡Aの背後から克人に掴みかかるように飛び出してきた八幡Bの右手首を掴み、捻って体を反転させそのまま下敷きになる八幡A目掛けて叩きつけた。

 

 更にあろうことか、手先に小さな電撃を走らせ、押し付けるだけで相手を気絶させるスタンガンのような魔法を右手に発動させながら忍び寄っていた八幡Cでさえも、伸ばした手のその下から胴ごと体を持ち上げられて、投げ飛ばされ、結局は床に叩きつけられた。

 

「ぐっ……」

 

 気絶したのか、ぐったりと動かないAとCとは違い、肘を使って上半身を起こし、克人を睨め付ける八幡B。

 

「……なる程、お前が本体か」

 

もとより本当に分身するなどとは克人自身考えていない。ならば、三人に増えたカラクリは幻影か幻惑かのどちらかだ。

 

 まさか本当に増えているとは思わなかったが、やはり核となっている本体はいた。

 

「いやはは……」

 

 その魔法の枢軸となっている本体座標を叩く作戦は確かに効いていたようで、AとC(克人が勝手に名付けた)はその体制のまま、輪郭をぼやかせ、光の粒子——というよりは、光るしゃぼん玉となって空間に溶けて消えた。

 

「……幻覚でないのなら、アレは一体何を構築材料に……?」

 

 ぼそりと鈴音が呟く声が聞こえる。驚くのも無理はないだろうが、この程度で驚いているようならば、この男のもっと先を覗いた時、失神してしまうかも知れない。そんなことを考えながら、克人は立ち上がる八幡に向けて拳を構えた。

 

「……言っておきますが」

 

 ゆらり、と立ち上がる八幡。しかしその足取りはしっかりしていて、とても全身強打をしているとは思えない。

 

「なんだ?」

 

「貴方は()に2度も直接触れている。——もう、まともに身体が動かせるとは思わないでくださいね」

 

「む、……ッ!?」

 

 悲鳴とも言えない呻き声と共に、克人の全身が硬直する。それ以降、克人は指一本、動かすことができずにいた。

 

 八幡が心中に描くのは、現在の克人の姿勢そのままに、何よりも堅く、しなやかなサイオンの糸が全身を雁字搦めにするイメージ。

 

 しかし実態は、触れた箇所から体内に侵入・神経に干渉し、四肢の自由を奪う魔法。

 

 禁忌とされ、かつては十師族の一条や師補二九家の一色などと同じく第一研究所にて魔法の開発に携わっていた——「一花」の魔法。

 

「……なぜ、貴方がその魔法を!?」

 

 目を見開き、普段崩さない相好を崩しに崩し——かつての一花、市原鈴音は声を上げた。

 

 それに対し八幡はへらへらとした薄い笑みを作り、

 

「企業秘密ですよ、お姉さん(・・・・)。貴方の家がやめたことを他の誰かがやっていないとは限らない。それにこの世界には何十億という人間がいる。その中でも一人や二人、こなした仕事が被っても不思議じゃない筈ですが?」

 

「……確かに、不思議ではないかもしれませんが。だからこそ、この国で開発自体が禁止されている筈のその魔法を、貴方はどうして……」

 

「企業秘密ですってば。……ていうか、そろそろ俺の勝ち判定で良くないですか? 渡辺先輩」

 

「……なるほどな」

 

 審判どころかただの傍観者となりつつあった摩利も、八幡の問いかけに反応を見せる。

 

「?」

 

 だが、それは八幡が期待したような試合の終了を決めるホイッスルではなかった。

 

「いや何、君にも弱点があるということを知れてよかった、と思ってな。ちなみに決着だが——」

 

「俺の勝ちで——あゲェッ!?」

 

 突如発生した横からの衝撃により八幡の体がまた、くの字に折れ曲がり、壁に向かって吹き飛んでいった。

 

 そして、八幡を吹き飛ばした張本人が指先の感触を確かめながら、ゆっくりと振り返る。

 

「ちなみに俺は『ファランクス』をCADを使わずに展開できる。……当然、使った方が大規模な展開を容易く行えるがな」

 

 CADにも触れずに全身からサイオンの光を発する克人がそこにはいた。

 

「……きゅう」

 

 壁に激突した八幡は、完全に油断しきっていたのか、目を回してしまっていた。

 

「……あと一歩、詰めが甘い。場所を選ばない戦争(本番)ではなく箱の中の試合(ごっこ遊び)だと油断するな。いつも言っているだろう」

 

 八幡が縛ったのはあくまで体の動きだけ。無意識領域下で行われる魔法の発動は、何ら阻害されることはなかった。

 

「うん。——勝者、十文字克人!」

 

 八幡の戦闘続行不可能を確認し、摩利が審判としての判断を下す。そこには誰の異論も挟まれることはなく、胸を撫で下ろしている者や気絶した八幡をじっと観察する者、ただその場の光景に瞠目している者など、様々な反応が見られた。

 

「…………」

 

 ただ、その中でも一際強い興味を向けていた者の視線は、目覚めたばかりの八幡にも容易に悟られ、

 

 ……使う魔法を間違えたか。市原先輩めちゃくちゃこっち見てるし……。

 

 と、万事解決とはいかず、新たなトラブルの火種を作り、二人の新入生の実力の見極め試合は終わりとなった。

 

「……あれ? ハンデは?」

 

 そして、人知れずあずさの零した呟きは、誰にも伝わることはなく、人知れずに消えていった。





魔法科高校の優等生の四十九院沓子可愛いなあと思うこの頃。

あれか「のじゃ」の呪いなのか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。