やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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お待たせしました。まさかの乱入案件です。



-追記-

少し直しました


水面に立つ波、桜のように

「明日は晴れるそうよ、初勤務の日が縁起の良さそうな天気で良かったわね」

 

「ノー、ノー、ノー。ナウ、マイ〝うぇざー〟いず〝TemeenoseideDoshaburi〟。あんだーすたん?」

 

「あー……うんうん、オーケー。雨も滴る良い女って意味かしら」

 

「全然違うからこの雨女」

 

「ひどっ!? はんぞーくんだって太陽みたいに素敵な笑みだって言ってくれたのよ? 私が雨女なはずが無いじゃない」

 

「口車ってのが何故わからない……さては自分が思いの外簡単な女だと理解していないな……」

 

「簡単って何よ! これでも学年主席のみんなから慕われる人望厚い生徒会長なんだから!」

 

「厚いのは人望じゃなくて面の皮じゃ」

 

「何か言った?」

 

「いや別に。生徒会長殿の印象についてちょっと」

 

「ちょっと、何よ。高貴で近寄りがたい?」

 

「親しみやすさという点では……飴玉あげたらまず喜んで食べそうですね」

 

「あーちゃんと一緒にしないでくれるかしら」

 

「あんたにそう思われてる〝あーちゃん〟とやらが可哀想でしかたないです。はい」

 

「…………」

 

「…………」

 

 雄弁は銀、沈黙は金と言うが、金——カネは時に残酷になる。

 

 帰宅途中、隣で繰り広げられる痴話喧嘩がまるで画面越しの別世界の出来事のように感じられる程、イチャイチャする真由美と八幡の後方を歩く雪乃と優美子の心境は荒れていた。

 

「……ちょっと」

 

 何を思いついたか、数歩前を行く真由美と八幡に聞こえないように優美子が雪乃に顔を寄せる。

 

「……何かしら」

 

 呼び掛けられた雪乃は、今にも人を殺しそうな程に優しい(・・・)顔つきで優美子に振り返った。……が、続いて優美子が耳打ちした言葉に目を見開き、そして歪んでいた口元は笑みを使った。——いつだったか、雪乃が八幡を楽しそうに罵倒する時のサディスティックな笑みだ。

 

〝それは面白そうね〟

 

 ただし、今回その照準は真由美に付けられていたが。

 

「比企谷くん」「ヒキオー」

 

 2人が、ほぼ同時に八幡へ声をかける。

 

 八幡が「ん?」と振り返ると、

 

「あーしら、先帰って先輩を迎える為の準備しておくから」

 

 続いて雪乃が、

 

「比企谷くんは七草先輩とウィンドウショッピングでもしてゆっくり帰って来てくれるかしら? 歓迎パーティの準備は私達で用意するから、こちらには何も買わなくて大丈夫よ。あとは……ああ、あと、七草先輩の私物はどうされますか? 必要であればこちらで手配しますが」

 

「歓迎パーティー?」

 

 真由美の質問に、雪乃が頷く。

 

「ええ。七草先輩の前で言うのもと思ったけど、こういうのはサプライズよりもやはり祝うという気持ちが大切だと思うので、三浦さんとお話しした結果、告知させていただく事にしました」

 

 そう言って、2人を見る雪乃。その瞳の奥にある真意に気づいたのか不明だが、真由美も笑みを浮かべた。

 

「まぁ、パーティを開いていただけるなんて光栄ね、嬉しいわ。……昨日の夜に荷造りして送ってあるから、身の回りの物はもう届いているはずよ。細かいことは小町ちゃんに頼んであるから大丈夫。お料理と……パーティの準備だけお願いできるかしら?」

 

「ねぇちょっと? 昨日ってどういう事。俺話聞いたのさっきなんすけど」

 

「……そうですね、わかりました。それでは2人とも。三十分程、時間をいただきますね」

 

 言って、優美子が頭を下げる。

 

 そんな優美子に八幡は心配そうに覗き込み、

 

「……変なものでも食ったか? お前が人に敬語使うとか……熱でもある?」

 

「……」

 

 ゆっくりと、無言のまま優美子が顔を上げた。

 

「……イィィィエッ。ナンデモ、ナイデス」

 

 その直後、とある男子高校生は顔を死人のように青白く染め上げてガタガタと奥歯を鳴らしていた。

 

 何を見たのかは、誰も言わない(・・・・)

 

 ただ、誰かが何かを見たのは間違いない。

 

 その〝何か〟が、口にするのも恐ろしいものであるというだけで。

 

 それに〝それ〟の本当の恐ろしさは、きっと対峙した者にしかわからない。

 

「……そ、それじゃあ僕たちは適当に時間を潰してから帰りますね。あーし様、雪ノ下様」

 

 震えた声を八幡が絞り出す。

 

 その声はまるで怯えた子羊のようで、

 

「ん、それで良いのよ八幡」

 

「……そうね、八幡」

 

 2人の背中は、震える八幡には何故かオオカミに見えたという。

 

「な、名前呼び……!?」

 

 八幡の横で動揺している彼女も、オオカミの一匹である事に違いはなかったが。

 

 三十分後。

 

「……ッ」

 

 真由美は、言われた通りに八幡と2人きりのデート(真由美談)を楽しみ、八幡宅に帰宅して——漸く、彼女らの企みを知った。

 

「ようこそいらっしゃいました、七草真由美様。私たちは貴女を歓迎致します」

 

 言って、にこやかに笑む優美子。

 

「……本気で頭が……むぐっ」

 

「あなたはこっちよ、八幡。家主である(・・・・・)あなたは(・・・・)お客様を(・・・・)おもてなしする(・・・・・・・)のが筋というものでしょう?」

 

 雪乃が八幡の腕に自分の腕を絡ませ、さらに自分側に引き寄せて言葉を奪う。

 

「……! まさか、四葉の洗脳——」

 

 何か閃いたような表情で叫ぶ八幡だが、

 

「……あまり的外れな事ばかり言っていると、鈍いように見られてしまうわ。それにこれ以上騒ぐと周りの迷惑になるし。……ね?」

 

 耳元で囁かれた、甘く蕩ける花蜜の様な言葉に耳を赤くして押し黙る八幡。

 

 ……痛い痛い痛い痛いっ!

 

 その本当の理由は、数十センチ下の雪乃の指先が捻っている八幡の肌とは無関係ではあるまい。

 

 そして——不自然なほどの自然な笑みを以て迎え入れられた時点で、真由美は優美子達の意図した計画に気付いていた。

 

 つまるところ、優美子達は真由美を〝徹底的に〟客人として扱う事に決めたのだ。

 

 親しき中にも礼儀ありとはよく言ったものだが、これはそれよりも遥かに相手を突き放している。

 

 部屋もきっと確保してある。だが、客人である真由美に失礼がないよう、八幡の家の中でも上等な部屋を、八幡の自室から離れた位置に。

 

 寝起きや就寝時間が重なるどころか、食事時間以外はまともに接触できないのではないか。それくらい、丁寧に扱われてしまう。

 

 せっかく一緒の部屋で寝ようと思ったのに。これじゃあ八幡くんと一緒どころか、引っ越しの意味がないじゃない!

 

 ……子種を狙っているとも取れる真由美の思考が読める者がいたのなら、彼女の扱いに関してはこれで正解だったと判を押すだろう。実際狙っていたので、間違いではなかったが。

 

 しかし。ここまで自分の思惑を外されて何もしないのでは十師族序列二位の名が廃るし、真由美個人として負けを認めたも同然だ。

 

「ちょっと待ってちょうだい」

 

 だから真由美は、そろそろ反撃に出る。

 

「……、如何致しましたか、真由美様」

 

 スゥ、と目を一瞬細め、すぐに笑みに戻る雪乃。ほぼ瞬きに近い動作で、真由美でなければきっと、気づいていなかっただろう。

 

 空いている方の八幡の腕に抱きついて、雪乃から引き剥がすように自分の側に立たせる。そして、八幡を完全に自分と同じ向きに立たせてから、こう言い放った。

 

「私、彼と婚約してるの。……だから、私の彼にあまり粗相をしないでもらえないかなって」

 

 その言葉の後に見せた雪乃の表情の変化は、誰が見たとしても実にわかりやすかったと言える。

 

 瞠目し、徐々に、しかし明らかに敵意を露わにして雪乃は真由美を見据える。

 

「……は?」

 

 怒気を隠さずに、優美子が不満を漏らす。

 

「……化けの皮が剥がれているわよ、三浦さん。雪ノ下さんも……随分と可愛らしいお顔だこと」

 

 変貌を終えた雪乃は、真由美をはっきりと睨み付けていた。

 

「……では、そんな空想に幻想を重ねた耳を傾けるのも愚かしい与太話が仮にも……真実になりうる可能性はゼロであり、そのような妄言の根拠は事実無根であることを大前提としてお聞きしますが、そのような身分で何をしにいらっしゃったのです?」

 

 ギリギリの瀬戸際で理性を保っていたのか、口調を崩さずに言葉を投げる雪乃。だが、そんな雪乃に真由美は——

 

「もちろん、婚前交渉(セックス)のためじゃない」

 

 ——真由美は、最初から雪乃達と競合する気などさらさらなかった。

 

 今日、2人纏めて追い出せることができやしないかと真剣に考えていたくらいだ。

 

 2人の対応は、ある種すっきりとしていた。

 

「……雪ノ下さん、ヒキオんちの倉庫の中に丁度いいスコップあったよね。あと人が1人入りそうな麻袋も」

 

「そんな事をしなくても私とあなたの魔法なら死体も残らないわ」

 

「あらあ。十師族から外れたばかりの三浦さんに、未だに二番手の雪ノ下さん。良い運動に——はならないだろうし、せめて私に汗をかかせてくれると良いけど」

 

 真由美も、掌を頬に当てて臨戦態勢を取っている。

 

「冗談ですよね御三方?」

 

 十師族を守るべき立場の六道と、元々は肩を並べるべき仲間であるはずの元十師族の人間が、現十師族に属する人間の暗殺を目論んでいる。

 

 仮にも六道として——甚だ不本意ながら——止めに入る八幡。

 

 形だけでも割って入ると、優美子は真由美に向けていた右腕を下げ、雪乃の表情から憎しみが抜け落ちた。

 

「もちろん冗談に決まってるじゃない! そうよね、雪ノ下さん、三浦さん!」

 

「あんたは手を離せ」

 

「ええそうよ。これはちょっとしたじゃれあいだから気にしないで」

 

「野良猫のじゃれあいって百パー本気なんですって。こびを売る相手がいないからですかね」

 

「八幡、本気にしすぎだし。婚約話程度で魔法使ったりしないって」

 

「お前は確か一色が『先輩は私と結婚したいって言ってました〜!』つって煽った時、我を忘れて半泣きにしてたよな?」

 

 三者三様の反応であるが、しかし三人が同様に八幡に信用されていない。

 

 三つ巴どころかターゲットであり結婚などしたくない八幡も加えた四つ巴の戦いなのだ。

 

「……」

 

「ん……ヒキオ?」

 

 ただし——それは、恋愛という一面に限った話である。

 

 不意に大人しくなった八幡が、漂ってきた良い香りの源を探るように首を振る。

 

「3……4、14人か。ただの学生相手に張り切りすぎだろ」

 

 その場の全員が八幡に言われて初めて、自分たちを取り囲むように接近してくる集団に気づいた。

 

 雪乃が、透明なカバーで全体が覆われた携帯型のCADを取り出す。

 

 真由美も、袖のCADに手をかける。

 

「……あーしがやる」

 

 しかしそれよりも、上着を脱いだ優美子の行動の方が、既にこちらに銃を向けて引き金に指をかけていた不審者達よりも早かった。

 

「……加減、間違えるなよ」

 

「わかってるし」

 

 八幡に返事をする優美子の言葉とほぼ同時に、彼女の右腕が蒼い炎に包まれる。

 

「——『エクスキュート』」

 

 ——それは。冷たくも無慈悲に灯される、処刑の炎。

 

 八幡達を中心にして突如まばらに灯った14個の行燈は、炎と等しい数だけの、魔法科高校の生徒を狙っての拉致を目論んでいた襲撃者達の意識を奪っていた。

 

 屋根に、塀に、道路に、庭に。周囲のありとあらゆる場所から人の崩れ落ちる音や衝突音が聞こえ、若干の呻き声を最後に周囲は再び静まり返る。

 

「——集めてきたわ。確かに全部で14人ね」

 

 そして八幡がまばたきをすれば、目の前には襲撃者達の体が崩したジェンガのように積み重なっていた。

 

 閃光機動。雪ノ下家の秘術であり、扱える全ての魔法の中で雪乃が最も得意とする魔法である。

 

 その完成度は彼女の姉には多少劣るものの、雪乃の動きを捉えられたのは八幡だけであり、決して彼女が遅いというわけではない。

 

 その隠密性と速さに優れた魔法を以てしてさり気なく八幡とのツーショット写真を撮ろうと日々奮闘しているが、全て八幡には見えているのでギリギリのところで躱され、その度に少しずつ速くなっていくという、斜め上の上達の仕方をしていた。

 

「——うん。この辺りに他に敵はいないようね。後方支援も——」

 

「はい危ない」

 

 振り返った真由美の眼前に八幡の腕が差し出される。そして、ゆっくりと開かれた掌の上には、狙撃ライフルの弾が握られていた。

 

「……アリガト」

 

 拗ねたように顔を背け、お礼を言う真由美。いい加減、護られる立場であるということを自覚してほしいと願いつつ、八幡は握ったライフルの弾と真由美を狙っていた狙撃手とを交換(・・)する。

 

「は!? 何っ!?」

 

 握っていた弾は虚空へと消え、代わりにその手中には狙撃手の首が収まった。

 

「ぐが……」

 

 しかし、八幡が何か動作を起こす前に狙撃手は自身の胸を掻き毟り、泡を吹いて意識を失う。

 

 狙撃手の男を人の山の上に投げ捨てながら、八幡はその男を見た。

 

「……肺の酸素を取り込む機能を一時的に阻害した。自己紹介は、目が覚めた時にいる奴らに言ってくれ」

 

 男が人山に着地する直前、14人の襲撃未遂者達と共に男が消えた。

 

「……何処へ飛ばしたの?」

 

 雪乃が問いかけると、

 

「四葉本家。この前機種変したばかりだし、番号は先に登録してブロックしてあるから大丈夫だ。これで少しは嫌がらせになると良いんだが……」

 

 そう返す八幡の顔は真面目そのもので、少しもふざけた様子がない。

 

 つまり——本気で、後始末を物的証拠ごと無関係の人間に丸投げしたのだ。既に消去した外灯カメラの映像付きで。

 

 その様子に雪乃が嘆息していると、八幡のケータイが鳴った。

 

「はいもしもし、どちら様で——人違いです、はい」

 

 ぴっ。十秒もしないうちに会話を切った八幡。しかし、再び電話は鳴った。

 

 イヤイヤ、渋い顔で八幡が電話に出ると。

 

「……はいもしもし」

 

『面白いものを送ってきてくれたようね、八幡?』

 

 発信元も今と同じ、四葉真夜からであった。

 

「……あっ、お、お気に召していただけたようで何よりです。それではまたいつか」

 

『そうやって物事を急くと何かしらに躓いて失敗するわ。……八幡、あのね』

 

 通話終了ボタンを押す。……が、どうやっているのか、ボタンを押しても通話が切断されない。

 

『別に怒ってはいないのだけど』

 

「……あれ、そうなんですか? ああいや、そちらで何があったのかわかりませんけど」

 

『とぼけるつもりなのね、八幡。それならこちらにも考えがあります』

 

「ああいや……ほら、見るからに警察とかに提出したらまずい奴らっぽかったですし、専門家がいるならそっちに任せたら良いかな、って」

 

『正直に話してくれて嬉しいわ。正直者にはご褒美があるのだけど』

 

「あ、どっちにしろ同じなんですね」

 

『私は怒っていないわ。……ただし、私以外の皆さんがものすごく怒っているの。まさに憤慨しているといった様子ね。特に水波ちゃんが(・・・・・・)

 

「……………………あー」

 

『お返しと言ってはアレだけど。代わりに水波ちゃんを送っておいたから、面倒を見てあげてね』

 

「え?」

 

『そろそろそちらに送ろうかと考えていた頃だし、ちょうど良かったわ』

 

 真夜の言葉に反応すると同時、背後に現れた気配に振り返る八幡。

 

 その視線の先には、確かに1人の少女がいた。

 

「……よくも……」

 

 ワナワナと、怒りに肩を震わす少女。

 

「はい、返品」

 

 拳を握りしめ、八幡に向かって振りかざす少女をそのまま、擬似ではない(・・・・・・)瞬間移動の魔法を行使し少女が数秒前までにいた場所まで送還する。

 

 これで、目の前の少女との出会い——正しくは、再会は果たされなかった。

 

 おそらく次会えば殴られるか手を出されるには違いないが、その機会はもうない。

 

 そして八幡は安堵する。

 

 これで良い、これで正しいのだと。

 

 これ以上周りに異性が増えても、彼の手には負えない。

 

 そうして、即座に再転送を受けて戻ってきた少女のグーパンチを鳩尾に喰らいながら、自分の気持ちを確かめていた。

 

 ……その結果が正しかったのかどうかは、記述しかねるが。

 

 

 

 

 

 

「桜井水波です。比企谷八幡のお世話係としてやってきました。彼に関する身の回りの世話は全て私がこなしますので、彼には今後触れることのないように……以後、よろしくお願い申し上げます」

 

 四葉の嫡女と結婚。ただし、深雪はあくまでもその候補の1人に過ぎない。

 

 いざという時には、水波を正当な後継者として真夜は選ぶだろう。

 

 それは、八幡を引き留める為に。

 

 真夜が打ち込んだ、四葉との楔——そのひとつ。




 戦い以外はダメダメ八幡。そのうち誰か()が養ってくれそう。

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