やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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魔法師の心理

 魔法師とは。

 

 魔法を使う人々の事を指し、五感と引き換えに超常能力を得ただとか、第六感の代わりに一般的常識が欠如しているなどといった、よくある偏見の対象ではない。

 

 魔法師は、人々の手によって造り出されたというだけの同じ人間だ。普通の人間より出来ることが多いだけで、感性や思考回路などといったものは基本的に変わらない。

 

 しかし、ただ数が少ないというだけで、偏見と差別の現状に晒されてきたのだ。

 

 魔法師達に「世界と戦い、支配してやろう」などという意思はない。

 

 しかし、数に物を言わせた魔法師イジメの現状が続くならば、彼らは今に私たちへの報復行動に出てくるかもしれない。

 

 彼らは私たちと同じ人間だ。我々による謂れのない非難を黙って受け止め続けるとは思えない。

 

 我々人類の世界になぜ国という隔たりが未だに存在しているのか、今一度ゆっくりと考えてみればいい。

 

 せめて、同じ国の仲間だという友愛の視線を向けられないだろうか。

 

 許せないものは、誰にだってある。

 

 

〜心理学者レダーディック・マグマロ著『魔法師の心理』より抜粋〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晩飯だぞ。……読書——学術書か?」

 

「オトメの部屋に入る時はノックぐらいするべきだとうちは思うんだけど」

 

 ノックも無しに扉を開けて部屋に入ってきた八幡を、部屋の主である南はジト目で迎えた。

 

 世の一般常識と照らし合わせても南の反応は当然だと言える。同じ屋根の下で暮らし始めて数年が経過し今更ではあるが、南と八幡の間には礼儀というものが欠如していた。

 

 ただそれは、親密さが濃すぎるが故の欠如なのだが。

 

「……ごめん。今度から小町に呼びに来させるわ」

 

「そ、そういう意味じゃないから」

 

 大人しくなり、八幡は南に向かって頭を下げた。彼とて、これまで考えなかったというだけでそういう常識は持ち合わせている。

 

 自分に非があることをきちんと認めて、彼は頭を下げた。が、今度は南の語気が弱くなり、あたふたと慌て始める。

 

 なぜならば。

 

 南自身、八幡に呼びに来させるように彼の妹である小町に頼んでいたからだ。

 

 最初に南が辛辣な態度を取ってしまったのは彼女が読んでいた本『魔法師の心理』に書かれている知ったかぶった内容にストレスを感じていたからで、決して彼のせいではない。むしろ、呼びに来てくれたこと自体、南は嬉しくて喜んでいたのだから。

 

「……? いや、大丈夫だ。この家も大分人が増えてきたし、どこかマンションでも建てて、そこに移り住めば煩くなくていいかなとは思ったんだが」

 

「そんなの絶対ダメだから」

 

 誤解が解けた様子ではない八幡の明後日の方向過ぎる提案に、思わず真顔で詰め寄る南。

 

 何のために、激しい競争を勝ち抜いて「八幡と同居」の権利を獲得したと思っているのか。

 

 「借りる」ではなく「建てる」とあっさり言ってのける点については無視をして、南は八幡の襟を掴む。

 

「そんな無駄なことにお金をつぎ込んでる暇があったらもっと自分のことに使うべきだと思うけど。持ってる服とか少ないし、うちが選んであげるから今度出かけようよ」

 

 さり気なく、デートの約束を取り付ける南。八幡は気付いてはいない様子。

 

「制服があるから良」

 

「はいダメ。そういうところを見られるのよ、うちらは。特に魔法師の世界に片足突っ込んでる訳だし。普通の魔法師達に白い目で見られるよ」

 

「……わかった。でもな、そういうのを抜きにしても、何故かウチに住みたいって奴らが多過ぎんだよ。だから、折衷案としてマンションの建設を」

 

「七草に三浦に雪ノ下。今日新しく入っただけでも3人よ? 小町ちゃんがどれだけ楽しそうに……どれだけ迷惑だと思っていることか。移るならそいつらが先」

 

「……あの人達はほら、一応お客様だから……」

 

「入居を希望してる子達よりもそんなお客様の方が大切なの?」

 

「いや、差別はできないというか……」

 

「でしょう? だったら尚更これ以上増やすべきじゃない。彼女達の目的はこの家に住むことと言っても過言ではないんだからさ」

 

「……それもそうだな」

 

 南の言葉に頷く八幡。それは、八幡の住むこの家に南の言葉だけではない確かな価値があるからだった。

 

 八幡の家には、通常魔法大学系列の施設でしか閲覧することのできない機密性の高い文献にアクセスできる端末が設置されている。

 

 それは、八幡の家にさえ行けば、魔法科高校に入学したり卒業資格を取得しなくても、特殊情報の閲覧が可能であるということ。確かに八幡の家に移り住むことを希望する理由になる。

 

 だが南は、端末の使用に関しては家の住人である必要はないということに触れずに話を終わらせた。

 

「それじゃこの話はこれで終わり。……で、買い物はどうする?」

 

「……ん、そうだな」

 

 さり気なく、自分のルートに引き込もうとする南。ハーレムになりつつある現状を諦めてはいるが、正妻が誰なのかを南は諦めるつもりはなかった。

 

 しかし——

 

「あっ、落としちゃった(棒)」

 

 バキィ、と何かを破壊する音が響く。

 

「…………」

 

「…………」

 

 恐る恐る、2人は部屋の入り口を振り返る。

 

 床には、南の部屋の印である楕円形の名前プレートが落ちていた。——縦に割れた状態で。

 

「ダメでしょ2人とも。晩ごはんだっていうのになかなか降りてこないなんて」

 

 振り向いた先には、紫髪の美少女が額に青筋を浮かべそうな程の凄味のある笑みで、2人を見ていた。……怒っている。

 

「りゅ、リューネハイムさん? なにゆえそのように怒ってらっしゃるのですかい?」

 

 目を泳がせながら、語尾もふらふらとさせて、八幡はその少女の名を呼ぶ。しかし少女は、さらに柳眉をつり上げた。

 

「あれ? 八幡くん、前に言わなかったっけ。私のことはシルヴィって呼んでねって」

 

 気のせいなのか、八幡にはシルヴィアの周囲から怒りのオーラが見えていた。……心なしか、家全体が軋んでいる音も聞こえていた。

 

「はっ、はひ。シルヴィ様」

 

「シルヴィ!」

 

「しるびい」

 

「うん、よろしい。……それで? 2人は部屋でなにをしていたのかな? 睦言を囁き合っていたの?」

 

「よくそんな難しい言葉を知ってるなシルヴィ。でも違うんだ、ただ次の予定を……」

 

「いいよ、八幡くんは詳しく言わなくて。後で南さんから、ゆっくりお話を訊くから。ね?」

 

「……、……!」

 

 無言のまま、必死に首肯を繰り返す南。その姿は、空腹の肉食獣を前にした仔羊のように哀れな姿だったと言えよう。

 

「それじゃあ行こっか。3人とも(・・・・)

 

 言って、南の部屋から出ていくシルヴィア・リューネハイムという少女。彼女の立場にて考えたとしても、こんな時間、こんな場所にいて良い筈はないが、気にした様子もなく何故か軽やかな足取りで階段を降りていく。ルームプレートは傷ひとつない状態でかけ直されていた。

 

「え…………」

 

 そして、シルヴィアが去り際に残したその言葉にゆっくりと振り返る八幡と、無言のままそれに倣う南。すると、その先には。

 

「……あ、やっと気付いてもらえた」

 

 その少女は、八幡とほぼ同時に——八幡に付いて、南の部屋へと入っていた。

 

 ただ、普段からあまり感情を表に出さない——自己主張をしない彼女であったから、たまたま気付かれなかったというだけだ。

 

「……なんでお前がここにいるんだよ」

 

 一旦家に帰ってから来たのだろう。その姿は、学校で見かけた第一高校の制服姿とは違っていた。

 

「北山」

 

「来ちゃった」

 

 嘆息しながら問いかける八幡の言葉に、何故か嬉しそうな様子の北山雫はうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小町の用意した食事はどれも美味であり、お嬢様である彼女らはその完成度に驚愕せずにはいられなかった。

 

 何故かこの家にいた北山雫や、誰もが目を引き寄せられるような美貌を持ちながらも親しげな笑みを浮かべる紫髪の美少女、元々この家に住んでいるという相模南や千秋なども夕食には参加していたが、争いや諍い等は発生せず、水波を含めない三つ巴の争いも含めて、実に穏やかな夕食だった。

 

 そして夕食後、八幡は家の外にいた。理由は、夕食メンバーの内、唯一泊まりではない雫の見送りのためだ。

 

 八幡が起こした事件が軽くすまされるようなものではないのは確かであるし、友人やクラスメイトとの付き合いを考えると、やはり八幡と雫の関係性は隠すべきで、共に過ごす時間は極力減らすべきだと雫に納得させたからだ。

 

 ……なりふり構わず同棲を始めようとする雫の暴走を止める為、という理由が雫の入居中止の八割を占めていたのは秘密である。

 

 雫は去り際、

 

『……家族が、会いたいって』

 

 と周りの女子達を牽制する為に意味深な言い方を残すも、

 

『ああ、航だろ? 次の土曜にディスティニーランドに2人で遊びに行く約束してるから大丈夫だ、知ってるぞ』

 

 と真実を明かされ、その威嚇は周囲に影響を及ぼすどころか、

 

『まってそれ初耳』

 

 と自分に跳ね返ってくる始末。

 

 しかし——それで終わらないのが、八幡という男。

 

 しょんぼりと肩を落として呼びつけたコミューターに乗車する雫だったが、最後に八幡が放った「ランド自体奢りみたいなもんだし、お前にもなんか買ってやる」という一言で全ての元気を取り戻し、普段彼女の親友ですら見ることのない語気の荒さと興奮を持って高らかに、

 

 

 

「結婚指輪!」「待てこらぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 と言い残し、コミューターは発車した。

 

「比企谷?」

 

「八幡?」

 

「八幡くん?」

 

「ヒキオ?」

 

「八幡様?」

 

「八幡くん」

 

「比企谷くん?」

 

「……神に誓います、私は——あ」

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……………………残された八幡がその後どのような目に遭わされたのかは、語るまでもない。

 

 

 

 そして、現在。

 

 

 

「……ごめんなさい神様仏様魔法のアレ様。あの女の体型については文句はないんですけど見るつもりもなかったんです。見たことについては『エロいね。何かくれるの?』くらいだったんです。だから見逃してください……っ!」

 

「とりあえず謝っとけばいいやーなんてそんな手遅れなことをまったきみ今ものすごく失礼なこと言わなかった?」

 

 

 

 そこそこ裕福な階級の家ならば珍しくもない男女別の風呂、それも男湯にて。

 

 明後日の方向を向く八幡と、それと対面する、優雅に足を組み換え、ゆったりと湯に浸かる謎の女性。

 

 風貌で言えば雪乃に近いが、その女が持つ胸部装甲の厚さが彼女との違いを如実に表していた。

 

 雪乃がどう成長したところで、こうはなるまい——そんな雰囲気を漂わせている。

 

「裸でそれって、やっぱり皮膚の下に詰め物してるんですか? それとも豊教なんていう邪の宗教に手を出して……っ!?」

 

「雪乃ちゃんを見てそう判断してるのかもしれないけど、雪乃ちゃんくらいの歳にはもう私はこれくらいあったからね? それより私の色気をナチュラルに否定しやがったなこの小僧(ガキ)☆」

 

「つまり成長はしていないということか。未熟者め」

 

「殺すぞ?」

 

 十人以上がゆったりとくつろげそうな湯船の中で八幡と対面している女性の名は、雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃の姉だ。

 

 八幡が一日の汗を流そうと風呂に入った時には、既に湯船の中にいた。

 

「しかし——なんていうかこう、アンタと風呂場で話してるとバナナ・オレが飲みたくなるんだが」

 

「脱水症状だね。私のオッパイでも飲む?」

 

「いやアンタは母乳じゃなくて水銀とか小豆とかプラスチックビーズとかが出てきそうだからやめとく」

 

「まくらじゃないんだからいい加減私の胸が自然物であると認めろー?」

 

 他所を向く八幡の頭を陽乃がその胸に挟み、抱きしめていた。

 

 柔らかさを堪能しておきながら、顔色一つ変えずに八幡は言葉を紡ぐ。

 

「で? 雪ノ下さんはいったいなんの御用事でウチに来たんです?」

 

 対する陽乃も、急な——というか全くしていなかった話題の転換に、眉一つ動かさずに口を開いた。

 

 陽乃は夕食には参加しなかった。ということはつまり、何か火急の用件か極秘に持ち込んだ案件のどちらかということだろう。なんのリスクもなければ、メールで済ませれば良いのだから。

 

「私は四葉の家から、ただ伝言を持ってきただけよ」

 

「聞いていいっすか」

 

「せっかちねぇ。色気の一つでも見せてみなさい。急かす男はモテな——だだだっ!? いったぁい! ちょっと! おねーさんの胸をバルブみたいに捻るな痛たっ!?」

 

「おー柔らかい柔らかい。流石に昔と違いますね」

 

「……っ」

 

 顔を赤くし、胸を抱えるように自身を抱きしめて八幡から離れ、睨め付ける陽乃。その瞳からは、先程までの余裕などすっかり抜け落ちてしまっていた。

 

「しかし、どうしてそんなに大きくなったんです? 昔は雪ノ下とほぼ変わんなかったのに」

 

 と首を傾げる八幡に陽乃は本人に届かないような小声で、

 

「……こんなふうに揉まれてたから大きくなったとか言える訳ないじゃない」

 

「はい?」

 

 雪ノ下陽乃。若干Mっ気ありの女子大生であり、高速移動魔法『閃光機動』を最も使いこなす魔法師だ。

 

 しかし、こんなやりとりは、2人の仲を考えればいつものことであった。

 

「こほん」

 

 咳払いをし、「つい先ほどに壊滅させた闇ブローカーの取引履歴からわかったことだけど」と前置きをして、陽乃は口を開いた。

 

「反魔法政治団体ブランシュが近々行動を起こすらしいわよ。なんでも、キミの通ってる第一高校を舞台にして」

 

 人差し指を立て、八幡に笑みを向ける陽乃。それに彼は頷き、

 

「ぶらっしゅ?」

 

 どうでもいいが今2人はタオル一枚すら身に纏っていない。

 

 ざばあ、と勢いよく陽乃は立ち上がり、腕を組んでそこからこぼれそうになる胸を強調させるポーズをとった。

 

「ブランシュ。第一高校では下部組織の『エガリテ』なんていう学生サークルみたいなのが活動してるみたいよ。うふん?」

 

 無論これは八幡の情念を引き出し誘惑するための秘策だが、もちろん八幡には効いていない。

 

「……そういう姿勢、他んとこでやらないでくださいね」

 

 真正面から陽乃を見つめ、八幡はため息をつく。

 

「……っ」

 

 同時に、ほんの少し——目では絶対にわからない、ほぼ判別が不可能なレベルで頬を赤くしてしまっていた。

 

「……へぇ」

 

 そのため息の意味をこういう風に察した陽乃は、

 

「……よしよし。素直ないい子にはおねーさんがいいこいいこしてあげよう」

 

 屈託のない笑みを浮かべて八幡の頭を撫で始めた。

 

「……素直じゃない。子供扱いすんなし」

 

 と言いつつも、優しく撫でる陽乃の手を八幡は振り払ったりしない。

 

「子供扱いなんてしてないよ。八幡(・・)が可愛いから、してあげてるだけ」

 

「……俺が年下だからって、ナメてると……痛い目を見ますよ……」

 

 目蓋が重くなる。

 

「大丈夫だよ、私強いもん」

 

「……俺、より弱いくせに」

 

 意識が濁っていく。

 

「そうかな? 八幡とは戦ったことないからわかんないよ」

 

「……俺じゃ、なくて、はる(・・)ねぇ(・・)、が、誰にも、負け……ない、のは、ありえない……」

 

 あまりにも心地が良過ぎる。

 

「そうかな。でもやっぱりね」

 

「…………」

 

 そこには。

 

「だいじょーぶ。その時はキミが私たちを守ってくれるんだよ」

 

 誰にも伝わらない、誰にも理解されない、誰にも共感さえされることのない。

 

 それでいて。

 

 彼女が彼に向ける、たしかな信頼があった。

 

 

 

 

 

 

 






次はワートリ短編を投稿したい。です。

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