やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
お待たせしました。
お気に入りがいつの間にか五百件超えてて驚いてます。
ありがとうございます!
〜人物紹介〜
比企谷八幡
最近は「はちまん」と打ってもバゼルギウスは出てこなくなった。その代わりヴァルクエルと出たので彼は今度吸血鬼になろうとしていると思われる。
雪ノ下陽乃
胸が大きい人
桜井水波
八幡が数年前四葉家にいた頃一緒に遊んでいた後輩。貢のお気に入りの時計を壊してしまったことがあるが、その時八幡が庇ってくれたり雪ノ下家の姉妹と鬼ごっこを八幡の手を借りて制したりした。
その頃から八幡に恋煩いをしているが、当時八幡は穂波に恋をしていた。
シルヴィア・リューネハイム
日本の東南東に位置する水上学園都市六花の中に在る学校、クインヴェール女学園の生徒会長を務める謎の美少女。
八幡に好意を寄せているが二人が出会った時期はほんの数ヶ月前の事であり、まるで何年も寄り添っているかのような態度には疑問が残る。
八幡が所有する『過去』に関する能力を持つ純星煌式武装と何か関係があるのかもしれない。
結局。
雪ノ下陽乃が持ってきた伝言はブランシュについてのみだった。
八幡としては自分で調べた方が早いくらいの成果だが、情報に金銭が発生しないならそれに越した事はない。
伝言を聞けば、陽乃がここにいる理由はもうなく、その後は水波からの連絡を待てずに着信拒否の壁を突破してかけてきた真夜との長電話に費やされ、その最中に陽乃が仕掛けてきたイタズラ(特記事項[風呂場・お互いに裸])の対処に手間取ったものの、概ね穏便に済ませることができたと言えるだろう。
八幡の長風呂を気にして様子を見にきた真由美や当然の如く浴室——浴場と言った方が適当だと思える程の広さだ——の中まで入ってきた雪乃の目を誤魔化すため、陽乃を湯船の中に沈めたり窓から蹴落としたりと、
深夜。
時計の長針と短針が上に縦にピタリと重なる最も美しい時間に、比企谷家二階廊下、八幡の部屋の前にて、息を吐く音がした。
「…………」
月明かりが眩しいと感じるこの暗さ、呼吸ひとつが自分の耳に届いてしまう静けさの中で、少女は歩みを進め、目的地たる扉を見つめていた。
少女がここにきた目的は、とある人物からの伝言を伝えるため。
ただ、少女の体には異変が起きていた。
「……っく、はあっ」
先程からやけに周囲の音が煩く聞こえる。
「……?」
呼吸だけではない。心臓の鼓動までもがバクバクと大きく聞こえてしまっている。
「……、……ッ」
ダメだ、顔が熱い。意識が浮つく。
少女が着ている寝間着は少女がかいた汗でじっとりと湿り、肌に貼り付いていた。
余計におぼつかない足取りで、少女は慎重にドアノブに手を伸ばす。
しかしその手は空を切り、少女よりも随分と冷たく、ひんやりしたものにぶつかった。——壁だ。
「……あ、…………え?」
「……ったく」
消えたドアノブの行方が知れずに、握ったり開いたりを繰り返していると、いきなり誰かに正面から抱きつかれた。
「……っ!?」
足取りもおぼつかず、意識もはっきりとしない少女だが、彼女は元々荒事の対応方法なども含めて、様々な教育を受けている。
例え脳がまともに機能しなくても、体が反射的な行動を取ろうとして、抱きついてきた相手が一体誰なのかに気付き、今度こそ本当に少女の身動きは止まった。
「や……なん、で、先輩……が」
目を見開き、驚愕の表情で部屋の主——八幡を見上げる少女、水波。
困惑の表情を浮かべる水波に対し、もう一度ため息を吐きながら八幡は水波と視線を合わせた。
「ここは俺の部屋だ。それよりなんで部屋の前を彷徨いてたのかを知りたいんだが」
「わっ、わたしは、ご当主さまからの言伝を伝えにきただけです」
八幡に抱きつかれた——実は水波が抱きついていた——事を脳で本格的に理解をし始めながら、しどろもどろになりつつも言葉として口にできたことを安堵しながら、桜井水波は八幡に体を預ける。
「いや、それならさっき話したよ。爪が伸びただのにんじんが甘かっただの背伸びをしないと上の棚に手が届かなかっただの、喋る日記かってくらい一方的に話しかけられて終わったが」
「……? 奥様からの電話を直接取ったのですか?」
「そうだけど——まぁ、ちょっと入れ。ベッド使っていいから」
「あぇ……?」
手を八幡に引かれ半分抱き上げられながら、水波は八幡の自室へと入る。
実の所、水波は数日前から軽い風邪をひいていた。加えて、十師族四葉が抱える家の一つ、葉山の秘術瞬間移動にて比企谷邸へとやってきたのだ。
歩いて夕食をとれた事が奇跡のようなもので、相応の疲労やストレスが蓄積していて当然だった。
瞬間移動は、術の使用者(発動者)よりも術の効果を受ける対象者により多くの代償を求める、危険な魔法だ。
使用者本人が移動する場合はその例外となるものの、普通ならば一回の転移でしばらくまともに動くことすら出来ない疲労困憊の状態になる筈であり、しかも水波はそれを三度連続で休む暇もなく実行されている。熱を出してしまうのも、当然であった。
「……う」
何処からともなく音のしない衝撃だけの爆音が自分に向けられた状態で鳴っているような気がして、水波はしかめ面を作ることもままならず、ふらふらとした足取りのまま八幡に誘導されてベッドに腰を下ろした。
そして、随分と思考力の低下した脳で八幡が普段使っているベッドに潜り込む。そこは掛け布団も枕も、当たり前のように八幡の匂いがして、水波は顔を赤くすると同時に安堵にも似た落ち着きを感じていた。
そして、八幡が水波の手に触れる——と、じっとりと湿っていた筈のパジャマタイプの寝間着が瞬時に乾き、水波が感じていた不快感が軽減される。
続いて八幡が水波の額に手を置くと、発熱による痛みや発汗が緩やかに止まる。それと同時にひんやりと冷たく心地良い感覚を水波は自分の額に感じていた。
「……おくさまから、先輩に、電話をお取り次ぎすふよう、いいつかってます。だから、はやく、四葉ほんけに、れんらくを……」
流水が流氷へ。水波の言葉は、ダマになった小麦粉のカタマリのように、見えない何かに阻害されて、少しずつ、つまらせていく。
加えて、かなり眠い。八幡の部屋に流れる軽やかなソプラノの唄が、水波の精神を穏やかなものにしていく。
「……から、……八幡、せんはい……に、おねがい、したく…………」
水波の言葉は、意識は、そこで途切れた。
しかし、水波が自然に眠ったというには余りにも不自然すぎる。
お喋りの途中で眠気に意識を奪われるなど、普通はありえない。疲労困憊の状況にあるとしても、水波が人を前にして眠りに着くなど、従者としてやってはならない行為である筈(人の布団で寝ている事については置いておく)だ。
眠り状態に移行するまでの間に、シャットダウン途中でエラーが出た前世紀時代の精密端末機器を手動で強制的に眠らせたかのような、不自然さがあった。
当然、水波の体温を弄っていた八幡が彼女の意識を半ば強制的に奪ったからだった。
水波の額に触れた時、八幡の体感ではあるが、38度以上の熱が水波にはあった。動くことは可能なのだろうが、それ以上に、三度も辛い経験をさせてしまったという罪悪感や、妹と同じくらいに扱いを大切にしている後輩が無理をする姿を、八幡は見たくなかった。
だから——心を落ち着かせる精神干渉魔法で、水波の緊張の糸を断ち切ったのだ。
これで、水波はようやくゆっくりと休むことができる。
……水波も魔法師、それも同年代やプロと比べても突出した技能を持つ。彼女の目が覚めれば魔法を使われたことについて何か言われるかも知れないが、その時はその時だ。
「俺の今後の身の安全のためにやっただけで決してお前のためじゃない」「小町が悲しむからな」とでも言っておけば十分誤魔化せるだろう。
……それと同じような言葉で何人が同じ道を辿ったのかを、彼は知らない。
「……。……すまん、ありがとな。曲作りの途中だったのに」
水波が完全に眠りについたのを確認して、八幡は振り返る。そこでは、シルヴィアが満面の笑みを八幡に向けていた。
「ううん、全然。……水波ちゃんだっけ。その娘にも八幡くんは八幡くんらしくて安心したし、こんな時間まで付き合ってくれてるんだから少しお礼はしないとなぁって思ってたんだよ。少しでも良くなってるのならよかった」
そう口にするシルヴィアが水波に向けるのは、慈愛に似た眼差し。愛おしいと思う反面、その場所に介入したくない、第三者の立場でいたいという観察者としての理念だ。
そこが慈愛とはかけ離れているのであくまでも違う意味合いがあるのだが、ともかく見てくれだけは慈愛と言っても差し支えは無かった。
ただし、ここまでは、だが。
「……ねぇ八幡くん。どうして水波ちゃんにはすんなりと自分のベッドを使わせてあげるくらいには親密な関係なのに、どうして私の事は風邪をひいても怪我をしても心配してくれないのかな」
じっとりとした視線が、蛇のように八幡の喉に絡みつく嫌な感覚を、彼は覚えていた。
明らかに先程とは空気が違う。その事を正しく把握しながら、八幡は言葉を選んだ。
「普通なら集中治療室行き確定の大怪我を自前の能力だけで完治させるバケモンの何を心配しろと? 言っておくがマネージャーの仕事だって一から十まで携われる訳じゃないんだからな。時期によってはツアーに参加できない事もある。しばらく会わない事だって当然——」
「じゃあアイドル辞めるよ。普通の女の子に戻ります」
「…………待ってくれ、それとこれとは話が違」
途端に、八幡の表情が変わる。最大の根拠を突き崩された時、人は誰もがこんな顔を浮かべるのだろうか。そう思わせるほど、苦々しい表情を八幡は浮かべていた。
「違わないよ。八幡くんが心配してくれないならアイドルの仕事を辞める。八幡くんがそばにいてくれないならツアーにも行かない」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………わかった。マネージャーとしてついて行くから、それだけは勘弁してほしい」
「お金は自分たちで集めないと厳しいんだもんね、八幡くんは」
「わかってるならもう少し譲歩というものをだな……」
「むり。……あ、あとね」
「? ——んんっ!?」
首を傾げる八幡に不意打ちのキス。ご丁寧に、舌までいれる徹底ぶりだった。
「はぷ——っ、は、ぁ。……八幡くんと離れている間、
「……いや、どちらかというと俺が嫌な目にんむっっっ!?」
再び交わされる、シルヴィアと八幡の熱いキス。体感温度を測る——なんてものがあれば、温度はとっくに鉄の沸点を超えていたに違いない。
それくらい、二人も熱に当てられていた。
実を言うと、これはシルヴィアによるただの一方的なキスに過ぎないのは明らかであり、魔法師にしては珍しい、この上ない純情・敏感体質であるからで、その反応を見たシルヴィアもその色艶に触発されて感情が昂っていたのだ(何処かの六道の長女の存在は幼馴染や兄弟姉妹の感覚に近く、異性としてほぼ意識しない)。
再び唇が離れて、数秒。二人を繋ぐ細い唾液の糸は、床にへたり込み、彼女を見上げる八幡の頬に垂れて落ちる。口を開いたのは八幡だった。
「……良くねぇよ。アイドルのステータスは商品だ。穢されて——穢されようと画策される事自体、許されるべきじゃない」
目を背けながら、それでもはっきりと言葉にする。
いくらカモフラージュされていようとも、彼の本心——シルヴィアには触れさせないという表れが、シルヴィア本人にも容易に読み取ることができた。
「ならちゃんと」
しかしシルヴィアにとっては、それでは不十分らしい。
「八幡くんに、守って欲しいな」
八幡の顔を両手で挟み、自分の目を見るように向けさせた。
しかし、彼は視線だけでもシルヴィアから逸らそうとする。
「……護衛がいるなら戦艦でも空母でも潜水艦でも付けてやる。ただ、魔法師だからな。それなりの戦力になるにはなるだろうが、はっきり言ってお前の方が何十倍も強い。邪心に精神を囚われるような軟弱者であれば魔法師としてもそうレベルは高くないだろうし、十師族クラスともなればそんな邪とは心理距離的に」
「八幡くんに、守って、ほしいな?」
「————」
…………三度目。八幡の唇は塞がれる。今度も、シルヴィアからだった。
二人はすぐに離れる。ただ、もう既にこの時には、八幡の内には何に対しても反抗する気力は残されていなかった。
「……………………」
もはや、八幡には言葉も何も無い。
シルヴィアの瞳には、燃え滾る何かが灯っている。
「……う、わ……」
八幡は、されるがままに、シルヴィアの情欲を受け入れる。
夜は、更けていった————
「……だめです先輩、人が寝てる部屋でぇ……」
「おいこいつ夢でなんか見てるぞ」
「夢は記憶の整理をしてる途中に発生するものらしいけど、どんな夢なのか気になるね?」
「いや気にならない。全く気にはならない。それより早く六花に帰れ」
「……む。八幡くんに会うためにどれだけ無理をしたと思ってるの。ワールドツアーひとつ潰してるんだからね?」
「世界の歌姫がワールドツアードタキャンって、10億以上の損失確定じゃねえか何やってんの!?」
「嘘だよ。無理はしたけど流石にそこまではやらないし。びっくりした?」
「……心臓に悪い」
「ごめんね? お詫びにチュウしてあげるから」
「日本を出禁にするぞ」
「……嘘です」
今度こそ、夜は更けていった。
-追記-
読みにくかったところがあったので少し手直ししました。