やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
深夜テンションこわ。またまた文章長くなりましたごめんなさい。
オルタの表記を『ネファス』というものに変えました。特に意味はありません。
USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』第一隊隊長、ベンジャミン・カノープスの朝は早い。
起床はいつも午前五時半。目覚ましをかけるでもなく自然とこの時間帯に目が覚めてしまうのは、鍛錬の成果が身についてしまった故か。
喉の渇きを感じて軽く水を飲むと、ランニングウェアに着替え、日課の為、最低限の荷物と通信機器を持って、現在寝泊りしている部屋のドアを開けた。
そして、ペースが少し早めのランニングを始めるのだ。
走っている最中、カノープスは今日この後に課する事にしている自分の部隊の訓練メニューだとか、任務についてなど、考えながら走る。
その考えながら走るという行動そのものが精神を研ぎ澄ますルーティーンになりつつあるのは、本人も自覚していた。だからか、こうやって体をいじめぬくトレーニングは中々にやめられないのだ。
しかしこの日のカノープスの精神統一は、彼の番号に直接入ってきた一本の電話によって中断される。
現在時刻は午前五時四十七分。走り始めて割とすぐのこの時間は当然早朝の部類に入るし、そんな時間にわざわざカノープスの個人回線にかけてくるなど、緊急事態である事以外に考えられない。
走るのをやめ、通話のボタンを押すと、彼は短く「カノープスだ」と応えた。それに対する相手の反応を待つこと一秒。
『あ、もしもしカノープスか? そっちは今朝六時くらいだよな? 今電話大丈夫か?』
アメリカ人であるカノープスに、あろうことか日本語で語りかけてくる相手。その事実とその声を聞き「……少し待って下さい」とまるで手のかかる息子か孫に語りかけるかのような調子で日本語で返した後、カノープスは緊張の糸をより引き締め、ランニングをやめて自室へと踵を返した。
自室に戻り、鍵を閉め、プライバシーが保証されている部屋の中で敢えて音を拒絶する幕を張り、完全に盗聴の心配がなくなった後に、相手に再び語りかけた。
「総隊長。今貴方は何処で何をしているんです? 上層部に対する長期潜入任務の言い訳も流石に苦しくなってきているんですが」
通話の相手は、スターズ総隊長『ファントム・シリウス』。新ソ連の攻撃によって命を落とした初代シリウスに代わり、スターズの総隊長を務めている人間だった。
『日本で魔法師の護衛をやってるが』
「……」
二秒程、カノープスは言葉を失う。
「……別にシリウスを抜けたければ、いつでも言って良いんですよ。リーナもヘヴィ・メタル・バーストを完全に習得していますから」
さらに数秒経って、捻り出した言葉がそれだった。明らかに動揺が隠し切れていないのは聞いて取れる。
『いやまだスターズを敵に回したくないし。……そういやアルゴルと競争して手に入れたベガとかスピカのパンツも返してないんだよな……』
それを聞いた瞬間、カノープスは突き刺すような頭痛を感じていた。
「…………下着泥棒事件の犯人は貴様らか。アルゴルには後で話を聞かせてもらおう」
口調が変わる。相手のあまりのふざけぶりに、カノープスもとうとう堪忍袋の緒が限界なのだ。
『いや、違うんだって。訓練が嫌だとかそういう理由じゃなくて、セキュリティが万全な女子寮に忍び込んで一級の奴らの下着盗んでくることができたなら、その能力は潜入任務で役立つだろう? って話がこじれていって』
「こじれるも何も、最初からねじ曲がっているだろうが! 貴様らのせいで確認のために任務の遂行に滞りが出て、そのしわ寄せが軍全体にまで影響したんだぞ!?」
『反省してます。次はバレないようにします』
「次は犯人を死ぬ気で仕留めるそうだ。……とにかく、アルゴルには——」
『フォーマルハウトも補助役として参加してたぞ……やっべデネブのがここにあっ——痛い! やめて!』
通話相手の付近に、誰かいるようだ。それも、カノープスとファントムの会話を聞かれても問題ないと言える別の相手が。
「……責任は全てお前とアルゴルとフレディ(フォーマルハウト)に背負ってもらうからな」
『……ったく。誰にも捕まらないからこそのファントムですよっと。罪は2人にくれてやるから、仲良く半分に分けてくれと伝えといてくれ』
仮にもスターズのナンバー2を相手に何を話しているのかと首を傾げる以前に憤る者が出てもおかしくはないが、通話相手とカノープスの関係は悪ガキと手を焼く教師の関係に近く、こんなやりとりも今更だ。
「……それで、何の用件だ? 滅多にかけてこないお前が自分からかけてくるなんて、珍しい」
一通りのお約束というかコミュニケーションを終えた後、カノープスは改めて電話の向こうの人間に問いかけた。
『えー……とな。……なんて説明すればいいかわかんないんだが』
「? 何かあったのか?」
『シールズが戦略級魔法をねぇ……シールズは近くにいないよな?』
確実に何かある。それも、痴情絡みではない何かが。そう確信し、カノープスは口調を元に戻す。
「……彼女はまだ寝ています。リーナはとにかく朝が弱い。会話も聞かれる心配はありませんが」
『あっそう。それなら安心だな。じゃあ言うけど——あっ、ちょ』
「?」
数秒の空白。通話口を交代した様子だが、それが誰なのか、カノープスにはわからなかった。——声を聞くまでは。
『やっほー? 一応初めましてなのかしら、ベン?』
通話口から聞こえてきたのは、今もカノープスのいる男子寮から離れた位置にある女子寮で眠りこけているはずの、自分の部隊に所属している少女の声だった。
「——は?」
思わず戸惑いの声がカノープスの口から漏れた後、再び話し相手がファントムに戻る。
『どうやらそっちでシールズのクローンが作られてたみたいだ』
「…………あ?」
言葉もない。思考もない。ただ、漫然とした事実がそこにはある。
じゅくじゅくと滲み、頭頂部から染み込むような痛みの幻覚を、カノープスは覚えていた。
☆
通話を終えて、一呼吸。八幡の目の前に現れた謎の美少女は、どうやら極秘中の秘匿存在らしい。
加えて、八幡が『視て』初めてわかったことだが、彼女——ネファス(個体名として呼ばれていたらしい)は戦略級魔法が十全に使えるというだけでなく、それ以上の、魔法師にとって『良くない』『何か』をネファスは持っていた。
それは、八幡が理解出来ない危険なもの。
理路整然とパズルのように詰められた魔法の鉄則から零れ落ちる例外。
生命がこの世に存在する為の基盤、根幹となる
情報無き生命。それは、現代のみならず全ての魔法師が畏怖し忌避する存在だった。
「……良い加減、その手をどかせ。お前の胸を触るのも飽きてきた」
そして、
「良いじゃん、減るもんじゃなし」
騎乗位のまま、八幡は自分の手を勝手に取り、その胸に押し当てるネファスの顔を睨んだ。
「減るよ? 確実に減る。女性への探究心が確実に薄れるから」
「八幡が女子のパンツを盗むと何が減るでしょーか? ——体のパーツがなくなります」
「関係ねぇしまだ怒ってんの……っ!?」
流石にこれでは、ネファスを殺す理由としては十分過ぎる。が、知り合いと同じ顔の少女を己が手にかけるのは、事の良し悪しに関わらず八幡の気が引けてしまうのだ。故に彼は、その存在自体が邪魔にしかなり得ないネファスを殺すことが出来ずにいた。
「これでスキンシップは完璧よね……よしそれじゃあ、次は子作り——」
「……それより、だ!」
空いている手で自分の手を押さえつけているネファスの腕を剥がし、肩を押さえて押し倒す。小さく悲鳴が聞こえたが、八幡は無視をした。
腹の上に乗られたままという無理な態勢で強引に起き上がったからだろうか。荒い息を吐きながら、八幡はネファスに視線を合わせる。
「……いいか、この事は誰にも」
知られてはならない——迄、八幡は口にすることができなかった。
「——話してはならない。俺の欲望がどれほどお前を醜く蹂躙したとしても、お前の口は俺が塞ぐ。殺されたくなかったら言う通りにしろ。お前はもう、これから、俺の命令通りにする事しかできない——といったところかしら」
「…………」
2人は思わず、部屋の入り口
毒蛇のように背中を這い登ってくる死の気配は、さながら死神の演奏する狂想曲。
2人は今日ここで死ぬ。そう確信し、無意識に不条理な死に頷いてしまうほど、濃密な殺意を彼女は身に纏っていたのだ。
「八幡くん?」
「————うぃ?」
呼ばれ、振り返る八幡は、遂にその魔女の姿を目撃する。
「あ……うわ……」
ネファスが怯えている。どうやら、彼女も八幡と一緒に振り返ってしまったらしい。
七草真由美は、笑ってそこに居た。
笑ってCADを右手に持ち、笑ってその魔法の照準を八幡に定めている。
笑って、私刑の宣告をしていた。
「何か言い残すことはあるかしら? 因みに言い訳があるなら聞いてあげる。事故なら事故で執行猶予がつくこともあるわ。三浦さんも。……ね?」
「「……!」」
金髪に、日本人のような顔立ち。遠目からのに加えて八幡が覆い被さった状態だから、見間違えたのか。
そう考え、一瞬だけ2人は視線を合わせると、ネファスは優美子へと変身し、八幡は真由美の注意を引くために真由美に対し向き直り、手を広げる。優美子の容姿は、八幡が真由美から見えないよう、スマホの写真を見せていた。
「……えーと」
「うん?」
例えば「誤解です」「説明させてください」「あんたの口も閉ざしてやろうか」ナドナド。だが、この時に八幡が選んだのは何気ない一言だった。
「アレですよね、七草ってななくさと書いてさえぐさだから先輩の名前を英語表記で書くと『マユミwwwwwww』って事ですよね」
直後の部屋にプラスチックが割れる音が響き渡る。それは、裁定者が槌を鳴らす決罰の儀でもあった。
「……へぇー。ふーん。そーなんだ、八幡くん」
どうあがいても助からないという未来を視越しての八幡の言葉だが、それにネファスが噛み付いた。
「ばか! あの手の女はチョロインだから、素直に『今度デートするんで許してください』で良いのよ!」
「馬鹿はお前もだ……」
——より酷く、火に油を注ぐ形で。
八幡が見越した未来は、より酷いものとなった。
「歯を食いしばりなさい」
私刑は死刑に格上げされて————
「ちょっ!? 何で俺だけっ!?」
——氷の礫は、さながら機関銃の如く八幡の頭上に降り注いだ。
☆
「酷い目に遭った……」
「それ、ヒキオが悪いし。……大体、あーしとい、一緒に登校したいとか、そういう素直に言っちゃうトコも……あの女の神経を逆撫でしてるというか……」
八幡が息を吐き、優美子がそれに口を挟む。早朝の一件を無事に(?)乗り越えた、何気ない朝の登校風景だ。
そもそも、と少し思い出して優美子は顔を赤くし、隣に座る八幡のすねを蹴った。
2人(八幡とネファス)の痴情を見せつけられたと勘違いした妖精女王の怒りが朝食時間にまで影響を及ぼし、他の女神達の堪忍袋に無事引火、比企谷家に怒号が響き渡った今朝の食卓。
そこで八幡が焦ったのは、未だ八幡ともう一人以外に誰もその存在を知らない、ネファスの対処。
まさか『クローンなんです』などと気軽に打ち明けられる訳もなく、存在自体を隠し通したかった八幡は、まずネファスの姿を隠し、優美子の部屋から就寝中の優美子を
怒ってすぐに部屋を出て行った真由美に代わって呼びに来る誰かが来る前に、優美子に事情を説明し、説得することに成功した。
ただ、作戦成功の結果として目が覚めた優美子にリスの様な腫れ頬になるまで殴られつつ、ネファスについての事情を説明し買い物の付き添いプラス土下座で何とか矛を納めてもらったものの、その現場を雪乃に目撃されたせいで一段と話がややこしくなったりはしたが。
虫歯のように(八幡自身虫歯の経験はないが)ズキズキと痛む頬を摩りながら、八幡は隣に座る優美子から視線を外す。
「……すまんが今朝はお前と登校したい気分だったんだよ。他意はない」
赤い頬で視線を合わせないまま洩らした一言は、それに込められた意味はともかくとして、言葉だけでも十二分に優美子の心を揺すった。
「……どっ、どうせ他の女と学校に行ったって変わんないし!? 明日になったらヒキオは1人で登校すんでしょ!? あの女の面倒見るんでしょ!? 授業受ける必要ないしさ!」
「その可能性は無くもないが、俺は生徒会の雑用だ。授業には出なくて良いが、護衛対象の側にいないといけない。適当にサボれる場所探しを急がないとダメだな」
「護衛役が聞いて呆れるわ……」
「使われてない教室とかあったか?」などと呟く八幡の横顔を見ながら、自慢の金髪を弄りつつ、優美子は言葉を口にした。
「でもいいの? 結構重要というか、国家機密クラスの事をあーしに話しちゃって」
「いいって……善いも悪いも
言葉を受けて、優美子の目は返す言葉を探し宙を彷徨った。
……話すにも話せない情報ばかりだからでしょ! あと簡単に信頼とか言うな! 心臓に悪いんだかんね!?
「……そ、そう。ありがと」
口元をひくつかせ、笑みを浮かべる優美子。その内心はプロミネンスのように荒ぶっていたのだが、それは八幡に伝わる事はなかった。
「…………ったく」
荒ぶる心拍、今にも八幡を押し倒したい衝動を必死に堪えて、優美子は熱くなった息を吐く。
表情からは読み取りにくいが、八幡は優美子に対し全幅の信頼を寄せていると言っても過言ではない。
信頼——否、これは『依存』か。
六道からの脱出についても静に相談するのを提案したのは優美子だし、幼い頃の八幡に言葉遣いや態度、常識などについて教えたのも優美子だった。
八幡にとって優美子は頼りになる姉のような存在……なのだと思う。
だが、生まれたばかりの雛は最初に見たものを親と思い込む——そんな、刷り込みにも似た押し付けがましい信頼感を、八幡は優美子に対して抱いている。
優美子の腕に宿る
世界を何十回終わらせてもまだ有り余るような力を、他人に十円菓子と同じような感覚で渡したりはしないだろう。
優美子が手にしたこの力は、優美子が欲しいと八幡に伝えただけ。だが、感謝のしるし——と八幡は口にしただけで、どんな対価を要求してくるのだろうとワクワクしていた優美子に唖然とした表情をさせておきながら、何も必要としなかった。
無償の愛とは違う何かを感じ取っていた優美子は、子供ながらに警戒していたのだ。
……感謝のしるし? 一緒に遊んであげただけで? ——と。
あれから六年。
ひょっとしたら、婚姻だって真剣にお願いすれば引き受けてくれるのかもしれない。
しかしそれでは、たとえこのまま結婚ができたとしても、八幡の優美子に対する依存が加速するだけ。
仕事も何もしないダメ夫——ではなく、全てが満たされた温かい生活の中で、ヒビの入った器で、静かに軋んでいく八幡の心が、先に終わりを迎える。
優美子だって、自分に寿命という終わりがある事は理解している。
『私が死んだとき、八幡はどうする?』
そんなシュミレーションはした事がない。そんな自惚れが過ぎる考え方は、一度だってした事がなかった。
しかし、もしも寿命で死んだり、他の死因での死が避けられない状況になった時、八幡が優美子の後を追う、もしくは世界を消しクズに変えてしまうようであれば。
後を追うならまだいい、悲しみを背負ってその先を歩んでくれるならもっと良い。……しかし、そのどれでもなかったなら、人類は、世界は——最悪の形で終わりを迎えることになる。
それはいずれ脱却しなければならない、優美子にとっての課題だ。
「ついたぞ」
個人車両が駅に停車し、ドアが開く。
順番にキャビネットを出て、八幡の少し前を歩く優美子は、少し前——六年前に初めて出会ったばかりの、何もなかった八幡の事を少し思い出す。
『……? 人をたすけるのに理由がいらないように、人をころすのにも理由はいらないはずですが。きょーかいで、もう動かないにくかいの為のおいのりは許されるのに、人の手による
言って振り返る、少女のような少年のその顔は、かの『クリムゾン』などよりもよほど強烈に、むしろ心地よさげに——大量に返り血を浴びていた。
それは限りなく機械的な表情と会話で、本来必要とされた魔法師の理想の姿だった。
……そんな、本当の意味で血も涙も流れなかった六年前に比べれば、今の依存は明らかに人としての許容範囲内と言える。
魔法の力は強さが過ぎる。弱い人の心を持つ人間には到底耐えられない。——それは、優美子が魔法の力を学んだ時から志していること。
ましてや、魔法以上の力を持ってしまった八幡がどんな境地にいるのか、今の優美子には想像すらできない。
だが、優美子の中で一つ、はっきりと決めている事はあった。
「……ヒキオを、魔法師になんかさせないんだから」
「……? 何か言ったか?」
「ううん、なーんも。……じゃ、あーし教室行くから。ヒキオもたまには自分のクラスに顔出しなさいよ」
「昨日行ったらガン飛ばされたのでやだ」
「あっそ……」
校舎へと向かう少女の、胸に秘めた誓いは、やはり誰にも聞かれずに、会話をしている内に、消えていった。
優美子自身、我ながら身勝手な思い過ごしだ——そんな風に、考えながら。
次回から風紀委員の仕事です。
一晩明けるのに何話経過してるんだろう。