やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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What happened?

『……久しぶりだね、深雪』

 

「……お久しぶりです、お父様」

 

画面の中からかけられた言葉に、深雪はそのテレビ電話を取った事を後悔した。顔をしかめなかっただけマシというものか。

 

無論、電話に出ないという選択肢もあった。発信元は割れているのだから、そのまま切れるのを待っていれば良かったのだ。

 

だが、それをすれば兄が電話に出てしまう可能性がある。ただでさえ兄を不遇な環境に陥れている憎き男親だというのに、それ以上達也にストレスを与えようなど、深雪に出来るはずもなかったのだ。

 

とはいえ、一度出てしまった以上、淑女たる深雪が電話をガチャンと切る(昔風の例え話だ)事は出来ない。だからといって長話する気もさらさらなく、深雪はとにかくこの目の前の人物――司波龍郎が嫌いだった。

 

母親が死んだ途端、他に女を作って出て行った男が今更自分の子供に何の用だろうか。

 

「それで……何か、御用でしょうか」

 

とはいえ、ただ見つめ合っても何も終わらない(・・・・・)

 

それを知っている深雪は、さっさと始めることにした。

 

『ああ』

 

そんな深雪の機嫌の良さ(・・)を感じ取ってか、龍郎もためらう事なく頷いて口を開いた。

 

『まずは深雪。第一高校入学、おめでとう。そんな事を言えた口ではないのは分かっているが、祝わせてくれ』

 

「……? ありがとうございます」

 

この言葉に、深雪は驚きよりも懐疑の念を覚えた。

 

だって。深雪に言うためだけならば、『そんな事を言えた口』などと付け加える必要はない。素直に『おめでとう』だけで充分な筈だ。

 

だから、深雪を驚かせたのは龍郎のこの後の言葉だった。

 

『それと、達也(・・)にもおめでとうと伝えておいてくれ。連絡したのだが、都合が悪いのか出てもらえなくてね』

 

「……!」

 

深雪は思わず、口元を手で覆い隠した。あんぐりと開けた口を見られない為という事もあったが、自分が何を言い出すか予測できなかったからだ。

 

「……どういう、風の吹き回しでしょうか」

 

だから、散々悩んだ挙句に絞り出した深雪の言葉が、相手の祝辞を素直に受け止められなかったという事実を露呈させていたのも無理はない。

 

それを龍郎もわかっていたのか、その意図を素直に暴露することにしたらしい。

 

『いや……もののついでだが、彼に注意しておいてほしいことがある』

 

この一言で、深雪はこちらが本題だと察した。あくまで、推測に過ぎないが。

 

「……お伺いします」

 

なんだ、やはり何か目的があるのか。

 

ならばすぐに本題を聞いて切ってしまおう、と深雪は考えた。

 

だが「龍郎が達也に気をつけてほしい事」に興味が無かったわけではない。むしろ兄の(自分との)生活を妨げる障害になるならば、どんな仇敵の忠告であっても深雪は受け入れる覚悟が出来ていた。

 

『……彼が、今年第一高校に入学すると聞いた』

 

ただ、その忠告は抽象的過ぎて深雪にはその意図が読めなかった。

 

「……彼、ですか? どなたでしょう?」

 

しかし、深雪の返事を聞いて今度は龍郎が表情を変えた。

 

『比企谷八幡君……というんだが、彼ら(・・)から聞いていないのかい?』

 

彼ら。龍郎の指す団体、或いは集団はつまり、四葉家。個人ではなく複数形で言っているがそれも、恐らくはその当主、四葉真夜のことだ。

 

「……いいえ。叔母さまからは、何も」

 

それを理解して深雪は、首を横に振った。

 

『そうか……なら、この後にでも連絡が来るかもしれないな。私はここの辺りで切り上げさせてもらうよ』

 

しかし、そこで龍郎があっさり引くとは思わなかった。四葉が警戒する情報であろうと真夜がそれを伝えてくるとも限らないし、聞いておきたいとつい焦った深雪は、

 

「え……あ、あのっ、もう少し、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

深雪が生まれてから龍郎に対してこれまで一度もした事がない、「父親に対するおねだり」というものをする羽目になった。

 

それを受け、達也はともかく深雪の事はそれなりに気にかけていた龍郎は、深雪の「おねだり」を聞いても僅か数秒しか会話を延ばす事はしなかったが、その会話の中で深雪が気になる一言を話した。

 

『比企谷八幡は……四葉を滅ぼす存在だ。とにかく、君も達也も、彼にだけは気をつけるんだよ』

 

一瞬、その言葉の意味を考える。考えて、どうしようもできず、返事をすることにした。

 

「……畏まりました。お兄様にお伝えしておきます」

 

『ああ。よろしく頼むよ。ではね』

 

「はい。失礼します」

 

深雪が頭を下げ、そして、画面がブラックアウトする。基本的に電話をかけてきた相手より先に電話を切る事を深雪はしないが、礼節も何もそもそも相手は実の父親だ。深雪は頭を下げずにそのままビジフォンに触れても良かったのだが、――兄の手前(・・・・)、淑女たる深雪にそんな不躾な態度が出来るはずもなかった。

 

「……お兄様、聞いての通りですが、一体どういう事でしょう」

 

カメラに映る範囲外の場所でずっと会話を聞いていた達也に、深雪が振り向いて尋ねる。

 

「わからない事だらけだな……。親父が俺の事を気にかけた事もはっきり言って変ではあるが、比企谷八幡……調べても、特に変なもの(・・・・)は出てこなかった」

 

深雪と龍郎との会話の中で「比企谷八幡」というワードが出てから、達也は端末でその名を調べていた。

 

だが、達也の端末に表示された検索結果は該当ゼロ。

 

達也や深雪のように情報統制・操作が完璧に行われ、データが偽装されているのではなく、そもそもそんな人物が存在しない。

 

カタカナ、アルファベット、ひらがなは無論のこと「比企谷」の他に「比企ヶ谷」で検索してもヒットは無し。

 

「だが、親父があれだけ言う相手だ。気になる事だし、本当に危険であれば四葉本家から連絡が来るだろう。親父と違って、四葉にはお前を庇う理由がある」

 

「……はい」

 

機械のように推論を立てる兄に、深雪は重く返事する。達也の言葉は言外に『重要なのは深雪だけであってあくまで達也は付属品』と自嘲していたからだ。

 

(お兄様……深雪は嫌です。そのように自分の身を軽くお考えにならないでください……!)

 

だが、このやり取りも今に始まった事ではない。先程まで話していた龍郎も含め、これまで幾度となく繰り返されてきた事だ。今更それを指摘しても、それこそ「今更だ」と返されるだけ。

 

だから深雪は、この痛みを胸の奥に深く仕舞い込む事にした。

 

四葉真夜から「四葉の敵」についての情報が届いたのは、このすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……などという思わぬ情報提供があり、深雪と達也は八幡の事を知っていた。

 

四葉の敵。四葉を滅ぼす者。だが、それとは別に、四葉の当主たる真夜が、執事である葉山を介せずに直接達也たちにもたらした情報が一つあった。

 

『あの子は……自分で勝手に傷ついていく、馬鹿な子なの。だから、罵詈雑言を浴びた所で何もこちらに損害は出たりしないわ。言葉は殆どが上辺だけ。彼を見るなら言葉ではなく行動を見なさい。それが、彼という爆弾を理解するに一番手っ取り早い方法だわ』

 

爆弾? という深雪の質疑に対しては、

 

『アレは、存在自体が精神干渉魔法のようなもの。彼が行動を起こす度に周囲の人間が心を痛めつけられる。彼が取った行動の結果によって。本人は自分だけが傷ついて誰も傷ついてない……なんて思い込んでいるけれど、実は周りの事を考えていない。自分の気持ちですら、上辺だけでしか考えていないのだから』

 

嘆くように息を吐き、真夜は続ける。

 

『だから、関わるなら最後まで。余計な災厄を被りたくないのなら、徹底的に関わるべきではないわ。それだけよ』

 

そう言って、言いたい事を言いたいだけ吐き出して、真夜は通話を切った。

 

真夜直々の忠告を受けてこの兄妹は、積極的には動かない、だが来るなら来るで迎え撃つ、というスタンスで行く事にした。

 

他人が傷つく姿程度で今更何か思う達也ではないし、今は亡き母親に徹底的に教え込まれた深雪も同様だ。

 

……まぁ、昨夜聞いた話が一体何の役に立つのかといえば、今、この瞬間、何も役立つ事はなかった。

 

「四葉深夜」の名を、四葉との血の繋がりを言われた事ではない。その、少し後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なっ、……っ、……うぅ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪は、その美顔を真っ赤に紅潮させていた。

 

その恥じらう姿を見て、相対する八幡の顔も自然と紅潮する。

 

照れる、で済む筈がない。美しい、可愛い、もっと見ていたい、目の毒だからこれ以上見てはいけない、――恥ずかしい。

 

しかし、異性が顔をただ寄せただけで、完璧な美少女である深雪がこのように恥じらう訳はない。達也に迫られたらその限りでもないのかもしれないが、少なくとも達也はこの瞬間、深雪の近くに居なかった。

 

深雪の小さな口が、ただぱくぱくと開閉する。酸素を求めて、ではなく言葉を発そうとして、だ。

 

「……わ、悪い……」

 

八幡が手を引く。

 

「……っひぃう!?」

 

しかし、その瞬間におよそ人の声として聞いたこともないような美しい悲鳴を深雪が上げ、八幡の手が硬直し、手の動きが止まった事によってまた深雪が小さく悲鳴を吐く。

 

それを見ていた達也は、衝動的に、或いは反射的に、魔法の照準を八幡に定めていた。

 

材木座なる少年は、頭を抱えてその場に蹲っていた。

 

そして、それを見ていた第三の目。本来は何事も無くこの少し後に見回りついでに()に接触するつもりだった生徒会長は、貼り付けていた鋼鉄の笑みを取り外し、代わりにその美しい柳眉を釣り上げ、彼に接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡、司波深雪の胸を揉む。以上。

 

 




あーしさん出てねぇなぁ……とか思ってます。

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