やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
人物紹介
ライオンいち
獰猛。やばい。つよい。八幡が勝てない。すごく大きくて柔らかいモノを持ってる。それで八幡を誘惑する。鴛鴦が読めないし書けない。
ライオンつー
獰猛。やばい。つよい。はやい。……無い。八幡を襲おうとして耳を責められた事があるけどあの時は本当やばかった。遮音シールドがなかったら多分全住人が起きてた。
湯冷めする、という言葉がある。
幼い頃、八幡は周りの大人達の会話からこの言葉を〝沸かした湯が冷めること〟と思い込んでいたが、実際に広く使われる意味として「風呂上がりにきちんとタオルで体を拭かないせいで体が冷えること」だった。
同様に〝消せ〟の命令を文字通りに〝消滅〟させることだと思い込んでいたが、まさか対象を殺すことだとは思ってもみなかった(或いは解釈違いなだけか)。
そんな解釈違いが起きてしまうのが、言語学の難しいところであり楽しいところでもある。
だが、今回彼が言いたいのは「人を見た目で判断するなよ」である。
——ひそひそ。……まじでー。
名が体を表すとはよく言ったものだ。
まさに表面的なものこそが人にとって一番の判断材料となり、それの核心などは二の次であることを上手く表現している。
もっとも、この二人の場合は〝名が〟ではなく〝絵面が〟で、〝体を〟ではなく〝風評被害を〟で、〝表している〟が〝加速させている〟なのだが。
二人——もとい、追跡を振り切ることができなかったが故に三人となった彼らは、剣道部や剣術部がデモンストレーションを行うことになっている第二小体育館を通り過ぎ、馬術部やSSボード・バイアスロン部などがデモを行う予定のエリアに来ていた。
演習は始まってはいない。だが、結衣に捕まった後、OBやOGの一部が部活動勧誘の為に無茶をしているとの連絡があり、その防止のためとして風紀委員である八幡と昴(と結衣)は見廻りに来ていた。
その手前の体育館——通称『闘技場』なる場所でも剣呑な雰囲気が漂っていたものの、出張れば間違いなく自分が目立つことを
ただそれは、『問題が起きそうにない』というだけのトコロであって、問題そのものである八幡が紛れ込もうとしてもすぐになんらかの形でその効果が表れてしまうのだ。
例えば、美少女二人に引っ張られながら校内を練り歩く学園きっての問題児のその姿は、彼らがそこにいるだけで何かと話題を呼ぶことになる。
昨日は違う女を連れてたよね、とか。
「ねえ由比ヶ浜さん」
「なあに、ヒッキー」
ひそ……ひそ。
八幡の声かけに気分良さげな様子で応える結衣は、蔦の如く八幡の腕に絡みつき、柔らかくももっちり、圧迫感のある胸をさらに押し付けている。
風紀の乱れについて考えなければ、ただ仲睦まじい少年少女の放課後——なのだが。
ひそ? ……ひそひそ。
「ひーきーがーやー! 風紀委員の仕事しろよっ! オレと周るんだろうがよっ! ほらあそこでサイオンの閃光が見える!」
「はいはい平平『
「問題大アリだよ!」
ひそひそひそひそひひひひひそそそそそっ!!
もはやひそひそ程度ではなく嵐の日の荒波の如く、ざぱーんと周囲の人間の話し声は大きくなった。
八幡の右に結衣、左に昴がそれぞれ陣取って引っ張り合いをしている。
先ほどから激しく動いているのは昴で、結衣は八幡にピタリと寄り添っているだけなのだが、
とりあえず
すりすり——と肩や腕への頬擦りで八幡の体温を確かめようとする結衣にせめてもの抵抗として目を向けないように歩きながら、八幡は歩みを進める。
「取引がしたいんだが」
「……どんな?」
んぅ、と八幡の肩から八幡の匂いを嗅ぎ、まるで味わっているかのようにうっとりとした表情を浮かべた後、ゆっくりとした動作で八幡の方を振り向く結衣。
やーだー香水とか今日あんまつけてないんですけど……!?
問い返す結衣に、彼女の仕草や格好や柔らかいやらの緊張でそれどころではない八幡だが、どうにかこうにか緊張を噛み締めて、意思通りに動く保証のない口を開いた。
「俺を見逃してくれ。別に悪いことをしようとしてる訳じゃないから」
「じゃあいいじゃん。あたしがいても問題ないよ」
「いや、困る」
「なんで?」
「その……言いにくい事なんだが」
躊躇いを見せる八幡。その悩ましげな姿に結衣は自分を心配してくれるのかと、淡い期待に胸を膨らませた。
「うん」
「今から行くとこ、漢字がいっぱいある場所なんだ。お前が熱とか出さないか心配で」
「知恵熱ってこと!? いくらあたしでもそんなんで頭痛くならないし!」
「おしどり夫婦のオシドリを漢字で書けるか」
「おしり……だり?」
「それ以前の問題でしたありがとうございました」
両手を前で重ね、ペコリと頭を下げる八幡。
「いろはちゃんの物真似!? 全然似てなかったけど!」
「そうか。それじゃ今度練習してくるよ。それじゃ」
「うん、それじゃ——って、待った! どさくさに紛れて逃げようとしない! はるさんからヒッキーがちゃんと仕事するかどうか見張るようにって言われてるんだから!」
一瞬笑顔で離しかける結衣だが、直後にはっ、と我に返って再び腕を絡ませた。
再び——ということは、あのマシュマロは再来する訳で。
「————ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
昴が、人の抱える罪の一つ〝憤怒〟を露わにした。
「…………マジで?」
世界をも灼かんとする激情の炎を他所に、八幡は息を飲んで結衣の目を見た。
結衣は恥ずかしげに八幡から目を逸らしながら、
「……う、うん。ヒッキーは頑張り屋だけど捻くれてるから、きっと人の見てないところで頑張ってるって。誰にも見られないヒッキーの頑張りをちゃんと見ておくようにだって」
最後にはきちんと八幡の目を見て、言った。
「……それプライバシーの侵害じゃないすかね…………」
ため息をつく八幡だが、「そうじゃない」と首を振る。真剣な眼差しだ。何かこう、命の危機を感じ取っているかのような。
結衣はそんな八幡を不思議そうに見つめていた。
「由比ヶ浜、今なんて?」
爆弾処理をする素人のように怯えた顔で、八幡は聞き返す。
「え? ——だから、ヒッキーの頑張りを……」
「そこじゃねえんだ。お前、雪ノ下さんがって、言ったよな? 雪ノ下さんが由比ヶ浜に見張りをする様に頼んだって」
「う、うん。何かおかしいところでも——」
「——あの雪ノ下さんがお前だけに頼むと思うか?」
——そこまで聞いて、結衣は漸く気づいた。
「…………あ」
「そうだよ、お前だけじゃない。きっと、あいつにも声をかけてる筈だ」
口に出すのも憚られるのか、それともただ単に恐怖によって口が開かないだけか。八幡は、その名を口にしようとはしなかった。
「……あ、あはは……こんなところを見られたら、どんなお説教が飛んでくるのかな」
「食の恨みは怖いって言うが、あいつはそれ以上に胸に関して一際根に持ってるからな。姉に吸われたせいか知らんが尻も割と小さかったし」
「ちょっと待って。なんでヒッキーがゆきのんのお尻の大きさ知ってるの」
「昨日の晩、雪ノ下、夜這いしかけてきた」
「なるほど……」
「いや納得すんなよ」
と、割と平和な会話において昴は完全に蚊帳の外に追い出されていて、ただ八幡の腕にしがみ付いているだけであったが、そのせいか彼らの中で異変に気付いたのは彼女が一番先であった。
「…………?」
何故か、先程までウザいくらいに此方の様子を伺っていた多数の視線がなりを潜め、今度はこちらから目を逸らそうと躍起になっている。
まるで、自分たちの背後に何か
——その人物は、すぐそばまで来ていた。
「由比ヶ浜さん、比企谷くん」
「——え」
「——は」
一陣の風が、三人のいるこの場所を駆け抜けた気がした。
それはきっと、痛みを伴わない暴力。
酷い目に遭う訳ではない。拷問を受ける訳でもない。しかし、自然と二人の背筋は凍りつく。
しかし、僅か1コンマの間に硬直を振り解き、次の瞬間に反応して見せたのは流石元六道と現六道というべきか。
「「森崎(すばるん)シールド!!」」
「ちょっ!? おまえら!?」
何の逡巡もなく結衣が一歩前に出て、八幡がその場に留まったことによってシーソーのように力が昴に伝わり、彼女が二人の背後に押し出される。おまけに昴の体で身を隠せば、その人物から八幡と結衣は見えない。
「ねえ、三人とも。一体——何の話をしていたの?」
しかし彼らの行動は、鬼に見つかってから行ったのでは意味がない。そんな事は八幡もわかりきっている。故に、
「秘技!
言葉が紡がれる前には既に、八幡の体は別れていた。
二〇秒と経たず、その場は大量の〝八幡〟で埋め尽くされる。
——なんなのよこれぇー!? 八幡くんは一体何をしてるのよーっ!?
同じ顔をした人間が無尽蔵に増えていくその光景はさながら地獄のようで、何処かの生徒会長は堪らずに悲鳴を上げた。
しかし、その不気味さは八幡と全く同じ人間が増殖している事に対してではない。
くじゃくしゃ、べちゃぺちゃ。
生み出される分身のどれもが、いわゆる分身の術のように本人そっくりな分身体が生まれるわけでもなく、丁度九重寺で司波兄妹相手に放った時のように、人の形をしてさえいないものが八幡から別れたものの中には多数含まれていた。
芝居唄。物語、フィクションというものは本当の意味で作り話に過ぎず、作者のイメージした通りの顔の人形がごっこ遊びに興じているだけに過ぎない、『本物は何もない』という悪談を元にした遍く物語に登場する人物を
先程関本が使っていた浄瑠璃法式と呼ばれる傀儡操作術とは違い、此方は容姿も格好も定まっていない泥人形を使役しているだけ。
「……この程度、かしら? 部屋に飾るにしても流石に醜悪すぎるわ。——まぁ、あなた本人に比べれば大分可愛げのある見た目をしているのだけど」
だから、浄瑠璃のように芸術が如き設定の細やかさが不要な分、術者本人と見間違わせる事は困難な魔法だ。
しかし。
「——
結衣が、自らの魔法によって顔さえ定まってはいなかった人形に八幡の顔を与え、背格好まで同じに近づけていた。
「雪乃。好きだ」 「雪乃。好きだ」
「雪乃。好きだ」「雪乃。好きだ」
「雪乃。大好きだ」
「雪乃。好きだ」「雪乃。好きだ」
「雪乃。好きだ」 「雪乃。好きだ」
重なり合った声がエコーのように響く。コーラスのようにも聞こえるそれは、自分を取り囲む状況とも相まって簡単に少女を常識の外へと追いやった。
「……なっ、えっ、あっ、あ、ぁう……っ!?」
そのサポートは少女に対し——案の定、効果バツグンであった。
頬や耳、手の先まで真っ赤に照れた雪乃を置いて、数秒後には人形が霧散するように仕込み、八幡は結衣と共に(付いてきた)その場から逃げる。
「……あ、あれ? 比企谷?」
無論、昴の事は置いてけぼりにして。
☆
こつ、こつ。
厚底なブーツが奏でる音ではないが、彼ら彼女らの息遣い以外に何も音がないこの状況下において、迫りくる靴音は心臓の鼓動よりも大きく聞こえた。
こつ、こ……。
段々と足音が遠ざかっていく。
曲がり角に音が消えた所で、八幡は自分に密着している結衣に話しかけた。無論、小声だ。
「ねえ由比ヶ浜さん」
「なに、ヒッキー」
応える結衣の声は苦しげ。というより、恥ずかしげだった。追っ手である足音の主から身を隠す間、机の下に隠れるという八幡と手と手、体と体が触れ合う所謂抱き合った状態だったからだろうか。
まっかっか、である。
ゆっくりと余計な箇所に触れないようにしながら離れて尚、結衣の頬に訪れた紅色は退く気配を見せない。
緊張してまともに返事を返せたのが「奇跡だったんだ」くらいの面持ちで、結衣は答を待った。
「どうしてわたし達が雪ノ下さんから隠れなくちゃいけないのかしら」
しかし、真面目に事に対し構えていた結衣を襲ったのは、マトモな返事ではなかった。
「ぷふっ」
真面目に聞こうとしていたからだろう。唐突に行われた八幡による雪乃のモノマネを交えた質問は、的確に結衣のツボを突いた。
「……ヒッキー、こんな時に笑わせないで……!」
腹がよじれる。まさにそんな思いで、見つからないように部屋の隅の机の下に潜り込んでいる結衣は笑いを堪えた。
が————
「雪ノ下さんにも困ったものよね。雪ノ下さんが見つけた子猫と可愛らしいお話をしているところに声をかけただけなのに。頬擦りまでして余程堪らなかったのでしょうね……まぁ、あの状況だったらどちらが可愛いコトになっているのか、なんて一目瞭然だけど」
追い討ちをかけるように、結衣のツボを押さえたモノマネを披露していく八幡。それは、彼ら二人の間でのみ理解が及ぶ完全な身内ネタだ。
「あははははっ! もうダメ、もうむり! 声違うのに似過ぎてほんとお腹痛いよ!」
更に笑い声を上げる結衣。八幡が
「……あなた達。わたしの前から姿を消したと思ったら、こんな所で一体何をしているのかしら。しかもそんな格好で」
続く八幡のモノマネ。しかし今度は今までと比べかなりクオリティが高くなっていて、具体的には声色までもが全く同じだった。
「あはは、上手だねヒッキー。今のはかなりゆきのんぽかったよ!」
涙を堪え、笑う結衣だが、八幡の反応がない。不審に思って自分の下にいる八幡に目を向けると、彼はいつの間にか彼女の下から姿を消していた。
八幡の形を残す空気だけがその場に止まっていて、結衣を抱き留めている。暫くするとその空気の繭も結衣に押し潰されるようにして消えた。
「……むー、ヒッキーめ……」
また逃げられた。そう思い、再び魔法を発動しようとするも、その手を横から掴まれることで魔法構築のプロセスは強引に停止させられた。
何故逃げた筈の八幡がわざわざ自分の居場所を知らせるかのように横から自分の腕を掴むのか。
考えられる理由として、「八幡はもう観念して結衣から逃げる事を諦めた」が挙がるものの、わざわざそんな事をする理由が結衣にはわからない。
故に結衣は、その理由を八幡に問おうとして振り向き——そのまま、表情を凍らせた。
ところで問題。
二頭のライオンに追われているウサギがいたとする。
そのウサギがライオン達から逃げ切るにはどうすれば良いか。答えは簡単だ。
「由比ヶ浜さん」
——ライオン同士で争わせて、その隙に逃げて仕舞えば良い。
結衣の腕を掴んだ声の主は依然として雪乃の声で結衣に語りかける。……否、それはモノマネなどではなく————
「聞こえたのはあなたの笑い声だけなのだけど、それにしても随分と楽しそうな会話をしていたわね? ゆっくり、じっくりと訊かせてもらえるかしら。それと……比企谷くんは、どこ?」
「……ひゃ、ひゃい」
嘘がバレた、或いは観念した時の八幡のように縮こまる結衣。
恐怖の女王は、憤怒と嫉妬を以て結衣を見下ろしていた。
「さて、一体どこから聞かせてもらえるの?」
「……あ、えっとこれは、ひっきー、が……」
——雪ノ下雪乃、本人の登場だった。