やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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お待たせしました。続きです。


〜人物紹介〜


比企■■■

■■■。■■レ。思いや■■■る性■■■、それ■■■■■■■。


三浦優美子

 師補二十九家三浦家の令嬢であり、本来六塚家が得意とする炎熱系魔法を得意とする。彼女の力は幼い頃に偶然目覚めた異能であり、魔法と違った性質を持つ。誰かに何かを教えた気がする。


雪ノ下雪乃

六道第二位の家、雪ノ下家の次女。姉である陽乃のようになりたいと思っているが、中学生の頃、一人でにその考えから脱却する。誰かに何かをもらった気がする。


七草真由美

十師族七草家長女。彼女だけが生まれ持った才能は他には替え難く、また他人にとって理解もし難いスキルだったというのに、他人の心を思う優しい性格に育った彼女は他人のことを理解しようとする。きっと必要のない誰かがずっとそばにいた気がする。


忘虐の使徒

「……そう。それじゃあ達也くんは当初の経緯を見ていないのね?」

 

 部活連本部。校内の部活を纏める組織『部活連』の拠点であるこの場所では現在、達也から生徒会長、部活連会頭、風紀委員長それぞれに対する事情説明が行われていた。

 

「はい。自分が目撃したのは剣道部の壬生先輩と剣術部の桐原先輩が言い争っている所からでした」

 

 聞き取り内容は、達也が桐原という二年生を魔法の不適正使用の嫌疑で捕縛した経緯について。

 

 何故達也が尋問されているのかといえば、達也による逮捕に抗議があったからではなく(抗議がなかったわけでは無い)、形式ばった質疑応答が事務処理として実際に必要だからだ。

 

 摩利が、口を開いた。

 

「桐原はどうした?」

 

「負傷していましたので、保健委員に引き渡しました。ご自身の非を認めていましたので、それ以上の措置は必要ないかと」

 

「ふむ……」

 

 今回、特に達也は桐原の逮捕に憤慨した剣術部の部員達を怪我を負わせずに叩きのめしている。達也の戦いぶりは明らかに慣れたものだったが、今回問われたのは桐原の罪の重さ。達也はこの応答の結果に何ら束縛されることはない。

 

 ため息をついて、摩利が隣に座る克人を見た。

 

「……風紀委員会としては、今回の件を——

 

達也の返事に頷いて、摩利は右隣に座る克人に顔を向け——ようとして、突然鳴り響いたアラームに驚き、跳ねた。

 

「——ひゃあっ!?」

 

 その悲鳴に反応する者は(達也を含め)皆無。そんなのは摩利の反応が面白くなかったからではなく、その程度よりも重大なものに、三人のうちの二人の意識が引っ張られているからだった。

 

「六道の……緊急事態メール?」

 

 彼らの携帯端末に表示されているのは、緊急事態発生と書かれた単純な一斉送信メール。

 

 この一言の後に付け加えられた特殊な紋様のスタンプが、彼らにそれを送りつけた者の状態を如実に表していた。

 

「……馬鹿な」

 

 克人が、驚きながらケータイを握りしめ、立ち上がる。それと同時に真由美も立ち上がっていた。

 

 彼ら十師族と六道のみが受け取ることのできるそのメールは、簡単に言えば送信者の身に何かがあった場合、もしくは何か六道でも十師族を守りきれない深刻な事態になってしまった時にのみ、使用可能になる。

 

そのメールの送信権を保有しているのは、六道各家の家長のみ。

 

 雪ノ下家、葉山家、川崎家、平塚家、折本家の後家に加えて監督役の由比ヶ浜家の家長は全員が成人であり、表の仕事も裏の仕事も担うプロの魔法師である。

 

 これら六つの家の家長が緊急事態に陥ることはまずあり得ないが、もし事態の悪化を止められなかったのだとしても、こんなややこしい古いシステムではなく、報道機関や連絡網などで広く迅速に事を伝えるに違いない。

 

 しかし。

 

 今回のように、備えとしてはあるものの実際に使うことはごく稀なこの手段を、わざわざ使った者がいる。

 

 何故使ったのか?

 

 それらが使えない、若しくは使うほどの余裕がないから。もしくは——

 

「もしもしリンちゃん!? 職員室には私から話を通しておくから、急いで校内放送!『校内に残ってる人は速やかに下校するように!』」

 

「俺だ。本日のみ部活動の勧誘は禁止、速やかに下校するように各部の部長に伝えてくれ。今日の補填はまた後日設けることにするが、『十五分後までに下校せず残っていた部については今年の部活動勧誘を禁止とする』」

 

 ——そもそも、それ以外に連絡できる手段を知らないか(・・・・・)の、どちらかだ。

 

「お、おい待て2人とも! 一体何を慌てているんだ!?」

 

 2人の豹変した様相についていけず、真由美の肩を掴んで聞くのは摩利。達也は、その後ろで「何かあったのか」と『よそ見』をしていた。

 

 訳もわからず、感情だけ2人に引っ張られて、摩利は言葉を投げる。

 

 それに対する2人の返答は——

 

「「六道の中で一番強い八幡が重傷を負った。今からこの場所は戦場になるかもしれない」」

 

 それだけだった。

 

「なんだと……」

 

 二人がそれ以上語ることは無かったが、純然たる事実として十師族の魔法師二人が慌てている事こそが、摩利を信用させたのかもしれない。

 

「……っ、全風紀委員に通達! 今日の見回りは中止! 腕章などの返却はまた後日だ! とにかく、これから速やかに下校しろ!」

 

 摩利も通信機を手に取り、部下達に指示を出す。

 

「マジですか?」「放送も……」などと返ってきた声に摩利は、

 

「いいから言うことを聞け! 事情は後日説明する! 死んでも知らんぞ!?」

 

 とマイクに声を叩きつけ、全員から了解の返事を得て、通信を切った。

 

「これでいいのか? ……全く」

 

 目に見えての変化はまだ無い。……自分達に知覚できないレベルの戦いが繰り広げられている、若しくはもう既に八幡が斃されている可能性もある。そうなれば、もしかすると自分達に勝ち目はないのかもしれない。

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 

 そう思っていた摩利だが、彼女はここで違和感を覚えた。

 

 先ほどまでと見ている景色が何か違う——のではなく、何か忘れてしまったかのような、記憶の欠落感。

 

 だがまあ、今はそんなことよりも気にするべき事がある。今、「六道のあの一年生(・・・・・)」が重傷を負ってしまうほどの非常事態であるというのなら六道が動く筈だし、それに連絡を受けた学校が動かない訳が

 

 

 

「……………………何故、六道が動かない?」

 

 

 

 ——違和感の正体は、まさにそれだった。

 

 緊急時、十師族を守るために動く筈である六道が、誰一人姿を見せるどころか連絡を寄越した様子もない。

 

 雪ノ下も、葉山も、平塚も、川崎も、金沢にいる折本は別として、六道において最強である由比ヶ浜も(・・・・・)

 

 誰も、姿を見せていない。

 

「……な、なあ真由美。六道はどうしたんだ? どうしてやってこない?」

 

 そうだ。護衛の当事者である真由美達なら、六道がやってこないことを不審に思っているに違いない。

 

 摩利は、そう思って真由美に声をかけた——が。

 

「……?」

 

 真由美は、怪訝そうに首を傾げる。とてもゆったりとした余裕のある動作で、非常時にできるものではない気品の高さが見て取れる。やはり、育ちが違うからだろうか——なんて、摩利が考えていると。

 

「もう、何を言っているの、摩利? 彼らは彼らで仕事だったりがあるの。私達と六道は緊急時にだけ守護して守護される関係だから、なんの用事も無いのに呼びつけちゃ迷惑でしょう」

 

 と、まるで今が非常事態では無いかのように振る舞って、いて…………。

 

「……???」

 

 ………何故、自分は席を立っているのだろう。

 

 何か言い争いでもしていたのか。つまらない小競り合いでこの二人と喧嘩するようなことはまずないし、あるとしたら無視できないほど巨大なすれ違いが発生した時のみだ。

 

 そして、そんなことがあるなら確実に記憶に残っている筈なのに。

 

 …………疲れてるのかな。

 

 自分が達也を前にして席を立つ理由を思い出せない三人は、己の記憶と戦いながら、再び座り心地の良い椅子に座る。——と。

 

「——あら、ごめんなさい。少し席を外すわね」

 

 真由美のケータイに着信があり、真由美は席を立つ。

 

真由美が部屋を出て行こうとするその前で、克人が達也に目を向けた。

 

「では、今の司波の証言を口述書として記録しておく。桐原からも後に聞き取りを行おう。ご苦労だった。巡回に戻ってくれ」

 

「了解です。……失礼します」

 

克人に促され、部屋を出ようとする達也。……が、部屋に戻ってきた真由美とぶつかりそうになり、達也が身をかわして壁に肩をぶつけた。

 

 心配そうな声と表情で、真由美が達也に駆け寄る。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 側から見ても単なる事故。しかしそれを、オモシロオカシク解釈する者がいた。

 

「おや? 真由美。ドサクサに紛れて達也くんに何をしようと」

 

「してないわよっ! ただの事故! それに触ってもいないわ!」

 

「まさか三年にもなって恋人がいないことを嘆いてそんな犯行に……」

 

「してないつってんでしょうが!!」

 

 摩利の問い詰めに、真由美もとうとうキレた。しかし摩利は、その微妙な変化を見逃さない。

 

 真由美も顔を真っ赤にするあたり、満更でもない——いや、単に照れ屋なだけかもしれない。

 

 隣の彼女から湧き上がるサイオンを見て、摩利はこれ以上真由美で遊ぼうとするのをやめた。

 

 速やかに話題変換に移ることにする。

 

「それはそうと、なんの話だったんだ? 随分早かったが」

 

「……あぁ、うん。いえ、なんでも無いのよ。……なんと言うか、へんな電話ではあったのだけれど」

 

 摩利の問いに対する歯切れが悪い。都合が悪いというより、気味悪がっている様子だ。

 

「へんな電話?」

 

「男の子の声だったんだけど、わたしが『七草です』って出るなり、名前も名乗らず雪ノ下雪乃さんや三浦優美子さんと連絡を取れないか、って言ってきたの。それも随分馴れ馴れしい様子で。……怪しいし、いくらあまり縁がないとはいえ護衛役の六道や同じナンバーズを売るような真似はしたくなかったから、ご自分でご連絡しては如何ですか? って切っちゃったのよ」

 

 余程気分を害されたのだろう、眉を眉間に寄せて、真由美はハッキリと不快な表情を浮かべていた。

 

「……そうか」

 

 これは、からかっても面白そうではない。

 

 摩利は、先ほどまで話していた桐原の処遇についての書類(データ)に改めて目を通す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、やっぱダメか!」

 

 そう吐き捨てると、ケータイを耳から離し、八幡は目の前の敵を睨め付けた。

 

 先ほどから手当たり次第に知り合いと連絡を取ろうと、電話をかけている。

 

 だが、電話をかけた誰もが自分のことを覚えていない——否、知らないかのように振る舞い、電話を切られてしまうのだ。

 

 他人に認識されない——正確には「他人に記憶されない」という能力。それは、単純な事実に連なる人々の記憶すらも改変してみせる恐ろしい能力である。

 

 それが本気を——本領を発揮したのなら、こうなるのか。

 

 消されているのが自分に関する記憶のみ——それの欠如に伴う不合理は都合良く合わせられているようだ——で本当に良かったと思う八幡だが、これでは誰にも助けを求めることが出来ない。

 

 先程助けた見知らぬ生徒も、今頃自分の頭上に瓦礫が降ってきた事すら忘れているだろう。戦闘を察知されることが無くなったということは、誰も避難していないということ。

 

 緊急事態を知らせる通知も、履歴として残るものではない。だから発令があったこと自体、忘れられているのだろう。

 

 それはつまり、これから孤立無援の戦いを強いられるということ。加えて右腕がない。

 

 だが、まだ死んではいない。むしろ殺してくれた方が八幡にとっては好都合なのだが、

 

「……さて」

 

 目の前の少女は、どうやら(・・・・)それどころ(・・・・・)ではない(・・・・)らしい(・・・)

 

「ぁう……。? ……? ……??」

 

 自らをイチジョウと名乗る少女は、何故かあれから一向に立ち上がる気配を見せず、ずっと八幡の目の前で畳に這いつくばっている。

 

 少女自身が自分の不調(と言っていいのか八幡には判断不可能だが)に手間取っているせいで、周りから忘れられようとも、八幡にはまだ余裕があった。

 

 だが、そんな事をする暇があったのなら、目の前の少女を解析した方が良かったのだ。

 

 ガギィッ! 鋼鉄を爪で引っ掻いたような、耳障りな音が響き渡る。

 

 イチジョウの刃が、真っ二つに割れて八幡の左右に落ちた。

 

「……花の乙女が、そうやってえげつないもん生み出すのは如何なもんですかね」

 

 一撃目には反応すらできなかった八幡だが、イチジョウが放った二撃目——正しくは三撃目——は、見事に防いでいる。

 

 そして、八幡はイチジョウの体に起きた異変に気づいていた。

 

「……ひょっとして、歩けないんすか?」

 

 ほんの少し首を横に向けてみれば、八幡に当たらなかった斬撃痕が壁に刻まれている。

 

 その数はひとつや二つではなく、機関銃を振り回したかのように乱雑に、無造作に斬撃が壁に刻まれている。

 

 狙いが定まっていないのかもしれない。

 

 だから乱発して、偶然その一発が当たったのか。

 

 ならば一体なぜ、イチジョウは体に不調を抱えることになったのか。

 

 八幡は、その答えを得ていた。

 

 魔法とは才能の力だ。努力や対価で得るものではなく、生まれ持って決められた力。

 

 藍野日織がこの学園に入学できたのは「比企谷」ではなくイチジョウの力を埋め込まれていたからだが、日織には元々魔法師としての才能はこれっぽっちも無かったらしく、筆記は問題なく通過していても実技ではギリギリの点数での合格だった。

 

 才能を持っておらず、ただ力を押し付けられた日織の、その中にいたイチジョウが、同質の力を持つ八幡との三度の邂逅を経て覚醒した。

 

 彼女の人格は喰われ、イチジョウが身体を乗っ取ることで最強の力を振るっている。

 

 だが、今は先程の見る影もない。イチジョウ——十神の攻撃を八幡が防げる程に、弱体化してしまっていた。

 

「あんたまさか」

 

 自分の導き出した答えに言葉を失いそうになりながら、八幡はそれを口にする。

 

「……意識が(・・・)、あるんですか」

 

 八幡の問いかけに応えるように、イチジョウの左眼が八幡を捉える。

 

「っ!」

 

 途端、確信を持った八幡はイチジョウの前から姿を消した。

 

 どうせ負ける。そんな思いでいっぱいだった彼の脳裏に希望が差し込まれ、死ぬ事に躊躇いが生まれたからだ。

 

 瞬間移動で廊下に出た八幡は、あらゆる場所にある監視カメラの回路を焼き切りながら走り始めた。逃げるためではない。イチジョウを倒す為の時間稼ぎだ。

 

 しかし希望が生まれたとて、勝てる見込みが出来たわけではない。

 

 何か方法は無いか。このままでは彼女は間違いなく死ぬ。

 

 何か。

 

 考えなければ。

 

 ばきり。

 

「…………あ?」

 

 八幡の目前、廊下に亀裂が走った。

 

 それと同時にガギィゴゴドキギガガガ、と音を立てて、八幡の右前方にあった教室のスライド式自動ドアが、プルタップ式の缶詰のように柔らかくこじ開けられていく。

 

「……一体、どこへ行くのですか?」

 

 姿を現したのはイチジョウ。浮き上がった日織の意識を完全に抑え込んだらしく、それによって身体の不調は消えているらしい。

 

 自動ドアを知らないらしく、イチジョウは施錠されていたドアを破壊して八幡の目の前に立ち塞がる。

 

 そんな彼女に八幡は、少しでも時間稼ぎが出来ないかと手をあたふたさせ、

 

「いやそのちょっと、トイレに花を摘みに行こうかなあと……」

 

 表情筋を操ってオドオドと挙動不審な態度と共に自分に意識を集中させた。

 

 それを見たイチジョウは、

 

「といれ……花を……厠ですか。殿方が花を摘むという表現をされるとは、中々面白い時代になりましたね」

 

 もう身体の痺れは完全に取れたらしく、捕食者の余裕をもって優雅に微笑んで見せた。それに対する八幡の顔は、苦笑いだ。

 

「いやあ、貴女が人間だった時代から千三百年(・・・・)は経過してますからね。世の統治者は何百回と入れ替わり、統治者は消え、今は民草が政を握っています」

 

 破滅の刃が八幡に向けられている。

 

 じゃき、と尖っていくそれを見て、八幡はたたらを踏んで尻餅をついた。

 

「なわわっ……ば、あの、会話ができるなら少し話し合いません? 奪った力ならお返ししますし……?」

 

 怯えた表情を作る。しかしイチジョウは、そんな八幡に対し首を傾げた。

 

「嫌ですよ? わたしは力を返して欲しいのであって、あなたを生かしておく理由がない。ので、返してもらおうと奪い返そうと、どちらでも構わないです」

 

「……ああ、そうですか」

 

 八幡は上げていた顔を下げ、落ち着くように床に座りこむ。

 

 観念した。八幡の態度をそう受け取ったイチジョウは、翼を構え——

 

「……!?」

 

「……過去(プラテリトゥム)覚悟(プラパラティオ)勇気(アニモ)……黄金(アウルム)だ」

 

「——ボォぇっ!?」

 

 ——広がった床の亀裂から飛び出てきた襲撃者によって、イチジョウは壁に頭から叩きつけられた。

 

 イチジョウを殴りつけた襲撃者は拳に金色の液状の物質を纏っていて、腕から滴り落ちたそれは八幡の眼に紛う事のない純金として視えていた。

 

「……ぜーたくだな」

 

 腕から黄金を滴らせるその特異な姿と、白衣を身に纏って仁王立ちという〝彼女〟らしい姿に、八幡はため息をこぼした。

 

「……っ!」

 

 壁に叩きつけられ、黄金まみれになっていたイチジョウは即座に反応し、翼を動かした。

 

 大きく姿勢を崩した人が体勢を元に戻すには、まず手足が動く——が、イチジョウの場合、手足よりも先に翼が動く。

 

 それは攻撃に対する反撃の為であり、続く二撃目に対する防御の為だ。

 

 「!?」

 

 しかしイチジョウの翼は羽ばたきを止める。……否、止めさせられた。

 

 ギチ、ギチ……と、鋼鉄ワイヤーが悲鳴を上げる音と共に、顔だけ背後に振り返った状態のまま——イチジョウは蝋人形のように固まっていた。

 

「こ、れ、は……?」

 

 翼の先から指の先まで、身動き一つ取れない。顎の動きが必要ない言葉を発するので精一杯だ。

 

 彼女の体に纏わり付いた黄金が、意志を持ったかのようにうねり、彼女の体を縛りあげていた。

 

 何か混ぜ物をしているのか、魔法的な強化を施しているのか。自動ドアを素手で破壊して見せたパワーを持つイチジョウの動きは、完璧に停止させられている。

 

 そんなイチジョウの前で彼女は振り返り、八幡に向かって笑みを見せた。

 

「どうだ比企谷。最高にカッコいい登場の仕方だろう?」

 

 彼女がここに現れることは視えていた。視えていたからこそ八幡はこんな開けた場所に来たのだし、予知に死角などあるはずがないのだから。

 

「…………」

 

 それでも。

 

「比企谷?」

 

「……いや、その。……ありがとう、ございます」

 

 涙が出る。本気で死ぬかと思った。これ程の生死体験をしたのは久方ぶりだ。

 

 実は、イチジョウが仕掛けた記憶の操作によって、人前であろうと泣き喚いてしまいそうになるくらいに精神が負担を受けていた八幡は、堪えていた涙が頬を伝ってしまう程に、感極まっていた。

 

 人からの罵倒には平気でも、孤高ではない孤立は今の彼には精神的に響く。

 

「——結婚してください、平塚先生」

 

「ああ、……うん。…………ふえっ!? ひ、ひひひきがや!?」

 

 八幡の言葉に頷いたものの、その言葉の意味を理解した途端に顔を真っ赤にして慌て始める平塚静。

 

「……あ、先生。先生今、すげー可愛いです」

 

「はあああっ!?」

 

 そんな彼女を、八幡は久しぶりに可愛いと思っていた。





ここでまさかのブラックホース或いはど定番が登場かー!?

次回をお楽しみに。
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