やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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六道とか全く触れてないな……って思いました。


ついに彼女は彼の望まざる場所へと到達する。

倒れた材木座の手を引いて立ち上がらせ、じゃあこれで――と別れようとした八幡。

 

だが、自分達の秘密を暴露する可能性がある存在を、四葉たる達也と深雪が放っておくはずもない。

 

「待ってください! 話はまだ終わってません!」

 

「他言する気はねーよ。つまらんし、何より暴露する理由がな――いっ?」

 

呼び止めた深雪に八幡が振り返り――きちんと振り返る事が出来ずに――何故か何もない所で先程の材木座と同じように躓いた八幡が、呼び止めようと接近していた深雪を押し倒し、その乳房を掴んでいたのだった。

 

「……あ……いや……その……だな」

 

口ごもり、しどろもどろになりながら八幡は言い訳を探そうとしている。だが、その前に異変が起こった。

 

八幡の頭からサッと血の気が引き、その唇が青くなる。その視線の先は深雪ではない何処か遠くを見ていて、だがそれは今現在セクハラを受けている深雪には関係が無かった。

 

「早……く、退けて下さい! その手を!」

 

退けなさい、と命令形出なかっただけ、マシというものか。

 

生まれてこの方兄以外の男性に気を許した事はない深雪は、今日初めて、男性に押し倒され、あまつさえ胸を揉みしだかれている。

 

それでも即座に相手を氷漬けにせずに言葉だけで済ませられているのは、ギリギリのところで深雪の理性の勝利だ。

 

だから、横から達也が八幡を蹴り飛ばしたのは、当然の仕打ちだった。

達也の右足靴が咄嗟にガードした八幡の右腕を捉え、バギボギと骨を破壊しながら八幡の体を吹き飛ばす。

 

「妹に……触れるな」

 

そう、冷徹に冷酷に妹に対する不埒者を見下げ果てる兄。

 

その視線は、ただの同級生程度に向けられる生易しいものではなく、ハッキリとした敵対者に贈られる敵意の現れだった。

 

ごろごろと地面を転がる事なく、ザッ、ズッ、と擦れる音を数回響かせただけで、八幡の体は建造物に激突した。

 

幸い壁などを破壊するには至らなかったものの、ガードした八幡の右腕はボロ雑巾のように垂れ下がり、地面を跳ねた制服は当然破れたり汚れたりと、無傷であるはずもなかった。

 

「……うぉぶ……ごぼっ、ぶ、……げぇふ」

 

彼の口から血が滴り、吐き出そうとしたそれをすんでのところで飲み込む。かなりの重傷であるが、意識は失っていないらしい。

 

愛しのお兄様が天誅を与えたお陰か、深雪の沸騰しかけていた溜飲は下がりつつあった。

 

それ以上襲ってくる気配もない(この押し倒しにしてもただの事故だ)ので、達也はただそれを見ていた。

 

だが、やり過ぎてしまったのも事実だ。このままでは恐らく、彼は三日から五日の間はベッドの上。恣意的ではなく、事故の意味合いが強い八幡の行動にそこまでする必要があったとは思えない。

 

だから、達也は自分が自由に使える数少ない魔法を行使しようとした。

 

治癒魔法ではなく、物質の時間を巻き戻す魔法を。

 

――と。

 

「……あ゛あ。 ――いや、本当、悪い、……すまなかった」

 

彼ら兄妹の背後からかけられる声。未だ兄に手を差し伸べられて立ち上がる途中だった深雪は、その明らかな異常事態を前に瞠目した。

 

八幡が吹き飛ばされていった方向は間違いなく彼ら兄妹の正面で、その声が聞こえたのは「背後」。あり得る筈は、絶対になかった。

 

(眼前――)

 

八幡が倒れているはずの場所には、何も(・・)ない。

 

それどころか、八幡が転がって傷ついたり地面に付着した血痕すら見当たらないのだ。

 

まるで、達也が八幡を蹴り飛ばしてから全てが幻だったのではないかと思える程に。

 

「これで手打ちにしてくれると助かるんだが……」

 

思わず、達也と深雪は振り返ってしまった。そして、二人はその顔を驚愕に染める。

 

そこには。

 

「はぁ……入学初日に揉め事とか……入学式ですら始まっていないのに、アイツ(・・・)の言う通りじゃねえか」

 

無傷の――比企谷八幡が、綺麗な形の右手で頭をがしがしと掻いていた。

 

「――どう……やって――」

 

達也が、驚きの表情を隠せずにいた。

 

(……魔法の発動は無かった。断言していい。だが、傷が治っている? まさか幻覚――)

 

「魔法……だと?」

 

「ん? ……あぁ、魔法だよ魔法。まーほー」

 

ぷらぷらと手を振りながら、途端に戯ける八幡。その様子が達也には、知人の坊主でありそれ以前に『忍び』でもある、とある僧都と重なって見えた。

 

「……あり得ない。一体何をした!」

 

確かに肉を叩く手応えはあった。骨を砕く感触もあった。ダメージは肋骨や脊髄などには達していないだろうが、それでも確実に、すぐに回復するような痛みでは無かったはずだ。

 

ましてや、幻覚にかかったと言うならば達也が気付かない筈はないのだ。

 

叫ぶように聞く達也に八幡は、はっ、と乾いた声を上げ、

 

「『ありえない』なんて事はありえない……だったか。自分が視える(・・・)世界が全てじゃないんだから、当たり前だろ。職業柄、投げられて受け身を取るのは条件反射に近くてな」

 

言って、八幡は正面に立つ兄妹を見定めた。

 

「……まぁ、俺が言いたいのはそうじゃない。本当に、済まなかった」

 

そう言って、八幡は頭を下げる。それと同時に、彼らの足元に転がっていた〝何か〟が消失していくが、もとより誰も気づいてはいなかったので認知される事は無かった。

 

「ええ、ええ。……まぁ、……何をしたのですか?」

 

赦しの言葉を口にしようとして、やはり納得が出来ずに深雪は八幡に尋ねた。

 

しかしそれを、八幡は眉を顰めて、

 

「何をした……って、お前の兄貴に肩を掴まれて(・・・・・・)引き剥がされて(・・・・・・・)俺が地面を(・・・・・)転がったんだろ(・・・・・・・)

 

確かに証言してみせた。

 

しかし、そこには彼ら兄妹との明らかな情報な食い違いがあった。

 

「……倒れたのは、どちらですか?」

 

「……俺から見て右側だな」

 

尚も聞き込む深雪に、八幡は訝しみながらも答える。それを受けて深雪は、浅く頷いた。

 

「……わかりました。あなたを許しましょう。ですが、今後二度とこのような事の無いように。次は止めます」

 

許す――そう口にしてはいるが、何をしたのかわからないという気持ち悪さと兄以外の男に胸を触られたという気色悪さで許す事など出来そうに無い。

 

だが、八幡は下卑た目的を以て――故意に、破廉恥な事をした訳ではない。敵意を持っていないのに、敵ではないのに必要以上のコトをするのは、流石の深雪といえど躊躇うのだ。

 

「……承知した。二度とやりません」

 

八幡も、深雪が何を止めるつもりなのか迄は、聞く気になれなかった。

 

「……じゃ、俺はこれで。材木座、行くぞ」

 

「はぽん……我、ガチで死ぬかと思った……」

 

未だに蹲っていた材木座を連れて、八幡はこの場から立ち去ろうとする。

 

だが。これだけで終わらない。

 

言っていたではないか。

 

第三の目――何者かが、接近していると。

 

八幡は達也に退けられる前、確かに顔を蒼白状態にしていた。

 

そしてその人物は、達也と深雪の正体を知って尚涼しい顔をしていた八幡の顔色を一変させる程の影響力――恐怖力と言い換えても良い――を持っている。

 

「……材木座! 早く行くぞ! 万が一にでも(・・・・・・)遅刻したらまずい!」

 

何故か八幡は途端に喚き出した。

 

「……ほむん? ……まぁ、承知した。だが、そんなに急がなくても――」

 

それはとある人物の到来を告げる烏の鳴き声であり、八幡にとっての更なる苦難の始まりでもあった。

 

「馬鹿! 急げ! 急がないと――」

 

「――急がないと、何かしら?」

 

「殺され――あふぇっ、転がされ……何でもない、です」

 

氷のように冷たい手が八幡の左肩に置かれる。

 

そして八幡は、文字通り――身動きが取れなくなってしまった。

 

「こっちを見て」

 

ぐぃぎぎぎぎ、と八幡の首が回る。

 

「……はっ、えっ、は、ははは……コンニチワ」

 

乾いた声、乾いた笑み。そのどれもがひび割れて、今にも崩れてしまいそうだ。

 

「あら、変な挨拶をするのね。今は朝。おはようと声をかけるのが普通ではないかしら、破廉恥ヶ谷君」

 

その光景を見て材木座は――明後日の方向を見ていた。

 

司波兄妹は、既にこの場所に居ない。

 

正確には彼らが、八幡の元へとやってくる彼女とすれ違っていた。

 

兄妹は入学式が執り行われる講堂へ。

 

八幡も後を追うように逃げようとして、失敗。

 

「貴方は私達(・・)とは違って、不用意に護衛(・・)対象に接触するべきではないのとあれ程言ったのに……」

 

嘆く声。その声の抑揚の付け方は、何処か四葉真夜の憂う姿を彷彿とさせる。

 

「……いや、なんか四葉真夜がバラしてたっぽいぞ、あいつら……」

 

(いや、雰囲気的には司波深雪か――)

 

そう思いながら、八幡はずっと下げていた顔を上げ、彼女と目を合わせた。

 

そこには、予想と寸分違わぬ姿で額に手を当てる黒髪の美少女――

 

「――何の用だよ、雪ノ下(・・・)

 

 

 

 

 

 

雪ノ下雪乃が、和かな笑みに氷のような瞳で八幡を見ていた。





七草真由美だと思った?
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ま さ に 外 道

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