やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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特にどこの時間でもない独立話です。


イチジョウが現れなければ、こんな放課後になっていた——かも。


閑話・とある日の深雪と八幡

 

 特殊特待生、或いは授業免除組。

 

 そう呼ばれる六道の彼ら彼女らは、第一高校に生徒として入学しておきながら授業に出る義務がない。

 

 義務がないだけで授業に出席することはもちろんできるし、彼らが授業に参加してくれたなら、それはそれで学校にとってステータスとなる。「彼らが赴く授業は何かしら為になる」という噂が飛び交って受講権の取り合いが始まり、わざわざ授業を受けに来てくれたと喜ぶ講師もいるくらいだ。

 

 だが、それはあくまで平常時の時だけ。

 

 六道でなければ対応できないような事件が発生した際、彼らは動かなければならない。

 

 例えば、誰の目にも明らかな魔法によるテロリズムであると判断された場合は、特に。

 

 そんな彼らが授業に参加できている。——それ自体が、平和であることの証明だ。

 

 しかし。

 

 平和にも例外があるように、本来なら「優等生」で「憧れの象徴」であるはずの彼らのうち、今年の新入生には公衆の面前で痴漢騒ぎを起こすような輩がいるのだという。

 

 幸いにもその痴漢をした生徒は風紀委員会によって処罰を受けているし、受けなくてもいい授業にわざわざ参加するような律儀な生徒でもなかったから、深雪が廊下ですれ違った時も彼の顔を覚えている生徒は殆どいなかった。

 

 だから生徒の関心を惹きつけたのは、彼とすれ違った深雪の反応だ。

 

 彼の姿を目にするなりぎょっと目を剥き、淑女らしからぬ取り乱しをしてしまい、慌てて目を伏せる。

 

 深雪にそんな反応をさせるのは何者か——と目を向けてみれば、そこには全身黒焦げの不審者が立っている。

 

 全員が軽く悲鳴を上げた。

 

 覚束ない足取りですれ違う様はさながらゾンビのようであり、深雪の呼びかけに振り向く動作だけでも、深雪の隣を歩いていた少女はさらに小さく悲鳴を上げた。

 

「……なんだよ?」

 

「あの……大丈夫、なのですか?」

 

「別に。想子の四次元空間における運動が量子コンピュータの性能を一時的に超えやがって、オーバーヒートを起こしてそれに巻き込まれただけだ。なんも問題はねーの」

 

 魔法式の構造に関する研究か実験だろうか。深雪は、そう思った。

 

「……そうですか。……ですが、そんな格好で出歩かれるとなると、皆さんの貴方に対する不安を煽ってしまうことになるので、早く着替えてきてください。更衣室なら——」

 

 と更衣室の場所を深雪が彼に教えようとしたその時、彼を呼ぶ声がした。

 

 その声は深雪達とは反対側——彼の背後から聞こえていて、その声も次第に大きくなっていた。

 

「はちまーん!〝腕〟を忘れておるぞー!」

 

 走ってきたのは彼と同じ新入生。だが肩にエンブレムが無いため、二科生なのだろう。

 

 八幡に声をかける男子生徒を見て、深雪は違和感を感じていた。

 

 ……そういえば、彼の顔にも見覚えがある。入学初日、自分の正体を一目で見破ったあの男だ。

 

「お、悪い。忘れてた」

 

「……は?」

 

 彼を見て深雪の中で沸き起こったのは、ただ単純な疑問。

 

 男子生徒が手にしている〝あるもの〟を目にした深雪は、疑問を口にする。

 

 あれは何だ?

 

 八幡が時計回りに身を翻す。……そういえば、八幡の身体の重心が微妙に右に……。

 

「——っ!?」

 

 それが露わになり、深雪はさらに言葉を詰まらせた。

 

 何故なら、八幡の——

 

「……貴方、その、……!」

 

「……? 何か変なところでもあるのか?」

 

 

 

 ——肩から下、左腕が無い。

 

 

 

 千切れた、或いは噛み砕かれたかのような傷口で、治癒魔法による接合は不可能なまでに破壊されている。腕の先が残っているだけでも奇跡のようなものだが、一体何をすればこんなことになるのか。

 

 純粋に、冷静に深雪がその怪我の原因について気になった反面、彼女の友人は彼女のように冷静でいる事は難しかったらしい。

 

「ひっ……!?」

 

「ほのか!?」

 

 深雪の友人は、少しでもそれを見てしまったのか、目を瞑って肩を震わせている。それを隣に立っていた北山雫——深雪のクラスメイトだ——が歩かせることで、ショッキングな現場から遠ざける。

 

 後で説明してよ、という意思をこめて、去り際に雫は八幡を睨みながら。

 

「まったく、スプラッタどころの話では——っ、……司波深雪嬢か」

 

 到着するなり大きなため息を吐く材木座だが、深雪を視界に入れたことで文字通り見る目を変えた。

 

「貴方にも聞きたいことはあるのだけど…………」

 

 言って八幡に目を向ける深雪だが、すぐに逸らす。

 

 そして、視線を向けられただけで一歩、後退り、戦きを隠せない材木座を眼差しのみで圧倒する。

 

「一応、はじめましてかしら。……材木座義輝さん」

 

「……ひっ!? な、何で名前……!?」

 

「……おかしいことでしょうか。〝何で〟も何も、私は生徒会役員。入学時のデータを調べることくらい朝飯前ですが」

 

 微笑みと共に言ってのける深雪だが、本当は深雪のやった事は明確なルール違反。

 

「……むぅ? いやまて」

 

 だから、材木座が違和感を覚えてもおかしくはなかった。

 

「入学して半月も経ってはいない。生徒会に入った時期はそれよりもさらに手前だ。……そんな新人が、生徒のデータを閲覧できるものか?」

 

「名前と顔写真だけでしたら生徒のデータは閲覧できました。……まぁこれも、たまたま知ることができただけですけど」

 

 中条先輩が——、とため息をつく深雪に大方の事情を察した八幡も、ため息を吐く。

 

 ただし、深雪が吐いた理由とは別の訳でだった。

 

 片腕を失くし、そこから血を滲ませている少年と顔色ひとつ変えずに会話ができる。それ自体、異常であるというのに。

 

「……オマエ、本当に隠す気あんのか? これ見て何も反応無いのは殺人鬼か四葉くらいなもんだぞ」

 

 忍びに師事を仰ぐ兄に付き添っておきながら、取り繕いもしないとは。

 

「……そういう反応がお望みなのですか? あの四葉家と私たちを結び付ける根拠が分かりませんが」

 

 対して深雪は、常識的に対応してみせる。だが、根拠があってものを話す八幡にとってそれは、言い訳、虚勢にしか見えなかった。

 

「いや普通は——ああいいや、もう。材木座、〝腕〟」

 

 ここは魔法師の卵が集まる、ある種の魔境だ。そこには当然一般世界にはないルールがあるし、ルールよりもマナーに近い——暗黙の了解のようなものも存在する。

 

 常識を受け付けない者に常識を説いても無駄だと悟り、材木座に早く腕を寄越すよう、八幡は右手を挙げる。

 

「ほいっ」

 

 と、材木座が投げた腕は若干の血液を滴らせながら、くるんくるんと回転して八幡が見事にキャッチ。

 

「?」

 

 そういえば、失った腕をどうするつもりなのか。まさか兄のように物体の時間を巻き戻せるわけでもないのに——

 

「あいさ、……っと、よし」

 

「…………っ!?」

 

 しかし、そこから先は、流石の深雪も顔色どころか表情を変えずにはいられない。

 

「………………」

 

 腕を受け取ったかと思えば、すぐさまそれを傷口に押し付けた。……すると、信じられないことに傷口と傷口がミリ単位の隙間もなく癒着し、欠けていた部分は肩側の肉や骨が延びることによって補われる。そうして、死によって青ざめていた左腕に血色がもどっていく。……血が流れているからだ。

 

 八幡が腕を肩に〝押し付けて〟十数秒で、彼の左腕は自由を取り戻していた。

 

〝あの魔法〟ではない。深雪の脳裏に最も強く残るあの魔法の使用を、深雪が見間違える筈がないのだから。

 

「……なっ、一体、ありえない……!」

 

 その光景は、その変態は紛れもなく深雪の想像する埒外にあり、現実というものを疑わずにはいられない。

 

 しかし、深雪をさらに驚愕させたのはこの後の八幡の台詞だった。

 

「はあ? こんなもん、ただの治癒魔法だろうが。別に奇跡が起きた訳でもあるまいし、何大袈裟になってんだ?」

 

 いいや、これは奇跡だ。

 

 誰が見てもそう断ずるであろうあり得ない光景に、魔法の常識を覆す奇跡に、深雪はゆっくりと口を開く。

 

「……治癒魔法は一度かけただけでは完治しません。それは、常識です。いくら十師族級の力を保持していたとしても、あの魔法(・・・・)でもないのにたった一度で完治させるなんて……!」

 

 吐き出す鬱憤とは別に、苦い記憶が深雪の口の中に満ちていく。

 

 それがこんな男にできるのなら、なぜそれが兄にわからなかったのか。

 

 兄が出来ることの中で持てる力を十分に発揮して、それでも助けられなかった。

 

 

『……私が達也くんを護ります』

 

 

 なぜあのひとは死んだのか。

 

 ……当然だ。あの時の兄は魔法の研究どころか、自分の従者、ただの使用人に過ぎなかったのだから。

 

 それでも、と深雪は悲しくなる。

 

 兄のために、文字通り死力を尽くして逝った人。

 

 兄が禁断の術式を使ってさえ癒すことができなかった家族の死を、兄の敗北を——深雪は、受け止める事はできても、未だに受け入れられずにいる。

 

 それを、この男は。

 

「いやあ本当に何でもないんだがな。むしろなんで使えないの? ああ——あんたらには再成があるから、巻き戻しが出来るからそんな必要無いのか」

 

「ッッッ!!」

 

 激情が——沸き上がる。

 

 ……深雪は、例えどんな理不尽な目に遭ったとしても、取り乱したりはしないつもりでいた。淑女として許されざる行為であり、実際そう教育されてきたからだ。

 

 ただ。

 

 目の前の男は。

 

 最悪なことに——我慢ができないくらい、嫌な奴だ。

 

「……そういやお前の兄貴って感情無いんだっけ? はは、大した代償もなくて羨まし——」

 

 ——ぱぁんっ。

 

 不意に出た深雪の右手が、八幡の左頬を下から叩いた。

 

「っ…………」

 

「……今のはただの八つ当たりです。風紀委員なり生徒会なり、職員室なり……好きな場所に言いつければいい。ですが、貴方は私の家族を侮辱した。それを私は——」

 

 精一杯に感情を抑え、その分を込めて八幡を睨み付ける、深雪の瞳。

 

 敵意と侮蔑と、僅かな哀しみを孕んだその眼差しは八幡に突き刺さ——

 

「…………」

 

「え……?」

 

 ——突き刺さったのは、『八幡の』深雪を睨む眼差し。

 

 非難する側の深雪から一瞬で怒りを奪い去る八幡の視線は、まるで親の仇のように酷い憎しみ、深く暗い感情で見つめていた。

 

 明らかに、殴られた事に対する痛み・憎しみではない。

 

 言葉は何もない。長い沈黙が、深雪を苦しめた。

 

 怯む深雪に何も言わず、それ以上目も向けずに——八幡は、深雪の背後で待っていた材木座を連れて、元々向かっていた方向へと歩き始める。

 

「待っ……!」

 

 その視線の意味は何なのか。

 

 問いかけようと手を伸ばす。

 

「……問うてくれるなよ、司波深雪嬢」

 

 だが、その手は八幡の後をついて歩く材木座によって阻まれた。

 

「……っ!? 材木座、さん……!?」

 

「三年前のあの事件について語りたいことは〝もう〟何もない。……だが『その八つ当たり』だけは八幡にしてくれるな。あれでも人の心を持ってる」

 

 それだけを言って、材木座は八幡の後を追う。

 

「待ちなさい! あなた達は、一体何を——!」

 

「『大いなる魔法』の研究だ。それ以上は貴女が知る必要にない」

 

「……『大いなる魔法』……? 戦略級ではなく……? それは、一体……」

 

「知る必要はないと言った。これで失礼する」

 

 深雪を突き放すように言葉を使うと、身を翻し、材木座はそのまま八幡の後を追いかける。

 

 深雪は深雪の異変を感じ取った達也が迎えに来るまで、その場を動く事ができなかった。

 

 






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