やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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お待たせしましたぁっ! 新章開始です!

プロットというか構成図みたいなものを作ってみたので、九校戦編の終わり方は決まってます。

固めてある今後の予定としては九校戦編→オリジナル話→アスタリスク&横浜騒乱編みたいな。

ではどうぞ!


九校戦編
【序章】悪の芽は雑草のようにそこかしこに


 

 トラウマ。

 

 誰にでもある幼き日の思い出は、時として自分を他人以上に追い詰めてくることがある。

 

 幼少期の思い出だけではない。昨日や一昨日の後悔だって、自分を苦しめることはままある。

 

 それは、これから選択する「未来に対する葛藤」よりも選択した「過去に対する後悔」の方が圧倒的に大きく、記憶というものが過去のものであり、人は過去に干渉できないが故の「どうしようもなさ」が際立てているから、と八幡は考えている。

 

 一人一人に迫り来る未来は子供にさえどうとでもできるが、神でさえ追い縋る過去からは逃れようがない。

 

 比企谷八幡は、今現在、後悔していた。

 

「先輩。ワンピースとスカート、どっちが良いですか? 言い換えれば上プラス下、もしくは一続きになってる一枚の服かって話なんですけど」

 

「え、オレこのまま上下ジャージでいいんだけど。派手な色じゃなきゃなんでもいい」

 

「それじゃ困るでしょうが。何のために今悩んでると思ってんですか」

 

 両手に衣服を持ち、その両方を八幡に見せる少女——一色いろは。

 

「ズボンにしてくれ。スカートやだ」

 

  いろはの実家から程近い、ショッピングモールの中のレディース専用の洋服店。そこで八幡は、まるで男子が女装する事を拒むかの様な表情でいろはが差し出す衣服を拒否し、いろははまた別のを持ってくる、という事を繰り返していた。

 

「どうしてですか。変装するには女の子らしくするのが一番でしょう?」

 

「……下、穿いてくるの忘れた」

 

「あァ!?」

 

 もんぎゃあ、と八幡に対し怒りを露わにするいろはだが、無理もない。

 

「ぶっ、ブラは!? ブラジャーは!?」

 

 今現在において、八幡は誰がどう見ても立派な美少女で、外見だけでなく身体構造的にも15歳の黒髪美少女そのものなのだから。

 

 無論、八幡がこんな姿でこんな所にいるのには、きちんとした目的がある。

 

「それもいまいちよくわかんなくて、一条から渡されたの着けてみたら苦しすぎて入んなかったからもう着けてない。ほら、谷間がえっちっちー」

 

「ぶっ!?」

 

 彼らがここにいる目的——それは、彼らが口にしている通りの、変装の為の衣装探しである。

 

 四月に起きたブランシュ事件から約一ヶ月が過ぎて、八幡を取り巻く状況は四月当時に彼が予見したものとはかなり違うものになっていた。

 

 当初の八幡の目論見では今頃、八幡が居なくなった事によって生じた「違和感」に人々が気づき始める。ただ、それは気のせい程度に収まって、やがてその空白すらも忘れ去る——そんな予定だった。

 

 しかし。

 

「先輩なんでジャージの下裸なんですか!? 人として恥ずかしくないの!?」

 

「なんかなー。感覚はあるんだけど、自分の体じゃないように感じるというか。着ぐるみ着てるような違和感が近い」

 

「……はぁ。……まぁ、大体想像つきますけど……それでもダメです。職質されたらどうするんですか。下手すれば公然猥褻で捕まりますよ」

 

「倒すに決まってんだろ」

 

「ゲームじゃねえんだよこの野郎」

 

 八幡の見た未来と違う現在が、ここにはあった。

 

「大体、外から見られなけりゃ良いだ——おっ」

 

 突然、言葉もなく鳩尾辺りまで八幡が下ろしたファスナーのチャックを首まで一気に引き上げ、そのままいろはは八幡を引き寄せた。

 

「一体何——むが」

 

 抗議する八幡の口を押さえ、店の入り口から見えない位置にある試着室に八幡を連れて行く。この子の着替えを手伝うから、と試着室前で客に案内をしていた店員に話をして、二人とも試着室に入り——いろははドアを閉めた。

 

 まるで、何かから隠れるように。

 

「……おい、何で隠れる。誰か来たのか?」

 

 何が起きているのかさっぱりわからないといった様子の八幡(♀)を見て深いため息をついた後、いろはは呆れ混じりに口を開いた。

 

「ほんとうに、女性型(その姿)の時は探知ができないんですね。そりゃ着ぐるみとか言うわけですよ」

 

 嘆息するいろはの表情と言葉で、八幡も漸く気づいた。

 

「……敵か」

 

「ええ。先輩もよーくご存知の……魔法協会の調査員です」

 

 にこり、と笑みをかけてくるいろはに八幡は嫌な顔で返す。

 

 彼らがこんな所にいる目的——それは、全国規模で行われている比企谷八幡捜索の目から逃れる為だ。

 

 当初の思惑を外れ、八幡に関する記憶を取り戻した人々の取った行動は、迅速で簡潔的だった。

 

 すなわち、八幡の捜索。

 

 彼らは一度、八幡が窮地に陥った事を知っている。しかし、その後の事は何も知らない。

 

 何があったのか、知りたいというのもあるだろう。通常兵器よりも凶悪な武器となる魔法において、かの世界最強『由比ヶ浜』を下した比企谷の人間が、瀕死の重傷を負ったというのだから。

 

 ただ、その戦いには八幡が勝ったということを自分達の身の安全をもって確信していて、その後の脅威について心配する者はいても、怯える者はいなかった。

 

 故に、余計に彼らは疑問に思っていた。

 

 戦いに勝利したのに、何故八幡どころか「比企谷そのもの」は我々の前から姿を消したのか。

 

 立つ鳥跡を濁さず——どころか、そもそも存在していたのかという疑念すら抱きかねない程に、人々の記憶以外から比企谷は存在を消している。

 

 もしかすると自分達の為の行動かもしれない。

 

 何か、十師族や六道では対応しきれない敵と八幡はぶつかっているのかもしれない。

 

 そう考えると、逆に少し安心できたりするのだが——別の視点で考えてみれば、そう安心していられなかったりもする。

 

 六年前(・・・)の事があるから、八幡は兎も角、比企谷(・・・)については時として戦時と変わらない警戒態勢が敷かれる事もある。

 

 比企谷に対する一抹の不安——それが上手く機能したなら、ここまでの事態になる。

 

(末端の調査員まで導入して……全国規模じゃねえか)

 

 こんな風景を見るのはこれで何度目か。いろは()の協力がなければ、もっと面倒な事になっていたかもしれない——と、八幡は視線を向けながら心の中でため息をついた。

 

 八幡といろは、二人揃って見つめる扉のその先には、スーツ姿の男性二人組が店の前を歩いている。

 

 いろはも八幡も、その二人の名前も顔も知らない。が、二人から漏れ出ている想子は、普段魔法を使わない一般人ではとても出せないほど多い。

 

 一目で魔法師と見抜けるレベルだ。

 

 といっても、街に魔法の不正使用を監視する目的で設置されている想子感知器に引っかかるには到底及ばない想子の量で、これを見抜けるのは八幡といろはくらいなもの。

 

 現に、八幡といろは以外の人間は店の前を通りがかった二人組に何ら不信感を抱いてはいなかった。

 

 無論、二人組が殺気やら何やらを放っていたならそれに反応する人間はいただろうが、それも今は何もない。

 

 スーツ姿で、モール内のどこかの店に商談に来たセールスマンのように見られている事だろう。

 

 実際のところ、見た目に反して二人組はお互いの身内話を繰り広げていて、楽しげな様子で歩いていた。

 

そのまま通り過ぎてくれれば、良かったのだが。

 

『すみません。少し、お話をお聞きしてもよろしいですか?』

 

『? はい、何でしょう?』

 

 店を完全に通り過ぎる——その少し手前で、入り口の飾りを弄っていた店員に二人のうち、店側を歩いていた男が声をかける。同時に、端末を相手に差し出して何かを見せていた。

 

『このような人相の少年を探しています。心当たりありませんか?』

 

 端末には、八幡を正面から撮った写真に似せた合成画像が表示されている。

 

 八幡はそれをマルチ・スコープ越しの肉眼で、いろはは嘘の間接否定による事実確認で難航していたところを八幡に視界共有——網膜投射で彼の視界を見せてもらい、確認していた。

 

 画像の本人と、本人の顔を一番間近で見ている人間の反応——。

 

「……流石は十師族。手がかりは記憶だけの状態で、精巧な似顔絵をこうも早く……」

 

「うっわ……似てないですねあれ。目の部分だけで全否定できますよ」

 

 主観補正により自分の顔との相違点がわからない八幡と、本物を知っているからこそ細かな違いをより強い違和感として感じ取ったいろはの二人がいた。

 

「…………」

 

「あ、そ、そういえば目以外は似てなくも……ないかも? というか今先輩女の子ですし、そもそもどんな顔でしたっけ……あはは」

 

「……開口一番で全否定しといて何を言いやがる。……ほら、着替え終わったぞ」

 

 慌てていろはのフォローが入るも、時既に遅い。

 

 魔法(主にサイキック)で着替えた八幡(♀)の顔は、ブラウスと膝下まであるスカートの大人しめな服装と相まって、どこか憂鬱なようでいてその実いじけた顔をしていた。

 

「クッソ可愛……ん゛んっ、似合ってるようで何よりです。それじゃ、お会計いきましょうか」

 

「また脱ぐのか……?」

 

 八幡(♀)の不安そうな表情プラス上目遣いは、いろはの肝臓に突き刺さる。

 

「んぐっ……大丈夫です、そのまま外に出れますよ。会計タグなんて化石は今時の衣類には付いてませんし、センサーとカメラが全部仕事してくれるのでバーコードリーダーとも無縁になりました。まぁ元々先輩の服はこれを買う予定でしたので、ここに入ったのはほぼ着替えの為ですね」

 

 身悶えするいろはを不審に思いながら、鏡の前でくるりと一回転する八幡。派手なのと可愛らしいものはやめてくれといろはには言ってあるので、それを考慮した結果が今八幡が着ているコーデなのだが、自分で確かめて、彼自身も気に入った様子だ。

 

 気に入った——とは、つまりは許容範囲内という意味で、今後もこれを着たいと思った訳ではないので、悪しからず。

 

「……会計はどうすんだよ。価格見たけど、下着も合わせてオレの所持金二百円で済むのか」

 

 試着室を出て、レジに向かう二人。

 

「心配ありません。一条(・・)の叔父様から先輩用のクレジットカードを預かっていますし、何ならうちの親も渡してきているので」

 

「ああそうか、なら心配ないな……って待て。クレジットカード? なんて?」

 

 八幡が身につけているもの以外にも、何点か見繕っていた八幡のサイズに合う服をレジに出して会計をするいろは。下着も含めればその数は十点以上あるので、大型の紙袋四つを二人で分けて持つことになった。

 

 その際の支払いに使用したクレジットカードを八幡に見せて、いろはは苦笑いを浮かべた。

 

「クレジットカードって言ったんですよ。先輩用の」

 

「オレの? ……なんで」

 

 何故、一条家が八幡に金を供給してくれるのか。

 

 それを問いかける意味で八幡がいろはと目を合わせると、いろはは商品の入った紙袋を受け取りながら、答えた。

 

「先輩がやっと四葉の手から離れたからだと思いますよ。今のうちに雅音さんとの関係を固めておきたいんじゃないでしょうか」

 

「…………おまえ、まさか、そこまで、一条の、ことを……」

 

 ぱくぱく、と開いた口が塞がらない八幡の手から、滑り落ちそうになる荷物を慌てて受け取り、八幡をいろはは睨んだ。

 

「先輩と、雅音さんの関係を、ですよ? つまらないボケを挟まないでくださ……なんでもないです」

 

「…………」

 

 いろは曰く、思わず鼻腔からの出血を錯覚して鼻を押さえてしまう程に、その少女が無言で照れている姿は可愛らしかったのだという。たとえ中身が男と知っていたとしても。

 

「……三浦先輩とかわたしじゃそんな反応しないくせに……もしかして雅音さんが好みなんですか?」

 

「……いや、前にキスされた時の思い出が今フラッシュバックしただけだ。顔がというならオレは桜井が好みだが」

 

「……キスって何ですか魚ですか」

 

「接吻とかちゅーとかのキスだよ。……まぁあれも事故だから、今更恥ずかしがるのもアレだが」

 

「……第一高校組が一番の難敵かと思ってたら、とんでもないところにダークホースが……!?」

 

 びしゃあーん、とまるで稲妻が如き衝撃に撃たれたような顔をするいろはだが、彼女が衝撃を受けたのは八幡(♀)の浮かべる〝照れ隠し〟の表情であり、キスをしたという事実についてはあまり応えては無かった。

 

 自分自身もキスについては経験済みだから——という思考は、何処かの引き出しにしまい、間違って開けないよう隙間をパテで固めてある。

 

 それにしても——と店の入り口の様子を窺いながら、いろはは思う。

 

 他者の目を欺く為とはいえ、八幡が肉体的に女性になってからというもの、八幡の感情表現が豊かになったような気がする。

 

 いや、少なくともいろはが知る限りでは八幡は元々感情表現が下手なだけで、「豊かさ」では冷徹とは程遠い。

 

 しかし、表現の仕方はまるで別人のようだ。

 

「……?」

 

 よくよく見れば、歩く後ろ姿も男性体の八幡とは全く違う。骨格がそもそも違うからと言われればそれまでなのだが、歩き方の中に妙に女性らしさが出ているのだ。

 

 どちらかと言えば、誰かの癖が移ったかのような——

 

 

「……ん?」

 

 

 不意に。

 

 店を出ようとする八幡の足が、止まった。

 

 いろはよりも少し前を歩いていた筈の八幡が何かを思い出したかのように突然止まり、いろはは彼(女)を見た。

 

「先輩?」

 

「…………」

 

 いろはの位置からでは八幡の顔は見えない。何を考えているのかわからないが、この後、いろははさらに八幡の考えが読めなくなった。

 

「なぁ一色。雪ノ下って、確かお前より胸無かったよな」

 

 風鈴のような軽やかな声色で、八幡の口から出てきた突拍子もない事実確認。足の先から頭のてっぺんまで紛うことなき変態発言。それにいろはは衝撃よりもむしろ怒りを覚えて、

 

「何ですかいきなりセクハラですか他の女の名前を出しておいて実はお前に気があるんだよアピールですか一瞬でもときめいた自分が恥ずかしいですというか勘違いなんでときめきも何もないですむしろはよ先輩がわたしにときめけって感じなんですけどていうかこちとら逃亡中の先輩達の面倒全部見てるんだしその姿(女形態)のお世話も全部してるんだから告白の一つでもしてくれてもいいんじゃないでしょうか、ごめんなさい」

 

 もはやお家芸となりつつある、いろはが焦りを隠せなかった時の誤魔化し。しかし八幡はそんなものに興味はないらしく、店の外を指差した。

 

「……この顔でも振られんのかよ。……いやそうじゃなくて、あれ」

 

「あれ?」

 

 八幡の指差す先。そこには、一人の少女がいた。

 

『…………』

 

 八幡達の出てきた店を丁度横切る形で歩いていたその少女は、八幡の指差しに気づいたかのように、振り返った。

 

「あの人ががどうかし……ん? ……あれ?」

 

 いろはは振り返るその少女の顔を見て、目を疑った。

 

 何故なら、その少女はいろはの顔見知りで、この場所に居るはずのない人間だったからだ。

 

「あれって……雪ノ下先輩?」

 

 服装や髪型に多少の違いはあるが、その少女の顔は、いろはもよく知る——雪ノ下雪乃とそっくりな顔立ちをしている。

 

 そんな少女が、吹雪のように冷たい無表情でこちらを見つめていた。

 

そんな訳ないだろ(・・・・・・・・)。あいつは第一高校に通ってるんだ。こんな所に居るはずが……ほら、あんな格好(・・・・・)してるし」

 

 八幡の言う通り、雪乃モドキの服装は、このショッピングモールに置いて少々——どころか、かなり異質だ。

 

 上下が黒で統一された検査衣のようなものを身につけて、髪型は腰まで伸びたストレートロング、首にも黒いチョーカーのようなものが巻かれている。

 

 周囲の人間は少女に視線を向けたり、撮影したりしていて、少女が八幡達にだけ見えている不思議存在、というわけでもなさそうだ。

 

 ただ、あの少女の画像がネットに拡散されたら、少し面倒な事になる。

 

「……一色。一条に急いでこっちに買い物に来てくれって頼むことできる?」

 

「……けっこうヤバいですか?」

 

「ああ、ヤバい」

 

 焦り。いろはの見上げる彼女の横顔は、間違いなくその感情のみで埋め尽くされていた。

 

「別に戦力としてなら、わたしがいますが……」

 

 その尋常ならざる異変に、いろはもポーチから取り出した携帯端末型CADに指を乗せる。

 

(マジでヤバい時の反応がわかりやすくて助かるなー。絶対言わないけど)

 

「いや……アレは多分、尋常じゃない。だからといって無視もできないし、できれば警察に対応してもらったほうが……おいおい」

 

 彼女の格好はコスプレ扱いで済まされるようなものではなく、他の店で聞き取りをしていた件の二人も、雪乃の外見で目が止まったのか、少女に話しかけていた。

 

「なぜこんな所にいらっしゃるのですか」とか、「そのお姿は一体?」などと聞かれている。

 

 少女の握った刀には、気付いていない様子だ。

 

 検査衣に隠れて見えなかったのか、それとも魔法で何かしていたのか。いずれにせよ、これから誰がどうなるのかはあまり考えなくてもわかりそうなものだ。

 

「どうします?」

 

 荷物を置き臨戦態勢を取る八幡に、CADを少女に向けた状態で構えながらいろはは聞いた。

 

「助ける。隠れてろよ」

 

「はいはい……どっちを?」

 

「バカ協会の奴らの方に決まってんだろっ!」

 

 言葉と同時、八幡の姿が消えた。

 

 そして、間髪置かずにモール内に響き渡る甲高い衝突音。

 

「U……らあっ!」

 

 唐突に斬りかかった少女の攻撃を、八幡が硬質化した右腕で受け止めた音だ。

 

 刀を外に払い除け、それとほぼ同時に左回し蹴りを少女の右脇腹に叩き込んだ。

 

 殆どの相手はこれで暫くは動けなくなる。その間に彼女を撮影したデータを削除して、人々の記憶から——

 

 だが。

 

「……っ、これ防いだの雪ノ下さんくらいなんだけどな……」

 

 しかし、少女の右腕が八幡の左脚を受け止めていた。

 

(女子の腕力で俺の蹴りを……? いや)

 

 その事を八幡は一瞬疑問に思うも、今は女体化により自分の攻撃力が下がっている事に気づき、謎を解いた。

 

 それくらいの事を考えられる程度には余裕がある事をしっかりと確認して。

 

 少女を蹴って飛び下がり、周囲の人間に聞こえるよう、大きく言い放つ。

 

「今すぐ逃げろあんたら! こいつは魔法師! ここは師補十九家の一色家がこいつを抑える!」

 

 八幡の名前など名乗ったところで何の意味もない。それよりもこの場において最大限に効果を発揮する名前といえば、やはり十師族や師補十九家の名前だろう。

 

 八幡は、一色の名を躊躇いもなく騙った。

 

 調査員達が怪我をした様子はない。衝撃波を魔法で生み出されてたりしたらどうしよう……などと八幡は考えていたのだが、杞憂だったようだ。

 

 八幡が叫ぶと同時、調査員を含めたこの場にいた全員が、一目散に逃げ出した。

 

 少女と対峙する中、八幡は目の前の少女——ではなく、逃げる客達の方に照準を付けた。

 

「……本当は、全員消した方が手っ取り早いんだけどな」

 

 行うのは、記憶の部分消去と端末データの抹消。逃げる前に見たものと、逃げる理由を編集するのも忘れない。

 

 クラウドに保存されたデータは管理者設定と顔認証の網に引っ掛かり、自動的に削除される。ハッキングではなく、もともとそういうシステムに組んである。

 

 八幡はこの一瞬で89人、計3時間分の人間の記憶を奪った。

 

「……あら」

 

 四方八方、蜘蛛の子を散らすように逃げていく客達に少女は一瞥もすることはなく、自分の()を踏みつけた八幡を見た。

 

「女性の胸を踏みつけにする殿方は、わたくしも初めてです……この責任、どう取ってくれますの?」

 

 そう言って、胸に手を当てて小首をわずかに傾け、少女は笑む。

 

 雪乃では絶対にありえないカップにしてC以上は確実にある「胸」と、トレーニングしても絶対に出せないであろう不気味さと可愛らしさが合わさった妖艶さに、八幡は警戒感を露わにした。

 

「……お詫びに殺してやる。生憎と暗殺の手段には事欠かないんでな」

 

 一方の八幡は、剣気を突きつけてくる少女と相対しても、尚余裕の笑みを浮かべる。

 

 当然だ。何せ彼は、この世で唯一死ぬことが出来る人間なのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

「しゃべった……!?」

 

「そこに突っ込みますの!?」

 

 

 

「…………はぁ」

 

 八幡に言われた通りにしながら、身を隠しながら様子を窺っていたいろはは、側にあった植木鉢を八幡の頭に投げたくなる衝動に駆られていた。

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