やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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お久しぶりでございます。

喋って動く一色愛梨がこの目で見れるのかと思うと胸が高鳴ったりしてドキドキが止まらなくてあれドキドキの語源って「どうき(動悸)」なのかしらとか勝手に考えたりしてました。




潰えぬ追手

 

 魔法師が『敵に捕まってしまう』ということは、どういうことか。

 

 今の時代、それは死を意味する。

 

 スパイでも兵士でも、特に魔法師は捕虜としての価値が無ければすぐに殺されてしまうのだ。

 

 捕らえる側にある「捕虜を生かしておくほどの余裕の有無」がそうさせているのではなく、捕らえた人間が魔法師だった場合、魔法を用いた盗聴やより中心部まで運ばせた上での人体爆破術式を用いたテロが行われる危険性があるせいで。

 

 つまり、「対処できない」という危険性が魔法師にはある。

 

 だから、自分達は少なくとも拘束される——と、日本魔法界の頂に位置する魔法師集団「六道」のクローンである氷は、そう考えていた。

 

 ヒツジや牛ではない、人間のクローン。それも日本の最高戦力と謳われるあの雪ノ下のクローンだ。戦力になるかどうか以前に、日本の魔法師達が自分達を生かしておく理由がない。

 

 目の腐った少年は何やら自分達を『サポートする』なんて言ってくれたけれど、果たしてどこまで本気なのか。

 

(……そういえば、魔法師……魔法討滅機関……だったかな。彼はそんな事も言っていたけど……)

 

 討滅とサポート。……矛盾した言葉だ。少年の言葉を信じるなら魔法師を保護する機関の筈だが、それならわざわざ「討滅」なんて物騒な言葉を入れるだろうか。

 

 それに。

 

「……」

 

 ショッピングモールを出るなり、「こっちだ」と具体的な目的地も告げずに連れ歩かれること数分。

 

 氷達は、ショッピングモールを背にする形で歩道を歩いていた。

 

 氷と翼の姿を監視カメラに映さない為か公共交通機関を利用しない事に文句は無いが、それでも、今の日本では街中に監視カメラや魔法を検知する機械が置かれている。

 

 これではコミューターやキャビネットを利用するのと危険性が大して変わらない気もして、氷は八幡の行動の意味がわからなくなった。

 

(……ダメだわ)

 

 湧き出た疑念は簡単に納得してすり潰せるものではなく、残しておくには大き過ぎる。氷は不思議を飲み込むよりも吐き出すことに決めた。

 

「もし。……質問があるのですけれど」

 

 前を歩く八幡に、氷は声をかける。

 

「すみません」

 

 ——だが、氷の声は別の方向からの声によって上書き、邪魔された。

 

「…………?」

 

 見た目30代から40代、あまり若そうには見えない警備員の格好をした男五人が、八幡達の正面から現れた。——まるで、進路を塞ぐかのように。

 

「……何でしょうか」

 

 先頭に立つ八幡がその男達を睨む。——氷には、そう見えた。

 

「少しお話を聞きたいのですが」

 

「急ぎの用事がありますので、手短にお願いします」

 

 氷達を振り返らずに八幡は先ず、そう口にした。

 

 当然の事ながら、当事者である3人が『自分達の』詳しい話を彼らに聞かせるわけにはいかない。それに、八幡によって人々の記憶は改竄されている。氷達から何か喋られるのを阻止したいという思いが、八幡にはあったのだ。

 

「先程、ショッピングモール内で事件があった事は知っていますか」

 

「はい。魔法師の方々が揉め事を起こした、その程度の認識ではありますが」

 

 装うのは、あくまで逃げてきた無関係な一般市民。いや、被害に遭っているから無関係ではないが、魔法師とは無関係であるという設定だ。

 

「なぜ今更ショッピングモールを後にしているのです? 事件が起きた時、すぐに避難していればもうこんな所には居ないはずですが」

 

 男の言う通り。八幡達がつい先ほどまで戦闘を続けていなければ、とっくに帰宅出来ていた筈だ。

 

 八幡は、こんな言い訳を考えた。

 

「友人が逃げ遅れてしまい、戦闘が行われている場所を避けて遠回りしましたので、時間がかかってしまいました」

 

「逃げ遅れた、というのは怪我か何かを? それともまさか人質に……」

 

「いえ、怪我というほどではないのですけど、彼女が足を挫いてしまって。この後は最寄りの病院で診て貰うつもりです」

 

「成程、それは失礼しました。……戦っていた方の顔は覚えていますか? 実は、今回の事件を起こした側の魔法師……犯人の行方がわからないのです」

 

 チ、と八幡は内心呟いた。

 

「それでこちらにも見廻りされているのですね。……残念だけど、遠目に確認したというだけで、すれ違ってもいなかったわよね?」

 

 言葉と同時、振り返る八幡から放たれた圧力に、錆びたブリキのようにカクカクと頷くクローン姉妹。

 

「……え、ええ」

 

「はいです」

 

 彼女達は風圧でも気圧でもない、殺意や怨念にも似た威圧を八幡から受けていた。

 

(メンドいからこいつら薙ぎ倒してさっさと行くか……? それとも、さっきみたいな記憶の改竄を——あ、やべぇ燃料(プラーナ)切れだ)

 

 湧き上がる苛立ちをどうにか笑顔で固めて押し留め、「もう終わる」と心の中で念じ続ける。

 

 八幡の予定では、事態を察知した一色いろはが上手い具合に誤魔化してくれている筈だった。こんな事になるなら、最初から予知を——。

 

「そうですか……わかりました。最後に一つだけ、よろしいでしょうか」

 

(これで最後これで最後これで最後じゃなかったら……何ともないけど)

 

 何となく、ではあるが、彼らは何か確信を持って自分たちに接触してきている節がある。そんな雰囲気を八幡は感じていた。

 

「……、何でしょう?」

 

 だからこそ、これ以上この場所にとどまるわけには、

 

 

 

「何故嘘を吐くのです? 薬人形如きが」

 

 

 

 流れるような手つきで、その男は拳銃を構えていた。

 

「————」

 

 警告はない。既に銃の引き金には指がかけられている。安全装置も解除済みだろう。あとは、指を曲げるだけだ。

 

 ——ぱぁん、と音が弾けた。

 

「がぺちょ」

 

「……ぁ」

 

 発砲音の後、八幡の体が後方に大きく跳ぶ。避けたのではなく、弾丸が頭部を直撃して彼(女)の頭蓋骨が弾けた事による衝撃でだ。

 

「な……、何を!?」

 

 八幡の体が地面を打つまで待って、氷の体は解けた。

 

 氷は声を荒げ、翼は無言で手を男達に向ける。……だが、男達が動揺した様子もない。その反応を見て、氷は口元を歪める。

 

 男達は、氷と翼をニタニタとした下卑た笑みで見ていた。死臭漂う顔面と視線を合わせるだけで吐き気がするし、不恰好ながらも自分達に手を差し伸べてくれた八幡とは別種の人間と言っても良いほどに、落差がひどい。

 

(十師族の関係者……? そうだとしたら、彼が撃たれる理由がわからない。だって、一色のお嬢様とは仲が良さげだった——)

 

 明らかな敵対行為。それも、人通りも有る昼間の時間帯で起こした殺人。到底普通の警察官が取れる選択肢ではない。

 

 しかし、こうして自分達を襲ったという事実から察するに、犯罪組織絡みではないことは確実だ。

 

 疑われるとしたら、警察か敵対組織に追い詰められた死に際の犯罪グループか、組織として成立して間もない新興結社の場合。前者は自棄だし、後者は自分達を印象づけるのに箔が要るという理由でだ。

 

 まともに組織を存続させたいならば、普通は警察とは仲良くやっていく事を念頭に考える。特に、一般市民に被害が出る方法を避けようとする筈。

 

(……でも、複数人で武器や警備員の制服まで調達できているとなると、個人の可能性も低い……)

 

 或いは、警察やネットに上がる情報をつゆほどにも思っていなくて、どうにでも出来てしまうほど巨大な組織なのか。

 

 それとも、彼らの黒幕は自分達は無関係だという立場を貫ける自信があるのか。

 

 ただ。

 

 彼らの背後にいる黒幕に考えが及ぶ前に、氷は。

 

「……?」

 

『何故嘘を吐くのです? 薬人形如きが』

 

(……クスリ人形?)

 

 薬人形。2020年代後半から2030年の属性思想に基づいて行われていた魔法開発初期において、自分達と同格の生物である事を忌避した一部の政府高官や研究者達の間で魔法師を揶揄して使われた言葉だ。

 

 ただ。単に魔法師達を侮蔑する目的で造られたその差別用語は、魔法師の人権が広く認められるようになるよりも前、とうの昔に書籍などからも姿を消している。

 

 こんな言葉を知っているのは「わざわざ古書を読み漁っていた自分」か、「特殊な視点からしか教科書を読めない馬鹿」か、「実際にそれを使っていた当人達」のどれかだ。いずれにしても、自分達の正体は知れているのかもしれないが。

 

「く、ふ。……二人って聞いてたが、三人いたら三〇〇〇万か!?」

 

 もう既に氷達を抑えた気でいる敵の一人が、金の話をし始めた。やはり、何処からか依頼をされていたのか。……しかし。

 

 いずれにせよ、そんな事は今彼女達を襲っている(・・・・・)彼らには関係がないことだ。

 

 全ては不運の一言で片付く。

 

 自分達と一緒にいた八幡が何者なのか、正体を知らない彼らが可哀想だ。

 

 自分達の動きに対応してみせた彼が、爆薬頼みの玩具如きに反応できなかった筈がない。

 

 逆に、何も知らないまま彼らの意識を途絶えさせるのが慈悲ではないかと錯覚しかけるほどだ。

 

「……、あの」

 

 でも、それは彼ら側の情けであって、襲われた側である氷達の義務ではない。

 

「……なんだ!? 言っとくが、お前らは四肢が多少無くても生きてさえいれば良いって命令だ。……だからさ、引き渡す前にちょっと楽しませろよ?」

 

 ギラリ、とナイフを光らせて氷達を怯えさせようとする格好も、何だかとってもシュールだ。

 

「……やめときなよ、氷ちゃん。こいつらには話は通じない」

 

「くふふふ! よくわかってんじゃねえか薬人形! そうさ、今泣き叫んだところで——」

 

 何かを言いかけた氷を制止する翼の言葉に激しく同意の言葉を投げつけたところで、その男は漸く気づいた。

 

「——お腹の得物は、よろしいんですの?」

 

「うおっ、お前!? 腕、どうした!?」

 

「…………あ?」

 

 傷口から流れ出る男自身の血で刀身をてらてらと輝かせているナイフが、ナイフを握っていた右腕ごと男の腹に刺さっているのを。

 

「な……、ばかな、は……?」

 

 呆けた男の声で漸く気を緩めたかのように、ナイフを握りしめていた手が、ぼとり、と落ちた。

 

 ——それと同時に、滞っていた場の空気が溶け始めた。

 

「……な、なん……はぁぁぁあああああ!?」

 

「お前たちっ、……何をした!? 魔法の発動どころか、その兆候すら……!?」

 

「俺の『76反射装置(カウンター)』も何も検知していないぞ!?」

 

 崩れ落ちるナイフの男の心配など何処へやら、取り乱す仲間達。しかし、そのうちの一人が声を張り上げた。

 

「慌てるな! 何処からか狙撃を受けただけだ! 直ぐにシールドを張って、こいつらを始末すれば——べぱ」

 

 ——声を上げなければ、彼らはその男の最期を看取る事はなかったのか。

 

 風船のように一瞬で肥大化した男の体は、握り潰したトマトのように弾けて血肉を四方に撒き散らし、もれなく男は死んだ。

 

 その残酷が過ぎる処刑を目の当たりにして、残った内の一人が、呟いた。

 

「……まさか、『爆裂』……!? さっきのは肘を部分的に破裂させて……? いや、それでもおかしい! ……なんで、どうして魔法の発動を感知できないんだ!?」

 

 最早氷達の事など眼中にない。残された三人のうち、一人は氷達とは反対方向に逃げ出そうとして体が破裂し、もう一人は端末でどこかに連絡を取ろうとして全身が弾けた。

 

 最後の一人になったその男は、ただひたすらに現実を拒絶し、首を横に振っている。

 

「……ありえない、ありえない……。あの方から頂いた装置が役に立たない筈が……」

 

 ——こつ、こつ、こつ。

 

 屋外のため響くほどではないが、車も通っていないこの場所では、男の後方からやってくるその足音は、やけに大きく聞こえた。

 

「……!?」

 

 茫然としていた男も思わず振り返るほど、大きく。

 

 そして、振り返った先で——男は見た。

 

「ありゃありゃ、不良品を掴まされたのか? ……ああ、そりゃあ、気の毒だな」

 

 ——死者の黄泉還りを。

 

「……ば、ばかな」

 

 快活に笑うその少女の笑顔を見て、男は手足の震えを抑えられないでいた。

 

 男の反応を見て、少女もまた嗤う。

 

「どうした? まるで、奇跡でも目の当たりにしたかのような顔をして。……ひょっとして、死んだ人間が生き返った程度で驚いてんじゃねえだろうなあああああ!」

 

 この場において、1番最初に殺されたはずの少女——比企谷八幡が、そこに立っていた。

 

 何処で手に入れたのか、或いは隠し持っていたのか、彼女(?)は自分の身長の半分ほどもある長さの得物を手にして、男と対峙している。

 

 原理は不明だが、おそらくはその武器らしき物で男達の「装置」を無効化し、魔法で男達を殺害したのだろう。

 

 だが、それ以前に男は、この手で(・・・・)殺した八幡が未だに息をしている理由の方がわからずにいた。

 

(……確かに殺した筈だ。いや、「確かに」「筈だ」などと言う生温い程度じゃない。「絶対に」殺害したし、「間違いなく」ヤツの頭は吹き飛んだ。……それなのに……っ!?)

 

 魔法。その二文字が、不快な波動と共に男の脳裏をよぎる。だが、そのお陰で男の思考は落ち着き、視界もクリアになっていた。

 

(……まさか)

 

 生き返ったのではなく、最初から死んでいないのだとしたら、納得がいくのだ。

 

 自分達が殺したと思い込んでいるのは最初から八幡が魔法で見せていた幻覚で、つまるところ、自分達の持ち込んだ手段が一切通じていないだけだったなら。

 

 ——男は、ひとつの答を得た。

 

(…………ああ。だからあの方(・・・)は「生きて帰って来れたら」なんてジョークを言ったのか)

 

 日本魔法界の最高峰である十師族。それを守護するための存在である「筆頭魔法師族重護衛格」、通称六道は、その存在を知る者たちの間では真の日本最強と言われている。

 

 その六道のクローンである「2-002」と「2-009」の回収こそが男達が受けていた命令で、男達が放った合成生物達での奇襲も防がれた今、こうして直接始末をするために男達が出張って来ていたわけだ。

 

「……ハ、そういうことかよ」

 

「……?」

 

 そして、この件に対して「あの方」の取った手段にしては手薄というか随分と侮った作戦の取り方にも納得がいく。

 

「あの方」は既に、クローン達が何か、或いは誰かを当てにして脱走した事を掴んでおり、その様子見の為に捨て駒として自分達を当てたのだ。

 

 それを悟り、男達の「あの方」は今もこの場所を何処からか見ていて、自分達は隠れた敵を炙り出す為の捨て駒として立派に役立った事を確信した彼は、手にした銃を再び(・・)八幡に向けた。

 

 裏切られたことに対する悲しみや憎しみはない。自分達はおよそ九〇年、魔法による延命実験などの実験体になりながらも、それでも人として十分な時間を生きたのだ。その最期が、敵ではない味方の役に立てるものなら、自分は喜んで屍となろう。

 

 いざとなれば、あの方は自分達を殺す手段を持っている。幻覚に堕ちたとしても、手向けだけはしっかりとしてくれる筈だ。

 

 ならば今の状況で自分に出来ることは、敵から更なる情報を引き出すことのみ。

 

「……お前は何だ。何故俺たちの邪魔をする」

 

 拳銃で威嚇になるとは思えない。しかし、おそらく相手は「自分達を襲った証拠」或いはクローン達の情報源として使いたい筈だ。だから、こちらから言葉を投げかける事は向こうの理にも叶っている。

 

 だが——

 

「いや、違うんだって。来たくもないショッピングをしてたら、面倒ごとがこのことやってきたんだよ。俺は何も悪くない」

 

 八幡は男とまともに会話をしようとしない。いや文脈はもとより、語気から感じる意思は自分に向けられていない。それどころか、彼女(?)は男の後方に目を向けていて、最初から男のことなど相手にしていないように感じる。

 

「……? 何のことだ。貴様らが何者かを聞いている——」

 

 そこに誰かいるのか。若干の苛立ちと共に男が振り返ると。

 

「なっ……」

 

 男は、再び言葉を失った。

 

 ……そこには、クローン達でも八幡の連れていた少女でもない人物が立っていた。

 

 勿論というか当然というか、ただの一般人ではない。

 

 ため息をついて、何かに呆れた様子だ。

 

「……いいか、比企谷」

 

 風鈴を思わせる凛とした少女の声で、八幡の知り合いらしいその人物は、彼女(?)に声をかけた。

 

「私は、一色さんの妹さんから緊急事態だという連絡を受けてあのショッピングモールに駆けつけたんだ。それなのに、こんな所で雪ノ下の姉妹と仲良く油を売っている理由の方を聞かせてくれるかな」

 

 プロミネンスのように怒りを煮えたぎらせ、その怒気を隠そうともしない少女の名は一条雅音。

 

 十師族が一、『爆裂』魔法を得意とする一条家の令嬢にして歴代最高の魔法師であるとの声も名高い、通称「クリムゾン・ブライド」。

 

 戦場にて、敵の返り血を浴びて尚色褪せることのないその可憐な姿は「真紅の花嫁」の名に相応しく、味方には勝利と希望を、敵には敗北と絶望をもたらす——などと言われている。

 

「ちがう。まってくれ」

 

「……何を待つの?」

 

「……し、執行猶予……?」

 

「…………両手に花を侍らせておいて、何が?」

 

 ちょうど、今のように。

 






唯一にして作中最強クラスの能力の持ち主登場。



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