やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
深夜テンションで書き上げたのでどっか変なところがあるかもしれないですがご了承ください。
ラスボスに対峙した勇者、……或いは天敵に遭遇したウサギ。
それらが置かれているものと似た境遇として「身を焦がす程の苛烈な緊張感」の中にいる八幡は、自分に命の危機が迫っている事を敏感に察知し、慎重に言葉を選ぶ。
「一条。まずお前は二つ勘違いをしている」
しかし
その小さな動作が、本来であれば雅音の可愛らしい顔を、今だけは恐怖の魔王であるかのように見せていた。
「……ふたつ? その二つで私が今お前に抱いている気持ちは全て晴れるのかな?」
「……………………」
八幡の。
言葉が詰まった。
「ああそうだ」……と、用意していたはずの言葉が、何故か口から出ない。
先程までの襲撃者達に見せていた勝気な笑みはどこかへと失せ消えた。
視界が歪む。世界が自分を置いてけぼりにした。雅音との距離が無限に遠く感じる。
まるで風邪をひいて熱を出した時のように、頭がクラクラと安定しない。
叱られている? ——違う。
後ろめたいことを隠している? ——違う。
これは、きっと——
「くっ……」
本来であれば、最後に生き残った鶴臣が任務に失敗した時点で、彼はそれ以上の情報を第三者に与えないよう、この場所からすぐにでも逃走するべきだった。
任務に失敗した場合の事は教えられていないのでわからないが、闇の世界の常識で言えば、敵にわざわざ情報を渡すなど言語道断である。
特に、今まで任務に失敗した経験が無い鶴臣は備えていて当然の危機判断能力だ。
だが、彼は今までに失敗した経験がない——それ故に、失敗に対処するという経験も持ち合わせていなかった。
自分が本来するべき、本当は何を置いたとしても真っ先に行わなければならない事よりも、「死に遂げる自分カッコいいー」と、自分に陶酔していた。
許されざる事態だ。
本来であれば、死だの罰だの考えるのは彼の雇い主。全ては無事に帰ってその目で見た全てを報告した後に受けるもの。
——故に、鶴臣は死ぬ覚悟すらしていた己の心に語りかけるように奮起し、雅音の登場によって再び混乱させられていたのだ。
だが、今は敵が自分以外に意識を散らしているという、逃げるにはまたとないチャンスだ。
おそらくこの機会を逃したら、自分はもう逃げられなくなる。
自分が捕らえられて情報が抜き取られた場合、魔法師のクローンの存在が世に露呈するだけでなく、自分達の雇い主の情報までもが、調べられてしまうということに……。
(……よし)
幸いにも自分は拘束すらされていない。
そして、懐にはあの少女を一度は殺した銃がある。クローン二人の戦闘能力もわかっている。不意打ちならいけるはずだ。
さらには、「自分が逃げようとしていない事」がこの特攻に希望を見出させた。
逃げようとしたから、他の仲間は殺された。おそらくは、逃走が発動のトリガーとなっている術式をかけられているのだろう。
であれば、逃げようとさえしなければ。
(……殺せる)
鶴臣にあるのは、たとえ自分が生き残る事はできなくても、確実に敵に情報を渡す事が無い確定的な手段。
だが、鶴臣にとって不測であり未知であり突然だった八幡の存在は、彼の作戦を確実とするには不安材料でしかないのも確かなはずだ。
それを忘れていたか、気にしなかったのか、気にする余裕すらなかったのか。
いずれにせよ、この時の彼もまた、強い自惚れの中にあった。
「…………」
作戦を決行すべく、鶴臣は不安材料の様子を見る。
「——だから、雪ノ下に胸があったら、普通は天変地異、異常事態、温故知新を察するだろ?」
「難しい言葉並べようとして最後を誤魔化すな比企谷」
何故か地べたに正座をしていた例の少女の顔面を掴み、キリキリと音を立てて捻る一条の娘。あの娘も怒らせたら非常にまずい。そもそも何故、十師族がここにいるのだ。
そして、それに噛み付く雪ノ下のクローン。
「オリジナルがどの程度なのかは存じませんが、わたくしのは間違いなく天然物ですわよ」
「ああ、それくらい自然に見えるパッドだよな。シリコン入れてないだけまだマシだと思うが」
「ワタシのは生まれつきだっつってんだろうが!?」
「……オリジナルより口悪い」
……これは、明らかに自分には意識が向けられていないと見て間違いない。
今だ。自分に気が向けられていない、この時しかない。
「——っ!!」
鶴臣は、銃口を
自殺する為だ。
彼らと戦って勝てる保証はない。それどころか、抵抗すら出来ずに仲間が次々と殺された現状を見ても、相打ちの見込みすらない。
雪ノ下のクローンを殺したところで、「クローンがいた」という事実が残ってしまうなら、殺しても意味はないだろう。
そんな、どうも動かしようが無い情報を除けば、あとは、自分。
情報を鶴臣自ら喋るはずがないが、薬や魔法で喋らされてしまう可能性はある。
それを防ぐには、死を待つのではなく、死に向かうしかない。
元々、闇の仕事に手を染めた時からどんな時に死んでも後悔はしないと決めている。そのための道具も状況も整っているし、たまたま今日その日が来たというだけだ。
あとは死ぬだけ。
後悔はない。いい人生だった——
「違うぞ三流。殺し屋に必要なのは殺される覚悟なんかじゃない。逃げ出す勇気でもない。人を殺し続ける覚悟だけだ」
「——っ」
全てが引き金を引くだけで終わるカウントダウンの最中、少女がこちらを振り向かず何か言った。しかし、もう遅い。
自らのこめかみに押し付ける銃口の冷たさを人生最後に覚えた鶴臣は、後腐れなく引き金を引く。
「ようこそ。そしてさようなら」
続けて八幡が放った妙な言葉。しかし、その意味を鶴臣が考えるよりも前に、彼は意識を途絶えさせる。
……はずだった。
「——は?」
覚悟していた意識の途絶も痛みもやって来ず、鶴臣の口から思わず困惑の声が漏れる。
反射運動的に握った銃を見る——も、
「無い……だと」
一瞬前まで確かに手の中にグリップの感触があった拳銃が、消え失せていた。
「一体、な……ぜ…………」
だが、これだけなら鶴臣は八幡達が鶴臣の自殺を防ぐ為に何かしたのだと疑うこともできたのかもしれない。
しかし彼は、八幡達を一瞬ですら疑おうとせず、目の前に広がる景色にただ呆気に取られ、凍りついていた。
鶴臣達が八幡達を襲った時には確か、昼過ぎだったはずだ。
日が短くなる時期でもないし、そこまで長時間おしゃべりをしていた記憶もない。
それなのに。
「夜……だと」
目に纏わりつく闇。鶴臣がいたのは、見知らぬ住宅街。人影も見えない深夜、道路のど真ん中に鶴臣は立たされていた。
辺りを見回すも、先程まで彼がいた場所とは全く違う場所にしか見えない。
「……まさか」
鶴臣は瞬時に悟った。これが人の意識を自在に操り幻を見せる、文字通りの幻術であると。
だが、もしも彼が今かけられているものが幻術だとしたら、一つ矛盾点が出てくる。
通常、幻術にかけられた者は意識を保ったまま現実とはちがう幻を見せられるか、精神の縛りを受けてありのままを喋らされる傀儡に陥るかのどちらかになる。
しかし、鶴臣の状態は彼が自覚する限りそのどちらでもなく、彼の意識は保たれているものの、今度は彼の自殺が防がれた理由がわからない。
鶴臣の自殺を止めるなら精神の働き、肉体の動きを縛るしかないが、それをされたなら彼がこんな場所に放置されている理由がわからなくなってしまう。
八幡達に鶴臣を情報源として扱うつもりがあるのかは不明だが、自殺を止めておいて、見知らぬ場所に放り出す訳がない。
もしもこの体が情報を抜き取られた後のものだとしても、こうして鶴臣が自分の記憶を保持したまま生きているのもおかしい。
精神干渉が得意な四葉の魔法でも、記憶の消去とは部分的に行うことは出来なかった筈だ。
「……でも、それなら何のために奴らは俺を……」
答えを探す為に思考するも、その答えが思考の中にない為に、同じ考えがぐるぐると廻り続ける。
無駄な思考に時間をどれほど使った頃だろうか。
「……ん?」
鶴臣が立ち尽くしていたその場所に、突然足音が聞こえた。
まさか、奴らか。
振り返るも、その足音の主は可憐な美少女達とは似ても似つかない疲れ果てた壮年の男性で、鶴臣の予想は外れることとなった。
伸び放題という訳では無いが、頬のあちこちに傷があって整いきってもいない無精髭。
その顔は色白で瞳の色も黒ではなく、明らかに日本人では無いことを窺わせる。
「……————だ。————俺は、ここにいる。————だ。————俺は、ここにいる——」
その男はまっすぐ前を見つめたままぶつぶつと何かを呟いていて、多分短い言葉を繰り返し喋っているのだろうが、鶴臣にはハッキリと聞こえず、理解できなかった。
「…………もし、すまんがよろしいか」
それでも、この場で唯一の情報源になるかもしれない存在だ。
もしかしたら、八幡達がこの男を使っているのかもしれない。
何にせよ、鶴臣は言葉をかける以外の選択肢を見つけることができなかった。
「……————だ。————俺は、ここにいる——」
だが、相当自分の世界に入り込んでいるらしく、真横で鶴臣が話しかけているのにも気づいていない。
「もしもし! すまんがよろしいか!」
肩を掴むような真似は憚られたが、少し声を荒げて、鶴臣は再び話しかけた。
すると。
「…………」
じー。男は先程までの独り言を辞め、鶴臣を見た。
「……す、すまんが」
驚きも落胆もなく真顔のロボットのように無表情でただ見つめられ、たじろぎながらも鶴臣は男を見返した。
「この辺りの地理について教えてほしいのだが、よろしいか?」
鶴臣の質問に、男は首を傾げた。
「…………地理?」
まるで、〝人の言葉〟を何十年ぶりに聞いたかのような、そんな仕草で。
「私は気づいたらここにいたのだ。心当たりがない事も無いのだが、とにかく訳が分からなくてだな……」
「…………わ」
「『わ』……?」
鶴臣が喋って、チクタクと時間が経過してやっと、男は口を開いた。
「わたしは、ただ、金が欲しかっただけなんだ。演技だったんだ。神なんて、天国に導く者なんてこの世には存在しないのはわかりきっていたんだ……」
しかし、男の口から得られたのは、質問に対する返答にすらなっていない、意味不明な釈明とも懺悔とも取れる後悔の言葉だった。
「……? 何を……」
突然、男が鶴臣に掴みかかる。両手で鶴臣の両肩を、ぐわし、としっかり。
「……!?」
……しかし男の握力が鶴臣を傷つける事はなく、そのまま男の体はズルズルと足元に下がっていき、最終的に男は地面に這いつくばるような体勢となった。
そして男は、彼の顔を覗き込んでもいない鶴臣でも簡単にわかるように、滝のような涙を流す。
「……だから、もう……許してくれ……っ!」
「…………何を」
懇願する男を見下ろしながら、鶴臣は訳のわからないまま、ただ困惑していた。
——と。
「ん? おや? 新しい人ですか?」
また、新たな人物が現れた。……音もなく。
男の声だ。それも、鶴臣にしがみついている男より随分と若そうだ。——しかし、鶴臣はそれに構ってはいなかった。
「……!?」
声がするとほぼ同時、最初の「ん?」が聞こえた時には鶴臣は腰に力を入れて飛び退く準備をしていた。
背後から突然声をかけられれば誰だって驚く。鶴臣もその例に漏れず驚いていたが、彼の場合、心理よりもまず体の反射神経が先に働いたのは仕事柄故か。
男にしがみつかれていなければ、鶴臣は近くの民家の屋上に飛び乗っていた事だろう。
「……? ……なっ!?」
「……おや、今回はやけに早い」
……いや。男のお陰で鶴臣は逆に助かった、と言うべきか。
男がしっかりと絡みつくように鶴臣にしがみついていなければ、鶴臣はこの光景を目にする事なく死んでいたに違いないのだから。
鶴臣が飛び乗ろうとしていた二階建ての一軒家。何の変哲もない、ありふれた建築様式のその住宅が突然崩壊した。
その突然の事に、鶴臣は動転して辺りを見回す。
何故なら、その倒壊は明らかに——
「攻撃か……!? 一体どこから!」
崩壊した家は元々崩れかけていたとか、如何にも脆そうな造りをしていたようには見えなかった。
何かしらの外部要因によって破壊された事になるが、それを今、鶴臣は知覚できなかった。
だが周囲には何処にも何もなく、男二人もこの異常に対して特別な反応を示していない。鶴臣の勘違いで、実は支柱が腐っていたあの家が物理法則に従って倒壊しただけという可能性の方がまだありえる。
いや、鶴臣にしがみつく男は家が倒壊した事にも気付いていないかもしれない。
何かを恐れるように、ずっと蹲ったままだ。
(……………………これは、何を恐れている?)
鶴臣の足から決して手を離さず蹲る男の姿が、気になり始める鶴臣だが。
「…………ん?」
ふと、それよりも上が気になって顔を上げる。空の光が気になって……そこには、思わず言葉を失うほどの絶景が夜空いっぱいに広がっていた。
青みがかった黒の夜に咲く、満天の星空。
南極でも滅多に見ることのできない、視界の端から端までが夜と光で埋め尽くされた幻想的な光景。
なるほど空気が澄んでいれば、これ程の夜空が見られるのだろう————
(いやまて)
ほんの小さな違和感が鶴臣の肌を触った気がした。常人からすれば全く感触を感じないレベルと言えるが、少なからず闇の世界に足を踏み入れてきた鶴臣にとっては、無視できない直感だ。
「………………」
思考を巻き戻し、もう一度空を見る。そして彼は異常に気づいた。
「…………ない」
知っている星座が、その空にはひとつも輝いていなかったのだ。
夜空の端から端まで見回しきっても、その何処にも彼の知る星座がひとつも見当たらない。
天の川どころか夏の大三角、十二星座も存在していない。
まるで地球とは違う星で夜空を眺めているみたいだ。
「………これは……一体……?」
鶴臣の思考が止まる。あり得ない現実に脳が拒否感を示し、続く嫌悪感が鶴臣の理性を絞めあげる。
顔を真っ青にした鶴臣の横で、若い声の男が声をかけた。
「はっはは。見たところ、ここにきてそう時間は経っていないはずなのに。もう気づきましたか」
鶴臣の絶望した心理とは裏腹に、にこやかな笑みを浮かべる若い男。
鶴臣は若い男を振り返った。……若い男に向けられるその顔は、鶴臣にしがみついている男が浮かべている表情と似たものがあるかもしれない。若い男はフードを被っていて、顔ははっきりと見えなかったが。
「……こんなものを見せて何のつもりだ。何がしたい」
既に死ぬ覚悟すらしていた筈の男を嘲笑うかのような、この仕打ち。
悲鳴すらあげてしまいかねない程の怒りが、鶴臣の中で渦巻いていた。
しかし、若い男は首を横に振って鶴臣の無言の怒りを否定した。
「おやおや、勘違いしてもらっちゃあ困りますよ」
「……?」
馬鹿にしたような態度にも、実年齢九〇を超える鶴臣は眉の端を浮かせる……が。
「僕もここに閉じ込められているんですから」
そんな若い男の返しに、鶴臣はまた困惑の谷へと突き落とされた。
「…………どういうことだ?」
しかし、鶴臣にこれ以上自問自答できるキャパシティは無い。いくらか嫌悪感の取れた表情で、彼は若い男に訊いた。
「実はですね……」
若い男も親切な性格らしく、被っていたフードを取り、素顔を晒して曖昧な鶴臣の質問に答えてくれた。
「……僕は〝世界に魔法を広めた罪〟でここにいます」
「…………!」
曖昧な答え。普通ならば要領の得ないこの回答に困惑するだろうが、鶴臣はその「顔」と彼が自ら提示した「罪」の内容に驚きを隠せずにいた。
当然、鶴臣も知ってる顔だ。会ったことは無いが、その当時は彼の顔を知らない人間などいなかったのでは無いだろうか。
「僕は——っと、貴方本当に物知りですね。僕の顔もご存知のようだ」
鶴臣の反応を見て自己紹介を取りやめる男。その表情は、少し困ったようす。
「まさか……」
永くも細い人生において、鶴臣は今最も驚いていた。
そして断言していたに違いない。
「この時ほど驚きを隠せなかったことは無い」——と。
そして、よく見れば足元に縋り付く男の顔も見覚えがある。
当時は毎日のように全世界のメディアで報道されていた、狂信者集団の教祖を名乗る男だった筈だ。
…………。
「すみません。どうやら、僕のせいで世界の有り様が一変してしまったみたいで」
朗らかに笑う男——その正体は、凡そ100年前に狂信者集団の核兵器テロを防いだ『現代魔法の始まりの超能力者』その本人であった。
生きているはずのない人間の登場に、鶴臣は目を剥いた。
感動(?)で動けない彼に、「まずは」と、男は空を指さして言う。
「貴方が関わってしまった者の名は『ヒキガヤ』。そして、頭上にキラキラしてるのは魔法
「ばかな……」
ヒキガヤ。その言葉がやけに脳裏で反芻される中、頭上で輝く〝星だと思っていたもの〟を見上げ、鶴臣はただ立ち尽くしていた。
〜人物紹介〜
鶴臣氏十郎
前々回で誰かに命令されてゆきのんのクローン達を殺しに来たけど八幡に自分以外の仲間をぱぁんされて「旅行するならどこに行きたい?」でよくわからんとこに飛ばされた人。男とかだとわかりにくいので名前を与えられた。どうでもいいけど自分の名字は「鶴臣」だと思っている正式名字「鶴臣氏」さん。
あとで人物紹介付け足すかもです。