やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
夢を追ってました。
嘘です。
コヤンスカヤきませんでした!(オベロンは来た)
それは、自分自身の夢に枯れ果てた優美子が今も尚胸に抱き続ける、束の間の記憶。
なんて事のない、しかし決して色褪せることのない思い出のひとつだった。
『ふふ、あははっ! 楽しいよね、優美子ちゃん!』
『ちょ、はーくん、はやすぎだしっ! 壁を走ってる!?』
優美子は新たに知り合ったとある少年と、毎日毎日、日が暮れるまで遊んでいた。
将来のことなんてまだ何も気にせず、めいっぱい遊びに遊んでいたものだ。
電子ペーパー絵本の読み合いっこをしたり、業間休み(*千葉特有)や昼休みに小学校の校庭で思いっきり遊んだり。
縄跳びに始まり鬼ごっこや鉄棒、今の子供は殆ど遊ばないような「可食砂」という、小麦粘土のように人が口にしても食べられる、室内の人体に無害な物質で合成された人工の砂が敷き詰められた砂場で砂を盛り、手で掘ってトンネルを作って遊んだりなど。
『見てみて! 関東平野に山が!』
『さっきまでそこに街があったんだけど!? ……ていうかこれ、怒られるどころじゃ——』
『潰してないよ、ちゃんと浮いてるよ。これで水切りするんだもん』
『どこの八王だしっ!?』
果ては、地図がほんの
転んで作ったかすり傷の数は、もう数えきれない程だ。だが、いつも家に帰るまでに
優美子が相手にする少年のその価値は、最早取るに足らない、能面のような無機質で無感動で無条件なあの少年とは程遠い。
また、「隼人くん」と遊ぶこととも違う、別の種類の楽しさを優美子は覚えていた。
タブレット端末一台さえあれば一日時間を潰す事など造作もない現代において、今の大人達ですらもうすることはなかった遊びを、全身でその少年と優美子は楽しんでいたのだ。
少年と出会うまでに優美子が感じていた孤独感も吹き飛ぶくらいの、彩りに満ちた日々。それは、幼い優美子にとって何にも代え難い宝物の日々だった。
☆
「…………また、懐かしい夢……」
意識のチャンネルが切り替わる。
接続の際のノイズがひどい。自分は寝ていた/話していたなどなど、夢で見ていた自分と脈絡も整合性もない乱暴な現実への繋がり方で、優美子は目を覚ました。
「……………………」
ベッドに寝転がったまま天井を見つめる。見慣れた天井は窓からの光で茜色に染まっていて、今が夕方だと何となく理解できた。
「……無駄にしたし」
それは、休日を贅沢に過ごした後にこぼれた愚痴。とはいえ、平日の疲れがここまで来ると愚痴を言いながらも逆に笑えてくる。
だが昼間の学業だけでこれ程疲れる訳がない。昼も夜も動き回っているからこそ、睡眠不足による疲れが週末にやってくるのだ。
そして、その疲れの原因は比企谷八幡の捜索にある。
優美子の幼馴染であるかの少年は依然として姿を消したままで、優美子達はその手がかりすらつかめていない。
(無駄な努力。手遅れな手助け。……わかってる……わかってる、けど)
誰かに依頼された訳ではない。彼女の前から忽然と姿を消してしまった八幡を探すことは、彼女の自己意思によるものだ。
しかし、八幡の失踪から1ヶ月は経っているというのに、捜索の手掛かりどころか彼がこの世に存在したという証拠すら、今は彼女の手元に存在しない。
焦りが日を重ねるごとに露わになってきている。
唯一、少年に繋がる情報を持っていそうな「関本勲」という優美子が通う学園の風紀委員がいた。だが、関本の知る人物は少年とは全くの別人である事が確認されたし、結局は時間を無駄に使っただけだった。
だが、何も得られなかったというわけではない。彼に関する明瞭な情報は無くても、彼がそこにいて何かをした、という情報の残滓は優美子達も掴んでいた。
これは今のところ優美子ともう1人、八幡と優美子、2人の幼馴染である葉山隼人という少年しか知らない。
4月23日。その日、第一高校で行われたテロの現場に、八幡は現れた
詳しくは優美子も隼人からは訊けていない。ただ、彼は八幡に会ったということを優美子以外には伝えず、親にも友人にも報告はしていない。
何故か? 何故だろう。
比企谷八幡がそこにいた、という情報だけしか隼人は優美子に伝えなかったから、その理由は隼人以外誰にもわからないからだ。
また、証拠といえば、八幡が自分の住処として使っていた家も、所有者が消え失せた為か、元々の所有者だったらしい全く別の人間——川崎の人間が住んでいた。
川崎家。十師族を守護する魔法師の家の一つ、六道に数えられていながら、誇るべき功績——威嚇のための実績が何一つない、序列最下位の家だ。
そして、六道の中で唯一、八幡の事を忘却したままの家でもある。……だが。
優美子は、だからこそ違和感を抱いていた。
「…………やっぱおかしい」
六道の中で唯一八幡の事を忘れているという事実が、優美子の知る現実と噛み合わない。
だって。
確かに聞いたのだ。
『はぁ? つーかあんた、誰。いきなりわけわかんないこと言わないで欲しいんだけど』
『こっちだってふざけてねぇ! 今んとこ動けてんのは
「…………」
確かに彼は『動けているのは川崎だけ』と口にしていた。それはつまり、誰もが記憶を失っていたあの状況下において、八幡の言った川崎という人間は、記憶を失わずにいれたという事。
もしくは記憶を失って尚八幡に協力したか、だ。
そもそも記憶を失えば、魔法を使う事はできない。超能力ではないのだから当たり前なのだが、川崎は六道の人間。普通では無い魔法を使っていてもおかしくはない。……その場合、考え得る可能性としては、
(……あーしとヒキオの会話のその後に記憶を失った、もしくは記憶を失ったままヒキオに協力した……か。……ううん、
八幡が〝誰か〟と戦っていた時。会話したすぐ後でも、優美子は八幡の事を忘れてしまっていた。彼の事を思い出せたのは、電話があった日から数日が経過してからだ。
あの時、空間において「八幡の事をとにかく忘れる」という現象が働いていたのであれば、川崎もその例に漏れる事は無いはず。
だが、もし——
「……あ」
——それ以前に。
(……どーして、ヒキオに関する記憶だけが消えた? 攻撃の対象がヒキオ本人だったから……?)
あの時、あの瞬間、八幡に関する記憶だけがスッパリと抜け落ちていた。
(ある程度は使えるように、……いや、ヒキオを孤立させるのが狙いだとしたら)
それに、もし八幡自身が記憶を消す魔法を発動していたなら、まともな協力ができない優美子達に助けを求める事は最初から無いはずだ。
八幡自身の力が能力の無効化に関係していたなら、優美子もその記憶喪失の対象外にいる筈だが、優美子自身の体験から、それは違っていた。
であれば、やはりあの記憶喪失は敵の仕業で、それに対し八幡は独自の対抗策で記憶喪失を防いだ……というのが妥当か。
もしくは、八幡だけ「八幡を忘れる」という記憶喪失の対象から外されていた、という事になる。しかし——
(…………でもそれに何の意味が?)
そうだ。記憶喪失の対象を選別するには、味方でもない限りそれをする意味がない。
「ヒキオがそいつに仲間だと思われていた、っていうのもあり得ないって雪ノ下さんも言ってたし……」
何故なら、敵は最初から八幡だけを狙って攻撃を仕掛けてきている、とも取れるからだ。
そうでもなければ、人々から八幡の記憶を奪ったりするものか。
(……奪う?)
それならやはり、川崎は八幡に助けてもらったというのが妥当な理由だろうか。しかし、それが可能だったなら、間違いなく戦力になる優美子を回復させなかった理由がわからない。
偶然? ……いいや。八幡をもってしても、手の出せない何かがあったと見るべきだ。
(奪う……奪われたのに、あーしらの記憶は復活してる……? 一時的な封印だったって事?)
八幡が知覚できなかった攻撃。あるいは、彼が知らない攻撃。そうでなければ、優美子に助けを求めるのに、わざわざ
(……もし、ヒキオに関する記憶喪失がただ単に、一斉に、かつ一時的に記憶に蓋をされただけなら、今も記憶が無いというのはあり得ない!)
(…………まさか。今、ヒキオを思い出せていない人間は
……………………。
……と、色々と考えてみたものの。
要するに。仮説は仮説であるが故にどれも根拠も確証もなく、本当にわからない事だらけだ。
例えば、今も優美子達がそうだと信じているだけで、今は八幡が死んでしまっている可能性だって普通にあり得る。
「……〜〜、——ッ! あー! もう!」
髪をぐしゃわしゃー、と掻き乱して鬱憤を吐き出す。
取り乱すことを普段他人の前では絶対にやらないと決めている優美子だが、流石に我慢の限界だったらしい。
優美子が川崎を疑っているという点や多少新たな疑問点が湧いたところで、ここまでは真由美や雪乃達との話し合いで
逆にいえば、ここから先には一歩も進めていない。
不確定を確定させる要素が何も無い——それはまるで、目標はあるがその場所に辿り着く為の出口がないのと同じ事だ。
————————と。
……ィィン——————
「……んん?」
それは、微風。
授業やら部活やらで、普段から想子が撒き散らされている第一高校では特に珍しくもない、魔法師のみがその存在を感じ取れる想子の風だ。
「……ん……?」
普通であれば、何処かで魔法が使われたのだろう、くらいにしか思わない。近くで物理的な音はしなかったし、室内までやってくる魔法の残り香なんて、かなり大規模な魔法が——
「あ……?」
その魔法の残り香に、優美子は思わず、飛び起きた。
当てもなく、ただやる気と時間だけが削がれているこの状況。しかし、それら全てを反転させるほどのイベントの予兆。
「は……?」
いや、正確にはその揺らぎの元となった魔法が放たれている事を知って、彼女はただ驚いていた。
それと同時に。
「……あ、あ……やっぱり、いた————!」
存在すらあやふやになりつつあったとある人物。彼がきちんと、或いはちゃんと生きていた事を知って、優美子の目からは涙が溢れた。
今度こそ忘れない、そうすればいつか必ずまた会える。……そんな覚悟が、ほろほろと崩れ消える。
これは。
(これ、は……!)
————その魔法は
捨て去る為の想子が多過ぎて、また術を行使する際にあぶれる余剰想子が戦略級魔法以上のノイズの嵐を生み出す。
彼が魔法を発動した場所に想子を感知するセンサーがあったなら、計測機器の測定過量エラーによって暴発しているに違いない。
彼は今、自分の身を偽ると同時に、自分の居場所を世界中に向けて発信したようなものなのだ。
魂の所在はそのままに、身体を一から作り直す——
「……『変身魔法』……」
この世界の何処かで行われたその魔法の顕現を、優美子は肌で感じ取っていた。
☆
時は数刻、遡る。
「…………」
これは夢だ、と八幡はすぐに気づいた。
目の前には見覚えのある美少女——の、ダウンサイジング版。幼女がいた。
(……ロリコン……?)
「なんだかすごくかわいそうなじこにんしきの気配がするけど」
「いやそんな事微塵も思ってねえぞ八幡は」
「まあ、いいか。ねえ、はーくん。次はこれだしっ!」
天真爛漫な笑みで、幼女が八幡に何かを差し出してくる。
「……っ」
八幡が黙ってそれを受け取ると、それは人の『手』だった。
『手』から上はなく、しかしそれなのに肌触りは、『手』が身につけているものの上からでも、生きたニンゲンの暖かさがする。
「はいっ! 次だし! ……あ。はーくん、ちゃんと置かないとだめだよー?」
「……これ、は」
幼女は、次に八幡に『腰部』を渡そうとするが、八幡が『手』をまだ持ったままであることに気づくと、彼の足下をさして指示を出す。
そこには、頭や幼女の持つ腰部など所々欠けているものの、おおよそ成人だと判別できる人間の体が置いてあった。
体は何かの防護スーツを着ていて、八幡が持っている手がはめている——装着している
八幡が受け取った『手』をそこに置く。……すると、『手』は『身体』にくっついた。
八幡はなにもしていない。この手が持ち備えていた防衛機能の一つだろうか。
そして、幼女があらためて差し出す『腰部』や胸部のパーツから見るに、この体は女性のもの。
「はい、はい、はい……」
次々と差し出される身体のパーツを然るべき場所に置いていく。
そして、残すは女性の頭部のみとなった時。
「……んー」
「どうした?」
八幡の問いかけに、幼女は首を捻る。
「
幼女は最もシンプルに、八幡の疑問に答えていた。
「……? ——っ!?」
八幡が「それ」を認識するのに果たして何秒かかったのか。いや、認識するということができる筈がなかった。
「そこ」に何があるのか、
いっそ吐き出したい気持ちで胸が一杯だ、とても耐えられるものじゃない。
そんな彼の心情を慮ったのだろうか。
あるいは、呆れて見ていられなかったのかもしれない。
「……っが!? ぐ、ぅ……!?」
「それ」は、自分にまんまと背を向けていた八幡の首を掴み、絞めあげる。
首のないデュラハンが、何故か八幡に襲いかかっていた。
「……んで、首はまだ……ごっ!?」
呼吸が苦しい。目が痺れる。見えない。腕が上がらない。首に手を当てることすらできない。
当然だ。
「それ」の左手は首根っこを掴んで持ち上げ、右手は八幡の背中の肉を突き破って肺を握っていた。
拷問でも捕縛でもない、これはただ単純な処刑。
自分で下した決断に対する迷いを抱いてしまった、敵対者への罰。
「あれー? はーくん、もうダメなの?」
その言葉と同時に、幼女の輪郭がどろりと溶けた。
そして、足元に転がる気持ち悪いものを飲み込み、床を慣らしていく。
ああ。この幼女も、最初からそういうシステムだったのか。いや自分のせいだけど。
「……、…………」
八幡は、薄れゆく意識の中で、ここが夢で良かったと本気で思った。
ここで死ねば本気で死ねるなどと願って、本当に良かったと心の底から安堵した。
夢なら、誰も文句は言わない。
誰とも交わらないから、本気で誰の心残りになる事もない。
自分がいなくなって初めは泣く人間も、数年もすれば綺麗にオモチャ箱の中だ。
大丈夫。全盛期のように一度くっつけば二度と離れない——なんて事は無い。
100年経てば器は壊れるのに、中身だけ劣化しない筈がない。
人の心は。或いは、世界は。
諸行無常なのだから。
——意識が、遠のく——
そう思った直後。
「ワケわかんない〆方で偽物の私にやられないで八幡くん!」
「げぶぁ!?」
突然、真横からドロップキックが飛んできた。
殺意のかけらも無い攻撃に、八幡を絞めあげていたデュラハンは勿論、デュラハンに掴まれていた八幡も巻き添えになって地面に倒れる。
「……ぐ、あ……な、何が」
まるでその攻撃を喰らったかの様な表情で、自分を助けてくれた(?)人物を見上げる。
「……あっ、だ、大丈夫? ……って、背中に穴が空いてる……!?」
八幡に向かって差し出すその手は、先程八幡を苦しめていたデュラハンと同じ装甲を纏っている。
そして何より、デュラハンに足りていなかった頭部が、その女性には付いていた。
「……気にしないでください。ていうか、なんでアンタがここにいるんですか?」
ついさっきまで死ぬ気だったのに、その女性の登場の一瞬の間に無傷となっていた体を起こし、その女性から顔を逸らしながら八幡は呟いた。
そんな八幡の態度に対し、質問に答える彼女のきょとん、とした目は真っ直ぐに八幡を捉えて逃がさない。
「何でって、……私はあなたの命に責任を持ってるからよ、八幡くん」
「…………死人のくせに、自分の死後にまで責任取らなくていいんですよばーか」
自身ありげに、しかしその仕草に誇りすらも感じさせながら胸を張る女性。
彼女の正体は十師族四葉家当主、四葉真夜の姉、司波深夜の護衛を
そして。
「ダメです。私はあなたの
3年前、大切な人を守るために自分の魔法力を使い切って命を落とした故人であり、八幡がヒキガヤの力を継承する以前にその力を保有していた、いわば八幡にとっての先代にあたる人物。それが、「桜井穂波」という彼女だった。
「いいですか、八幡くん。貴方は今、一色愛梨さんに吹き飛ばされて気絶したところを折本かおりさんに拾ってもらって、一色家の無事だったお部屋のひとつで布団に寝ている状態なの。部屋の隅で一色愛梨さんが心配そうにあなたを見つめているので、いい加減起きてあげるべき、という私のお願いは聞いてくれますか?」
「そそそれって息の根がきちんと止まっているかどうかの確認て事ですよねねね。目が覚めたら『やっぱり生きてた!』って脇腹に果物ナイフ突き立てられるやつですよねねえええ!?」
「…………」
元来、恋とは盲目である。
まさか、自分の死後にそれを受け身で実感する日が来るとは思わなかった——と、穂波はため息をついた。
このままではまともに会話ができない、と両手で八幡の顔を挟み、少し持ち上げると八幡は借りてきた猫の様に大人しくなった。
そして穂波を相手にして、緊張で声を上擦らせて噛みつつもまくし立てるその様子は、恋を知ったばかりの中学生のよう。
(……いや、実際はそれよりもっと——ううん、精神年齢は15歳なんだから、もう少し落ち着いて欲しいけれど)
自分が好かれているという事をこうもあからさまに見せつけられて、悪い気はしない。
けど、彼の周りの女の子達にはやっぱり申し訳ないと思ってしまう。
「ねぇ、八幡くん。いい加減私で緊張するのやめない? あなた、周りの女の子達に緊張なんてしてないでしょう?」
「そっ、そそれは、ふ、普段こんなに近くなる事はないんですから!」
「もっと近くなる時だってあるじゃない。一条雅音さんとか、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんとか。最近じゃ、一色愛梨さんもだっけ?」
「だ、男女間の友情はしし信じてませんけど、一人一人またべ別枠なので」
死人に恋をするのはおかしい。それを少しでも認識させたくてこうしているのに、当の本人はそれを聞くどころではなくなっている。
今は八幡の中でしか生きられない穂波だが、魂の形に合わせて魂の入れ物を造る技術や、死者をそもそも認めない比企谷の魔法は、死後数年が経つ穂波でさえ、生きているヒトに容易く戻してしまう。それは人間の倫理観からすれば決して許されない、禁忌の業。
……の、筈なのだが、彼が今相手にしているのは曲がりなりにも神様だ。人が神に追いつくには、多少のルール違反は超えていかなければいけないのかもしれない。
近づいたのは失敗だったか、と穂波は八幡の顔に当てていた手を離し、彼から少し離れた。
「……まったく。どうしてこうなっちゃったのかな、もう」
「……たぶん、貴方がいなくなれば俺は
穂波が離れると、途端に八幡はくにゃり、と床にへたり込む。それでもしっかりと穂波を見て話す言葉に、彼女は笑顔で頷いた。
「はい、だめです。そういう事ならお姉さん、一生八幡くんの中で生き続けちゃいます」
「一生終わってるし死んでるしなんかちょっとあざといし……」
八幡の意識が濁り、沈む。いや、これは浮き上がろうとしているのか。
離れていく八幡の手に触れ、握りしめる穂波。
「良いですか。あなたは世界にとって最後の希望なんです。ですが、そんなの関係ありません。他人にどう思われようと関係なく、その道を歩くと自分で決めたんですから。つまづいても間違えても、ちゃんと選び続ける。そんな八幡くんを私は応援しているんです」
「…………」
「いつか、お互いのことを知ったうえで、達也君や深雪さんとも話し合える日が来ると良いですね——」
ヒトの笑顔は元々威嚇の手段だった。それを思い出さずして八幡が穂波の笑顔に耐えることが出来たのか、いや出来るわけがないだろうふざけるな。
「…………っ」
咄嗟に八幡は口を手で覆う。
「八幡くん?」
穂波が首を傾げると、ぽた、ぽた、と八幡の小指の先から赤い液体がこぼれ落ちた。
「鼻血でた」
「夢の中で!?」
イイハナシの雰囲気で終わりかけていた2人の再会。かなり強引ではあったが。
「興奮しすぎ! 私そんな変なこと言ってませんからね!? もう!」
ぷんすか、と子供っぽさを伺わせる表情で八幡に怒る穂波。その顔を見て八幡は、静かに泣いた。
嗚咽もなく、ただ単に悲しさを含ませる笑顔で。両手では掬いきれない、数多の雫と共に。
「……ありがとう、ございました。桜井さんのおかげで俺はここまでやってこれた。……きっかけになってくれたのは間違いなく桜井さんです。俺の目的は達成出来なかったけど、桜井さんに会えて、本当に良かった————」
一抹の奇跡が、泡と消える——
「キラキラって光撒きながら消えようとするのやめなさい!?」
襟首を掴んで魂の昇天を強引に阻止する穂波に、揺すられながら八幡はニヤけた。
「……冗談ですよ。あんたの肉体の蘇生も終わってないのに死ぬわけないじゃないですか。それじゃ」
「え? ……ちょっと待って。私の蘇生ってどういうことっ? それも冗談よね?」
「……冗談じゃないですよ。あでゅー」
そう言い残して八幡は目を閉じた。夢の世界で眠りにつくことで、深い眠りから目覚めるために。
彼の体は光らない。消滅しない。ただ、夢という世界に沈んでいく。
「まちっ、ちょっ、説明っ! 待ちなさい————!」
穂波の抵抗もあってないようなもの。彼女は自分が掴む八幡の体と共に沈み、しかし現実の肉体などとうに消失しているが故に、彼女だけがこの世界に取り残される。
彼女の言葉は八幡に届かず、彼女の疑問は、行方知れずとなった。
次回、八幡が目覚めます!