やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
ろくろの様に自分で作り上げていくしかない。
——それとも君は、他人の見よう見まねの愛で気がすむのかい?
静寂とは、それによって得られる心の安寧に反してこの世の何よりも「死」に近い概念である。
死んだように眠るという表現はあっても、死んだように遊ぶという言葉はない。
死とは静寂の極致であり、停止の究極だ。
それを否定するために、生物はたった一つ、死ぬまでその鼓動を止める事がない
それを踏まえて、敢えてこう言おう。
〝死とはあくまで肉体の機能停止に過ぎず、連鎖して起こる精神の死には該当しない。〟
これは、器が壊れれば中身もダメになる理論に真っ向から石を投げるものであり、ヒトの精神と肉体の結びつきを強く否定するものである。
しかしながら、魔法の世界において魔法式の効果を発揮するまでの過程の特殊性故か、精神と肉体は別々に考えられる事がある。主に、物理、非物理という区別において。
魔法の研究が始まってから数十年が経ち、最近になって漸く散見されるようになったこの考え方だが、真に重要なのは精神と肉体の別離ではない。
肉体の成長に伴い、精神も成長するという点だ。
肉体は寿命という終わりがあるのに対し、精神には「肉体が死ぬから」という理由でしか終わりは来ない。
平均的な人の寿命は90〜100歳、性能的な限界であれば120年。
もし、200年や500年、或いは1000年の間ヒトが生き続けたとしたら、精神はどこまで進化できるのだろうか。
ヒトの精神を保ったまま別次元の存在へと成長する事ができるなら、この実験はナンバーズ計画よりも遥かに価値のあるものだ。
————【人類天使】保障実験保管資料より一部抜粋。
☆
深閑とした誰もいない森。
静かな場所、静かな時間というのは、ただそこに存在しているだけで心を落ち着かせてくれる。
生物の声も生き物の臭いもしない。
ただ、静か。
「……、…………」
その少女は、誰もいない森の誰も気づかないその場所で、自分を覆う樹木に纏わりつかれながら、死んだように眠っていた。
少女の眠りを妨げるものは何もない。
王子様のキスどころか、微弱な音や地震、空気の波動でさえも彼女を揺り起こす事は叶わない。
彼女の肉体はここにあったとしても、精神は別の次元階にある。
動力源を抜いた機械、という表現が適切か。
最初に精神が眠りについてから彼女の肉体はその場所にずっと放置され続けている。いくら時が経とうとも朽ちることはなく、500年が経った時、まるで死体のようにじっとして寝返りも打たない彼女を護るように、富士の樹木が彼女の体を覆った。
肉体としての機能など、とうの昔に錆びれている。今この体に少女の精神が再び宿ったところで、脈拍ひとつ無いその四肢を動かせやしないだろう。
だが、朽ちず、また大地に取り込まれる事もなくこちらの世界に存在し続ける少女の肉体は、次元の違う世界で封印からの解放を待ち続ける少女がこちらの世界に置いていった、ただ一つの楔。
故に肉体さえ破壊してしまえば、少女は永久にこちらの世界に帰還できなくなる——では、ない。
少女の身体こそが封印の要なのだ。
破壊が達成されるとどうなるか。——我々は、楔によって存在を把握している少女を見失う。二次元の存在が我々を知覚できないように、我々もまた次元の違う存在に触れることすら叶わないだろう。
しかし、観測ができないというだけならまだいい。
接触点を失い、興味が薄れ、存在が忘れられてゆくのだとしたら、それは縁の消滅であり少女の脱落を意味する。
我々にとってこれほど喜ばしいことはないが、そうはならないからこそ厄介なのだ。
楔によって少女を認識しているのはあくまで我々の視点。少女からすれば楔などなくともいつでも世界を覗き込めるので、逆に自分の存在があり続けてしまうという弱点が明確にある肉体ほどのお荷物は他にないだろう。
そして、楔が外れた少女は自由になる。
世界のどこにだって行けるだろう。雪ノ下や葉山の秘術などとは比べ物にならない規模と精度で少女は世界に顕現し、さらには複数の場所に同時に現れる——なんて事も可能になってしまうかもしれない。
突然ぼろり、と少女の身体を覆っていた苔が一部剥がれた。
故意に退けられたのではなく、偶然に取れたのではなく。
「……、」
必然に、それは落ちていた。
剥がれ落ちた苔が覆っていたのは少女の顔の部分。彼女の目が開いた訳でも、口元を歪ませて獰猛に笑みを作った訳でもない。その機能は、とっくの昔に失われていると言った筈だ。
風で落ちたのかもしれないし、昨日降った雨で崩れ始めていたのかもしれない。——たったそれだけの些細な変化で、森は震撼した。
ざわざわ、と森が揺れる。
鳥が、虫が、動物が。
森に棲む全ての生き物達が、その場所から一目散に逃げ出した。
恐怖に駆られたのか、或いはもう住めないと判断したのか。
女王蜂ですら、子を捨てて自らの城を出た。
肉食動物と草食動物が争いもせずに並んで走っている。
何もかもが
実際、少女の肉体に起きた変化は顔の苔が少し剥がれただけ。関節ひとつ、動いていない。
それなのに、その少女の周りからは、数秒で命の気配が消え失せていた。
ざわめく者達がいなくなれば、その領域が静まるのもまた必然。
静謐を感じさせる割には空気が乾き過ぎている。死んだ森という題名でこの場所を表現するなら、ちょうど今が頃合いか。そう思わせる程に森は一瞬のざわめきの後、死んだように静まり返っていた。
「————!」
不意に訪れた静寂。怪我のせいで1匹取り残されて、足を引きずりながらも
「……」
リスという小動物に過ぎない彼がその場で考えられた事はあまり多くなく、彼はあくまで状況の変化に反応したに過ぎない。
しかしそれは、あくまでほんの少しの空白に過ぎず。
小さな小さな獣がほんの一瞬だけ忘れた危機感。
それが命取りだった。
「…………きゅ
——バキぐちベシャドゴっガッンギギドジュッガジャアベキョミチガジョグチギチギチベバジョッボダロジがじゃドゥアじじがじゃんメキョゴキっドバシュベガっザンジグジュギュアベジっっっ!!!!
彼は「喰われた」という意識、或いは敵の認識すら得られずに。
突然背後から襲ってきた見えない「何か」に食い潰されて、彼は幸せに死んだ。
「……………………あぁ、まだ、足りない……………………」
☆
誰かが言った。恋とは呪いであると。
恋は依存であり、深みにハマればどうしようもないほど堕落していくのだと。
しかし八幡はこう思う。
恋の性質は人によって千差万別であり、見方によって形を変えるもの。人による違いがあって当然だ、と。
……殺しを以て愛の形とするのさえ受け入れる八幡だが、しかし、どうにもこれは受け入れ難い。
「ねぇ八幡。今日の夕食、お刺身ですって。八幡はどんなお魚が好きなの?」
「つぶ貝とかイカとか、歯応えのあるネタが好きだけど」
「……、そうなのね。実は私もイカとか好きなの。噛んでると舌の上に広がる甘みがなんとも言えないわよね」
「うん……あ、ほらこれ。テレビでやってるぞ」
「……? 何かあったかしら」
「前に気になるって言ってなかったか? ほら、熱心に雑誌を読み込んでた時のやつ」
「……? 八幡があまりにも熱心にその雑誌を見つめるものだから、そこまであなたを惹きつけるものが何なのか気になっただけよ」
「そ、そうか」
依存とは、形以前に恋の内に含めていいものか。
ぴたりとくっつき自分の側から離れる様子がない彼女を見て、八幡はそう思った。
十七夜栞。数字付きの家に養子として迎え入れられ、数年前に一色愛梨と出会って魔法の才能を開花させた少女だ。
中でも栞が得意とする演算処理能力と空間認識能力の高さは栞が愛梨と出会えたからこそ獲得した力であり、栞の自信の源になっている。
故に彼女の経歴に八幡が関わる余地など微塵もなく、2人はお互いを認識することすらなかった筈なのだ。
それが。
「八幡。大好きよ」
体勢を変え、膝を立て、反省文を書いている八幡の背後から抱きついて、心から嬉しそうな笑みを浮かべる栞。
「……そっか。ありがとな」
「えぇ」
八幡が新しい宿泊先である折本家に着いてからはずっとこの調子だ。
「……ちょっといいか、十七夜」
八幡は栞のスキンシップに慣れているのか動揺している様子はない。が、手元でタブレットに書き込まれている反省文は彼の動揺を如実に表しており、女性の体の柔らかさについて記述された研究論文のようになっていた。
どうせこんなのを提出したところでやり直しにさせられるだけ、と持っていたペンを投げた。
「何?」
「もう少し離れ」
「嫌」
「てくれない、か……」
「嫌」
途中で科白を叩き折られて、八幡は項垂れる。
八幡が折本家に連行され到着した時には既に玄関前で栞は待っていた。
ネファスを使った身代わりの術もなぜか見抜かれて、影の中から引き摺り出された。
それから八幡の片手は常に栞が握り、トイレという名目で何度切り抜けようとした事か。
その年でもうトイレが近いのかと笑われたから、もう使えない手段になってしまった。
心の中で八幡は「早く夜になってこいつが帰りますように」と願いながら、ペンを手に取った。
☆
八幡と栞が出会ったのは、少しばかり昔の事。栞が十七夜家に迎え入れられる前、親からの暴力によって生傷を日々作っていた、とある月の月曜日のことだ。
『うおっ、あぶ……!?』
『……っ』
包帯や絆創膏を身体中に付けて登校していた栞は、何かに急いでいた少年と曲がり角でぶつかった。
『悪い、……って、大丈夫か?』
お互いに尻餅をついて転び、持っていた荷物が道路に散らばった。すぐに起き上がった少年は散らばった荷物を集めていくが、栞の体のあちこちに包帯と絆創膏が巻かれていることに気付く。
『……っ、大丈夫、ですから』
服の下の傷は袖で隠せても、頬に貼られたガーゼは誤魔化しようがない。栞は、その傷を他人に見られるのが嫌だった。
他人に関わりたくない。自分たちの事情に巻き込まれないで欲しい。そう思っていた栞は、顔も見ずにいた少年から荷物を受け取るとすぐに立ち上がった。
『……こちらこそ不注意ですみませんでした。拾ってくれてありがとうございます。それ、では…………?』
言葉の途中で栞は自分の体の痛みが消えていたことに気付く。
しかも消えているのは痛みだけではない。栞の体からは包帯も絆創膏もなくなっており、彼女が怪我をしていた箇所は全て治っていた。
栞が自らの変化に戸惑っていると。
『じゃあな』
それだけを言って、彼はその場から立ち去った。栞の変化に気付いていないらしい。
1週間後。
『……っ!?』
『うおっと。今度はぶつからなかったな……って、アンタまた怪我してんのか』
頭に包帯を巻いていた栞は、再び少年と出会った。
ぶつかる事はなかったが、少年は栞の痛々しい姿を見て眉を顰めた。
『どうしようもないなら逃げ出すのも手だぞ』
今度はそう言って、少年は去っていく。
『…………』
額に触れる。両親にガラス瓶で殴られてできた傷は、また、跡形もなく消えていた。
それからは1週間に一回、少年と会う度に自分が負った傷が消える、という奇妙な習慣のようなものができた。
流石に栞も彼が自分の傷を治してくれている事に気付いてはいたが、お礼を言おうとしても、いつも少年はあっという間に立ち去ってしまう。
栞から少年を見つけようとしても、いつの間にか彼から声をかけられていて、結局1回目からお礼は言えずじまい。
曲がり角で鉢合う事もあれば、普通にすれ違ったり、背後から声をかけられて気づく事もあった。
出会う度にアドバイスのようなものを少年はくれるものの、彼と彼女の間に二言以上の会話が生まれた事はない。
……いつからだろう。少年への恩義を恋心だなんて勘違いし始めたのは。
栞自身、どのタイミングだったか思い出せない。
栞は、少年に傷を治してもらう度に安らぎを感じるようになった。
これも、栞が少年にきちんとお礼を言えなかったせいなのか。いや、お陰だと思いたい。
一方で、少年の栞を癒す行為がいつの間にか彼女のひび割れた心までをも潤していた事に、彼自身は気づいていたのだろうか。
いずれにしても、このまま2人の関係が続くのなら栞はこれ以上彼に近付けずにその勘違いを終わらせていたはずなのだ。
……この日がなければ。
『……?』
いつもの日、いつもの時間に少年が現れなかったのだ。登校途中で彼に会えることを期待していた栞は、彼が現れないことを不思議がった。
元々会う約束をしていた訳では無いのだけど、どうせ会えるからと大した心配もしていない。
今日はたまたま。少し待てば来るかもしれない。——遅刻するギリギリの時間まで、彼とよく遭遇する場所で待ってみても少年は現れなかった。
栞の十七夜家への養子縁組が決まり、実の両親達との縁が切れたのだ。
これからは痛みに怯えなくて済む。今日は同じ学舎に通う最後の日。だから、その感謝を伝えたかったのに。
お礼も言えないままに栞は少年のぶっきらぼうな表情を幻視し、その場を後にした。
居を移してからというもの、比喩ではなく栞の生活は一変した。
夜は静かに眠れて、朝は気持ちよく起きれる。
今までの生活にさよならができた。それを栞は、引っ越してから1ヶ月もしないうちに実感することとなった。
……でも、それは傷を癒してくれていた彼との時間をも失くすということで。
この、恩知らず。
『……っ……!』
いつの間にか、自分と同じ声をした自分の影が、夢の中で栞を罵っていた。
あれだけよくしてもらったのに、用がなくなったら「良い思い出だった」済ませるのか。
それはあまりにも、あの少年を物扱いし過ぎではないか。
それではあまりにも、栞の心は腐り過ぎてはないか。
栞がそう思い込んでしまう程に、あの少年は栞に良くし過ぎてくれていた。
そう思ってしまうほどに、栞の心は気づかないうちに、少年に寄りかかっていた。
『……う、あ……ぁ』
自分のために用意された中から鍵をかけることの出来る部屋の中で、栞は1人うずくまる。
心が締め付けられる痛みに、栞はぽろぽろと泣いた。
実の親に暴力を振るわれた時でさえ、涙は出なかったというのに。
こんなの思い込みだ、彼は自分のことなんて気にも留めちゃいない——そう思おうとするせいで、余計に悲しくなっていく。
彼女がこんな風に思い詰めてしまったのは、心の拠り所にすべきものが彼女には何もなかったから。
きっと自分が弱いだけなのだ。
しかし、それで新しい家族に期待を寄せようとしても、前の家族の恐怖が脳裏にチラついて、甘えきれない。
『……あ、あぁ——』
この気持ちを止めたい。全部吐いて、髪の毛の先までまっさらにして、空っぽになりたい。……少年に、会いたい。
いつの間にか栞は自分を癒してくれる少年の姿を求めていた。
でも栞は、怪我を負うほど酷い生活を送っている訳ではない。
もしかすると、栞が不幸な生活から抜け出せたから、少年は栞の前に現れなくなったのかもしれない。
…………。
本来であれば、少年と栞が関わる事など無かったからだ。
栞の、怪我がなければ。
『……………………』
怪我さえしなければ、栞は少年と会う事もなかった。
『……栞、さん? その腕の怪我はどうしたのっ!?』
『……』
気付けば、栞はカッターで自分の身体を傷つけていた。
傷を負えば、また少年に会える。——そんな事はありえないと、自分でもわかりきっている筈の幻想を思わず抱いてしまう程に、栞の心は弱りきっていた。
『……だめ、だわ』
それでも、彼女の心は完全には折れていなかった。
こんなことをしていては、自分を迎え入れてくれた十七夜の人達に迷惑がかかる。
そんなことを考えられる余裕がまだ彼女にはあった。
だから、彼女にトドメをさしたのは彼だったのかもしれない。
『……悪いな、中途半端に手を出したりして』
『…………!』
想いを捨てて、新しい生活を受け入れて、新しい学校に通う途中。
栞は再び少年に出会ってしまった。
何もかもを知っているかのような様子で栞の腕に手を翳す少年を、栞は放心したままただ見つめる。
『それじゃあな。やっと楽になれたんだから、もっと気楽に生きろよ』
治療が終わり、手を離す少年のその言葉で、栞はやっと気付いた。
自分を助けてくれたのは少年だったのだ。十七夜家に養子縁組の話を持ちかけて、少年はこのままではきっと壊れていたであろう栞を救い出してくれた。
自分のおかげだとは何ひとつ言わずに。
『……いや』
その事に気づいた栞は、立ち去ろうとする少年の袖を掴んでいた。
『…………困るんだが』
『わた、私は、……もう、
『……悪いが、記憶操作ができる魔法はこの前
『あなたとの繋がりが欲しいのっ!! 何もかもを諦めてた私を埋めつくしてくれた、あなたとの繋がりが!!』
栞は叫んだ。本人としてはそういう風に思われたい、思って欲しいと考えていたけれど、友達のような繋がりからでも全然構わない。そんな想いを込めて、心の底から。
栞の変化を少年が知らない筈もない。あえて無視していたのかもしれないが、これで少しは響いた事だろう。
『……そ、そう……か』
ぽぅ、と顔を赤くして俯く少年。外していたフードを深く被って恥ずかしがる様は、栞の告白に照れているというより、他の何かから視線を遮りたいとか、そういう意図が——
『……あ』
思い切りは良かった。しかし、場所は悪かったかもしれない。
よく通る大きな声で、人通りも良好、コミューター待ちの人々がかなりいるローターリーのど真ん中。
人々の視線を集めるには十分すぎる場所だ。というか、他に場所を選べなかったのか。
栞が周囲の視線に気づいて、顔を赤く染めようとする——
『『『『——おめでとうっ!!』』』』
——その前に、栞達を中心にして大歓声が巻き起こった。
栞の言葉を告白だと勘違いしたのかもしれない。しかし、そうだとしても、栞はこれほど暖かな声を浴びたことがなくて、照れることすら忘れ、数秒の間ぽけ、とただ周りを見ていた。
『……やってくれたな、おい……』
『…………あ』
全力でフードを被る少年が、栞の手を取って走り出す。
その逃避行すらも、観客達には美点として見えた事だろう。
また、栞は少年に迷惑をかけてしまった。
『……』
でも。
『……見捨ててくれなかったこと、ありがとう』
『……そんなん気にする余裕なんてねえよ、ああもう……』
自分がどれだけ面倒くさい女かは自覚しているつもりだ。
『……ううん、それだけじゃないわ』
『……?』
だからこそ、きちんと伝えなければ。
『……あなたとの繋がり。あなたとの絆。……
『…………………………………………は?』
思わず立ち止まる少年。その顔は、先程の栞よりもずっと呆けていた。
——そんな表情すら、愛おしい。
胸の奥でうずく、この熱い波動。
栞は、自分の中に生まれた少年との繋がりに手を当てて、微笑んだ。
☆
「……という訳で、こいつが今十七夜家にいるのは、俺が関係したからなんだ」
すりすり、と八幡を抱き寄せて彼の腕に頬擦りをキメる栞。八幡は自分で反省文を書く事をとっくに諦めていて、されるがままだ。
「なるほどね……じゃ、ないわよ!?」
状況と2人がこんな関係に至るまでの経緯を知った愛梨は、飲みかけのお茶をだん、と置いた。
「聞いてて馬鹿馬鹿しくなったわよ! 友情で終わるような話じゃなかった!? どうしてそこまでになったの!?」
「友達少なかったせいか知らんけど、同年代でまともに話したの俺が初めてなんだと。クラスメイトもいつも怪我してるこいつのこと気味悪がって近づかなかったみたいだし。……で、色々あった結果今こうなってんだよ」
「……人付き合いが得意ではなかった筈だけど、時々機嫌が良さそうだったのって……」
「八幡と電話できた時とか、会いに来てくれた時、くらいかしら」
「……お前と四葉当主の電話くらい対処に困るもんはないし、会いに来て欲しいって催促するからだろうが」
「……だって会いたいんだもの」
まるで彼女と彼氏、恋人同士のやり取り。
その光景を見て、愛梨は内心戦慄した。
(……まるで正妻の貫禄……いや、愛人……現地妻か……?)
どんな昼ドラも目の前の光景が含むものには霞んで見える。そう思った愛梨だった。
〜人物紹介〜
一色愛梨
魔法大学付属第三高校の一年生。競技リーブル・エペーの名手であり、その剣捌きの鋭さからエクレール・アイリの異名を持つ。生徒会に所属しているが最近のやり取りはメールや通信のみでそもそも学校に登校していなかった。不登校になった原因は魔法力の消失のせいだが、失った魔法力とは別の力を得た事により登校を再開。——するつもりだったが、通う校舎が無くなってしまった。2割くらいは彼女の責任。
十七夜栞
愛梨と同じ第三高校の生徒。人に慣れているとはあまり言えない性格だが八幡に対する重度の依存癖があり、めんど「愛の大きさ」では一位、二位を争うほどの猛者。彼女も愛梨のように特殊な能力を有していて、その危険性故にとある人物の手によって複数の能力に切り分けられてしまった「時空間能力」の一つを八幡から奪っている。
あ、因みに最初に八幡から能力を貰ったのはあーしさんではありません。九校戦が終わったら出てくるかも。