やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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誰もが願っていた。

生き残りたい。

みんな同じ夢を見ていたのに、掴んだのは1人だけ。


諸刃の心

 

 魔法大学付属第一高校。

 

 名前からしてファンタジー、非日常感が溢れているこの学校にも学期というものはあり、教育機関として地図に記載されている以上、定期考査、定期試験というものが存在する。

 

 テストの結果が不十分な生徒には追試が発生するし、場合によっては一科生から二科生に異動させられることもある。無論、不正行為には退学などの重い処分が下される。

 

 だが、テストの結果が発表されたこの日に達也が職員室に呼び出されたのは、不正を疑われたからではなかった。

 

「——以上だ。つまらん事で呼び出して悪かったな」

 

「いえ。自分でも仕方ないと思っていますから」

 

 彼は本当は出し惜しみしているのではないか、と実力を疑われていたのだ。

 

 というのも、達也が定期考査において二科生では普通ありえないような学科の点数を叩き出してしまったからだ。

 

 その結果、学年主席だった妹の深雪を上回る490点という異次元の数字を叩き出し、順位は勿論学年一位。

 

 この定期試験の実技科目において、学科との差があまりにも釣り合わない試験結果に納得の出来なかった職員室。だが、達也がこれほどまでに魔法師としてアンバランスな理由をこと細やかに説明する訳にはいかない。達也の出自に関わるからだ。

 

 彼は、その聴き取りを有耶無耶にする為に聴取役に立候補した平塚静から、形だけの聞き取り調査を受けていた。

 

「詫びに、これをやろう」

 

「なんですか」

 

 そう言うと、聴取の終わりに静は端末を持った。端末自体を達也に渡そうとしているのではなく、何かしらのデータを渡してくれようとしているのだ。

 

「……にっ。まぁ、いいものだよ」

 

 静の笑顔が気になって、達也は懐から端末を取り出す。

 

 一応私用の端末ではなく、仕事用に持ち歩いている方を静の端末の下に付ける。私用のものより安全性が多少落ちるものの、これならハッキングプログラムを送り込まれてもシステムを防御できるからだ。

 

「……これは」

 

 案の定、数分間の映像データだった。

 

 開いてみると、何処かの局で放送されたニュースの一部分らしい。

 

 これが一体何になるのか、と顔を上げかけて、達也はそのニュースが意味するものに気づき、再び画面に目を向けた。

 

「詫びとしてはつまらんかもしれんが、まぁ取っておけ。確証はないがほぼ間違いなく、()の手掛かりだ」

 

「これは……」

 

 ニュースは、とある事件を伝えていた。

 

〝魔法大学の系列校、校舎倒壊。重複事故か〟

 

「昼に放送されたものの一部だがな。……第三高校でかなり大きな地震があって、建物のひとつが崩れた、という事だ」

 

「魔法科高校で建造物の倒壊事故が起こるなんて、確かに珍しいですが」

 

 あの男と何が繋がるのか、と達也が続けようとしたところで。

 

「ニュースでは地震によって一つの建物、部活動で使われる古い棟が全壊したとあるがな。実際は、第三高校敷地内のすべての建造物が粉々に崩壊したらしい」

 

 静の浮かべる笑みの理由が、ようやくわかった。

 

 そして達也は、今更になって周囲に、というか職員室に誰もいないことに気づいた。

 

 達也は彼が職員室に入室すると同時に展開されていた魔法、あらゆる音を断絶する「遮音フィールド」には気付いていた。だが、人払いの結界の存在に気付けなかった事を達也が驚いていると、静はさらに不敵な笑みを浮かべた。

 

「ウチの者と四葉の合同調査のお陰だよ。……ったく、あの姐さん(・・・)は1にも2にも比企谷比企谷……。あいつに執着し過ぎで困ったものだ」

 

「……なるほど」

 

 確かにこれは、一般では知られない情報だ。

 

 つまり、今静が達也に渡したデータは公にできない手段で得たもの。それならこの結界の密度や強度にも納得がいく。

 

 結界に達也が眼を向けてみるも、術式の密度が濃密すぎて、達也でさえも外側を嘗めるだけで精一杯。一般的に使われている魔法の強度がトランプタワーなら、静の用いた術式はさながら核シェルターといったところか。達也もこれほど濃密なものを目にするのは初めてであり、とても術式解体などで吹き飛ばせそうにはない。

 

(……技術の差、力量差などではない……。まるで100年の隔たりを感じるような、時代規模の違和感だ)

 

 周囲の人間が普段、彼の実績に対して零している感想を洩らしながら、達也はその違和感に相当するものが最近にもあった事に気付いた。

 

「…………まさか」

 

 達也は気づき、そして思い出す。

 

 彼がまだこの学園にいた4月、この第一高校でも大きな地震が起きていた、という事を。

 

「4月に起きた十神の件とは無関係だろうがな。……まぁ大方、何か揉め事を起こしたんだろうさ……おっと」

 

 しまった、という顔で口を噤む静だが、達也はそれをしっかりと聞き取っていた。

 

「……4月に起きた十神?」

 

 達也たちは、失踪した八幡捜索の際に手掛かりになるかもしれないものの一つとして、十神という存在を認知していた。

 

 だがその存在が語られたのは静と同じ六道、第一高校に通う生徒である雪ノ下雪乃の口からのみで、それが関わっているという証拠も何も掴めていないのが現状だ。

 

 それを、まるで見ていたかのような言動。

 

「……あー、うん。何でもない、言い間違いだ。気にしないでくれ」

 

(……まともに聞いたところで返事はもらえない、か)

 

 あからさまな態度で誤魔化そうとする静に、達也はこう呟いた。

 

「……やはり、平塚先生と(・・・・・)比企谷が(・・・・)相手を(・・・)していた女子生徒が(・・・・・・・・・)十神だった(・・・・・)んですね(・・・・)

 

 ——と。

 

「……な、に…………?」

 

「…………」

 

 相手の秘密を知ろうとするならば、まずは自らカードを提示しなければならない。

 

 達也は静に突きつけた。

 

 自分があの時、記憶を失っていなかった事を。

 

 彼らの戦闘を目撃していたことを。

 

 そして————

 

 

 

『……どうせ、あなたの存在なんて数秒で忘れる人達ですよ……。そんな奴らを庇う意味あるんですかァ?』

 

『意味なんてねぇよ。在るのは理由だ、……っ!』

 

 

 

 達也は今でも鮮烈に憶えている。見ていて皮膚の下がざわざわと色めき立ったあの感覚は、どうにも忘れそうにない。

 

 二匹の化け物達が互いに喰らい合うその後方で、達也は驚きと共にその光景を間近に見ていた。

 

 偽りだとか隠蔽の素振りすら見せない、力と力の衝突。片方が放ち、片方が弾くことでそれた力が周囲に撒き散らかす爪痕は、思わず魅入ってしまうほどの威力だ。

 

 ……しかし。

 

 その時の達也には、大きな疑問があった。

 

 ミサイルをぶつけ合うような猛攻の応酬だというのに、戦闘行為を周囲の人間に察知してもらえないというのに、ヒトのいる場所を避け、破壊した壁は即座に復元して、その結果、死人どころか怪我人すら出ていないこと——では、なく。

 

 あれほどの破壊があったのに対し、驚くほど情報次元(イデア)は静寂だったのだ。

 

 そんな事実が、彼自身にどうしようもない事を告げていた。

 

 要するに彼らは、この世界をさらに()から攻撃しているのだ。

 

 絵に描いた餅をクシャクシャ丸めてビリビリ破いて、無かったことにする様に。

 

 それに気づいた時、達也は。

 

(……こんな)

 

 抵抗なんて、しようがない。

 

「……彼は、俺達を庇いながら戦っていました。……俺達は、彼に救われたんです。奴は、俺の魔法に気付いてすらいなかった……再生も分解も通用しない相手なんて、お手上げですよ」

 

 ——耐え難い、自らの無力を、達也は静に突きつけた。

 

「エイドス自体がアレには存在しない。教えてください平塚先生。比企谷は一体、どうやって奴を……」

 

 ——撃退したのか。

 

 そう呟かれる事なく消えた彼の言葉には、どうしようもない焦りが含まれていた。

 

 なにせ、達也は今言ったとおりに、八幡と戦うイチジョウに自己の存在を認知すらしてもらえなかったのだから。

 

 達也も焦っていたのは事実だ。このままでは、自分の最重要任務である「深雪の護衛」を完璧にこなす事が出来なくなってしまう。

 

 自分が斃す事のできない存在など、達也は今まで遭遇した事がない。

 

 だからこそ、自分達の生活を守るために達也は情報を必要としていた。

 

 しかし達也をまっすぐに見る静の口から出たのは、彼女が驚いた結果、口からこぼれた一言。

 

「……君は、あの状況下で記憶を失っていなかったのか」

 

「…………」

 

(やはり……)

 

 それは、達也の疑問に対して肯定とも取れる言葉。

 

 どうやら彼女は駆け引き、政を得意としないらしい。

 

『すまんが、私も彼について忘れていた。職員室で生徒会の放送を聞いて、その後がさっぱりだ』

 

 そうなると必然的に、あの時静が嘘をついた理由が発生する。

 

「……黙っていたのは、どうしてですか」

 

 そうした方がいいと判断したからか、或いはそうするように要請されたからか。

 

 そのどちらかしかない、と達也が思っていると。

 

「…………」

 

 どぎゅん。例えるならそんな音で、目の前にいる静の闘気が膨れ上がった。

 

「……そうか、記憶を失っていないのか」

 

「……っ!?」

 

 突然の、しかし明らかな戦闘態勢。

 

 そして、静は火の粉を払うかのような仕草を見せる。

 

 咄嗟に放った達也の分解魔法(トライデント)を魔法を使わず、事象干渉力のみで跳ね除けたのだ。

 

(……まさか、俺や深雪以上の干渉力とは)

 

 完全に想定外だ。達也が、いずれ倒さねばならない相手として見ていた四葉。その配下である葉山や雪ノ下と同じ六道である平塚とは、もしかしたら戦うかもしれないとは思っていた。

 

 それでも達也自身は、倒せない相手ではないと考えていたのだ。

 

 戦闘になればおそらく達也は負ける。10年後だろうと20年後だろうと、どんな成長をしていたとしても、達也は静に勝つ事が出来ない。

 

(……なら、逃げる)

 

 当然の選択だ。静がこんな態度を見せた以上、このまま戦闘になるかと——思いきや。

 

「……ん? ……ああいや、違うのか。……こうなると、記憶がどうこうされていたわけじゃないのか……」

 

 それまでの敵意が嘘のように消え失せて、静は達也を見る。

 

 静が達也に対する構えを解いた理由は未だ不明だが、元々達也には静とやり合う理由がないので、彼も戦闘態勢をやめた。

 

「すまんな。あの時に比企谷を忘れていた者は、敵の干渉を受けている可能性があった。だが、君はどうやら違うらしい」

 

 干渉。それだけを聞いて達也がパッと思い浮かべたのは記憶の操作だが、深雪や真由美たちの記憶が元に戻っている様子からするに、永続的に失わせる、といった不可逆的な効果ではないらしい。

 

 或いは発信機のような術式を付着させて警戒の網にする、とか。

 

 しかしそれも、異常として達也の眼には何も映ってはいなかった。

 

 それはつまり、精霊の眼すらも通用しない概念が世界には在るという事だが……。

 

「……今のやり取りのみで何故そうだと断言出来るんです? いえ、自分もそうでないという確証は無いんですが」

 

「わからないか? ……君が魔法で私に攻撃してきたからだよ」

 

 達也が魔法で攻撃したから違うという。魔法を使わない攻撃だったら静の判断も違っていたという事。つまり……。

 

「……彼等は干渉手段として魔法を使わない……使えない?」

 

「その通り。奴らからしてみれば、我々の使う魔法は欠陥品だ。何せ魔法師は魔法発動に必要なエネルギーを自分でも感知できないとこから引っ張ってきて使っているんだからな」

 

「魔法に……欠陥、ですか」

 

「その辺の話は面倒だからしないぞ。……まぁ要するに、十師族でも干渉力の時点で勝負にならん。君ほどの干渉力を持っていたとしても、無意味だろうな」

 

「……比企谷は奴と対等以上に渡り合っているように見えましたが……」

 

「つまり、比企谷も十神と同レベルの事象干渉力を持っていたという事だ」

 

「……比企谷も十神である、と?」

 

 ここまでの会話からしてそう類推するのが自然だが、静は首を横に振った。

 

「あいつは人間だよ。……けど、勿論普通の魔法師でもない」

 

 八幡をそう語る静の目は、少し悲しそうで。

 

「あいつは、とある連中が対十神用に用意していた特化型兵器の成れの果てさ。人間の身体をベースにただ目標を達成する機能だけをプログラムされた兵器。……最初は文字通りの兵器だった。心を持たず、五感を持たず、それ故に人としての駆動限界が存在しない無敵の人間兵器。それが比企谷八幡という魔法師だった」

 

「……そうですか」

 

 そんな状態からある意味人間性に溢れ過ぎた現在に至るまで何があったのか、気にならない訳はなかったが、静の口から語られた八幡の過去に、達也は共感できなかった。

 

 共感できない代わりに、同情してやることもなく、彼は静の話に耳を傾ける。

 

 ……ただ、これは流石に無視できるものではなかった。

 

「……比企谷は何らかの経験があって人間性を獲得した……いいえ、誰かに育ててもらった、ということですか?」

 

 話の振りに対して質問をぶつける達也に、静はやや乱暴に答えを返していた。

 

「そうだ。とある魔法師が比企谷に人間の精神構造(・・・・・・・)を植え付けた事によって、彼は人間性を獲得した。……いや、この場合は人格と言うべきかな」

 

「————!!」

 

 しかし、この答えだけで達也を揺さぶるには、彼から感傷を奪うには十分過ぎた。

 

「それは……まさか……」

 

「ああ」

 

 静は、躊躇う様子もなく口にした。

 

「比企谷に人格を植え付けたのは司波深夜。8年前(・・・)、兵器として完璧に使い潰される予定だった比企谷八幡を人間にしたのは、君の母親だよ」

 

「…………」

 

「……まぁ厳密には血も繋がっていないから違うが、比企谷は彼女の精神構造手術によって生まれた君達の弟、とも言える訳だ」

 

 その間、僅か数秒。

 

 しかし、静の言葉は達也から思考を完全に奪い去っていた。

 

「……何故、母はそんな事を」

 

「なぜかはわからん。誰にも語らないまま、彼女は亡くなってしまったからな」

 

「そうですか……」

 

「ただ」

 

「?」

 

「深夜さんが比企谷を人間にしていなければ、比企谷が十神と戦う事もなかった。——つまり、我々の運命は4月で終わっていたんだよ」

 

 静の語るそれは純然たる事実。

 

 達也にとって非常に耐え難い、許されざる結果だ。

 

「——十神と戦えるのは、比企谷のみなのですか?」

 

 無論、達也がそれを放置して置く訳がない。

 

 そして、達也の目の前にいる静は「教師」だ。彼女にとって知を欲する生徒に教え導くのが生き甲斐と言っても過言ではない。

 

「魔法に関して言えばそうだな。……だが、少なくとも魔法そのものが通用しなくても、魔法によって得られた結果は通じることがある」

 

「……魔法は跳ね除けるのに、物理的な攻撃は効く、という事ですか」

 

「まぁそれでも相手の防御力が高過ぎてマテリアルバーストクラスの攻撃じゃないと、奴ら本体にはかすり傷一つ付かないだろうさ。……生物としてこれ以上ない存在だ。だから今まで、封印といった形で奴等は眠り続けてきた」

 

 達也は、静が口にしたマテリアルバーストという魔法を持っている。あの魔法は国防軍の管轄下に置かれている軍事機密であり、どのような兵器と比べたところで、その威力が世界最高クラスなのは間違いない。それが通用するとわかっただけでも希望は見えてきたが、それはそれで問題がある。

 

「……マテリアルバーストは、都市・国家が攻撃対象の戦略兵器です。一個人を仕留めるのと引き換えに都市を一個犠牲にするわけにはいきませんしね……」

 

「だが、いざとなればそれも視野に入れなければならない。——まぁ、それよりも、だ」

 

 静は達也に視線を合わせた。——というより、彼女は達也の目を見ているのか。

 

「……どうやら、君の()は最初から生まれ持った能力ではなく、持ち合わせた異能に引き摺られる形で得たものらしいな」

 

「……精霊の眼の事もご存知でしたか」

 

「私も精霊の眼を持ってるからな」

 

「……!」

 

 今日だけで達也はおそらく、一生分驚いたかもしれない。本気でそう思うほど、静との会話は驚きに満ちていた。

 

 自分の目に指を添えて達也を見る静。彼女の視線は、どこか妖しい光を放っているように見えた。

 

 暫くその目で達也を観察した後、静は不意に視線を外した。

 

「だが、再成と分解の寄せ集めで発現したその異能は、能力としては驚異的だが完成度としては未熟も良いところ。まるでダメだな」

 

「……先生の精霊の眼は、俺とは可視域が違うと?」

 

「ああ。まず、君の眼は見られた側に悟られる弱点があるが、私の眼はそれがない。私の視線を感じた事なんて無いだろう? 勧誘期間初日に事件が起きてから、四月の間は四六時中君を含めていろんな奴らを見張っていたが、君はそれに気付いた様子もない」

 

「…………。気づきませんでしたね」

 

「もっと上になれば、霊子の動きや思考の中身まで見えるようになる。より詳細な情報が得られるようになる、という訳だ」

 

「……それで先生、俺は何をすれば良いんですか」

 

 嫌味を言われているようで若干うんざりし始めていた達也だが、静はお構いなしだ。

 

「眼を鍛える」

 

「眼を……? 先程仰っていたように能力を強化する、という事ですか」

 

「簡単に言えば、もっと深くまで君の眼が届くようにする。厳重なプロテクトやカウンタートラップすらも踏み越えて真理に到達するレベルにな。君の眼が優れているのは、敵に気づかれてしまうというリスクがあってでも相当奥深くまで踏み込めるという点だ」

 

「それを更に奥まで……となると、今俺が抱えているリスクの対処などは無視、という事ですか」

 

「元々がちゃんとした能力じゃないからな。そこまで手を回す時間はないし、気付かれて困る事に使いたいなら自分でなんとかしろ。私が教えるのは、物の見方だけだ」

 

「……先生の教えを受ければ、十神を斃すヒントがわかる——かもしれない(・・・・・・)、と」

 

「確証は無い。見ても何もわからんかもしれんし、見る事でどうしようもない事態に陥る可能性だってある。だが何も対策を講じないのは違うだろう?」

 

 静の言葉に達也は頷く。

 

「……そうですね」

 

 達也は人間だ。他人とは違う感性で生きているが、それでもほしいものはちゃんとある。

 

 深雪を護る為なら、どんな事でもやり遂げる。それが達也の覚悟だ。

 

 静の施しが無駄になるという覚悟をも含めて、

 

「明日から、いつもより1時間早く起きて九重寺に来たまえ。君には精霊の眼の矯正プログラムを受けてもらう」

 

「よろしくお願いします」

 

 達也は深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天。快晴。

 

 人の心を潤すのに、これ以上の天気は存在しないだろう。

 

 空が明るければ、自然と人は明るくなる。

 

 明るく健康的な生活に澄み渡る青空は必須とも言える。

 

 だからこそ、青空教室というものは生まれたのかもしれない。

 

 ……まぁ、彼らが今過ごしているこの場所は青空教室でも何でもなく「元々教室があった爆心地」と表現した方が適切だろう。無論、誰がこれをやったのかは明白だ。

 

「皆さん初めまして。比企谷八幡(やはた)です。この学園には以前から在籍していましたが、私の身体が弱くてずっと病院への入退院を繰り返していたため、通った事はありませんでした。お医者様から登校の許可が出ましたので、病院からではありますが、この度通学させていただけることになってとても嬉しいです。兄共々よろしくお願いします! ……ほら、兄様」

 

「おう。……えーと、比企谷八幡です。名前が妹のヤハタと同じ字で……あ、えっとそうじゃなくて、俺も身体が弱くてずっと病院で授業を受けてました。魔法力と理論の成績だけは自信があるので、皆さんと高め合えたらと思ってます。……以上です」

 

 文字通りの青空の下、木箱をひっくり返して教壇代わりにしただけの吹き晒しの野外教室にて。

 

「……なんじゃ、この茶番は」

 

 にこやかな笑みを浮かべるヤハタ(中身は八幡)と八幡(中身はネファス)の挨拶に、2人の自己紹介を聞いていた四十九院沓子は半眼を作って彼らに向けた。

 

 湿気を含んだ風が強く吹き、髪を揺らして肌を撫でる。

 

 沓子の後方ではかおりや愛梨、栞が自分の髪を押さえ、彼女達の更に後方で既に地面に何も敷かずに正座している雅音は風を気にした様子もない。

 

 沓子自身は髪を風に靡かせたまま仁王立ちで八幡を睨みつけた。

 

「二週間も休校になるというから気になって来てみれば……そもそもの学舎が消え失せておるではないか! これも十神対策に必要なのか!? 明らかに必要無かったじゃろうが!!」

 

 日曜の夜、彼女は学校施設の点検のためという名目で休校通知が来たのには驚いたものの「まぁあり得る話か」と納得し、明日は実家の神社を手伝おうかなと考え初めていた所で「暫定的に期間は2週間とする」の文言に気づいた。

 

「オンライン講義はやろうと思えばすぐに出来る。じゃが、基本的に理論より実技が評価される魔法科高校で2週間も学校施設を開けないというのはおかしい。そこで思い出したのがお主じゃ」

 

 八幡をびし、と指差して、怒りながらも頬をひくつかせる沓子。

 

「……聞けばお主、テロリストなんぞよりもよっぽどの被害を叩き出しているらしいの? こちらに到着して間もなく警察署に花火をぶち込み、キャビネットの高架軌道をぶち抜いて運行不可能状態にまで追い込み、コミューターの中央管制を落雷で完全に破壊し尽くし、果てはショッピングモールで一般人を巻き込んだ乱闘騒ぎを起こした挙げ句に学園の校舎を全壊させたときた。……莫迦者が」

 

 沓子の語る言葉を聞くごとに愛梨の顔が青くなっていく。いろはやかおり達の反応を見ても愛梨の反応が変というわけではなさそうだ。何せ、雅音が頬に汗を垂らして顔を引き攣らせているくらいなのだから。

 

 怒り4割心配5割、呆れ1割の表情でため息を吐く沓子に八幡はけろりとした顔。

 

「事故に巻き込まれてないか心配してくれたのか。まぁ大丈夫だ、どんな被害も最終的にはぜほに(・・・)——」

 

 ふわり、と八幡の体が浮き上がる。

 

 魔法による重力への反逆ではなく、人力による馬鹿者への制裁。

 

「……おごごあが……」

 

「……安易に魔法を使ってはならぬとお主にはさんざ説いたつもりじゃが!? その為のその身体じゃろうに! 何をしておった!?」

 

 可愛らしくもどこか毒々しい八幡の顔を鷲掴み、腕力だけで持ち上げた。よほど痛いのか、八幡もうめき声を出すだけで抵抗も出来ていない。

 

 10秒ほど八幡の頭蓋が握りしめられた後。

 

「……はぁ。それで、一体これからどうするのじゃ? 九校戦で迎え撃つのは良いとしても、向こうは手加減なんてしてくれないじゃろ」

 

 もういい、と呆れた声で八幡を離し、

 

「……それなんだが」

 

 事故を隠蔽する為に突貫工事で進められている建築の音をBGMに、地面に横たわる八幡はうつ伏せの体勢のまま、沓子を見上げる。

 

「お前らには教えてない十神のルールってやつがあってな。それを利用する」

 

 その場にいた全員が、八幡を見た。

 

「ルール? 聞いとらんのじゃが」

 

 不満げに八幡を見る沓子に八幡はハ、と鼻で笑い、

 

「言ってねえんだからお前が聞いてる訳無いだろ。言葉遣いだけじゃなく中身までボケたか——ああ!! すいませんでしたわばっ!」

 

 ——この2人、どういう関係なのだろう。

 

 愛梨が割と真剣に考え込む横で、硬い革靴で容赦なく八幡の頭を足蹴にして、沓子はため息を吐いた。

 

「ほれ、さっさと話さんか。でないと、お主の四肢を引っこ抜いて目の前ですり潰す」

 

「発想がもうヤクザどころか人間ですらねえ! 喰種とかクトゥルフとかその辺だろそんな発想!」

 

 悲鳴をあげつつ、砂利の味を噛み締めて、八幡は話を続ける。

 

「いやな。簡単な話なんだが、相手がどんな未知数の存在でも確実な戦法があるだろ」

 

 かおりが手を挙げた。

 

「相手の弱点を突く、とかそういう話? でも十神って弱点があっても急所にはならなさそうだし、むしろ弱点に食いついたところをやられそうなんだけど……」

 

「もっと簡単な話だ。相手の戦力が一万だろうが何十億だろうが、絶対に通じる戦法——」

 

 むくり、と体勢を起こして周囲に目を向ける。その場にいる人間は一人残らず、八幡を見ていた。

 

「——相手と同数の戦力をぶつける」

 

「……同数? どこにそんな戦力があるのじゃ?」

 

「数、とは言っても物量的なものじゃない。相手の使う力とは真反対の力をぶつけて、周囲に与える影響をゼロにするのが目的だ」

 

「どこにそんなものがある、と聞いたんじゃが」

 

「……それはこっちでなんとかするから気にしなくていい」

 

 具体的な根拠を話したがらない八幡に詰め寄ろうとして、沓子は顔を上げた。

 

「そうか。わかった」

 

 言葉にして僅か7文字。先程までの懐疑的な表情が嘘のように、淡白な頷きだった。

 

「……悪いな、言えなくて」

 

「別に、気にしとらんよ。いつものことすぎてもう慣れたわ」

 

「……そうか」

 

 心配していない訳ではない。信頼していない訳でもない。これは即ち、

 

「この作戦、今から決めるであろう配置などを無視して、お主が敵ごと何処かに跳んで、ただ1人で相対しよう、などというつもりでなければ。儂はぜーんぜん構わんよ」

 

 これまでの行いから、彼のことを信用している(・・)のだ。

 

「時を止めるとか、どうせセコい手が残っとるんじゃろ。それで、誰に気づかれるまでもなく終わらせるつもりだった。……ちがうかの?」

 

「…………どこでバレた?」

 

 にこっ、と笑顔で顔を傾げる沓子に同じく笑顔で、しかし冷や汗を大量に流しながら八幡は一歩、後ろに下がる。

 

「……どういうこと?」

 

 しかしその背後では、すっかり八幡に頼ってもらえるものと思い込み、内心喜んでいた栞が八幡の袖を掴んだ。

 

「……八幡は私達を頼ってくれるのではないの? 東京に残るのではなく、私達のところへ来てくれたのは私達を信用してくれていたからじゃないの? ……またあなたは、ひとりで傷付こうとするの……?」

 

「……頼らない、って訳じゃないぞ。けど、現実的に考えて九校戦を壊さずに行く手がこれしかないってだけだ」

 

「……何故そこまで九校戦に拘る? そこまでのリスクを背負うよりも、九校戦を諦めた方が早かろうに」

 

「……だーかーらー。九校戦だけは絶対に死守しなきゃなんねぇの。ていうか異変が起きてるってむこうさんに悟られたらマズイの」

 

「……逃げられる、ということか」

 

「向こうは1300年も生きてるリアルバケモンだからな。智略とかやり始めたら勝ち目なんて無い。今だって本体がこっちに干渉してこないよう、強引に封じ込めてるだけだし」

 

「周囲に被害を出すわけにもいかないが、逃すわけにもいかない。……はぁ、難しいものだね」

 

 ため息を吐いて立ち上がる玉縄。一年生でありながら既に生徒会長の職務を強奪している彼に、八幡は会議の進行を任せるように彼と位置を入れ替わった。

 

 そのまま彼の座っていた椅子に腰をかける——かと思いきや。

 

「……う、ねむ……」

 

 ふらり、と八幡の体がぐらつく。

 

「……、」

 

 八幡自身が急激な眠気に苛まれていく最中、玉縄が座っていた椅子とは別方向に彼は歩き出した。

 

「ゾンビの方がまだしっかりした足取りじゃない。……って、ちょっと?」

 

 愛梨の居場所を通り過ぎて、八幡が目指していたのはそのさらに後ろ。

 

「……ほら、こっち来なよ」

 

 長椅子に座るかおりが、自分の隣をぽんぽん、と叩く。

 

「……ん」

 

 すとん、と腰を下ろしてかおりとは反対方向へ寝転がろうとする八幡の頭を押さえ、かおりは自分の膝の上に八幡の頭を寝かせた。

 

 気にしていないのか、気にする余力すら残っていないのか、八幡は特に抵抗する素振りも見せずにすやすやと寝息を立て始める。

 

「……ええと、一色さんは初めてだろうけど——」

 

 それを見て、何故か血涙を流す玉縄が説明しようとするも、先に愛梨は頷いた。

 

「ああ、うん。大丈夫、理解してるわ。……要するに疲れただけ、よね」

 

 十神という未知の戦力に対抗する為には、少しでもその変化を見逃す訳にはいかない。

 

 その為に八幡が得たものが〝未来を観測する〟という力だ。

 

 本質ではなく変容を観測してこそ、凡ゆる状況に対応できる。

 

 だが、二十四時間休む事なく未来を観測し続けるという異業は、常人であれば発狂無しに付き合えるものではない。

 

 目の前の人物がいずれ死ぬ未来を最低でも10万回、とてつもないスピードで見続けているのだ。

 

 膨大な未来を理解する為に超高速で働く脳神経が焼き切れるのを魔法の力で強引に維持しているものの、体が保ったところで精神が保つ筈もない。

 

「その疲労度はとんでもないがの」

 

 己が殺される夢を見続けて尚平生を保てる。そんな精神性であっても、保てるかどうか。

 

 そんな苦行をこの男は、眠るこの瞬間であっても手放すことはしない。

 

 今日、何度目になるかわからない。苦悶に満ちた表情で眠り、悪夢に魘される八幡を横目に見ながら沓子はため息を吐いた。

 

 反動で見上げる空の、青いこと青いこと——

 

 

 

 

 

 

「あれェ? ひょっとして今、ちゃんす、というものですの?」

 

 

 

 

 

 

 ——瞬間、誰もが驚き身を固めた。

 

 その場に突如として現れたのは若い女。

 

 頬に垂れる雨水のように、突然その女は降って湧いた。

 

「……!?」

 

 反射的に空を仰ぐ沓子。……しかし、空に異常はなかった。

 

 第三高校を包む偽装結界。その結界に綻びはない。

 

 敷地内に許可なく侵入したとなれば、結界を維持している者から連絡が入る筈。

 

 そうでなくても、この結界内であれば沓子自身が気づく筈なのだ。

 

 それなのに、全く、違和感すら持てなかった——

 

「……おい! まさかこいつ、十神か!?」

 

 声を張り上げるのはいち早く戦闘態勢に入っていた玉縄。

 

 イチジョウを直に見たことがあるのは、この場では八幡とネファスのみ。

 

「……し、知らないわ。あんな気配、ワタシの力とはまるで違う——」

 

「なんじゃと!?」

 

 故に彼の言葉はネファスに向けられたものだが、ネファスはただ戸惑っていた。

 

「ぐふ。……おっ、と、っと」

 

 どぅるんっ、と女から何かが零れて、地面に落ちる。粘性のある水音を立てて落下したそれに、愛梨は口を手で覆い、目を背けた。

 

 そしてよく見れば、違和感どころか生き物としておかしい状態である事が見て取れる。

 

 顔を見るに、間違いなく20代。警察官の制服に身を包んだその女は、眉間の皺の無さから見ても新人警官だろうか。しかし、その女の状態が普通ではなかった。

 

 半身が血塗れ、片目は潰れている。胸元から下腹部にかけぐぱりと開いた傷を見るに、半身の真っ赤っかは彼女自身の血でそうなっている。

 

 どう見ても立って歩ける状態ではない。だというのに、女の顔色は健康そのもので、姿勢も真っ直ぐに立って、てらてらと輝いて見えるのは抉られて体内に残った内蔵か。

 

 中身が無くなった事で崩れた体のバランスも直ぐに取り直して、女が言葉を紡ぐ。

 

「比企谷さまは、お休みになられているんですか。……そうですか、そうですか、ええ————」

 

 眉は形良くつりさがり、目には情気、口元は歪んだ笑み。

 

 とても正気であるようには見えないが、女の話す言葉に沓子は違和感を覚えた。

 

「……比企谷さま(・・)? お主、八幡の知り合いか……?」

 

 気圧が下がったように重苦しい空気の中、沓子が問いかけると初めて、その女は反応を見せた。

 

「……? ————ああ。申し訳ございません、皆々様。羽虫のように小さき力でしたので、皆様の存在を感じ取れず気づきませんでした」

 

「……っ」

 

意地悪でも無視でも、意図的ですらなかったらしい。本気でこの女は、沓子達の存在に気付いていなかった。

 

 それは即ち、脅威どころか障害とすら見ていないのと同義。

 

 しかし、女は血塗れの腰を折って頭を下げた。

 

 女のお辞儀は、バイオレンスな見た目に反して優雅かつ気品に溢れていて、そのちぐはぐさに沓子は何をされたのか理解できず、ただぼうっとその女に見惚れていた。

 

「——わたくしは【十神・三魄(みはく)】。碧羅(へきら)、サエグサでございますの」

 

 全員がほぼ動けずにいた。だというのに、その名乗りを誰一人として聞き逃さなかったのは、あまりにもその女に意識が集中していたからだろう。

 

「——折角、比企谷さまにお逢いするため、あたらしい〝てあし〟を手に入れたというのに。お眠りになられていらっしゃるなんて、残念です……」

 

 顔にもべったりと付いた血を拭き取りもせず、その(十神)は破顔っていた。

 









ワクチンの副反応で死んでました。2回目が怖過ぎる。

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