やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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あけましておめでとうございます。

ここ数週間書いてたの、何故か今をすっ飛ばしてダブルセブン編でした。水波が2人に分裂したりするんですけどまだ先の話なので出てくるのは当分後になります。

誤字・誤設定等が発生する場合がございます。ご容赦くださいませ。


うぉー・ぷりぱれーしょん

 

 

 ざわざわ。

 

 ぞわ、……ざわざわ。

 

 それらは、雑音ではあるが騒音では無かった。何故ならその場にいる者達の殆どが一言も声を上げていない。

 

 それらは、その場に集まった一高生徒達の意識の喧騒であった。

 

 好奇心、嫌悪。並べるとすればこれくらいの種類を持つその視線の数々は、全てがある1人の少年に向けられていた。

 

 故に、人の意識を視覚化できるこの少年にとって今の状況は、人々の喧騒で賑わう観光地以上に煩く感じるもの。

 

「……?」

 

 喧騒の中、達也の視界に統率されたような意識の流れが現れる。

 

 意識の流れが集中するその場所には、彼女がいた。

 

「……それでは」

 

 七草真由美。第一高校の生徒会長を務める少女だ。

 

「九校戦メンバー選定会議を始めたいと思います」

 

 真由美によるこの一言で始められたこの会合は、8月の「全国魔法科高校親善魔法競技大会」通称「九校戦」に参加するメンバーを決める、魔法科高校の生徒達にとって重要なもの。

 

「何故内定の席に二科生がいるのですか?」

 

 だから、会議が始まってすぐにやる気に満ち溢れ過ぎた(・・・)一科生の中からこの質問が飛び出したのは、ある意味必然なことだった。

 

 普通であれば実力でメンバーが決まるこの会議で『一科生に実力が劣るから二科生』とされた筈の達也が、会議室の端どころか選抜メンバーの1人として既に内定を受けている。

 

 理不尽だと思い込んだのは1人ではない。

 

 達也が選ばれた理由の説明に始まり、達也が内定の席に座るに足る能力を有している事の証明——までいきかけたところで、流れが変わった。

 

「はい」

 

 手を挙げる女子生徒。真由美が指名する。

 

「……ええと、どうぞ」

 

「今年は、あの六道の新入生がいると聞いています。ですが、見たところ去年と同じようにそちらの席に彼らは1人も居ませんし、その理由もお聞かせ願えますか」

 

 達也に集まる好奇の視線をぶった斬る挙手。真由美の指名を受け立ち上がった生徒の名前は、平河小春という三年の一科生だった。

 

 言われてみれば当然のこと。だが、達也の事があまりにも大変過ぎて、真由美も忘れていた。

 

 助け舟——かどうかは不明だが、真由美は小春に内心感謝した。

 

 それとは別に、彼女はこれほど積極的な生徒だったか——と、少し考えたりもした。

 

「……これは、私も知らずにいた事なので申し訳ないのですが」

 

 未だこちらを見る小春と視線を合わせる。視線を僅かに横にずらすと、達也の事は後回し、とでも言わんばかりに全員がこちらに注目していた。

 

「六道の方々は生徒として我が校に在籍しています。……ですが、彼らはその能力の高さ故に、九校戦への参加は第一回大会時から認められていないそうです」

 

 小春の声が変わる。高く、攻撃性の強いものへと。

 

「ですが今年の新入生総代は司波さんです! 成績が良過ぎるから参加禁止というのは、あまりにも上から目線、不公平が過ぎると——」

 

 不平等ではなく不公平。つまり皆が等しく享受できるものではないと判断しつつも、その地位はエコ贔屓ではないかと言う。

 

 小春のこの論は、真由美の前にわかりやすい道を作った。

 

「六道の方の成績はそもそも、一科生、二科生とは区別されています。今年の新入生、六道の皆さんを含めた魔法技能で順位をつけるとしたなら……司波深雪さんは5位以下。加えて、彼らが大会に参加できるのなら、私達を含めた本戦のメンバー選考もやり直さなければなりません」

 

「…………っ!?」

 

 絶句する小春。……だが、その演技が若干白々しいものに見えたのは真由美の錯覚か。

 

「……禁止されているとはいっても、彼らを練習に参加させてはならないという縛りは無いので、選手たちのトレーニングには参加してもらおうと思っています。また、我が校は選手に比べて圧倒的に技術者が不足しています。今大会の優勝を確実にする為、彼の力は必要不可欠だと判断し、彼には内定者の席に座ってもらいました。彼の同意が得られれば、後ほどその技術力を披露して貰いたい、と思っています」

 

 流石に聞いていない……。

 

 この時、達也は口元を僅かに歪ませた。

 

 彼がこれほどはっきりと表情を作ったのは、久しぶりの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十神のサエグサ。

 

 八幡がいつの間にか共闘の契約を交わしていた〝神様〟の一体であり、現代魔法の歴史に於いて認識されず、定義すらされていない存在である。

 

 精神情報体を式神と呼ぶ事はあっても、情報として意識、或いは記録される事のない空想上の存在を、畏怖を込めて神などと呼ぶものか。

 

 2095年の現代に至るまで、その存在を誰も確認した事はなかったのだ。

 

 それまでは六道の内で密かに語られていたというだけで————

 

 

 

 ————否、比企谷の登場が日本魔法師界を一変させた。

 

 

 

 ちょうど100年前、核兵器の発動を止めた警察官が世界に魔法をもたらしたように。

 

 比企谷が現れた事により、人々は今まで遭遇すらしたことのなかった怪物達と出会う羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって第三高校。時間は少し巻き戻る。

 

 元通りに再建された生徒会室にて、第一高校で行われたものと同じように、九校戦へ向けた会議が行われていた。

 

「……さて。皆わかってるとは思うが、今大会で最大の障害となり得るのが第一高校だ。奴らは今回の大会で3連覇がかかってるし、万が一にも落とす事のないように全力で布陣を揃えてくるだろう。まともに相対すれば勝ち目なんてない。……そこで、俺と生徒会長で考えた」

 

 代表メンバーの選定は、八幡達が加わった事によって既に決められている。

 

 しかし、大会の優勝という大きな目的以外にも八幡達にはやるべきことがある。だから今は、それについての具体的な作戦立案を行っていた。

 

 玉縄が八幡に促され、生徒会室のスクリーンに作成した資料を投影する。

 

『一高ドロップアウト大作戦』

 

「————奴らが競技に参加する前に叩こうと思う」

 

一目でわかる、妨害工作の提案だった。

 

「……か、仮にも貴方の母校でしょう? 躊躇いとかはないのかしら」

 

 頬を引き攣らせながらも優しく尋ねようとする愛梨だが、彼女の頭の中には八幡の思考パターンが嫌という程、思い浮かんでいる。

 

「……? それと引き換えに日本がぽん、ってなくなってもいいんならやめるけど」

 

「天秤にかけるまでもないのね……」

 

 愛梨はため息をついた。

 

「じゃが八幡よ。その手法を取るのであれば、大会が中止になる可能性が大きくなる事も忘れてはいかんぞ」

 

 もっともな沓子の指摘。しかし、八幡の表情は変わらない。彼は、自分だけが知っている情報を初めて口にした。

 

「俺らが主導でやる訳じゃない。この大会は既に、第三者の妨害工作が入ることが確定してる。それを利用するだけだ」

 

 それを聞いた者達の反応はため息をつく、苦い顔をする、米神に指を押し当てるなど様々だが、まさか喜ぶ者の存在は皆無だった。

 

「……賭博か?」

 

「香港系の犯罪シンジケートが糸を引いてやってる「どの学校が優勝するか?」をお題にした賭博だ。連中は自分達の利益になるように、一高の優勝を阻止しようとしてる。俺はそれに乗っかろうとしてるだけだ」

 

 聞いての通り、血も涙もない自分さえ良ければあとはどうでもいいと言わんばかりのこの態度。

 

 しかし、沓子の顔に露わとなったのは不謹慎にも笑みだった。

 

 捻デレめ。自然と浮かんできた言葉に、にんまりと、沓子の口元は笑みを作る。

 

「……そういえば、六道のクローン……じゃったか。あやつらの大元についてはどうする? 妨害工作はそれも絡んできておるのか?」

 

 舐めるな。この場にいる殆どの人間が、比企谷八幡という人間を嫌というほど理解しているのだ。

 

 沓子が。かおりが。雅音が。栞が。愛梨も。玉縄だって。

 

 全員が全員、八幡が隠そうとしている事に気づいていない筈がなかった。

 

 バツの悪そうな顔の八幡は目を逸らす。

 

「……イチジョウが片付いた後のハナシだ。それまでの時間がずれたら困るから、適度に妨害があった方が良いんだよ」

 

「適度に……ということは、完全に棄権させたりするつもりは無いのじゃな?」

 

 沓子の念押しに、観念したように八幡は視線を戻した。

 

「つもりも何も、そんな道理が通るわけがない。……できるなら、全員が全員、真っ当に勝負して負けたり勝ったりして、喜んだり泣いたりしたい……んだよ」

 

 不意に語られるそれは、間違いなく八幡の本心。

 

「妨害を阻止したいなら阻止すればいい。俺はそれ以上お前らを頼りにしないってだけだ」

 

「……そうか」

 

 誰にも理解されたくなくて、誰にも見て欲しくない。……けれどどこかで打ち明けたい彼の本心は、意外と身近に転がっていたりする。

 

「じゃあいい(・・)

 

 沓子は、それをバッサリと切り捨てた。

 

「そうか。なら、——っ?」

 

 八幡の右腕に抱きついて、ウィンクする沓子。左腕には栞がいた。

 

「お主を諦めるくらいなら、他校の生徒がどうなろうと知ったことか」

 

 誰か1人の為ではない。世界の安寧の為に自ら心を削り潰されようとしている少年は、こんな時こそ誰かに想われて然るべきだ。

 

「……ほんとに非道い女じゃのう、儂は」

 

 自分の顔を覗き込む沓子の態度に困った顔をして、ほんの少しの嬉しさを瞳にのぞかせつつ、八幡は目を逸らした。

 

 ……逸らしたせいで、彼は沓子の瞳に炎のゆらぎがあったことに気づけなかった。

 

「……いや、それが困るから介入しようねって話なんだが」

 

 ここで一つ、注意点。

 

「なんだ、お主に一途な女は嫌いか?」

 

 四十九院沓子は、八幡の事が大好きだ。

 

 しかし八幡に惚れている訳ではない。

 

「いや、好き嫌いの話じゃなくてだな……」

 

 誰がこんな、一人でカッコつけようとするダサい男に惚れたりなぞするものか。

 

 尊敬も、畏敬もしていない。

 

 コミュニケーションが苦手で非リア充で陰キャな癖に、寂しがり屋。

 

 こんなの、好きでなければ存在を認知する事もないだろう。実際、彼より優しくて他人を思いやれる人間はごまんといる。

 

 だが彼女は、そんな彼の全てが好きだ。

 

 嫌いなところはあるが、嫌いなところがあるところを含めて好きなんだ。

 

 栞や愛梨のように(・・・)救けられてはいないが、それでも彼に大事なものを奪われた。

 

 彼じゃなきゃダメなんだ。誰が彼を想っていようと関係はない。

 

 そんな身勝手な儂の倫理観を親だろうと他人にとやかく言われる筋合いは無い。

 

 それに加えて。

 

 儂の〝飢え〟は、こんなものでは治らない。

 

 だから————

 

「————どうしたんだよ、……っ!?」

 

「んっ、……んはっ。……ちょっと、接吻をしたくなっただけじゃ」

 

 時折、彼女の愛は沸騰する。

 

 しかし、キスを狙った沓子の〝口撃〟は八幡の掌に阻まれ、彼女の唇は八幡の手を撫でるに終わった。

 

「唐突すぎ、……っあ!?」

 

 ぺろり。突然の感触に驚いて手を引っ込めた八幡にさらに寄りかかり、沓子はかぶりつく。

 

 理性を欲が凌駕する。それはつまるところ、本人にとってさえ我慢が効かないという事。

 

 彼女の理性は蝕まれている。八幡から奪った、とある能力によって。

 

「……たりんぞ、んちゅ……」

 

 それは、世界で唯一のs————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はいじゃー飯食いながら聞いてくださーい」

 

 場所は同じく生徒会室。

 

 沓子の不意打ちを目の当たりにしたせいで、ますますくっついて離れなくなってしまった栞の構ってKISSを押し退けながら、八幡は部屋の中の人間に呼びかけた。

 

 既に一般生徒の登校は再開されており、彼らの会話を他に聞かれるわけにはいかない。なので、八幡達は生徒会室に食事を持ち込んで会議を再開していた。

 

「んで、各競技の練習だったり具体的な作戦とかは参謀役の吉祥寺に丸投「おい」一任するので、まぁ適当にやっといてくれ。……ああそうだ、一色」

 

「……? 何かしら」

 

 八幡に指名されて立ち上がる。そのまま八幡の手招きに応じて彼の横に立った。

 

「まず、六道は九校戦にエントリーできない。これは不文律なんかじゃなく、大会のルールブックにも載ってる」

 

 驚きの声と表情が浮かぶ中、初めて知った、という顔を六道であるはずのかおりも浮かべていたが八幡はこれを無視した。

 

「つまり折本は九校戦の戦力になれない。……が、その分折本は会場の警備とかの仕事を取れるだろうからやってもらいたい事があるので、それは後で説明する。今話したいのは、六道や十師族といった主力以外の戦力についてだ」

 

 こいつなんかの、と言って愛梨を指差す八幡。さされた愛梨は不服そうな顔を浮かべる。

 

「……? 私、一応二十九家の人間なのだけど……」

 

「魔法が使えなくなってぴーぴー泣いてるような雑魚が警戒される訳なぎゃああああああああっ!」

 

 ビリィッ! 静電気の数十倍の電気が愛梨の掌から八幡の腹部に流れ、八幡は悲鳴を上げた。

 

 ぷすぷす、と黒煙を身体から発生させている人間は普通死んでいる。普通ではないのが八幡なのらしい。

 

「愛梨を切り札として使う訳じゃな」

 

 沓子の指摘に、黒焦げ八幡はアフロを取りつつ肯定する。

 

「けど、それが通用すんのは一高以外の学校に対してだけだ。実際は、一回出ただけでバレるだろうな」

 

「バレるって……誰に?」

 

 バレる。それはつまり愛梨が能力を八幡から奪ったという事実を察知されてしまうということだが、八幡から初めて離れる能力を察知できる人間など、愛梨には八幡の秘密を知っている材木座くらいしか浮かばない。しかし彼はこの生徒会室にいる。

 

 栞やいろはなどを疑ってみても、警戒する理由が思いつかなかった。

 

 ということは——

 

「……ねぇちょっと、まさか私と同じレベルの能力を持ってる人が他の学校にいる……とか?」

 

「イグザクトリィ。それに能力持ちじゃなくても、六道の奴らにもバレる可能性は高いしな」

 

「……それ、バレたら問題あるのかしら?」

 

 ネファスが横から質問を挟む。

 

「……妨害が企まれたりするかもしれん」

 

「「……あぁ。なるほど」」

 

「そこ二人で納得しないでもらえますかねぇ……」

 

 ネファスはアンジェリーナ・クドウ・シールズとして、愛梨は八幡個人の行動記録から。

 

 それぞれ彼のやらかした事を知っている身としては、頷かざるを得なかった。

 

「……要するに。『九校戦をぶっ壊されるかもしれない』とか思われるって事じゃろ?」

 

「そうだ。そういう懸念を減らしたい。だから一色、手を抜いて勝て」

 

 随分と無茶苦茶な要求だ。過剰な注目を浴びるのは愛梨としても望むものではないが、毎年の優勝校である一高相手に、手加減して勝つなんてことができるのだろうか。

 

「……」

 

 不安な顔を見せる愛梨に、八幡はため息をついた。

 

「……ちょっと折本。一色と試合やってくれ」

 

「……え?」

 

 戸惑う愛梨に八幡はぐい、と詰め寄る。

 

「……一色。全力でやってみろ」

 

 少女の瞳に吸い込まれそうな錯覚を愛梨は覚え、息を呑む。そんな彼女に八幡は、はっきりと伝えた。

 

「今のお前がどんだけバケモンかわからせてやる。元通りの2、3倍程度とか思ってんなら、大間違いだからな」

 

 その瞳に映る氷の結晶。それが八幡の身体に残る能力の一つであると気づくも、その瞳の奥に別の輝きが幾つもあるのを見つけて、思わず万華鏡のように煌めく八幡の瞳の輝きに魅入っている……と。

 

「……、見つめ合うのもいいけど、試合はどうするの?」

 

「はにゃっ!?」

 

 …………。

 

 

 

 愛梨とかおりが対戦のために準備をしている中、八幡は先にコートの付近に設置されたベンチに座っていた。

 

『比企谷様、お茶です』

 

 簡単なベンチに座る八幡の隣で、二頭身サイズのぬいぐるみ——に宿ったサエグサが八幡にお茶を差し出した。

 

「ありがとう」

 

 ぬいぐるみの前足でどうやっているのか、サエグサは昼食を食べ終えた八幡にお茶の入った湯呑みを2本の前足で器用に持ち上げて差し出し、八幡はお礼を言って茶を受け取っている。

 

「……すっかり慣れた様子じゃが、驚いたのは彼女(・・)の適応力よ……」

 

 少年とぬいぐるみ。ふつうなら絶対に視る事はない幻覚を沓子は目の当たりにして、ぬいぐるみを何人かの少女と重ね合わせながら、言葉を口にした。

 

 ちらり、と沓子が向ける視線の先には、八幡の隣に座り、サエグサの体を持ち上げる女性がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、お代わりはすぐにできるからね……!」

 

 サエグサが取り憑いていた警察官の女、邦真(くにま)(あおい)

 

 100年ぶりに意識を取り戻した彼女は、彼女が置かれている状況について説明を受けた。自分が生死の境を100年も彷徨っていた事、眠っている間に世界に起こった、大まかな出来事を。

 

彼女がそれを実感する為、八幡達は彼女を連れて市街を散策したりコミューターやキャビネットにも乗ったりした。

 

 そして、この世界で生きるというのなら必要な援助をすることも、死にたいのなら苦しみのない方法で、過去に帰りたいというのなら、事故に遭うよりも前の時間に送り返せるという事もきちんと伝えて。

 

 ここでごく普通の神経を持つ一般人なら、

 

『え? 帰らせてよ。私のお父さんもお母さんも、友達も、あの時代なら生きてるんだから』

 

 と言う。

 

 これは予測も好奇心も入り込む隙間はない。誰だって、知らない場所で知らない人間と過ごすよりも知っている人間と共にいた方がいいに決まっている。……しかし彼女は、躊躇う様子もなく首を横に振った。

 

『え? いやいや、死にたいなんて思う訳ないじゃないですか。そりゃ』

 

 まるで過去に戻る事こそが死刑であるかのように、自分はそれを望まないと言う葵。

 

『未練と言えるような繋がりは私にはありません。……私は、避妊が失敗して産まれた子供ですから』

 

 小さな頃から保護施設で暮らしていた葵は、自分の両親の顔を見た事がないのだという。また、その当時は通っていた学校で凄惨ないじめに遭っていて、そのせいで片目の視力がかなり悪かったのだとか。

 

 しかし、彼女はいじめに遭っていても学校から逃げず、高校を卒業した。

 

 何故か。拠り所となるべき保護施設で、彼女に対する体罰が行われていたからだ。

 

 施設の管理者には気に入らない事があれば叩かれていたし、機嫌が良くても結局は足蹴にされていた。

 

 昼は同級生に怯え、夜は家に怯える。

 

 痛みに、寒さに、怖さに、あらゆるものに怯えていた葵だが、管理者が女だった事や学校が女子校だった事が彼女にとって唯一の救いだ。

 

 性暴力に怯えない——そんなものを安堵であると勘違いしてしまう程に、彼女の価値観は歪められていた。

 

 そこまで追い詰められて、それでも彼女が逃げなかったのは、逃げるという選択肢を掴めなかったからだ。

 

 居場所もないまま、目的も持っていなかった葵は高校卒業後〝なんとなく〟で寮付きの警察官学校に入る。

 

 100年前の当時は、まだ警察官を志望する女性は男性に比べて圧倒的に少なかった。それを葵は知っていたし、クラスメイト達がその道を選ばない事も、管理者が自分に興味がない事も知っていた。だが、それでも尚、警察官になる道を〝なんとなく〟という理由にした事実こそ、葵の「逃げたい」という本心の表れだったのだ。

 

 葵の決心が掴み取ったそこでの生活は、今までの暮らしが霞むほど普通に住みやすい所だった。

 

 他人と話す経験がないので友人は出来なかったものの、贅沢も不満もなく、彼女は穏やかに日々を過ごせた。

 

 しかし、その後に彼女を待ち受けていた運命の名は「殉職」。

 

 初めての出動で現場に駆けつけた葵を待っていた最期は、交通事故の現場整理途中で交通事故により死亡——だった。

 

 ……………………。

 

『だから、私は死にたくない。これからの人生、100年後を生きるなんて誰も体験した事がないんだよ? そっちの方が絶対にいい——』

 

『んバ』

 

 その場にいる全員が彼女の告白を聞いた時、八幡の胸元に移動していたぬいぐるみがもぞり、と谷間から這い出てきた。

 

『カノ、ジョ、ハ、ヒトリぼ、ちで、シタカラね、ェ……』

 

『!?』

 

 サエグサの宿るぬいぐるみだ。体を動かすことさえ難しいだろうに、ぬいぐるみの体ですでに発音をこなしている。

 

『ひとりぼっち————そうか。瀕死だからじゃなくて、お前、ひとりぼっちだから葵さんを選んだな』

 

 しかし動揺は見せず、自分の胸元からぬいぐるみを掴み上げて睨む八幡に、葵はあからさまに顔を赤くする。

 

『あおっ!? ……あのう、初対面の美少女に名前呼びされるのはちょっと、刺激が強すぎるというか……』

 

 しずしずと手を挙げる葵の指の先まで染まったピンク色に、何故彼女が恥ずかしがっているのかが理解できず——なフリで、八幡は首をかっくんと傾げた。

 

『? 俺は元々あっちの()ですよ。今はちょっと逃亡中なんで性別変えてますけど』

 

『え? あぁ、そう……えっ? へ、変装……?』

 

『変装というか変身です。骨とか筋肉とか、諸々の位置だったり大きさだったり構造だったりを変えてるんです』

 

 がたがた、と震える八幡の足。そのちょっと遠くで愛梨が呆れていた。

 

『……100年経つとオカルトもオカルトじゃなくなってるんだ……』

 

 葵の頬が赤い。吐息もなんだか熱そうだ。

 

 ただ、その視線は現代社会に向けられたものではないという事だけは八幡にも理解できていた。

 

 しかし。なぜ自分が彼女の標的になっているのか、本人でさえ理解できないその理由を八幡が理解することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ始めるぞ。一色は全力で動け。折本はポイントを考えずに打ちまくれ。以上だ」

 

 二人の準備運動が終わり、八幡は専用のウェアに着替えた二人にこの試合の要点を伝えてコート内から出て行く。

 

 かおりが立つ側に設置してある観戦用ベンチに腰をかけた。そこは最初に八幡が選んだところでもある。

 

 八幡の右側に栞、左側に葵が座った。

 

「さぁ、適当に観戦するぞ。つってもすぐに終わるだろうけど」

 

 試合開始の合図なのか八幡は右手を挙げる。しかし、二人共八幡の方を見てはいない。

 

『ところで、どうしてコートの真ん中ではなくかおりさんの後ろに座っているんですの?』

 

 試合を観るにしても、もう少し場所を選べなかったのかと言いたくなるような位置にわざと座った八幡に、サエグサが何となく気づきながら声をかけた。

 

「ん? それはだな」

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 

 1秒が経過した時だった。

 

 ズパァッ! 空間を割くような轟音が、コートの内外に響き渡る。

 

 そして。

 

 八幡がそれ(・・)を受け止めた時の音も、なかなかに裂けていた。

 

「…………」

 

 銃撃、或いは砲撃。火薬の爆発そのものをキャッチしたかのような音と衝撃に、眠そうな目をしていた栞も思わず目を見開いた。

 

「……なに、これ」

 

 そして彼女は、目の前の光景に驚愕する。

 

 コートを囲む透明な箱は愛梨が低反発ボールを打った時の衝撃波でヒビが入り、かおりの背後の面には大きな穴が空いていた。

 

 八幡がゆっくりと腕を下げ、掌を広げて見せる。

 

「……っ、八幡……!? その手、……」

 

 栞の目に飛び込んだのは、八幡が握ったものではなく、破けた皮膚に滲む血の雫。しかしそれも一瞬のことで、栞が瞬きをした後には、彼の手は何の怪我もなかったかのように綺麗な手に巻き戻されていた。

 

「……ったく」

 

 ゆっくりと開かれた彼の掌からボールだったものが出てきた。

 

 そのほとんどはゴム繊維や糸の塊で、ボールがどれほどの威力で打ち返されたのかがよくわかる。

 

 そして、競技の練習相手としては申し分ない実力と魔法力を持つ折本かおりであっても、今のボールを打ち返せないらしい。

 

「……ひ、ひきょう……反則……うぇぇええん……」

 

 ぺたん、とコートに座り込むかおり。『死ぬ気で怖かった』と後で彼女が雅音に洩らしている。

 

 彼女が握っているラケットのネット部分が消し飛んでいることから、ラケットに魔法を纏わせる時間すらなかった、もしくは纏わせていた魔法ごと破壊したのだろう。

 

 破壊した壁を呆然と見つめる愛梨に八幡はベンチから立ち上がり、手の中にあるボールだったものを見せた。

 

「バレるバレない以前に、普通にやってるだけで人を殺すからな。手加減しないといけないっての、わかったか?」

 

「……重々、承知したわ」

 

 愛梨の肩が震えている。着弾位置が少しでもずれていたらと思うと、震えずにはいられないのだろう。

 

 破損したコートを魔法で修復しながら、八幡はかおりと愛梨を着替えに行かせ、他に観戦していた人間を集めた。

 

「……ていうわけで、一色は『出せば勝てる』駒として認識してもらえればいい。アイスピラーズブレイクとか、攻撃しなくて済むミラージ・バット辺りに出せば確実に優勝するだろ」

 

 威力だけを見れば、八幡が挙げた競技が愛梨の使い所として最適と言えるだろう。

 

 だが、これはあくまで優勝を目指す場合の戦力配置。

 

「……その辺りの配分は僕がやろう。君より上手く考えるさ」

 

 八幡の目的に沿わせる為、戦術より戦略をメインとした作戦を得意とする玉縄が作戦の立案役をかって出た。

 

「頼むわ」

 

 否定も皮肉も言わない八幡に玉縄は目を丸くする。

 

「……意外だな。君が僕のオピニオンをフォローするなんて」

 

「……俺の言った作戦だと、一高の新入生総代が俺の思う所に出て来なくなるからな。あと久々に聞いたよお前のそれ」

 

「なるほどね……ん? 一高の選手に何かあるのかい」

 

「さっき言った妨害の件でちょっと(・・・・)な」

 

 しかめっ面。八幡の浮かべるその表情には、決して楽観視しているような色は無かった。

 

「……目的のため、視えていても見逃さなければいけないのには、同情するよ」

 

 何を引き換えに何を得るか。それは、終わってからでないとわからない。

 

 ……しかし、始まる前にその結果が見えているのだとしたら? 

 

 ——助けられるのに手を触れない選択を迫られているのだとしたら。

 

 その道はどんな地獄よりも嫌で、選びたくないものだろう。

 

「それでは、作戦会議はこれで終わりじゃな? 後は練習だったり機材の手配をしたりすれば良いかの」

 

「準備は生徒会でやろう。選手である君たちには練習を頑張ってもらいたい」

 

 陰気を吹き飛ばすように手を鳴らす沓子の合図で、九校戦に向けた話が締め括られる。愛梨の自己認識が済んだ以上、話を引き伸ばしても意味はないし、作戦が早くに決まればそれだけ早く動けるという事であり、それ自体、沓子には歓迎すべき事に思えた。

 

 さぁ教室に帰ろうか、などと話していたところで。

 

「ふむ……ん?」

 

 沓子の、思考が止まった。

 

 緊急の安全装置が作動して、急ブレーキが踏まれたみたいに強引に、突然に。

 

 そして彼女はゆっくりと今までに自分が考えた事を反芻し始める。

 

 多分、1時間も前のことではない。10分、いや3分。その程度の記憶の中に沓子が違和感を覚えたものがある筈だ。

 

 愛梨の出場競技? 八幡の言った方に違和感はない。むしろピッタリだと思うし、結果以外のところで不審な点は見つからない。

 

 練習よりもやることがあるとか、生徒会の負担がおかしいとかはない。

 

 では何だ。一体何が自分を引き止めた。

 

「…………??」

 

 その答えは、違和感に対する違和感だった。

 

 ……何故自分は歓迎「すべき」なんて思ったのだろう。

 

 実際はまるで歓迎してない、みたいな言い方だ。

 

 現状がよろしくない?

 

 何がいけなかったというのだ。

 

 力の加減を知らない愛梨にその危険性をきちんと教えて、大まかな作戦を決めて、それから——それから?

 

「……ちょっと待て」

 

 居心地の悪さの正体は、愛梨——彼女の、力についてだった。

 

 これまでの例から見るに、八幡の能力の使い方について、新しい所有者は自分の身に宿り、使えるようになった瞬間に自覚する。

 

 取扱説明書のようなものはないが、能力を自覚した瞬間、人の脳つまり知識の中に能力についての説明が書き込まれるのだ。

 

 少なくとも自分や栞、雅音はそうだった。

 

 愛梨が能力を得た後に初めて出会った時も、彼女は自分の能力に戸惑っている様子はなかった。

 

 今まで、能力の覚醒が不完全だったのか。それとも……?

 

(いや、それはあり得ない)

 

 能力を認識していない状態ならまだしも、彼女は既に2回以上能力を行使している。2回以上も世界に能力発動の爪痕を遺しておいて、それを理解しない筈がないのだ。

 

 そして、自分の能力の出力を理解しているのであれば、彼女はわざわざ確認を行う理由がない。

 

 であれば。

 

 わざわざ彼女は、身に染みている筈の自分の能力を確かめたという事になる。

 

(……何を企んでおる……)

 

 勿論、愛梨が彼女にとって無駄な事を提案する理由がない。

 

 怖い思いをさせてまで彼女に再確認をさせたのは、おそらく。

 

(……なぜ八幡は、愛梨にわざわざ実演させるようなマネを——)

 

 沓子が八幡に視線を向けた、その直後だった。

 

「…………………………………………」

 

 ——その時、沓子はほんの僅かな嫌悪感に気づいた。……見られている。

 

 糸のように軽く、まるで存在を感じさせない。隠密・諜報のスキルがあったとしても、これに気づくことは殆どありえないくらい、微かな視線が沓子に向けられている。

 

 もう少し注意してみると、その視線は沓子をすり抜けて別のものに向けられていた。

 

(これは——愛梨、……八幡か)

 

 沓子の視線の先がわかるという根拠は、彼女が得た能力のせい。

 

 能力により、沓子への視線は全て折られる(・・・・)。こちらが見る事を許可しない限りはどんな視力、魔法的な視線でも沓子に辿り着くことは叶わない。

 

 そのせいで自分に不躾な視線が向けられることはなく、八幡にはもう少し自分に注目してほしい所だが、今重要なのは自分に向けられたものではない視線に『沓子が気づける』というところだ。

 

 視線とは文字通り眼差しを送る線であり、どれだけ細かろうと、途切れ途切れになっていようと、その元は必ず存在する。

 

「……!?」

 

 その線を辿って沓子が振り向こうとして、彼女は正面からやってきた八幡に肩を押さえられた。

 

 肩を押さえる——からそのまま抱きしめられ、密着される。

 

 囁きが、耳元から聞こえてきた。

 

「……落ち着け。そっちに視線を送るんじゃない」

 

「……な、たわっ……!?」

 

 八幡の囁きが沓子の耳に入る——しかし、沓子の思考と視界が混乱して、見えている筈の視線も掻き消えて、それどころじゃない。

 

 肩甲骨、両腕の外側から伝わる圧力。抱きしめられているのに少しも窮屈さを感じない女八幡の腕の柔らかさ。自分のより少しだけ大きな胸の膨らみ。何より、好きな人に抱きしめれているという興奮が、沓子の脳から余計な思考を取っ払っていた。

 

「……少しこのままでいろよ」

 

「……はにゃ、ほにぇ……」

 

 八幡がそう言ってから、時間にして5分ほど。ずっと抱きしめられ続けていた沓子は、「もういいか」と八幡が離れた後も、完全に自分を見失っていた。

 

 

 

『……それにしても、一体誰なんです?(・・・・・・) あのような不躾な視線を投げかけてくるなんて』

 

 サエグサがぷんぷん、と怒りながら八幡の頭を叩く。クマのぬいぐるみのくせに猿のような軽い身のこなしの彼女は、現在八幡の頭頂部で不満そうに寝そべっている。

 

『しかも、わたくしが気づかなければ比企谷様も気付いていなかったという体たらくぶり。そちらのお嬢さんは気づきかけていた様子ですが……』

 

 沓子が目を凝らしてやっと気づけたその異変をサエグサは最初から異物として察知していて、それなのに八幡がずっと指摘しないものだからとうとう痺れを切らしたのだとか。

 

 自分達を観察していた存在の正体は大体見当がつく。……しかし、力を隠している八幡は誰であろうと、まだ気付かれる訳にはいかない。

 

(……予知通り、監視の目が校内にまで及んだ結果重要なものを見せる(・・・)ことが出来た。今日の評価は結果オーライ……か?)

 

 

 所は変わって第一高校正門前。

 

 今は授業中であるというのに、正門付近に2人、生徒の姿があった。

 

 そのうちの1人、金髪美少年は魔法社会の頂点に君臨する家のひとつ、四葉が家として配置(・・)された当初から彼らに仕えている裏の名門葉山家の長男、葉山隼人。

 

 もう1人の黒髪美少女は、四葉家を造るのに使われた血のひとつである雪ノ下家の次女、雪ノ下雪乃。

 

「……危なくなったから、というのはあなたの視線に気づかれたという事かしら」

 

 膝をつき、肩で息をする隼人の傍らで彼を見下げる雪乃は随分と容赦のない言葉を投げかける。

 

 昼休憩時に「自分が行く」と言って聞かなかった雪乃を出し抜いて一人で第三高校を偵察してきた裏切り者には適当な言葉かもしれないが。

 

(……だが、結果的にはこれで良かった)

 

 深呼吸を繰り返し呼吸を整えて、隼人はようやく立ち上がる。

 

「……そう、だね。……いや、わからない」

 

 雪乃の差し出すボトルを受け取り、隼人は中身をあおった。100年近く味の変わっていないというスポーツドリンクの味を確かめながら、考える。

 

 ……気づかれたかどうかでいえば、多分気づかれている。

 

 不自然に視線を逸らそうとする人間も、こちらに近寄る気配も、特に見当たらなかった。こちらを捉えて離さない視線があっただけで。

 

「……ただ、気になる事は幾つかあった」

 

「気になる事……第三高校に何かあったの?」

 

「ああ——」

 

 まず、彼らにとって直接の知り合いであり後輩の少女の姉だという一色愛梨。

 

彼女は魔法力を失っていた筈だが、隼人が確認した「新事実」によればクラウド・ボールの箱を破壊したり、校舎を崩壊させたりと明らかにやってる事が違う。一色愛梨という少女はあくまでも、「一」の家らしい魔法が得意だった筈なのだ。

 

「……本人が魔法力を取り戻したにしては、前と後で力の性質があまりにも違い過ぎる。……あれじゃあ同じ顔をした別人だ」

 

 それに。

 

 隼人は少ない観察の中で、その中に同僚の姿を確認していた。

 

「……折本さんが、一緒にいた。彼女が一色さんと一緒にいてあれ程の変質に気づかない訳がないし、折本家からその話題を聞いたこともない」

 

「……つまり、折本さんはそれを隠している?」

 

「彼女の変化は、単に情報共有すべき事柄じゃないのかもしれない。……でも、雰囲気が何処となく優美子や北山さんに似ていた(・・・・)んだ」

 

 隼人が絞り出したその言葉は、とある懸念を雪乃に伝えていた。

 

「……彼の能力を得た、という事かしら」

 

 一色愛梨が、彼らの探している八幡から能力を受け取った可能性がある。それはつまり、八幡の居場所が判明したということだ。

 

「かもしれない」

 

 しかし、何より気になるのは。

 

「あの女の子……」

 

 かおりや雅音など、あの時集まっていた第三高校の生徒達の中で生徒名簿に載っていない女子生徒がいたのだ。

 

 黒髪で、どちらかといえば優美子や結衣を想起させる、はっきりと開かれた瞳の明るい顔。

 

 あの少女は、一体誰なのか。

 

心当たりがあるとすれば、やはり彼だろうか。

 

 ……もしそうなら、随分と大胆になったものだ。人前で抱きついたりなど4月より前は見た事がなかった。以前までであれば、見られたくないものを見られようものなら、陰湿で消えにくい嫉妬の炎のように静かに怒り狂っていたものを——

 

 そこまで考えて、隼人はたどり着いた。

 

「……ああ、そうか」

 

 隼人の中で疑念が確信に変わり、確信が、事実へと昇華する。

 

 見せていた(・・・・・)

 

「……気づかれて、いたかもな」

 

 彼の独り言は、雪乃に届くことなく空に消えていった。





次回、やっと九校戦編の本編が進みます。

 九校戦前日。一同が活気に溢れ笑顔に満ちる中、一高のバスを会場に到着させない為に妨害することを決意する八幡。

 襲撃の為、こっそり抜け出そうとするも待ち構えていた愛梨に見つかってしまう。保護者同伴で襲撃地点に向かうも、そこにはいるはずの無い黒ずくめの刺客に加え、何故か高速道路上で仁王立ちする白衣を纏った六道の姿が。

 戦力的に今の彼では白衣の方に勝ち目がない。これ以上戦況を動かすことは彼にはできない…………。

 ではどうするのか。

 誰よりも先に現場に到着し、刺客を回収する。これしかない。

 そのミッションを成功させる為、八幡は自分から愛梨に声をかけるのだった……。

 次回「人攫い手伝ってくんね? ついでに人身事故止めたい」「私達競技をしに来たのよね!?」

デュエルスタンバイ!



 
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