やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。 作:ハーマィア
ズレている。ズレている。
心も体もズレている。
殺せないのに殺したい。
生き延びたのに生き急ぎたい。
もう少しズレたなら、キミの心に届くのに。
九校戦の開催には国防軍も力を貸してくれている。
毎年のことではあるが、軍の基地内にて開催される九校戦参加者が宿泊するのは当然、軍の施設。
海外からの来賓などが宿泊する、主に外交の為に使われるホテルだ。
そのホテルの一室で、枯れたような伸びたような、覇気のない声が上がった。
「……は、……はーッ」
ぜひゅー、ぜひゅーという音が発するこれは、咳と呼吸が入り混じった割と瀕死のサイン。
ふかふかとした柔らかい肌触りのベッドに全身を預け、何よりも呼吸を優先する少女の息遣いが、部屋の中で繰り返される。
ひ弱なお姫様系女子が200メートル……いや5メートルを全力で走らされたとしたら、こんな呼吸をすることになるのかもしれない。
もっとも。かつてはボクシング以上に俊敏な動きが求められる競技リーブル・エペーで優勝候補と呼ばれる選手を相手に圧勝する程の実力——即ち体力を持っていた愛梨とは無縁と言ってもいい程のお粗末な呼吸だ。
全力中の全力、本気の中の本気で走って余力を一滴たりとも残さず、それこそ干からびるまで走り尽くしたような、飢餓感すら覚えるほどの運動で体力を使い果たさない限りはそれもやってこない。
「……ぜひゅっ、ぜひゅ、……ぜひゅー、ぜひゅー……」
——そんな彼女がこの呼吸をしているのだから、よほどのことがあったに違いない。……というか、あったのだけど。
九校戦に出場する選手が宿泊するホテル。
第三高校の生徒の為に用意されたルームのひとつ、愛梨が宿泊している部屋の中から、その呻き声は聞こえていた。
掛け布団の上から手足をベッドに投げ出して仰向けのまま呼吸を繰り返す愛梨は、その体勢のまま、隣のベッドで鞠を使って玩んでいる女性体の八幡を睨め付けた。
何故八幡がここに? 答えは簡単。比企谷八幡(ハヤタ)が、九校戦における愛梨のルームメイトだからだ。
夜になれば、八幡は1人部屋を使っているネファス(男性の八幡に変身している)と交代する事になっていた。
痛みと倦怠感で重くなった頭を何とか転がし、愛梨は八幡を睨む。
「……訊いて、いいかしら」
何のため? 無論、自分が今こんな目に遭っている理由を問いただすためだ。
「……なにを?」
「私達が、あそこに行った、意味……よ」
「……落ち着け。急がして悪かったから」
八幡に言われ、愛梨はすぅ、と吸った後に深く息を吐いた。……驚くことに、今までそうしなかった分の変化は、すぐに実感できた。
「————」
今の今まで、自分で体勢を変えることすら困難だったというのに。
この瞬間が目覚めの良い朝であるかのように、愛梨はすんなりと体を起こせた。
たった1呼吸。……普段繰り返しているものよりも深く、意識して行った呼吸だが、たったそれだけの行動で、立ち上がれないほどに疲労していた彼女の体は普段の調子を取り戻す。
彼女の身の内に宿る「文明の雷姫」が、深呼吸という要望を受けて、彼女の疲労を無かった事にしたのだ。
「……まっ……ったく」
今の状況に後悔はない。偶然に偶然が重なった結果今の愛梨がいる訳だが、それでも悔いていることは何もない。ただ呆れているだけだ。——自分の体の、人外さ加減に。
「あーもー……」
常識外れも甚だしい。
愛梨が八幡の能力を受け入れ現在の体になった後、彼女の体に起きた〝身体能力の向上〟は、運動や薬物投与による影響を遥かに凌ぐ程の恩恵をもたらしていた。
高速道路を音速の
……それだけの人外技を披露しておいてダメージは疲労困憊で済み、呼吸ひとつでまた走れるようになるのだから——つくづく人間を辞めている。
「んで、なんだっけ」
そしてそれは、愛梨に限った話ではない。
……生身の人間であれば、まず即死は免れない愛梨の加速に付いてきた上に2人分の衝撃波や残留サイオンなどを処理しつつ標的を消すという「手際の良い」では済まされない能力を披露した目の前の少年についても「人間じゃない」という評価を改めて下しながら、愛梨は答える。
「……あのゴリラ男は、傍目から見ても十師族と同等、或いはそれ以上に強い……っていうのはわかるけど、それでも六道に勝てるとは思えない。手を出さなくてもよかったんじゃないの?」
「ただのクローンとかジェネレーターだったなら無視してた。……十師族の合成クローンじゃなければな」
「……合成クローン」
合成クローン。
その存在が明るみになれば、十師族を内部から崩壊に導く事も可能なシロモノであるとも。
「それ自体が戦力として脅威になる訳じゃないが、十師族の遺伝子情報を持ってるそいつからは色々な情報が採れる。……まぁ、あとはわかるだろ」
八幡の言わんとしている事は、愛梨にも容易に理解できた。——内紛だ。
「魔法師が欲しがるものを集めて作った餌団子って言うのかな。——例えば『マルチスコープ』が技術として得られるなら、ほしいと思うのは当然」
「……え、ええ。確かに、——あぁ」
言われて愛梨は気付く。八幡の話す言葉が意味する、明らかな危険性に。
「同じように『流星群』が使えたら? もしかしたら澪ね——五輪澪の『深淵』も携帯兵器みたいになるかもしれない。そういう可能性が『餌』なんだよ」
秘匿されている魔法が外に流出する。それ自体が見過ごすことのできない災禍ではあるが、最悪の場合十師族という存在の意義や価値が虚構化する。
秘術の流出を許せば、魔法という唯一無二の価値を保持できなくなることは必至。
捕獲したそれを利用するしないにかかわらず、十師族はそれを放置してはおけないだろう。
「……?」
ここで、愛梨の中に疑問が湧いた。
(……でも、十師族の魔法を盗むのは良いとしても。それをわざわざぶつけてきた理由は? 戦力テストをするにしても、後始末の事を考えなさすぎ……よね)
作ったクローンの戦力テストも出来るし、役に立たなくても戦ったデータは取れる。だが、敵の視点に立ってみると、それでもおかしいと言うことに気づいたのだ。
(……ひょっとして、クローンは囮……? それとも本気で六道を倒せると考えていた……?)
存在という最大のデメリットを明かしてまで現場に投入するメリットが、愛梨には微塵も感じられないのだ。
しかし。
「——だけど、アレを作った奴らの目的は〝魔法を盗むこと〟じゃない」
ふって湧いたばかりの愛梨の疑念は、八幡の言葉に掻っ攫われ、愛梨の思考に僅かばかりの空白を生み出した。
「……え?」
「それを求めて争わせること自体がクローンを作った奴らの目的。……そして真の狙いは、十師族とそれに連なる魔法師達の全滅だ」
「ぜん、めつ……」
……どうやって。
愛梨の喉が言葉を声として鳴らす前に、八幡の口がその名を紡いでいた。
——
☆
九校戦懇親会が催される数日前、第一高校生徒会室。その知らせを聞いた生徒会長の真由美は、執務中の椅子から崩れ落ちた。
「八幡くんが九校戦に出場する!?」
「はい。第三高校で行われた発足式にて比企谷八幡の登壇を確認しました」
立ち上がって尚驚きの声を隠せない真由美に、情報を持ってきた隼人が淡々と言う。
真由美が驚き過ぎなのではない。報告をしている隼人だってこの事実を知った時には頭を抱えたし、陽乃などは吹き出した笑いが数分止まらなかったのだ。
「詳しく調べたところ、彼は現在第三高校の一年生として在籍しています。今年の入学時から在籍しているという書類の確認が取れました」
第三高校で八幡の姿が発見されてからというもの、隼人達六道は七草家からの依頼で今までずっと八幡についての情報をかき集めていた。
その調査結果について依頼主である真由美に報告している途中、隼人の話を聞いていた生徒会の人間の中から手が挙がる。
「彼は当校の生徒だった筈ですが、入学時から第三高校に在籍しているというのは事実なのですか?」
書類を整理する手を止め、話に耳を傾けていた鈴音の質問に隼人は、
「書類上では間違いなく、比企谷八幡は第三高校の生徒として入学しています。また入学時から数ヶ月間、療養のため自宅学習をしていたとの事」
「……どう思いますか? 真由美さん」
重なる鈴音の質問に真由美は、人差し指を顎に当てて首を傾げた。
「普通に考えるなら、最初から第三高校にいなかった後付けの理由だけど……」
第三高校への編入は六道の人間でもやろうと思えば出来ること。真由美達が知りたいのは、それを第三者が容易く察知できる為であるかのように、顔や名前を変えず、分かりやすい形でしたことの理由だ。
「……問題は、もう1人の方よね」
「比企谷の妹さんは4月の時点では中学2年生の2歳下ですが、第三高校に比企谷と同時に入学したもう1人の方は比企谷の双子の妹ということになっています」
「名前は?」
「比企谷ヤハタ。漢字は比企谷と同じ八幡です」
「…………」
「また、三高に在籍している一色愛梨さんの出場も決定しています」
「一色?」
続く隼人の報告に、偶然部屋にいた摩利が反応した。
九校戦前々日に行われる前夜祭。それに参加する為、一高の選手団はバスに乗って開催地へと向かう。しかし、選手団の長を務める事になった真由美が出発当日に家の都合でバスに乗り合わせる事が難しくなりそうだということで、そうなった場合の代役として摩利が真由美から話を聞きに来ているのだった。
隼人は摩利の視線に頷く。
「噂では魔法師としての力を失ったと言われていた一色さんが、他の成績優秀者を押し退けるほどの実力を示して堂々の選抜入りをしたそうです」
「……失った魔法力を回復したということかしら」
真由美の推測に隼人は首を振り、
「それ以上です。自分の目測では、彼女は完全に以前の状態を上回っていました」
力を失う以前の能力は記録で見た限りのものですが、と付け加えた隼人に真由美は身を乗り出した。
「……どれくらい?」
「肌で感じた魔法力の規模で言えば、三浦さんと同格かと」
「——」
その言葉が隼人の口から発せられた途端、生徒会室内が静まり返った。
「え、……えっ?」
真由美が黙り込んだその理由を知らないあずさが、不安そうに仕切りに辺りを見回す。
「……まさか、八幡くんが力を貸して……ううん、あげたの……?」
隼人が暗に示した事を察知した真由美が、頬から汗を垂らす。
「比企谷が一色家や一条家に匿われているのだとしたら、あり得ない話ではありませんね。ただ100%事故だとは思いますが」
故意ではなく事故。隼人はそう言い切った。
彼らの知る八幡という人物には、他人に魔法の力を分け与えることができる能力がある。つまり隼人は、八幡が愛梨に戦力として役に立てるだけの能力を分け与えたと考えている。
隼人達の周りにはそう判断させる程の根拠として、優美子や雫といった前例がある。ただ、幼い頃とは違って最近の彼は他人に能力を分け与えることをかなり渋っていたはずなのだ。それこそどのような大金を積まれても首を縦には降らない程に。
「……そうよね、八幡くんが自分から能力を他人に分け与えるなんてあり得ないもの……」
隼人の推測が事実であれば、一色愛梨には優美子や深雪クラスの魔法師をぶつけるしかない。
場合によっては九校戦が始まるより前に選手を一部入れ替えしなければと考えながら、真由美は隼人を見た。
「……彼らが九校戦に出ようとしてる目的は何かしら?」
力を失った筈の一色愛梨が新たに力を得た理由、存在しないはずの八幡の妹など気になる話題は正直尽きないが、真由美が目下のところ気にしなければいけないのがそれだ。
「……父によれば、九校戦そのものをどうにかするつもりなのではなく、九校戦に出場すること自体が目的なのではと」
「九校戦に出場すること……?」
真由美が首を傾げ、隼人は続ける。
「俺達の敵とされる存在については比企谷が対処済み、もしくは対処している途中と推察されますが、比企谷がこうして姿を現した以上、恐らく九校戦で何かが起きます。何もないのであればまず三高の生徒として入学する事もなかったでしょうし」
彼は目立つ事を嫌いますから、と隼人は付け加え、一歩下がった。彼の報告は終わりだ。
そして今度は、隼人の隣に立つ雪乃が集めてきたデータを手に話を始める。
「また、今の彼は六道……『筆頭魔法師族重護衛格』ではありません。それにより、大会のルールとして定められている『六道の魔法師は如何なる種目に対しても競技参加を行う事ができない』が適用されず、選手として参加する事が可能になっています。彼が選手として九校戦に出場する……もしかすると九校戦の試合の中で何かが行われる可能性も否定はできませんが、何よりも注意を向けなければいけないのが彼の選手としての厄介さです」
「反則級のカードを使ってくるというわけか。……だが、確かこの前の模擬試合であいつは十文字に負けていたよな? 対策は必要としても、それほど警戒する
摩利の反応も当然かもしれない。今のところの八幡に対する摩利の評価は「実力はあるがすぐ調子に乗る、行動が読めない下級生」だからだ。
そんな摩利の問いかけに、雪乃は真っ直ぐに頷いた。
「はい。この大会でもしも彼が『優勝』を狙ってきた場合、全力の——いいえ、本気の彼に勝てる人間は存在しませんから」
それは、確信よりもよりはっきりとした、純然たる事実であった。
☆
九校戦懇親会。
参加選手が一堂に会するこの立食パーティーは、親睦を深める目的以外に、他の選手の観察ができる数少ない機会でもある。
このパーティーの名目が前夜祭でないのは開催日との間に休息日として1日挟むからだが、パーティーをただ単純に楽しもうとする人間が1人もいないからかも、と陰で噂されていたりもする。
「……なんで夜までお前と一緒に過ごさなきゃいけないんだ」
だが、その中でも特に嫌そうな顔でパーティー会場に入ろうとする、めんどくささを隠そうとすらしていないのは、八幡だけであった。
「……あなたが部屋に余計なものを持ち込まなければ、こうした昼間の監視も要らなかったでしょうに」
八幡の隣を歩き、会場に入るまで彼の手を握っていた愛梨は何故か名残惜しそうに八幡の手を解放しながら、ため息をついた。
愛梨が八幡の手を握っていたのは、ただ単純に八幡を逃がさない為だ。
その理由は愛梨が口にした通り、八幡が九校戦とも作戦とも関係のない余計なものを持ち込んだせい。
それが発覚したのが、懇親会までの自由時間を過ごすため、八幡とネファスが入れ替わろうとしている瞬間だった。
『……えー。八幡が誰の目もないところで自由に動き回れるの、不安なんだけど』
『仕方ないだろ。他の生徒達と同じ部屋割りだったら仕事ができないんだから』
『まぁ、諦めるんじゃな。八幡と同じ部屋になりたいという気持ちはわからんでもないが……』
『いえ、そうじゃなくて。さっき受け取った八幡の荷物の中にC4(プラスチック爆弾)とかピアノ線とか何かの起動式が入った競技用CADとかあったから、あまり目を離したくないな、と』
『……………………』
『コラ勝手に人の私物を漁るんじゃない』
『荷物をおいたらぴっ、ぴっ、ぴっ、って鳴り始めたら普通気になるでしょ! ていうか危うくホテルを爆破しかけたアタシに謝れぇぇぇっ!!』
『いひゃあああっ!?』
『かおり』
『うん。……比企谷、バンザイして?』
『……いや別にあやしいモンは持ってねぇよ。それぞれきちんとした目的があってだな』
『ジャンプして。トランポリンで跳ねるみたいに、垂直で3回』
その後、急遽行われた荷物検査にてアンチマテリアルライフルの所持がさらに判明、八幡の自由行動は極限まで制限される事になったのだった。
何か良からぬことを企んでいそうで、目を離したら別の問題が起きる。
もしかすると、十神の対処以外に何か企んでいるのかもしれない。
(って思っていたのだけど)
安堵したような、していないようなどっちつかずの心持の愛梨が視線を向けるのは、用意された料理で頬をリスのように膨らませながら尚も口に詰め込もうとする、八幡(♀)の姿だった。
「はふおふほふおふ!」
フォークで刺し、口に運び、頬張る。
単純な食事の仕方だが、その動きに迷いはなく、それら全てが1秒以内に行われて、側には積み上げられた皿。
いつまでも口に運ばれては無限に消えていく料理。
忙しなく働くウェイターの1人は、彼女の食事を摂る姿を見てこう漏らした。
「
ドレスコードの存在する、楽しげではあるが、厳かなマナーの下に開催されるパーティー。和やかな表情で相手の内面を読む戦略的な裏事情が、顔合わせの下に見え隠れする。
愛梨が先輩から聞いていた九校戦の懇親会とは、そういうものだ。
「…………はぁ」
しかし。その雰囲気をぶち壊し、食事のみに没頭している彼女はマナーやルールなどの外にいるらしく、そんな八幡に近付こうとしない人間が愛梨と八幡を避けた結果、彼らを中心に半径5メートルのドーナツ状の空白地帯が形成されていた。
「食べにゃいのか」
「食べてるわよ。あなたに比べれば微々たる量かもしれないけれど」
「ほーか」
「折角の機会だし、一高の人達に会おうとか、思ったりしないの?」
真由美や雪乃達はパーティー会場にまだ姿を見せていない。先程起きた事故の影響で遅れたというのもあるだろうが、1番に会場入りした八幡達が早く入りすぎたというだけかもしれない。
「むぐっ……変に計画をバラして九校戦がグダグダな結果になるよりも、ある程度の緊張感はあった方がいいだろ? そうすりゃ敵にも気付かれないしもぐもぐもぐ」
愛梨に弁明する言葉の途中で不意に食べ物を口に詰め込み始める八幡。
「……ほら、これも食べなさい」
愛梨も彼女の行儀の悪さを咎めることなく、次の皿を勧める。
一体何故、彼らがこの取り繕うような真似を急にし始めたのかといえば——
『第一高校だ……!』
『事故があったって聞いたけど、無事だったのか』
——第一高校の生徒達がこのパーティー会場に入ってきたからに他ならない。
会話をするつもりはない。
話しかけられた際のテンプレートも用意した。しかし、会話が発生しないに越したことはないのだ。
「……あっ! いた! ……あれ? でも周りに女の子がいないわね」
目立つ場所に居たネファスを見つけ、しかし首を捻る生徒会長の七草真由美。
「……? あっちの方から八幡の匂いがする」
入り口からは目立たない場所にいる八幡の方向を的確に指差し、向かって来ようとする北山雫。
八幡が最も会いたくないとしていた2人が真っ先に現れた。
このままでは彼らと遭遇してしまうのは決定的だ。
彼らに見つかれば厄介、面倒なことになる。「少なくとも知り合いとして接触をしなければ」、などと予防線を張って安心しようなどとしてはいけない。
「ねぇ、——っ」
どうするのか。八幡の顔色を見ようとした愛梨は、衝撃的なものを見た。
食べ物で頬を膨らませる顔は血色が良く、悩んでいるようには見えない。
んー、と唸った後に八幡は、
「…………どうしよ」
「おい」
何も考えていなかった八幡である。
対策らしい対策などいくらでも立てられように、まさか他人のフリで誤魔化しきれるとでも思っているのか。
「……部屋に引き上げよ」
「出口はあっちじゃない。絶対にすれ違うわ」
「……かといって今は魔法使えんし」
「私の速さで逃げ切る?」
「こっちが正解ですって白状してるようなもんだろ。……しかたない、一旦ホテルを爆破するからその隙に逃げるぞ」
「わかったわ——って、待てコラ。そんなの認める訳ないでしょうが」
危うく大量殺戮に同意しかけた愛梨は、するりと、違和感すら感じさせない程に掌の中でキロトンクラスのエネルギー圧縮波動を作りかけていた八幡の腕を掴み、やめさせる。
「……まさかマテリアル・バーストなんて撃つ気じゃないでしょうね」
愛梨の脳裏には、能力に目覚めた時に得た知識の中から、目の前の現象に似た最悪なものが呼び起こされていた。
「そんなのやったら犯人が特定されるだろうが。かといってパーティー会場でマグマが噴き出すのもあり得んしな。だから隕石を落とそうとしてたんだが」
八幡はエネルギーの爆発を狙っていたのではなく、彼方の宇宙にある流星を引き寄せる為の重力波を掌から発していたのだという。
引き寄せる流星に大きさや構成物質などで条件をかけ、パーティーを混乱させる程度の衝突を生み出そうとしていたのだとか。
愛梨はそれを八幡から伝わってくる思考の漏れで理解した。
「……十分あり得ないからやめなさい。というか、今のでバレてたりしたらどうするのよ?」
「それは心配ない。比企谷八幡の気配も情報もシールズに被せたからな。オレの事は名前が似てる正体不明の女子生徒くらいにしか思わんだろ」
「それ十分怪しいから」
警戒感が薄すぎる。八幡に対しそう思っていた矢先、愛梨は背後から声をかけられた。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
「え……と、……っ?」
振り返る。するとそこには、制服を見に纏った少女が1人いた。
返事をしようとして、その少女を目にした愛梨の声色から覇気がこぼれ落ちる。
ただの生徒ではなかった。
少なくとも外見に違和感を抱くところは何もなく、
「あの……少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……? ええと」
その少女もやはりこのパーティーの参加者らしい。制服は緑と白を基調とした第一高校のもので、という事は八幡の警戒する真由美や雫と同じ高校の選手だろう。
しかし、愛梨はその少女を知らない。まして、ついこの間設定が創られたばかりの比企谷ヤハタに知り合いなどいる筈がない。
だから、間違いなくそうだと断言できる程の美少女が八幡と話をしたい理由がわからなくて、愛梨は少しの間混乱した。
「……や、八幡? あなたとお話がしたいそうなのだけど……」
少し迷って愛梨は八幡を呼んだ。
「んぇ? なんだよ。あの2人じゃないなら呼ぶなよ。……ん?」
愛梨が迷ったその隙に別の料理に手を出そうとしていた八幡を呼び止めて、少女の前に立たせる。
別に問題はない筈だ。
突然現れた実力が未知数のライバルに興味を持った、程度の認識だろう。
だから彼女が愛梨に声をかけるのは自然だし、愛梨が八幡に取り継ぐのも不自然ではない筈。
一高がパーティー会場に入ってまだ間もないというのに、料理に目もくれず飲み物も持たず、真っ先に声をかけにきたという不気味さを愛梨は除外していた。
「司波深雪と申します。少しお話ししたいことがございまして。お時間、よろしいで——」
司波深雪と名乗った美少女が、両手に骨つき肉をぶら下げた八幡に軽く頭を下げている。
敵意はなく、本当に挨拶だけだったのかと愛梨が思い始めていた、その時。
何を思ったのか、八幡は深雪を指して愛梨を見た。
「——あぁ。こいつ、名字でわかりづらいけど四葉の直系だぞ。ピラーズと
————。
兎にも角にも。
この会話が他に漏れなかったことが不幸中の幸いだ。
『……あのバカ』
『……? どうしたんですか折本さん』
『…………』
『玉縄会長も目頭に指を当てて天井を仰いで、どうしたんですか』
『……少し、失礼しますね』
『……あっちが当たりか……はぁ』
『葉山君? それに三浦さんもどうしたの?』
『真由美さん? どうしたんですか?』
『……何も変わってなくて安心しようとしたら早速、それどころじゃないわよ……』
『本当にどうしたんですか』
会場の端の方でのやりとりにわざわざ聞き耳を立てていた関係者以外に対して、ではあるかもしれないが。
……八幡は大声で話していた訳でもなく、声色に緊張感を含ませていた事もない。だからパーティーは止まずにいる。しかし、はっきり錯覚だとわかる、それでも一瞬聴力を失ったかと思い込む程の〝冷たい死〟に包まれた静けさが、3人の周囲を取り囲む。
(……いきなりやってくれるな、比企谷……)
会話を聞いていたほぼ全員が頭を抱える中で、妹に会話を誘導させるつもりで会話を聴いていた少年は、誰を置いても、真っ先に動いていた。
危機感から来る焦り。それはあと数秒で事態は急展開を起こすことを予言しているようで、通常は忌避の念から生まれるその場所からの逃避という行動は、会場内にただ1人の少女がいた為に、逆に人間を引き寄せてしまっていた。
「「……は?」」
2人の美少女の声が、重なった。
次回更新はいろはすの予定!
Twitterアカウント作ったんで、フォローよろしくおねがいします。
たぶん投稿報告とかしてます