やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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 私が魅せる行動に意味はない。

 私が見せない行動にこそ意味がある。

 私の舞に、あなたは何を見る?


追われ、逃げて、誰にも語らず

 ようやく。

 捕まえたと思った。

 ……それなのに。

 

「…………」

 

 青ざめた(・・・・)雪ノ下陽乃。彼女の震える手が握るのは、血の気を失った少女の右腕。

 立ち尽くす陽乃の脳裏に浮かぶ、あの瞬間。止まった時間の中で味わった、苦痛にも等しいほどの無力さと喪失感……。それを陽乃が受けたのは、彼女が「その瞬間」を目撃するよりも……数ヶ月前のこと。

 

 

 

 

 

 

『……は? 比企谷くんが……いなくなった?』

 

 

 

 

 

 

 陽乃がその知らせを訊いたのは、戦いが終わってしばらく経過した後のこと。十神によって失わされていた八幡の記憶が各々に戻り始める、全てが終わった後のことだった。

 

『なんで……だって通知には何も!』

 

 記憶の回復と同時に危機感と喪失感が押し寄せる。彼に、自分達に何があったのかすらわからない。

 その当時、陽乃は大学で講義を受けている最中だった。魔法とは関係のない、経済の分野における希望的展開と過去観測の二つがもたらす飛躍的成長が云々――だからこそ陽乃はその知らせを受け取って、1秒と経たずにその事実を忘れていた。

 抵抗する間もなく、自覚することもなく。

 彼から離れた場所にいた人間ほど「八幡に関する記憶の忘却までのタイムリミットは短い」という仮説は、彼女の経験の実証を持って立てられていた。

 

『……八幡くん』

 

 彼女が見つめる、通信端末の、八幡から送られてきた最後のメール。

 

『from:比企谷八幡』

『title:今暇です?』

『余裕あったら助けに来てくれると嬉しいすけど』

 

『――――っ』

 

八幡が雪乃達にも、陽乃にすら何も残さずに姿を消した。その事実が、これ以上なく陽乃の胸を締めつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、今度こそ。

 

「………………」

 

 今の陽乃にわかるのはひとつだけ。……まだ、戦いは終わっていない。

 ひょっとしたら、自分が彼を求めて行動すること自体、望ましいとは言えないのかもしれない。それは今でも考える。

 

「もが………!」

 

 だが。

 

「ふぅん、お化粧はしてないのねー。……ま、元々のきみからして肌のツヤとハリは妬ましいものではあったけれど」

 

 抵抗する八幡の声。しかし、両腕を背後で拘束され、口元に差し込まれた手が彼女に言葉を紡がせない。

 

「あんまり暴れないの。ほら、指とか入っちゃうよ、……って入っちゃった。ぐにぐにー」

 

 食事を楽しんでいた八幡を懇親会の会場から連れ去って女子トイレへと連れ込み、拘束。物騒な行動を経ていても陽乃は久々のやりとりに懐かしさを感じ、愉しげに笑う。

 

「あおごっ!?」

 

 葉山隼人と共に懇親会会場に入り、しかし自分1人だけは完全に気配を断っていた雪ノ下陽乃。彼女はずっと、比企谷八幡に接触できる機会を伺っていた。

 

「その格好は初めて見たけど、似合ってるじゃない。……そ・れ・にぃ。困ってたみたいだから、手を貸してあげたおねーさんに感謝しても良いんだぞっ?」

 

 笑顔で、背後から囁きかける。抵抗できる手段を奪っておいての物言いではあるが、陽乃がよく知る彼なら、そろそろ面倒くさくなって計画している事を白状する筈。

 

「……あ……」

 

「あ? うーん、私的には『あっ、お姉ちゃん!』って笑顔で振り向いてくれると今後の九割を許しちゃうかも――って」

 

 だが。

 

アイハヴ(・・・・)、イレブン。禁束解除」

 

「っ!?」

 

 ぺしゃ。ぷしゃ。繊維状の何かが悲鳴を上げる音。例えるなら、というか陽乃が目にした光景がそれだった。

 

「……どーこでそんな特技を身につけたんだか」

 

「…………」

 

 ゆっくりと、その少女は己の背後を振り返った。瞳孔は揺らぐことなく開ききり、陽乃の指先を甘噛みしながらも……涎とは別に腕の先から滴る液体が、その異常さを際立たせる。

 

 自らの腕を外す(・・・・・・・)

 暗殺に始まり処刑に終わる「対人間用の戦闘技術」を一通り収めた陽乃の「対象の身動きを封じる」拘束に対する最適解とも言える対処方法ではある……が。

 

(……全身に神経を持つ人間が、いとも容易く自分の腕を……なんて)

 

 廻る思考の速さとは裏腹に、陽乃は絶句していた。わずか数秒のことではあるが、完璧に、氷のように固まっていたのだ。

 仮に今、八幡が陽乃に殴りかかっていたとしても、陽乃は反応できない。――それを後になって確信するほど、致命的に。

 だが、彼女が緊張を解くのと八幡が次の行動に移るのは同時だった。……その行動のせいで、陽乃の行動の空白は余計に広がるのだが。

 

「……、…………」

 

 突然陽乃を見つめていた八幡が視線を外しふらついたかと思うと、もたれかかるように陽乃の胸に頭を付け、その後額を離し、ふわりと重力を忘れさせるような仕草で真後ろに倒れ、……た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、現在。

 

「…………八幡くん?」

 

 動かない。反応しない。呼吸音も、鼓動も無い。……なくなっていた。

 じわり、ぴた。腕から流れ出る血液が水溜まりを作り、倒れてからぴくりとも動かなくなった八幡の体を呑み込んでいく。

 人体の生き死にを間近で観察しながら、何より現実に困惑しながら――それでも、陽乃は短い思考をいくつも重ねていた。

 

(私が殺した……? いや違う、殺してなんかいない。誰かに殺された? 魔法なんか使われていなかった。となると、これは……)

 

 人形の電池が(・・・・・・)切れただけ(・・・・・)。そう陽乃が結論付けるのに、時間はかからない。思考を始めた陽乃の前で、「八幡だったもの」の身体が崩れ始めるまでわずか3秒。

 

「……っ!?」

 

 まず、陽乃の手の中に残された八幡の重さが消え、強度を失って陽乃に握り潰された八幡の腕が血溜まりの中へと落下。飛沫を周囲に散らすも、飛び散った血や血溜まりが流動性を失って砂へと変化し、その砂すらもすぐチリとなって空気に溶け消えていく。

 

 そこまで現実が経過した後で、八幡が発した言葉の意味を、陽乃は漸く悟った。

 

「……自殺コードか……!」

 

 しかし、気づいたところで、もう意味は無い。

 呟き、歯噛んで、息を吐く。

 

「…………何が目的か、わからないけどさあっ」

 

 握った拳の中に、八幡の指はかけられていない。

 陽乃と八幡の感動的な再会の場となる筈だったその場所には、血溜まりも、骨も、最早何一つ残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懇親会の参加人数も徐々に増え、八幡達が優美子達から逃げるのにも苦労しなくなった頃。

 肉を貪る八幡の前に、また(・・)、1人の生徒が現れた。

 

「すみません。お話させていただいてもよろしいですか? 私は第七高校の、」

 

「比企谷ヤハタだお☆ ぅちはまほーのこと何もわかんなくて、だからみんなに教えてほし――」

 

 話しかけた者と話しかけられた者。両者の違いは、所属する魔法科高校の制服と性別の違い――くらいの筈だったのに。

 きゃぴるん☆ なんて擬音が出そうなくらい、空気の違うふたつの空間がそこにはあった。

 

「……あっ、すみません。用事を思い出したので失礼します……」

 

「あっ、まってまって、ぅちとお話しよー…………こんなもんか」

 

 顔を顰め、身振り手振りで用事とやらを思い出して目の前から立ち去った生徒には目もくれず、ローストビーフの塊をフォークで突き刺して、八幡は頬張った。

 

「……頭が痛くなる…………」

 

 魔法を行使することで自分の周囲に料理の盛られた皿を浮かせ、自らも宇宙空間を泳ぐ宇宙飛行士のように漂いながら、尚且つ両手それぞれに持つ料理を頬張る彼女(?)の隣。風船のように浮かぶ八幡――その体に取り付けられたハーネスの胴元から伸びるリードを握りしめて、玉縄は深い深い、ため息を吐いた。

 何故玉縄が八幡を子守り、もとい見張りをしているのか? ……単純に、彼に対する見張り役がいないから。

 ホテルに到着してから繰り返されてきた八幡の行動の中には何一つ安心できるものが無く、八幡から目を離すことはテロリストを野放しにする事に等しい、と語ったのは他ならない玉縄本人。

 元々見張り役を任されていた愛梨は、雅音やかおりと共に、来賓への挨拶に行ってしまった。

 どちらを優先すべきかなどと考えれば言うまでもないが、それでも欠かしてはならないものもある。

「まぁ、挨拶回りが終わるまでの少しの間だけ」……と言われて引き受けた玉縄だったが、いつまで子供のようなことを、と言いかけた彼の口は、手渡されたハーネスとリードによって封じ込められた。

 

「……? 頭痛いんなら薬飲むか? 二日先の未来とか見えるようになるけど」

 

「――――」

 

 子供どころではない。まるで暴走という概念が人という形になったかのような、息を吐く毎に問題を生み出していくその様は、玉縄から八幡の手綱を握る手を緩めさせない。

 赤ら顔の八幡が玉縄に小瓶を差し出すと、玉縄はそれをむしり取って懐にしまった。

 

「没シュートだよこの戯けが! 気軽に超能力が使えるようになる薬を持ち込んでんじゃない!」

 

「なんだ、元気じゃねえか」

 

 いつもの口調が崩れてしまうほどに荒れている玉縄に一言漏らすと、八幡は別皿のフォークに刺したキッシュを頬張る。玉縄はさらに顔を顰め、嘆いた。

 

「頭が痛いのは君のせいだ君のせい! 他にも持ち込んでないだろうな!? 万に一つでも流出してみろ、日本どころじゃない、世界は――!!」

 

 ……と、そこまで言いかけて。

 

「――……と、いや、……なんでもない」

 

 玉縄は、彼自身の興奮が周囲の注目を集めていることに気付いた。

 

「……それに何だ、今のは誰かのモノマネか」

 

 ボリュームを落とし、声の張りを抑えて玉縄は八幡に話しかける。

 今、最も避けたい「結果」は第一高校の九校戦出場選手と顔を合わせること。それなのに玉縄は、まるで彼らを引き寄せんとばかりに立ち回ってしまった。

 愛梨達が戻ってくるまでにもう少し時間がかかる。本来であれば、避けたかった行為だ。

 

「え、よくわかったな今のはさがんぶりゃっ」

 

 しかし、ここまでが彼らの作戦通り。

 

「はいハンバーグお待ちィ!」

 

「!?」

 

 玉縄の背後から彼を追い越し、熱々のハンバーグステーキを八幡の口に放り込むのは、彼らがよく知る人物――

 

「ふぁひふんふぁ、……んくっ、相模」

 

「魔法師の勢力争いには興味ないけど、……今ウチの真似をしたとかほざいた?」

 

 ――比企谷の協力者、相模南。

 

「いや、だっておまえ最初の頃割とこんな感じで葉山に――んんぐっ」

 

「なんか」言いかけた八幡の口に追加でステーキ肉を押し込みつつ、さりげなく玉縄からリードを受け取って、さらに近づく。

 

「『誰』をトレースしたのか知らないけど、この場所だったら、少しは『品』ってモンが要るでしょーよ、ん?」

 

「……ごきげんようですわ?」

 

「よーしあんたが最初ウチにどれだけ雑なイメージを持ってたかよくわかったよよーし」

 

「…………」

 

 距離を詰める南とは反対に、玉縄はあらぬ方向へと歩き始める。……最初その手には持っていなかった小瓶を、誰が、どの角度から視ても、わかるように握りしめながら。

 

「もし、よろしければ」

 

「……?」

 

 八幡から離れた途端、玉縄にかかる声。

 振り返る玉縄が目にしたのは、白と若緑を基調とした制服を着こなす男女三人の生徒。そして肩には六枚花。

 

(……つれた)

 

 面白くない、と内心愚痴をこぼしながら、玉縄は彼らに向かって口を開いた。

 

「……これはこれは、第一高校の皆さん」

 

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 一方の、八幡と相模。

 

「ウェイターに紛れればいけるか?」

 

「ダメ、給仕係は厨房とホールを行ったり来たりしてるし、その人数は多いようで少ない。同じ格好をしても料理持たされて送り返されるだけだと思う」

 

「やっぱり入り口から逃げるしか……オイ三浦が入り口固めに行ったぞなんでだよ」

 

 その場に取り残された2人が繰り広げているのは、痴話喧嘩などではなく、極めて真面目な作戦会議。

 ……いかにして彼らが今置かれている状況を突破し、部屋に戻るのかを考えていた。

 

「とにかく、これで(・・・)人の目は散る。あとはどうするかわかるだろ?」

 

 玉縄を囮として自分達から切り離し、そのうちに姿をくらませて会場内を逃げ回る。頃合いを見て玉縄と南が交代し、また頃合いを見て……といった方法で愛梨達が戻るまで逃げ続ける。玉縄とは(・・・・)そういう話になっているが、

 

「……逃げられるの?」

 

「今ならいける今ならいける折本も一色姉も玉縄さえも今は側にいない」

 

 ちなみにネファスも囮の1人として会場内に配置済みなので、彼女の影に潜って逃げる手段が使えない。

 

 では、少し前まで会場内を回遊する形で逃げ続けるとしていたはずの八幡が、一体何故、また脱出を急ぐことになったのか?

 

 それは、第一高校組から逃げる行為が、鬼ごっこではなく、囲い込み漁の様相を呈してきているから――に近い。

 このまま逃げ続けているだけでは、いずれ捕まることは確実。

 それに、八幡には十神の問題以外にもいくつか解決しなければならない問題がある。そのうちのひとつのタイムリミットが迫っていることがわかったので、彼らはこうして焦っていた。

 作戦が露呈すれば八幡を追う人数が増えることになるが、それでも脱出を急ぐ理由の方が、その恐怖よりも勝っている。

 

「よし」

 

(バレませんようにバレませんようにバレませんようにバレませんように……!)

 

 気配を断つ魔法、他人の認識を阻害する魔法、自分に意識が向かないように思考を誘導する魔法。方向感覚を狂わせる魔法は事故も起きかねないので使われていないが、ただこの場所から逃げ去るだけならイチジョウの真似事をすれば良いだけ。

 念の為にいくつか本体の情報を貼り付けたダミーを他の方向に飛ばして、逃げも隠れもせず、八幡は悠々と会場から出――――

 

 

 

 

 

 

「漸く会えましたね、八幡?」

 

 

 

 

 

 

 ――二人の心臓の鼓動が、僅かにブレた。

 

「……………………!?」

 

(な……あ……っ!?)

 

 八幡達――ではなく、念の為、八幡達からごく近い距離を歩かせていた幻影に。

 幻影の視線を動かして、八幡は睨んだ。

 

「ああ、ご安心ください。今回は完全な私用で来ていますので、事を荒立てるつもりはありません。……ですから、ご安心ください」

 

 周囲に視線を巡らせ、時が凍りついている事を察し、警戒心を解くようにと、笑みを見せる。

 

『――おまえ』

 

 瞳が重なる幻影越し(・・)に、八幡を見つめていた。その瞳が、八幡の返答を受けて、煌めき始める。

 

『おまえの「私用」は《パン=ドラ》一本だろうが。この(・・)性悪オーガルクスを今更何のために……』

 

 懐から取り出す、一対の剣。禍々しさを内包しつつも神秘的なヴェールを纏う、矛盾に満ちた双剣。八幡の取り出すそれを見て、目を細めた。

 

「取り繕うのが下手になりましたね、八幡?」

 

『!?』

 

「私は今、個人として、と言いました。《パン=ドラ》にはもう、用など無いのです。……何しろ《パン=ドラ》は、あなたに奪われてしまったのですから」

 

『…………』

 

「私があなたから《パン=ドラ》を奪い返そうとした時、あの子の真の能力をあなたは躊躇うことなく使用するでしょう。それをされる(・・・)くらいなら、奪還を諦める他ありません」

 

 それは誰に強制されたわけでもない、八幡自身の選択がもたらした結果。だからその事に彼の不満は無く、黙って聞くのみ。

 

「ですので、八幡を娶ることにしました」

 

「ですので、じゃねぇ!」

 

 不満が爆発した。

 

「オレがやったのは慈善事業だって何度も言っただろうが! ボランティアやライフセーバーに憧れるヤツはいても、その行動に一目惚れをするヤツなんて存在し得ない!」

 

 八幡は思わず幻影越しにではなく、直接言葉を投げつける。

 会話をしようとして、否、この会話から逃れようとして。

 だが、八幡は逃がされない。

 

「……それは、あなたの行動が凪のように穏やかで他者に何の影響も与えない程度のものであれば、という仮定の上でしか成立しません。……そして、何の影響も与えず、何の結果も生み出さない慈善事業など、何もしていないのと同じ。……八幡。あなたの行動は、そのように無意味なものではなかった筈でしょう?」

 

「……オレがおまえらにかけたのは『迷惑』だけだ。慈悲なんかじゃ決してない。おまえらが返すべきなのは、オレに付き纏う事じゃ無く、『わたしの人生に介入してくるな鬱陶しい』って振り払う言葉だけだ」

 

「どのような反応をするのか、理解した上での行動にその反応を期待するのは、自分でもおかしいと納得しているでしょうに」

 

「……ぐ、いや……」

 

「あなたが手を差し伸べたのは私の心。救い上げたのは私の運命。道端で転んだ相手に差し伸べる手とは、内容も規模も随分と異なります。……もしかすると既に誰かに言われているのかもしれませんが、あなたは悪夢に囚われていた眠り姫を解き放った王子様として、善行の代償を払うべきなのです」

 

「それに」と続けた。

 

「他でもないあなたに運命と人生を救われておいて、今更他の誰が視界に入るものですか」

 

 恋。否、愛。感情の名を突きつけられて、八幡は睨み返す。

 

「……運命は、愛だけじゃない。勇気と友情も、含まれている。自分の人生を『それだけ』と、偏った考え方で……」

 

「『教え』や『道徳』が欲しいのではありません。あなたの考えを知りたいのです、八幡」

 

「…………っ」

 

「――――」

 

 ――そんなの、言わせるな。

 ……最後に見せた八幡の顔は。

 泣きそうなほど、悔しそうに歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……!? アレ!? ヒキオはどこいったん!? さっきまでこっちに――』

 

「…………はー」

 

 ほぼ無意識のうちに行われていた時間凍結が解凍された後、八幡達は再び会場の中へと戻っていた。

 八幡としてはこのまま部屋に戻った方が次に動き始める為には良かったのだが、

 

「……どー…………すっかな」

 

 事を荒立てるつもりはない、としながらも肌で感じ取れた明らかな本気の雰囲気に、八幡は「逃げる」を選択していた。

 

 

 

 

 

 

『とりあえず、姿は視た。会場ん中戻るぞ』

 

『いいの? 隣を通り過ぎるだけなのに』

 

『……どう頑張ってもオレの予知があいつを突破できないんだよ。絶対に見破られて捕まる』

 

『見つかったんなら、さっきみたいに躱せば良いでしょ』

 

『もしも』

 

『?』

 

『もしもオレが捕まったら問答無用でアスタリスクに即出荷だ。そうなったら作戦の要なオレが抜ける訳だし九校戦で全員死亡。けど言い訳は通用しないし交渉も無いだろうな』

 

『……そこまで比企谷が怯えてること自体珍しいけど、一体何をしたの?』

 

『連中にとって戦略級魔法に匹敵するくらい重要なブツをいくつか借りパクしてる』

 

『あんたさぁ。あんたさあ』

 

『けふ。それなら、三浦たちから逃げ続ける方がまだマシだ。この懇親会はあくまで生徒たちが主役だし、来賓扱いであろうあいつが自由に動き回るはずもない。来賓挨拶が始まるまで待って、始まったら――いや、その少し前にとっとと逃げるぞ』

 

 

 

 

 

 

 ……選択させられた、とも言うが。

 ただ、すでに――――

 

「老師の言葉を前にして退席するというのは、九校戦に参加する生徒としてはマズいんじゃないか」

 

 今更のように、八幡達と合流した玉縄が零した。

 

「なら生徒会のおまえたちは残れ。オレは病弱って設定があるし、一色もついこないだまで自宅療養してたしな。言い分ならある」

 

「それしかない……いやまて。君たちだけ帰ってどうするつもりだい? 特に君の部屋の鍵は折本さんが没収しているというのに」

 

 愛梨達はまだ挨拶回りの途中。玉縄は兎も角として、彼女らと再び合流する訳にはいかなくなってしまった。だからその前に逃げるのだ。

 

「鍵なんて無くても部屋のロックは開けられる。仮にも魔法師だからな」

 

「魔法師を空き巣の代名詞みたいに使うんじゃないよ、まったく……」

 

 ――と。

 

「ん……?」

 

 八幡達の向かう先から、複数の人影が彼らを目指して接近しているのが見て取れた。

 

「……いよいよなりふり構わず、ってことか」

 

 玉縄の零した通り、優美子や真由美を始めとして、克人に摩利など、第一高校のメンバーが揃い踏み。間違いなく、捕捉されている。

 

「……しゃーない、ケーキスタンバイ」

 

どこからまた持ってきたのか、両手に文字通りのホールケーキを持つ八幡に、

 

「了解っ……と」

 

 玉縄は結婚式のような華やかな場でよく見られるタワー型のケーキを両手で抱える。

 ツッコミ役である南が玉縄との入れ替わりで不在(八幡達の悪だくみを瞬時に理解し猛ダッシュでこちらに走ってきているが)のため、このまま大惨事が始まるのかと……思いきや。

 

「……ん?」

 

 しかし。

 八幡達がケーキを手に取って一高の面々、主に真由美がギョッと目を剥いたのと同時に、八幡は失われるはずのないケーキの重量が、掌から喪失するのを実感していた。

 

「……君は、そういう種類のことをする人間ではなかったはず――いや、そういえば昔はよくしていたな」

 

「……ああ」

 

 八幡は悟る。ケーキが消えた理由を。自身の背後に立っているのが誰なのかを。

 

「そういえば、どこに行ったのかと思ってたぜ」

 

 振り返り、間違いがない事を確認して、切り分けられフォークも添えられたケーキの一皿を、彼女からホールケーキを取り上げた葉山隼人より、受け取った。

 

「あむっ」

 

「……」

 

 ケーキを頬張る八幡と隼人が睨み合い、バチバチと火花を散らす。

 

初めまして(・・・・・)

 

ごきげんよう(・・・・・・)

 

 お互いに交わす初対面の挨拶。しかし第一高校側との接触は、本来であれば八幡は避けたかった筈の場面だ。ただ、知り合いのように話してはいるものの、一応初対面の体裁は保っているようだ(何の意味が?)、と玉縄は観察を始める。

 そしてお互いのスタンスの擦り合わせが上手く行ったところで、隼人は到着した真由美達に八幡の事を確認した。

 

「……初めまして、比企谷八幡(ヤハタ)さん。七草真由美、といいます」

 

 八幡の顔を認めて、こみ上げてくるものを心の内に留めながら、真由美は必死に前を見る。本当は、今すぐにでも抱きしめたい衝動を我慢しながら。

 対する八幡は頬にクリームをつけた顔で、

 

「はぴはぴす☆ ぅちは相模みな――あ、間違えた。…….えーと、……真面目にキラメキ! メッキじゃないぞ! つくしいんとう……いや違うな……ああそうだ――比企谷八幡だお☆ よろし「「何晒しとんじゃおどりゃあ!」」げぶるバっ」

 

 息の合った二発の中段飛び蹴りは、ご丁寧に声色まで変えた変なポーズで他二名の名誉を的確に堕としつつ第一高校組から距離を置こうとしていた八幡を文字通り、張り倒した。

 

「……のう。墓に刻み込む文字ははぴはぴす☆でええのか? あァ?」

 

 ぐりぐり、と沓子は八幡の頭を踏みつけるも、

 

「あ、玉縄今の四十九院可愛かったからボイスとってループして着信音にするの頼むわ。ついでにネットサービスでミュージック配信もしといてかおおぉぉああああああ!!!」

 

 逆エビ固め。姿が女子であるにも拘らず、外見が八幡だった頃を容易に想像させる醜態の晒し様に、喉元まで出かかっていた感動が急激に消化されていくのを実感しながら、真由美は右手を差し出した。

 

「比企谷さんは新人戦に参加されるのですか? 私としては、是非本戦のスピード・シューティングとクラウド・ボールで対戦してみたいと思っているのですが……」

 

真由美の差し出す手を取り、引き起こされながら八幡は彼女と視線を合わせる。

 

「んぇ? いや別にその辺は吉祥寺と玉縄が決めるだろうし、どうなるかわかんないす。マテリアル・バーストを使える種目にしてくれとは頼んでありますけど……」

 

「…………」

 

 口を開けば大災害。八幡の返答を聞いて凍りつく真由美に、勿論達也と深雪、別の部屋で主に達也の動きを監視していた筈の、国防陸軍〝独立魔装大隊〟所属の隊員、藤林響子が絶句していた。

 

「……え、えっと、そう……ですね。もし新人戦に出られたとしても、うちの選手達も選りすぐりのメンバーを揃えていますので、楽しい勝負になると良いですね――」

 

「クラウド・ボールでマテリアル・バーストを使ってみるか……」

 

「いや死人が出るからやめたまえ」

 

 真面目に真剣に思案している様子だった八幡の頭を玉縄が叩いて、会話は中断した。

 

「――けほ、こほ」

 

 途端に、八幡が咳き込む。顔色も変わって、病人のように青ざめてしまう。

 

「……比企谷?」

 

 玉縄が八幡の変化に反応するが、その視線は白々しい。

 

「……すみません。あまりこのような場の空気に慣れていなくて、お見苦しい所をお見せしました。そろそろお暇させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「どっ……え、ええ。仕方ありませんね。どうかお大事になさってください。明後日以降、対戦相手として見えることを楽しみにしています……」

 

 超絶反射的に「どの口が」と言おうとしたところでギリギリ踏みとどまり、笑顔を取り繕う。その様子を彼らの後方で目にして、真由美が浮かべているであろう心情に同意しながらながら、深雪もまた八幡に視線を向ける。

 

「……比企谷くん」

 

 深雪がネファスでなく八幡の方に近づいたのは、ただの偶然ではない。

 彼女は必然的に、そうする運命にあった。本人の意思や行動の順番は関係ない。

 どんなに避けていても、いずれ八幡と深雪は必ず接触する。それこそ、八幡が優美子や真由美たちとの接触を避けつつも深雪に話しかけられるのを待っていた理由。

 だから、彼にとって深雪が最初に話しかけてきたことは幸運だった。

 内容はどうでもいい。とにかく接触さえ済ませてしまえば、あとはその場から立ち去るだけ。

 すでに接触してしまっているので、今この時も、深雪は八幡に話しかけることは出来ない。

 彼女が動こうとすれば、何かしらの妨害に遭って遮られる。

 

 

 

 だがそれは、八幡から深雪への接触を禁ずるものではなかった。

 

 

 

「それでは、失礼します――」

 

 丁寧に、されどあからさまに異変を感じさせる雰囲気を纏って八幡は真由美達に頭を下げて出口へと向かう。つい先程までばくばくとビュッフェを喰らっていたくせに、どうしてその態度が取れるのかと、隼人や優美子達は逆に感心すらしていた。

 

「……深雪、そろそろ――」

 

 深雪と共に食事会場に入り、各所への挨拶を終えて、幼馴染のほのかと共に用意された食事に舌鼓を打っていた雫が、深雪に話しかける。

 雫の目的は「そろそろ老師のお話が始まる時間だから、場所を移動しよう」――だったのだが、自分の呼びかけに反応を示さない深雪に首を傾げ、彼女の正面に回り込んで、――絶句した。

 

「……………………」

 

 妖精も恥じらうほどの可憐な美貌には、いつの間にか……つい先ほどと同じ、隼人が八幡から取り上げた筈の1ピース分が欠けた、ホールケーキが塗りたくられていた。

 

「…………」

 

「み、ゆ……」

 

 ぼとっ。音を立ててそれ(・・)が落ちる。

 ――さて、どうしてくれようか。

 意外にも冷静だった深雪の心情は、こんなところ。

 だから、トドメを刺したのは次の一撃だった。

 

『アッ、アブナイー』

 

 何処からか、棒読み丸出しの声と共に危機を知らせる声がかかる。声に反応した深雪が振り向いた瞬間、狙い澄ましたかのように倒れてきた巨大ケーキが、深雪をスポンジ生地と生クリームで塗り潰す。

 

「きゃっ……!?」

 

 間近にいた他校の女子生徒が悲鳴を上げるも、結果的にクリームが飛び散るなどの被害はなかった。被害が出たのは、……言うまでもなく。

 

「…………ふ、ふふ」

 

 全身、べとべと。無事なところは何一つない有様の彼女は、目元と口元を拭い、口元に笑みを作って、深めた。

 足早に立ち去る八幡達を追うその視線が、三日月のように裂けたその口元が、苛立ちを隠さず、冷気を纏うその立ち姿が。

 

 ――絶対に酷い目に遭わせてやる。

 

 言わずとも、語っていた。

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