やはり俺が十師族を守護するのは間違っている。   作:ハーマィア

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彼は独りで個型電車(キャビネット)に乗る

気にいらない。気にいらない。

 

あの男が気にいらない。

 

存在が気に入らない。

 

何よりも、あの男が幸せそうに当たり前の生活を送れている事が、気に喰わない(・・・・・・)

 

私だって頑張ったのに。

 

それを知って、その存在があると理解して、それに倣うと夢を追いかけて……夢を追いかけていたはずなのに、知るとしたら夢を知るしかないのに、現実(・・)()知った(・・・)

 

当初は絶望感に苛まれ、すぐにそれを飲み込むほどの脱力感に襲われ、私は方向感覚を失ってしまう程だった。

 

でも、最近はそれが少し薄まってきている。

 

靄が解けるように、ではなくヘドロが泥水に変わるように、ではあるが。

 

今日、私は復讐を果たす。

 

えへへ。それを考えると胸がすくようだ。

 

ガシャコン、と射出する為に一度引っ込むそれを右手に携えて、私はニヤリとそれの切っ先を奴に突き付けた。

 

射出準備は既に万端。あとはエンジンを起動してこれを憎い憎いアイツに突き刺すだけだ。

 

喰らえ私の刺突改造型掘削機(レッドテンキュー)

 

これでようやく、私の復讐は始まる。全てが動き出す。

 

私の人生はこれ(・・)が楽しい!

 

 

 

 

 

『――来週放送開始!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……録画しとくか」

 

そう言って、八幡は見ていたCMのページに添付されていたアドレスから自宅テレビの録画スケジュール帳を呼び出し、パイルバンカーを手にした少女が復讐とかこつけて敵を虐殺していくテレビアニメの録画予約を入れる。

 

そもそもが漫画原作発であるこのアニメは、敵が人間でない(完全な空想上の生き物)のをいいことに、物語の端から端までを虐殺で描き切っている。

 

ヒロインのイイ顔や敵の苦しむ姿の描写が人気の元となっているこの作品は、映像化すること自体、無い(・・)と言われていたものの、見事にアニメ化を果たした。

 

敵を指すのに『男』とか言っちゃってるけどどうなの、なんて指摘は無粋と言われている。

 

相手は人間ではない。これでオーケー、なのだ。

 

……オーケーな、筈だ。

 

「……だが、俺が向き合うのはいつだって人間だ……」

 

人間社会で生きる以上「何を当たり前な」事を口にする八幡だが、それを言い出したらキリがない。

 

「比企谷君、何を見ているの? ……可愛い女の子ね」

 

入学式を終えて早々に同級生と壁を作りつつある雪ノ下雪乃が、彼の背後から画面を覗き込む。そして彼女()目を細めた。

 

「……言っておくが、俺はマッ缶と小町とサイゼ以外に興味はあまり無い。人間に関してもそうだ」

 

言い訳がましく聞こえるのは、彼の手元に見えるスマートフォンのせいだけではない。

 

今も彼の右隣には優美子がいて雪乃を睨んでいるし、左隣には雪乃が見たことのない女子生徒がいる。

 

しらばっくれた態度を取る八幡に雪乃は、

 

「それならこんな学校に来たりはしていないでしょう。それとも何か建前が必要なのかしら? 誑かし谷君」

 

と見下し、そして、場所は第一高校校門に程近い通路のど真ん中。

 

……誰もが憧れる魔法師の育成機関であるとはいえ、そこに通うのは年頃の少年少女。

 

つまり、控え目に見ても美少女である雪乃や優美子、それに準ずる存在である森崎を連れて彼ら3人の中心にいる八幡の存在が、注目されない筈などなかったのだ。

 

「一つ訂正するぞ雪ノ下。俺は誰も誑かしてなどいないし、此処には仕事で来ているだけだ。夢のある仕事で取り組み甲斐があるやつな」

 

「ヒキオ、訂正っていうのは間違った事を正す時に使う言葉だよ。悪意ある曲解や正しい事を間違っているように言うのは、ヒキオの言う偽物とか欺瞞とかだし」

 

「だから訂正できてないし、訂正の数がゼロの時点で間違っているな。保育園の積み木数えからやり直したらどうだ?」

 

「うっわなんで俺両サイドから攻撃受けてんの……」

 

その上、仲良くしている筈の彼女達からの攻撃。比企谷八幡に他に残された道は無く、彼女達から逃れるように歩みのスピードを緩めるが、その背中を雪乃に押されて檻の中へと逆戻りしてしまう。

 

その上、檻をこじ開けようにも鍵穴どころか扉が凍りついてしまっているので、脱出の為に出来ることは何もない。

 

白状――とはまた違うが、不機嫌そうな顔を彼は作ると、その目を雪乃に向けた。

 

「……なら、雪ノ下は何の為にこんな場所にいるんだよ。確か金沢のトコから声がかかってた筈だろ」

 

金沢といえばメジャーなものは兼六園や金沢城、グルメで言えば金沢カレーが一般的(・・・)に人気だが、魔法師の間で「金沢」といえばそれは、他に指す言葉が無い。

 

即ち、

 

「第三高校には折本さんが入学したでしょう。一条家の他に十師族も居ないのだし、一()で十分よ」

 

国立魔法大学付属第三高校の事である。

 

雪乃の言う「折本さん」とは「折本かおり」の事。そして、「折本かおり」は八幡の仕事(・・)にも関係のある人物だった。

 

元々東京――正確には千葉だ――に本拠地がある折本かおりの実家、折本家。しかし、その息女は千葉から一番近い第一高校ではなく、遠く離れた石川県に位置する第一高校と付属を同じにしている第三高校に入学をした。

 

第三高校の戦闘に重きを置く尚武の校風をかおり自身が気に入ったからという理由ではまるでなく(大体彼女は中学の進路希望調査では家からほど近い魔法と何ら関係のない海浜総合高校を挙げていた)、第三高校に彼女がわざわざ入学したのは、たった一つのそれによるのだ。

 

「一条……だけじゃ無いだろ、彼処らには「一」の家が結構ある」

 

「一色さんは十師族では無いでしょう」

 

第三高校に、「十師族の子供」が入学したからに他ならない。

 

十師族の子供が入学したからという純粋かつ明快な理由で、折本かおりも第三高校へと入学をした。

 

それは、この第一高校においても言える事だ。

 

七草、十文字、秘匿されているが四葉など。

 

十師族の出来るだけ側にいる事を目的として魔法科高校に入学している八幡や折本かおりには、十師族の護衛任務という一つの仕事がある。

 

それは、十師族のシステムが確立された日に同時に発足し、当時はまだ不安定だった十師族という貴重な財産を守る為でもあったとも、いずれ来る魔法師という存在に対する巨悪に立ち向かうためだとも言われている。

 

何より、魔法師としてそもそもが強大な戦力を持っている十師族がいざという時にきちんと力を発揮できるよう、彼らは設立された。

 

 

 

筆頭魔法師族重護衛格、通称『六道』。

 

 

 

比企谷や折本に始まり、雪ノ下やこの学校の教師を務めている平塚など、六道を構成する家の数は六つ。

 

当初は先述の通り十師族という存在を守る為の組織であった。が、今や貴重な戦力である十師族が護衛する必要もない程強大なチカラとなっているので、同じ程戦力を持ちながら無用となってしまった『六道』は『番外十師族』などとも呼ばれている。

 

それでも六道の任務が解かれず、表面上は変わらずに運用されているのは、『六道』の十師族参加によるパワーバランスの崩壊を避ける為である。

 

もし六道が無くなり、十師族を含む二十九家に彼らが参加するとなれば、十師族の二、三家が必ず没落すると言われている。

 

数字付きでもないというのに十師族を乗っ取られてしまう可能性があるのだ。

 

しかし、そういう事になるかもしれないと危ぶまれているだけで、自体や勢力の移行、均衡の崩れは実際にはほとんどない――いや、既に動く事は無いのだと断言されてもいた。

 

何故なら、六道を構成する六つの家のうち、既に葉山と雪ノ下の二つの家は四葉関係者の家であるからだ。

 

葉山は言うまでもなく四葉の執事葉山、雪ノ下は四葉が創られる時に使われた血筋の一つ。

 

故に、たとえ六道が無くなったとしても四葉の一人勝ちで状態は動かない――とされていた。

 

二〇八九年、比企谷家が六道に参入するまでは。

 

それまで歴史も脈絡もなく突如現れた比企谷家は、絶大な戦力を示して当時の六道である由比ヶ浜と交代する形で、六道に参入したのだ。

 

しかも、当時「最強」とまで謳われていた由比ヶ浜を比企谷は「戦力差」であっさりと打ち負かし、その席を奪い取った。

 

まるで、六道に入る事自体が途中経過である事のように。

 

 

 

 

 

 

「…………そろそろ、帰ろうかしら」

 

「ん? いや、帰ろうもなにも今帰ってんだけど……?」

 

「いえ、今日はこれで失礼するわ。また明日ね、比企谷君に三浦さんに森崎さん」

 

そう言って、軽く会釈した後、雪乃はその場から立ち去っていく。

 

八幡はこの後寄る場所があると彼女達には伝えてあるし、雪乃もこの後は家族と食事をするとの事。去り際に彼女は「きちんとお返事、頂戴ね」と言い残していた。

 

そのせいで優美子と森崎に頬を思い切り抓られた後、優美子が八幡の手を離し、

 

「……んー、あーしもそろそろ帰ろっかな。隼人(・・)も帰るみたいだし、あーしも姫菜達と一緒に帰る」

 

言って、優美子も校内へと踵を返していく。

 

優美子の姿が見えなくなったところで八幡が森崎に、

 

「そうか。よし、森崎もこの辺で帰ろうか」

 

「え? ……いや、オレはもうちょっと比企谷と一緒にいた……やる事があって」

 

と、引き離す事に失敗していた。

 

仕方なく駅まで歩く事になった(八幡がなし崩し的に負けた)二人だったが、校門に差し掛かった時、帰宅する生徒の多い中で唯一校門を通って校内に足を踏み入れる二人組を見つける。

 

一人は低身長の緑色の長髪を持つ、気弱そうな面持ちの女子。もう一人は、赤髪に何もかもが不満といったような仏頂面を浮かべる小太りの青年。

 

しかし、互いに特に何か反応を示すこともなく、そのまますれ違う。

 

ただ、すれ違い際に、

 

「……テメェが表舞台に出てくるなんざ珍しいじゃねぇか。どう言うつもりだ、悪趣味野郎」

 

「別に何をどうこうするつもりはない……って何回言えば良いんだ。お前もなんか俺が企んでいるように見えるのかよ、《悪辣の王(タイラント)》」

 

「ハッ、テメェを見て何も怪しくないと思う奴が居るとしたら、そいつの目は腐ってやがる」

 

「……俺の見る世界が間違ってるってのかよ」

 

「別に何処の誰と言ってねぇが? 自覚があるなら結構だ」

 

軽口、罵り合いの応酬。それを森崎と青年の連れの女子が見守っていたが、彼らはまだ動かない。

 

「お前こそなんでこんなところに居る」

 

「ころな」

 

青年は、八幡の問いには答えず隣の女子に視線を向けた。

 

「……えっ、えっと、はい! そちらの生徒会長さん達に招待されまして、色々と都合を合わせた結果、このような時間に来る事になってしまったのです……」

 

しゅん、と顔を俯かせるころなと呼ばれた女子に八幡は肩をすくめ、

 

「それでこんな時間にわざわざ来るとか、嫌がらせの極みだな」

 

「時間を守る必要がねぇからな。それなら、こっちの都合がつく時間に来てやったというだけだ」

 

そう言って、それ以上は言葉を交わさず、彼らは再び歩き始めた。

 

別れの挨拶すら、彼らの間にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし八幡』

 

駅にて森崎とも別れ、一人個型電車(キャビネット)で帰路につく八幡。発車してから一分も経たずに彼の携帯端末が鳴り、相手は材木座義輝だった。

 

「どうした材木座。……調べたのか?」

 

惚けた表情から一瞬、眠たげに片目を閉じると、車内に遮音フィールドが展開された。

 

小規模で電子機器の通信機能のみを阻害する『電子紗幕』という魔法。出力も弱いがその代わりに特定の受信電波のみを妨害することが可能な魔法だ。彼らの間では主に、暗号通信の代わりなどで使用される。

 

『うむ。というか、昨日の今日で調べがついてなければ可笑しかろう。我も勿論だが、貴様自身(・・・・)の情報収集能力を侮るなよ』

 

「へいへい……それで、結果は?」

 

盗聴される心配もなく、周囲に目配せをすることもなく、虚空をただ見つめて八幡はケータイに語りかける。

 

『うむ。真っ黒だ』

 

「……やっぱりか」

 

聞いて、八幡は一呼吸分間を空けて、ゆっくりと息を吐き出した。

 

『やっぱりも何も最初から感づいていただろう。というかそうだと思っていたから我に依頼したのではないか?』

 

「いや……そうだけど、面と向かって言われるとやっぱ面倒だなって」

 

『安心しろ。もしあの中に本物がいたのなら、こんな連絡はせずに我は貴様を夜道で後ろから刺している』

 

「……その言葉を聞いて安心したよ。じゃあな、材木座。また明日」

 

『うむ、また明日。……刺されて死ぬなよ?』

 

「死なねぇよ。ホルマリン漬けになってるかもしれねぇけど」

 

『そうならない事を祈ってるぞ』

 

言って、八幡はケータイを閉じた。同時に遮音フィールドと電子紗幕も解除する。

 

直後、七草真由美や雪ノ下雪乃から多数のメールが届いた。その内容は八幡の安否を心配するもので、八幡はため息を吐きながら返信する。

 

『人混みの中を歩いてたんで、メールが来てませんでした』――と。

 

 

 

この日八幡は初めて、知人達に嘘を吐いた。

 

 

 

純粋な好意だけ(・・)を持って自分に接してきた者などいないと、そう感じて。


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