「月を見に行くぞ、突撃女」
部屋に入ってくるなりそれだった。
コイツがいつもいきなり部屋に入ってきて、唐突な発言をするのには慣れてきたが、その内容にはいつも首を傾げる。
「月…?なんでそんなものをわざわざ見に行かなきゃなんないわけ」
「やれやれ、どうでもいい知識は持っている癖にそんなことも知らないのか」
「煩いわね、一々馬鹿にしなくて結構よ。さっさと理由を教えなさい」
大袈裟に肩を竦めて薄ら笑いを見せるアイツに対して、私は露骨に苛立ちを見せる。
「今夜は一年の中で最も月がよく見える日でな、月を愛でるなど、余裕がある者の立ち振る舞いに相応しいだろう?」
「…ああ、十五夜とかそんな話ね。私には関係のない事だと思ってたけど、そういやマスターが言ってたような気もするわ」
「ようやく思い出したか、鈍感女。ともかく、月を眺めてやろうということだ。今すぐに支度しろ」
「…アンタは突撃女だとか鈍感女だとか、一々私に喧嘩を売らないと気が済まないワケ?」
「…?何がだ、私が貴様のことを突撃女と呼ぶのは当然だろう。今更そんなことで私と殺り合うというのか」
至極当然、といった様子のアイツに何かを言う気も失せた。
「……もういいわ。っていうか、なんで今回も私なワケ。その十五夜ってやつが楽しみたいなら他にも日本のサーヴァント連中がいるでしょ」
「日本の連中は日本の連中のやり方があるだろう。そこに混じっても互いにやり難いだけだ。それならば知らない者同士で"十五夜擬き"を楽しむ方がいい」
つまり、コイツは最初から私が知らないだろうという考えで誘ったということなのだろう。腹立たしくもその通りなのだが。
「そもそもなんだけど、カルデアで月なんか見えないじゃない。外は猛吹雪でしょう。どうやって月を見るっていうのよ」
「ハ、馬鹿か貴様は。ここにはレイシフトというものがあるだろう。それを使うに決まっている」
「…うっさいわね、そんなこと分かってるわよ。ええ。だとしてもよ、それならレイシフト先が満月なんて保証ないじゃない、そもそも2019年の十五夜ですらな…」
「突撃女の癖にごちゃごちゃと煩いな。そんなに不満ならいい、ここで貴様とくだらない論議をするつもりはないからな」
話している途中で遮って言葉を話すアイツは不機嫌そうに、いや、不機嫌になっていた。
勝手に部屋に来て、勝手に月を見に行くから付いて来いとか言っておきながら、今度は勝手に付いて来なくていいと言い出した。
一方的に話を打ち切ると、背を向けて部屋を出ようとしている。
本当に腹立たしい。
「…待ちなさいよ。準備したら行くから」
背中越しに一言だけ告げると、首を僅かに曲げて横目で此方を一瞥して部屋を出て行った。
あまりにも勝手で腹が立つから、来るな、と言うなら行ってやる。
以前の特異点の新宿で見繕った服に着替えて、アイツの部屋に向かう。
歩いていると向こうからあの聖女サマが歩いて来るのが見えた。普段なら面倒だし、避けて別の道へ行くことも考えるのだけど、今は遅れるとまたアイツになにか言われそうで、それも面倒だからそのまま横切ることにした。
「あ、オルタ」
「…なにかしら、聖女サマ」
話し掛けられなければただ素通りするつもりだったのだが、ここで無視をするとそれはそれでムカつく顔をするから仕方なく、足を止めて言葉を返す。
「もう、聖女呼びは止めてくださいと言っているのに。お姉ちゃんと」
「私は忙しいから、アンタに構ってる暇はないの」
また馬鹿なことを口にするから無視して歩くことにしたが、食い下がるように手を掴まれる。
「ま、待ってください、オルタ。すみません、謝りますから」
「…なによ?」
あからさまに嫌そうな顔を向けてやるも、手を掴んだ聖女サマにはなんの効果もないらしく、笑顔を向けられる。それがまた腹立たしい。
「いつものように、彼女と出掛けるのでしょう?これをオルタに渡したくて」
そう言って手渡されたのは紙袋。中を覗いてみればプラスチックのカップに蓋がされており、中に飲料が入っている。恐らく厨房の連中に用意させたのだろう。
「オルタに珈琲です。彼女には紅茶を用意してもらいました。その…余計なお世話でしたか…?」
「……まあ、いいわ。貰っといてあげる。礼は言わないわよ、頼んでないし」
『いつものように』という言葉が気にはなるものの、そこに触れたら余計に面倒な気がしたから敢えて触れないことにした。
「ええ、私が勝手に用意したものですから」
こんなに冷たくしているというのに、聖女サマは相変わらず笑顔のままだ。寧ろ、受け取ってから余計に機嫌が良くなったように見える。
…気持ち悪い、さっさとアイツの元へ行こう。
「じゃあ、私は急いでるから」
「はい、行ってらっしゃい、オルタ」
にこにこと、笑みを浮かべたまま緩く手を振って、彼女に聞こえないように"楽しんで来てください"と聖女は呟いた。
部屋の前に既にアイツが壁に凭れて立っていた。その姿は私と同じく、新宿の時に着ていたものだ。
どうやら考えることは同じらしかった。
「ようやく来たか、遅いぞ」
「仕方ないでしょう、いきなり来たアンタが悪いし、途中で聖女サマに絡まれたのよ」
「ほう。あちらのジャンヌダルクか」
呟く冷血女の表情は意外そうでもない、もしかしてコイツも会っていたのだろうか。
一瞬目線が紙袋に向けられるも、特に訊かれる訳でもなく、レイシフトルームへと歩き出す。
カツカツ、とブーツが鳴る音が響く。
向かう途中に会話は一切ない。ただ、半歩先を歩くアイツの後ろを付いて歩くだけ。
レイシフトルームに着いても特に言葉を交わすことなく、冷血女は機械の操作をしている。
本来、サーヴァントだけで勝手にレイシフトをするなんてことは禁じられているのだが、見られていなければこっちのものだ。
「準備が出来た、行くぞ」
告げられた言葉に頷きだけ返しては目を閉じる。
機械音声によるアナウンス。
数字が読み上げられ『スタート』の言葉が聞こえたと思えば既に視界は変わっていた。
「やっぱりここか」
辺りを見渡すと、つい先日のように思える新宿の特異点が広がっている。
目の前にはかつて拠点に使っていたであろう建物。
冷血女は迷い無く、建物の階下にあったバイクに乗った。これも見たことのあるものだ。
大型のバイクを駆る細身の女。その二つは不釣り合いな筈なのに、どこか『格好良い』なんて思ってしまった。
「乗れ」
アイツはその一言だけ言うとエンジンを掛ける。喧しい駆動音が夜に響く。
言葉通りに後ろに乗る。悔しいけど、バイクの運転は私には出来ないし。
「しっかり捕まっていなければ振り落とすぞ」
ニヤ、と挑発的な笑みを浮かべる冷血女に、同じく挑発的な笑みを返してやる。
「やれるもんならやってみなさっ!?」
言い終える前にいきなり急発進された。
体勢を整える前に走り出した所為で、本当に振り落とされそうになり、思わずアイツの身体に手を回してしまった。
「残念だ、最初から落としてやるつもりだったのだが」
薄っすらと笑みを浮かべて、此方を見る冷血女。
「うるさい!っていうか、呼んでおきながら振り落とすとか頭おかしいんじゃないの!」
バイクの駆動音がうるさいが、それに負けじと大きな声で文句を言うが、私の文句には興味がないとばかりに前を向いて、バイクは更に加速していく。
本当に振り落とされそうで、アイツの身体に思い切り掴まった。
何処か目的地がある訳でもなくひたすら走る。大きな通りに出てからはひたすら真っ直ぐ走っている。
向かう先には月が見えている。
満月でも、半月でもない、欠けた月。三日月と言うべきだろう。
喧しいバイクの上で、風を切りながら走る。これのどこが『お月見』なのだろうか。などと、思考を巡らせていると
「おい、それを寄越せ」
という冷血女の声にハッとする。
どうやら紙袋に入っているもののことを指しているらしい。勿体ぶりたいところだが、これ以上運転を荒くされては敵わない。
片手をアイツの胴に回したままで、紙袋から飲料の入ったカップを取り出して、手渡そうとする。
「ほら」
「馬鹿か貴様は。今の私の手が空いていると思うのか。よく見ろ」
「…アンタねえ」
ここで文句を言ってもどうせ意味はない、紙袋の中を漁ってみるとストローが入っている事に気が付く。
渋々、ストローをカップに刺してアイツの口元に向けてやると、心なしかスピードが落ちた気がした。
「…貴様、これは珈琲ではないか」
「あら、それがどうかしたのかしら」
ささやかな嫌がらせだったが、よく考えたら私もこれを飲む予定だった。
…というか、もしかして自分用に紅茶があることも分かっていたのか。
「………」
「どうした。貴様は飲まないのか」
「の、飲むわよ」
ただ珈琲を飲むだけ、ただ珈琲を飲むだけ…。自分に言い聞かせてからストローを口にすると同時に
「そんなに間接キスがしたかったのか」
と最高に意地悪なタイミングで告げられる。
思わず吹き出しそうになるも、堪えてなんとか飲み込む。ここで吹き出したらそれこそ何を言われるか。
「バッ、バッカじゃないの!そんなこと考えもしなかったわ!」
「ほう、そうか。その割には躊躇っていたようだがな」
「の、飲む瞬間にアンタがスピードを上げないか警戒してたのよ!」
「フ…そうか」
アイツの口元を見れば笑っているのが分かる。見透かしたような笑みを浮かべているに違いない。
それからもバイクは走り続ける。
私もアイツも、それきり言葉を交わさずに、夜風を感じながら新宿の闇を走る。
不意に、冷血女が口を開いた。
「どうだ、月見は」
「これが月見?馬鹿じゃないの」
「私も貴様も、大人しく月を見るなんて柄ではないだろう」
「…それもそうね。でも…」
「でも?なんだ」
一瞬間を置いてから続ける。
「これ、ただのドライブでしょ」
「いいや。これは月見だ、正面に月がある」
断固として月見であることは譲らないらしい。
「はいはい、じゃあ月見でいいわ」
「それでいい。これはこれで悪くないだろう」
「……まあ、悪くはないわね」
アイツの言葉に同意するのは癪だけど、風を切る爽快感は心地良かった。
バイクを走らせる彼女は、背後に座る彼女の言葉に返事はしないが、微かに笑みを浮かべている。
その日の新宿は一陣の風が走り続けた。