最強パーティーの雑用係 〜おっさんは、異世界の客人を迎えたようです〜 作:エコー
ピンチに陥ったレヴィは、突然現れた二人、グラナダとメイに救われて──
──夕刻。
レヴィが落ち込んでいる部屋に、夕食の膳が運ばれ始めた。
前世で馴染みの食器を見たグラナダは、感嘆の声を上げる。
「お椀だ! 和食だよ、メイ」
「はい、よかったですね。ご主人様」
グラナダは喜び、メイはグラナダの為に味を覚えておこうと決意する。
「遅くなった」
クトーが帰ってきたのは、人数分の膳が整う少し前だ。
とりあえず備えつけのお茶でも飲みながら、というクシナダさんの提案で、一同は卓を囲んで座る。
「──あのラージフットは、変異種だった。それを教えていなかったのは俺のミスだ」
現場を見てきたクトーは、湯呑みを置く。レヴィは、クトーの意外な謝罪に瞠目し、顔を逸らして俯いた。
「ううん、私こそ……勝手なことして、ごめん」
緩やかな風が、レヴィの長い髪を揺らす。
時折眼鏡を押し上げながら、クトーは腕組みをしている。
二人の様子を眺めるグラナダとメイは、互いに顔を見合わせて、頷いた。
次の膳を運んできた女将のクシナダを呼び止め、グラナダは耳打ちをする。
「僕たちの分は、僕たちの部屋に運んでください」
クトーとレヴィの様子を見たクシナダは、意味ありげに微笑んで、かしこまりました、とグラナダの耳元で囁いた。
* * *
「ご主人様」
「ん?」
グラナダとメイが割り当てられた部屋。
二人きりの食事は、静かだった。
「……クシナダさん、お綺麗でしたね」
西京焼きの様な魚を口に運びながら、メイは呟きを漏らす。その目にはもはや光は無い。
「ご主人様も、ああいうダイナマイトな女性の方が……」
「メイ」
努めて優しく、グラナダはその名を呼ぶ。
「今は、元の世界へ帰ることだけを考えよう」
グラナダの声音は、まだ発育中の薄いメイの胸にすっと沁みていく。
「そう、ですね。村を復活させなきゃ、ですものね」
「それだけじゃない」
「え」
「あの村でみんなと、メイと、ポチと、一緒に暮らすんだ」
グラナダはメイの肩を両手で優しく包みながら、柔らかく言い聞かせる。
その所作に、何より間近で見つめるグラナダの笑みに、鬱屈としていたメイの顔は急激に紅潮した。
「は、はいっ!」
「さあ、早くごはんを食べてしまおう。露天風呂が待っているよ」
「露天風呂っ!?」
「ああ、景色を見ながら入れるお風呂だ」
「は、はい、頑張ります……優しくして、くださいね」
メイが何を頑張るつもりなのか解らないグラナダだったが、その花咲く笑顔に水を差すのは何となく気が引けた。
グラナダは一人、広い露天風呂を堪能していた。
前世では体験出来なかった、憧れの露天風呂である。
メイが一緒に入りたいと粘ったが、レヴィが迎えに来てくれたお陰で助かった。
「ふう……気持ちいいなぁ、露天風呂って」
垣根の向こうの景色をぼんやりと眺めながら、グラナダは思考をフル回転させる。
──三日前、俺とメイは魔力の渦に飲み込まれ、突然この世界に飛ばされた。
俺が経験した異世界ガチャなどではなく、本当に突然だった。
ポチは、元気にしているだろうか。
帰りたい。
フィルニーアとメイ。
三人で過ごした、あの村へ──
「失礼する」
よく通る低い声に、グラナダの思考は断ち切られた。湯殿に現れたのは、クトーだ。
掛け湯を始めるクトーの広い背中に、
「クトーさん、良い宿を紹介していただいて、ありがとうございます」
グラナダは頭を下げ、礼を述べた。
が、クトーは淡々と入浴の準備を進めながらグラナダに応える。
「レヴィを救ってくれた恩人に、ぞんざいな扱いなど出来る筈がない。宿代もこちらで持つ」
「そんな、そこまでしてもらっては……」
「気にするな。恩は返せるうちに返せ、だ」
クトーは、あくまで宿代はレヴィを救ってくれた対価だという。
そんな不器用な優しさに、グラナダは苦笑まじりに頷いた。
身を清めたクトーは、グラナダから少し離れて湯に沈む。
「それに君たちは、この世界の人間では無いのだろう?」
「──気づいていましたか」
グラナダたちは、レヴィには異世界から来たとは語っていない。
つまりクトーは状況だけでその結論に辿り着き、それは異世界転移が今回の自分たちだけではない、という証左となる。
「君が使った魔法は、この世界には無い魔法だったとレヴィが言っていた。しかも、特殊な技術が使われているようだ、と」
たったそれだけの事から異世界人だと推察したのか。
クトーの洞察力に舌を巻くグラナダは、同時にレヴィの観察眼の高さにも驚いた。
「同じ魔法を、同時に放ったらしいな」
「ええ、ミキシングという技術です」
「ミキシング?」
「低位の魔法を複数同時に行使する事で、相乗効果を得る方法ですよ」
「なるほど、そのような方法が普及した世界なのか」
「いえ、普及はしていません。我が師が編み出した独自の技術です」
グラナダは両手を見つめながら、師であるフィルニーアを思い出していた。
ミキシングの技術も、この両手も、フィルニーアに貰ったものだ。
それらが無ければ、今の自分は存在し得ない。
そう思うと、自然とグラナダの目から雫が零れた。
「──へェ、異世界にゃ色んな凄ぇ奴がいるんだねェ」
そんなグラナダのセンチメンタルをぶん投げるように、それは突然現れた。
「猫?」
「ああ、猫だ」
「……せめて白虎と呼んでもらえないものかねェ」
とても白虎には見えないそれは、湯気のようにぷかりと浮きながら、手にしたキセルをピコピコと動かして笑った。
「初めまして、わっちはトゥス。嬢ちゃんの、付き添いみたいなもんさ」
「嬢ちゃん?」
「レヴィのことだ。少し前に色々あってな」
小さな白虎のようなトゥスは、キセルを燻らせながら苦笑を浮かべる。
その姿にグラナダは、元の世界に残してきてしまったポチを重ねた。
「ポチ、元気かなぁ」
「ポチ?」
「ああ、向こうの世界に残してきた神獣です」
「ほう、神獣ときたかい」
グラナダは、ポチと自分の関係を説いて明かす。
と、トゥスのキセルがグラナダを指した。
「もしかしたらそのポチが、あんたらを元の世界に帰してくれるかもしれないねェ」
「どういうことだ」
「どういうことですか」
同時にトゥスへ問うたのは、グラナダとクトーだ。
「あんさんとその神獣さんは、魂で繋がってるんだろ。ならその繋がりを辿れば、また元の世界へ戻れるかもしれない、ってことさねェ」
クトーは軽く頷き、グラナダは呆然とトゥスを見つめている。
「トゥスはこれでも仙人のような存在だ。知識なら誰よりも蓄えている」
「なるほど……そうか、そうか!」
湯の中でグラナダは立ち上がる。股間が目の高さに来たせいで施設を避けたクトーにも気づかないまま、露天風呂に仁王立ちで両の拳を握りしめる。
「もしもまだそこに次元の歪みがあるのなら、飛ばされて来た場所でアクティブ・ソナーを使えば……元の世界とのリンクも可能かもしれない!」
グラナダの発する聞き慣れない言葉に疑問を持つが、それで思考を邪魔するほどクトーは無粋ではない。
それに何よりもグラナダの希望に満ちた顔が、クトーには好ましく思えた。
「明日、やる事は決まったな」
「はい。ありがとうございます、クトーさん、トゥス仙人」
「仙人なんて呼ばれると、何だかくすぐったいねェ」
「すぐにメイに知らせてやります」
「ちょっと待て」
そのまま風呂から上がろうとしたグラナダの背中に、クトーの声音が響く。
「ひとつ聞いておきたい」
「な、何でしょうか」
「ポチは……可愛いのか?」
お読みくださいましてありがとうございます。
明日は最終話。
18時に投稿いたします。