最強パーティーの雑用係 〜おっさんは、異世界の客人を迎えたようです〜 作:エコー
異世界に転移してしまったグラナダとメイ。
それを見抜くクトー。
果たしてグラナダとメイは、元の世界へ帰れるのだろうか。
そして、レヴィは──
「メイ!」
「きゃっ」
グラナダが勢いよく障子戸を開けると、メイは浴衣の着方に悪戦苦闘している最中だった。
幼く細い肩がはだけているのを見てしまったグラナダは、すぐにメイに背を向けて障子戸を閉める。
「ご、ごめん!」
「だ、大丈夫です、心の準備はもう──」
心の準備は、もう。
その続きをメイに問うことは、グラナダには出来なかった。
何となく、わかってしまったから。
気まずくなって、背中合わせに座るメイとグラナダ。
グラナダの背後からは、衣摺れとメイの呼吸の音だけが聞こえる。
「そ、それより、ずいぶん慌ててましたけど」
「あ。そうだよ! 元の世界に帰れるかもしれないんだ」
「本当ですか!?」
浴衣を着崩したまま、メイはグラナダの背中に抱きついた。
色々な諸々がグラナダの背中に柔らかい刺激を与えまくっているが、今はそれより大事な話がある。
「ああ、実はな──」
* * *
翌日、クサッツ近郊。
クトー、グラナダ、レヴィ、メイ、トゥスの四人と一匹は、街道から少し外れた森の中にいた。
ここは、グラナダとメイがこの世界に降り立った場所だ。
「始めます──アクティブ・ソナー」
グラナダは、虚空に向かってソナーを打つ。
他の面々は、その様子を固唾を飲んで見守る。
方向を変え、高さを変え、何度も繰り返しソナーを打っていると、微かに反応がある箇所が見つかった。
よく見ると、そこだけ空気の屈折率が違うように見える。
「ここか」
屈折率の違う空間に向けて、グラナダは手を伸ばす。
「感じる……ポチだ!」
クトーの思う通り、グラナダとポチのリンクは繋がったままだ。
「頼むぞ……シラカミノミタマ」
歪んだ空間は渦を巻き始め、ポチとグラナダのリンクが強くなる。
同時に、渦の向こうへと引っ張られる感覚がグラナダを襲う。
「いける、いけるぞメイ!」
「はい!」
虚空に現れた渦はグラナダの魔力を巻き込んで拡大し、その中心に巨狼と化したポチの顔が見えた。
「ポチ!」
「わふっ」
数日振りの対面に、ポチは渦越しのグラナダの顔面を舐めまくる。メイは飛び上がって喜び、レヴィは唖然としていた。
ただ一人、クトーだけが渋い顔をグラナダに向けた。
「──どういうことだグラナダ」
眉をひそめるクトーに、グラナダとポチは首を傾げる。
「ポチは、ポチは、可愛くないではないか!」
あらかじめグラナダからポチの普段の姿を聞いていたクトーにとって、ポチとの対面は非常に楽しみであった。
それが、いざ蓋を開けてみれば──巨狼である。
「ポチ、普段の姿に戻って」
「わふ」
次元の渦から顔を出しているポチは、シュルシュルと縮んで小犬の形態となる。
その瞬間、クトーの眼鏡がキラーンと光った。
「かわ……もふ……」
「クトー、しっかりして!」
どうやら巨狼からのギャップで、可愛いものには目がないクトーは誤作動を起こしたようだ。
「もふもふ、もふもふじゃないか!」
「だ、だめクトー! なんか違う世界に行っちゃいそうだから!」
取り憑かれたように、渦の中のポチに手を伸ばすクトー。それを羽交い締めで止めるレヴィ。
「やめてクトー、向こうは違う世界だから」
もうある意味「違う世界」に入りつつあるクトーは、がっくりと項垂れてしまった。
「なぜだ、そこにもふもふが存在するのに。なぜ愛でられないのだ!」
そんなクトーの姿に笑い転げるのはトゥスだけ。
「いやぁ、兄さんのそんな姿を拝めるたぁ、長生きはするもんだねェ」
その言葉がクトーの癇に障ったのか、ポチの代わりとばかりにトゥスをわしゃわしゃと触り出す。
「今日はこのモフモフで勘弁してやる。さっさと帰れ」
「あんたら早く、わっちが犠牲になってる隙に!」
「クトー! トゥス! なにしてるの!」
もうカオスである。
苦笑しつつ、内心で別れを惜しんだグラナダは、メイを抱き寄せる。
「ちょっとどいてろ、ポチ」
渦の向こうからポチの顔が消えた。
クトーが残念そうな顔をしたその瞬間、グラナダの魔力が膨れ上がる。
「え、なにそれ……」
今にも白目を剥きそうなレヴィをよそに、グラナダは空間の渦に向けて魔力を解放した。
「真・
ポチの魔力を借りた、グラナダの技だ。
放たれた強大な魔力は、虚空の穴を少しずつ広げていく。
魔力の放出が終わる頃には、渦は大きな空間のトンネルとなった。
「さあ、これで帰れるぞ、メイ」
「はいっご主人様!」
抱きつくメイを、グラナダは更にきつく抱き寄せる。
トゥスをモフり終えて平静を取り戻したクトーは、カバン玉をひとつ、グラナダに手渡した。
「土産だ。クサッツの名産品が入っている」
「ありがとうございます、クトーさん」
「また来い……とは、迂闊に言えないな」
グラナダとクトーは、顔を見合わせて苦笑する。
「じゃあ、クトーさん。レヴィ」
「──ああ。達者でな」
「メイ……」
「レヴィさん……」
グラナダとメイは、元の世界へと帰って行った。
* * *
クトーとレヴィ、二人きりで街道を戻る。
トゥスはモフられ過ぎて、疲れて隠れてしまったようだ。
「行っちゃったね……」
「ああ、本来在るべき世界に戻ったんだ」
「たった一日だったけど、なんか昔から知ってるような感じだったなぁ」
「錯覚だ」
クトーの冷静な物言いに、レヴィの足が止まる。
「──クトーって、冷たいよね」
「合理主義なだけだ」
振り返ることなくクトーは答えて、再び歩き始め、すぐに立ち止まった。
そのクトーの手は、自身の懐にある。
「レヴィ」
懐から包みを取り出したクトーは、レヴィにそれを差し出す。
「ほら、髪留めだ」
「拾っておいて、くれたの?」
「いや、新しいのを買ってきた」
「どうして」
「センツちゃんの髪留めの新バージョンが売っていてな」
「私、前のがいい」
「いや、こっちも可愛いぞ」
「前のがいいの」
最初、レヴィは髪留めが気に入らなかった。
だが、失くしたと思った時、寂しさを感じたのだ。
その寂しさの原因は、レヴィにはまだ判らない。
ただ、寂しくて衝動買いした物は、確かに自身の懐にあった。
レヴィは、その包みを出してクトーに渡す。
「なんだこれは」
いつものように感情を見せずに、レヴィの包みを受け取るクトーは、中身を見た途端、少しだけ表情が柔らかくなった。
「まさか、これを買う為にラージフットの討伐を」
「だ、だって……お金、無かったもん」
惜しむらくは、その表情をレヴィが見落としてしまったことなのだが、それも致し方ない。
レヴィはレヴィで、照れ臭くて俯いたままだったのだから。
「ペンダント、か」
包みの中身は、レヴィが落とした髪留めと同じデザインの、ペンダント。
「ぺ、ペンダントなら、身に着けても服の下に隠しておけるし、それに……」
もう色々と限界だったレヴィは、言い終えないうちにクトーを置いてクサッツの方へと走り出す。
「いつも、お世話になってるし……お揃い、だから」
その微かなレヴィの呟きがクトーの元へ届くまでには、もう少し時間がかかりそう、である。
了
最後までお読みくださいましてありがとうございます。
また、3話通して読んでいただいた読者さま、本当にありがとうございます。
そして『雑用係』の、peco先生。
並びに『景品転生』の、しろいるか先生。
大事な作品を二次創作させていただき、本当にありがとうございます。
最後に両作品の宣伝を。
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peco著『最強パーティーの雑用係~おっさんは無理やり休暇を取らされたようです~』
第2巻好評発売中。
そして、『最強パーティーの雑用係〜』コミカライズ!
9/26よりコミック・アーススターにて連載開始予定!
メチャクチャ面白いので、どうぞお手に取ってみてくださいませ☆
では、お付き合い頂きまして本当にありがとうございました。