PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

10 / 25
陥落の城 Part5

強襲の現場は凄惨たるものだった。一部骨さえも露わになった遺体が雑巾のように転がり、地面と草には血液が染み込んでいた。ある隊員は散り、ある隊員は葦人や織部と同じように城内へ逃げ込んでいた。破壊しつくされた血肉が並んだ場には、獲物を失った2羽のブロントルニスが残されている。地面には巨鳥の体がいくつか転がっており、うち2羽は崩壊する部隊が決死の抵抗で討ち取ったものらしい。同胞が起き上がらないことを嘴でつついて確認すると、2羽のブロントルニスは金属ケースを蹴り飛ばしながらどこかへ去って行った。

「クソ、逃げられたか」

EMDを構えて廊下に飛び出した織部の目に入ったのは、遠ざかってゆく揺れる尾羽、そして蹴られて地面に横たわったジュラルミンケースだった。中身は亀裂封鎖装置。本気で蹴り飛ばされたわけではなさそうだが、去り際の一撃で故障したなら今後の亀裂調査プロジェクトに支障が出かねない。

「まあいい、奴らは後回しだ。民間人を捜さないと」

「ええ。あの巨体ならここへ入って来ることはない……日本家屋の低さが幸いしましたね」

「ああ分かってる。だからここに入ったんだ」

本当か?と眉を動かす葦人をよそに、織部は彼の反対側に目をやった。襖が開き、大きな息を吐く自衛官たちが姿を現す。葦人と織部の姿をその目に認め、生きる希望を見出したような表情を浮かべている。

「やはりここでしたか。お二人が城へ消える姿が見えたのを頼りに、今、捜していたところです」

「ああ。君らも生き残ったようで何よりだ。生存者は何人だ」

「8名です。うち3名は負傷していますが、動けます」

「……犠牲は半分以上か。痛いな」

「……ですが急がなくては。死を悼んでもらえるのは恐縮ですが、事が済んでからにしましょう」

「──そうだな」

織部がEMDを肩にかけると、8人の隊員たちも銃を構えた。葦人も自分のEMDを拾おうと床に目を走らせるが、ふと、ブロントルニスの襲撃で落としてしまったことに気付く。

廊下の向こうに目をやると、先ほど織部が吹き飛ばした巨鳥の下に、EMDの銃口が放つ金属光沢が垣間見えた。だが回収はできない。数百キロに及ぶ肉の塊をどけて銃を拾う時間があるなら、隊員たちに防御を任せて民間人の捜索に徹した方が早い。それに今は城の中に居るからこそ安全なのだ。外に出れば再び奴らの時間になってしまう。ここは武器を放棄するほかなかった。織部もそれを察したらしかった。

「……石済。傍を離れるなよ」

「ありがとうございます」

どうやら半年前に彼の中で渦巻いていた嫌悪と憎悪は、巨鳥の襲撃を通してかなり薄れているようだ。それが根元からなのか、それとも上っ面だけなのかは分からないが、とにかく、彼もことを荒立てないようにはしているようだ。葦人が織部を見つめていると、彼は手に持っていたトランシーバーをカタカタと振り、状態を確かめた。

「──生きてるが、通信が接続できない。こんな古風な城でも、中は配線で一杯ってところか」

「戦時中に焼けた城を再建したわけですからね……電波、通らないですか」

「外に出れば通じるだろうが……」

外に一瞥をくれ、織部は諦める仕草をした。

 

 

EMDを持って進む織部、そして彼に寄り添う葦人を取り囲んで、10人からなる小隊が城の中を進んでいく。襖を次々に迷いなく開かれ、軍靴が畳を踏みしめる。この際日本の伝統などを考慮している暇はない。

彼らは既に民間人の所在を大まかに掴んでいた。ツアーガイドの通報ゆえだ。彼女の通報はある程度の座標を教えてくれた。彼らがマクラウケニアの祖先動物──テオソドンの群れに巻き込まれたのは枯山水の見える縁側周辺。そこから奥に逃げ込んだとしても、重傷者はそう動けないはずだ。しかも群れがすぐに散り散りになって敷地に拡散した以上、本丸に他の重症患者がいるとも考えづらい。縁側の手前を重点的に捜索するつもりでいる彼らにとって、それ以前の部屋は単なる通路にすぎず、捜索の弊害になるダミーですらなかった。

 

──と、思っていた。

複数回目となる襖の開放。普段と変わらない緑色の畳が広がっているはずだったが、目に飛び込んできたのは異質な光景だった。茶色。栗色。黄土色。哺乳類の毛皮を纏った者が犇めいている。テオソドンたちが、この本丸の中にまだ残っていたのだ。

「なッ……」

「構えろッ!」

人間たちが咄嗟に声を上げる頃には、突如として開いた襖に動物たちは驚嘆していた。パニックを起こし、一目散に四方八方へ逃げていく。即座に麻酔銃とEMDが放たれ、逃げ出す動物たちの意識を一頭一頭沈める。だが何頭かは撃ち漏らしが生じ、特にうち1頭が部屋の奥に向かって駆け出した。

その1頭が駆けてゆく向こうは、襖が突破されていた。おそらくは彼らの群れが破ったのだろう、見事に枠から外れ、各所に穴があけられている。さらにその向こう側には部隊の探し求めた存在があった。民間人だ。興奮したテオソドンに蹴り倒された民間人たちは、なおも血の染みがついた衣服に身を包み、部屋の隅で震えながら縮こまっている。そこへスピードを上げて突っ込んでいく生物。

「──不味い!」

「EMDじゃあ射程外だ、麻酔銃!早く!」

蹄が迫る直前に、自衛官の持つ麻酔銃が次々に火を噴いた。弾がテオソドンの臀部に何発も着弾する。勢いのついた動物はそのまま畳で倒れながら、ゴムまりのように跳ね、かつて枯山水だった領域へ放り出された。砂利の音を立てて、テオソドンは意識を失った。

民間人に目をやる。突然の突進に酷く驚いてはいてどよめいてはいるが、どうやら今の逃亡劇に巻き込まれた被害者はいないらしい。全員がホッと胸を撫でおろした。

だがいつまでも安堵しているわけにはいかない。テオソドンの排泄物が畳の上に散らばっており、このままでは何かの伝染病を貰うかもしれなかった。特に負傷者が動けずにいるこの場所ではまずい。すぐに隊員たちは救助に取り掛かり、民間人に声をかけに行った。

 

 

「大丈夫ですか、名前は分かりますか!」

「意識あります、立てますか」

迅速な診断が行われ、幸いにも意識不明者はいなかった。負傷者は全員で8人であり、隊員1人で1人の負傷者を担当しても2人はフリーに動ける状況だった。後はここへ向かって来ているはずの白夜と里亜に加勢してもらえば、残り2羽の巨鳥は駆除できるはずだ。希望が見えてきた。

「静かに!」

その時だった。自衛官の1人が静止を呼び掛けた。突然のことに民間人はビクッと肩を動かして沈黙し、隊員たちもやや動じた様子で指示に従う。葦人も同様だった。何のために、と問いかけようとした織部だったが、すぐにその行動を取り下げた。石臼を引くような音が、城の何処からか聞こえてきたからである。

「何だ……?」

ゴリ、ゴリという音が何処かで鳴っている。だがその場所は分からない。しかし、どうも音は少しずつ大きくなっているようだった。時折、木の割れる音が聞こえる。何かの削れる音。何者かが近づいている。音の正体がテオソドンや、隠れていた他の民間人でないことはほぼ確実だった。

負傷者たちは恐怖に呑まれていた。既に自分たちを長く蹂躙した生物たちが、また戻ってきたのかと。自衛官たちが静かに銃を構え始める。外で暴虐の限りを尽くしたあの怪鳥たちが、ついに中へ乗り込んできたのかと。次第次第に近づく音源に、得体の知れない恐怖と緊張が高まってゆく。

 

彼らの警戒心に大きく鐘を叩きつけたのは、城の中ではなく外の存在だった。庭園の方から、突如重く響く音がした。全員がその方向を振り向く。先ほど麻酔をその身に受けて吹き飛んだテオソドンが、鉄筋のごとく強健な脚に踏みつけられていた。

ブロントルニス・ブルメイステリが、もはや原形を留めない枯山水の荒れ地に立っている。

横たわるテオソドンの骨を破壊しながらブロントルニスが駆け出すのと、隊員が一斉に発砲するのは同時だった。EMDの衝撃と麻酔弾が空を飛び、ブロントルニスの胴や首元に命中していく。だが先ほどの暴動で精神力を増したらしいブロントルニスはなおも止まらない。慣性に身を任せ、人類に占拠された本丸へ特攻する。

「クソクソクソクソッ!」

EMDの連続射撃。度重なる衝撃を受け、ついに巨鳥の推進力に陰りが見えた。フッと巨鳥の意識が途絶え、繰り出された脚は縁側の板を踏み抜きながら、バランスを失ってその場に崩れ落ちた。自らよりも遥かに大きな鳥が倒れてきたことに民間人から慄きの声が上がる。だが隊員たちの顔には充足の色が浮かんでいた。同僚の命を無数に奪った怪物が、ついに残り1頭になったのだ。苦難の道の果てではあったが、これを喜ばしいと言わない者は自衛隊に居ない。

 

だが2人だけ、不安を抱えている人間がいた。

 

石済葦人は懸念していた。今襲ってきたブロントルニスは外にいたが、あの摩擦音は屋内から発せられていた。この城の中に何か、十中八九ブロントルニスがいる。どうやって入り込んだのかは知らないが、不可能なものを排除していけば最後に残る可能性はブロントルニスだった。負傷者の血やテオソドンの汚物の匂いが漂うこの場所は非常に危険である。すぐにヤツは決着をつけに来るはずだ。

織部直人は後悔していた。今しがた襲撃してきたブロントルニスは思いの外耐久力が高かった。その分、EMDのエネルギーを浪費してしまったのだ。あと1羽、あの巨鳥が残っているのは確認済みだ。果たして今残されているEMDの残存エネルギーと麻酔銃であの鳥に対応ができるのか。EMDを外に見つけたときに、石済に拾うよう指示をしておくべきでなかったのか。哺乳類の群れにEMDを使うべきではなかったのか。あらゆる後悔の波が彼に押し寄せていた。

 

葦人に悪寒が走る。

削れる音はどうなったのか、その様子を見極めようと彼は城の奥へ向き直した。

 

その眼前にそびえていたのは、鴨居に頭をこすりつけた最後のブロントルニスだった。羽毛は血でベタつき、汚らしく台風の後の稲のようにうねりを上げていた。極度の興奮でそのまま本丸の畳に乗り上げたこの1羽は、鴨居に頭を打ち付けながらもここまで歩を進めてきていた。ゴリゴリという削れる音は、鴨居が侵略者に悲鳴を上げる音だったのだ。鴨居さえ突破してしまえば、哺乳類殺しに覚醒したブロントルニスに弊害はなかった。赤黒く頭を染めながら、巨鳥はすぐ近傍まで迫っていた。

 

「とッ……」

葦人が声を発する寸前に、ブロントルニスへ背後を向けていた隊員へ凶器が襲い掛かった。頚椎が一撃で損壊し、一瞬で生命を断絶される。つい数舜前まで満足感を抱いていた隊員の遺体が崩れ落ち、轟音を鼓膜に受けた他の隊員と負傷者が振り向く中、ブロントルニスは次の標的を定めていた。

その標的とは、EMDを睨みつけて反応が遅れ、さらにブロントルニスの傍に座り込んでいた織部だった。

ブロントルニスが体を揺する。攻撃フォーメーション第一段階。襲撃の気配を察知した織部が情人ならざる反射神経を稼働させると同時に、大気を歪める蹴りが放たれた。織部の筋肉が全力で跳躍力を生み出し、蹴りの衝撃を最大限に殺しきる。とはいえ巨鳥の脚力は尋常でなく、凄まじい圧力で肋骨を軋ませながら、織部の体は襖を破りながら吹き飛ばされることとなった。

「ぐッ……」

床へ着弾した衝撃で持ち手から指が外れ、EMDは空中に放り出される。完全なる無力化の完成であった。そして巨鳥は進撃する。床に横たわり、生意気にも反抗的な目線をくれる下賤な者に、次の一撃を叩き込む。嘴か、脚か。いずれにせよ、圧倒的高高度からの爆撃と言って過言ではない。この哺乳類の命は風前の灯火であった。

 

だがこの時、思いも寄らぬ衝撃がブロントルニスを襲った。

突然体に電流が走った。激痛。突然の痛みに、全身から力が抜けていく感覚がした。間違いなく他者からの攻撃だった。ブロントルニスはガラス玉の目を動かし、攻撃者がいると思われる方向を辿る。

そこにあったのは、どこかで見た金属の塊だった。目の前に転がる脆弱な玩具から離れていった棒。全く気にも留めていなかった棒が、今は別の哺乳動物に握られている。名を石済葦人と言い、これはブロントルニスの知るところではなかった。織部のEMDを、彼が継承していた。

 

「これが最後の一発だ」

 

引き金が引かれた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。