PRIMEVAL - Reverberation 作:Tutu-sh
数時間が経った。織部は彼のデスクの上にコトン、と缶を置き、プルタブを立てた。気体の漏れる音を確認してすぐに口へ運ぶ。仕事終わりの缶ビールが彼の至福のひと時だった。
既に山城で発生した巨鳥の事案は終結していた。葦人の放ったEMDの放電がブロントルニスを鎮め、織部は彼に救われたのだった。すぐに里亜と白夜たちが駆けつけ、負傷者は迅速に救助された。自衛隊のヘリも着陸し、大吾も焦った表情で駆け寄ってきた。何度も謝罪する彼にURAのチームと自衛隊の隊員たちは「仕方のないことだから」と返した。哺乳動物を全頭処理したのち、命を散らせた自衛官たちへの非公式かつ簡素な弔いをした。
ヘリが城を飛び立ち、車両が次々に敷地から脱するとき、城壁を取り巻いていたやじ馬たちが大声で喚いていた。単なる興味だったり政治的主張だったりとその騒ぎの内容は雑多で様々だったが、いずれも警官隊と自衛隊が妨げにならないよう抑えていた。マスコミも彼らが退け、一大ニュースになりかねない今回の事案は静かに幕を下ろしたのだった。
炭酸の強いビールを喉に流していると、織部の部屋の自動ドアが開いた。大吾が立っていた。
「どうした、リーダー。報告か」
「そうだ、来てくれるか」
「ああ」
飲みかけの缶をデスクへ置き、織部は大吾とともにメインフロアへ向かう。既に白夜と里亜そして葦人は揃っており、その他研究者も亀裂探知装置の前に集まっていた。大吾は探知装置をいじっていた研究者に軽く礼を言うと彼を退かせ、キーをタイプした。ウインドウの表示が変化し、山城のデータが表示された。
「今回開いた亀裂の持続時間は1時間25分。時代は約1500万年前、中新世のパタゴニアだ。侵入した生物はテオソドン47頭とブロントルニス11羽。普段の亀裂事案と比較してかなり大規模な侵入だったと言える」
「ふうん。城壁に囲まれていて良かった、ってわけね」
「まーその分、脱出できずに困った人たちもいたわけだけど。でも救出できてよかったよ、うん」
「被害の拡大を押さえられたんだ。無制限に拡散するよりは随分マシさ。──生物についてだが、まずテオソドン。正直、マクラウケニアだとばかり思っていたが、その祖先にあたる動物のようだ」
「そこは僕も反省ですねー、ごめんね葦人くん」
「いえ、大丈夫です。化石動物ですから、無理もありませんよ」
「助かるよ」
ポン、と白夜が尻に手を当てる。葦人は相変わらず嫌そうな顔を示した。
「もう、すぐに手を出すんですから。やめましょうよ報告の時くらい」
「あー、ゴメンねー」
「謝る相手が違いますっ」
心にもなさそうな謝罪の言葉をにこやかに告げる白夜に、里亜は口を尖らせた。しかし彼女が自分で述べたように、ここは報告の場。すぐに真剣な顔つきに戻り、大吾の方へ顔を向けた。
「リーダー、それで鳥の方は?私今回遭遇しなかったので、分からないんですよね」
「ブロントルニス・ブルメイステリ。フォルスラコス科の鳥類の1つだ、葦人くん以外は皆目を一度は通したことがあるだろうが、あれをさらに一回り大きくした連中だ」
「ええ。あの強化版を相手に?はあ……お疲れさまでした」
「僕も鳥の相手はしてないけどねー」
「何なんですか、ほんと」
軽く白夜をはたきながら、里亜と彼が笑い合う。その様子を横目に見て、大吾は織部と葦人の方へ向き直した。
「こいつらの情報はデータベースで共有しておく。いいな?」
「分かりました」
「大丈夫だ」
「ありがとう。それで、諸君に対する報告は以上で終わりだが、1つ調査チームに事務連絡がある」
「事務連絡?」
白夜と里亜がふざけ合うのをやめて大吾の方へ注意を向けた。
「ああ。最近どうも電気代が高くついているらしいから、各自もうちょっと節電を頼めるか?経理から苦情が来た」
「それ、ウチの部署だけですか?」
「どうもそうらしいぞ。利用内訳までは分からないが。この時期に冷暖房は要らないだろうから、何だろうな。まあ、各自の部屋があるわけだから別に業務以外のことをやっていてもいいんだが、ほとほどにな。じゃあ解散」
解散の指示が出され、それぞれが自分の部屋へ戻ってゆく。織部もビールの続きをやろうと部屋へ戻ろうとしたところ、引き留める人間がいた。
「織部さん」
織部は立ち止まり、声のする方へゆっくりと振り向いた。その方向には葦人が立っていた。
「……何の用だ?」
「先ほどの山城、危ないところを何度も助けていただき、ありがとうございました」
礼を言って深々と頭を下げる葦人に、今度は織部が嫌そうな顔をした。面倒なものを追い払うような仕草で手を払ってみせる。
「頭を上げろ。仕事なんだ、当然だろう。それにお前こそ、あの銃を拾ってくれなければ俺は死んでいた」
「いえ、とはいうものの──」
「しつこいな。俺はビールを飲みたいんだ、行かせてくれ」
「あっ、すみません」
やはり気難しい人か、と葦人は引き留めるのをやめた。織部は背を向けて部屋へ歩いて行くが、ふと立ち止まる。諦めて帰ろうとした葦人の目にもそれが止まり、改めて織部の方へ目を向けた。彼はこちらに背を向けたまま、しかし横顔を覗かせていた。
「まあ、なんだ。もしまだ俺に恩義を感じているようなら、また次の時に助けてくれよ。兄ちゃん」
「……ありがとうございます!」
織部はまた前を向き、自動ドアの向こうへ消えていった。
葦人の心のうちには、ある記憶が流れていた。初めて織部と出会ったときの記憶。
『シィーッ……ンンン、失礼。分かった。黙らせておく。それじゃ』
『さて、兄ちゃん。お前には寝てもらうぞ。質問に答えていると長いんでな』
かつて言われた「兄ちゃん」という言葉。葦人の目には、長らく彼は冷酷で嫌な人間に見えていた。だがその行動にはきちんとした人間みが表れているように、今では感じられる。単に不器用なだけなのではないか。寡黙な性質であるのも、上手く表現ができていないからではないのか。彼が自分を嫌っていたのも、自分が彼に敵意を抱いてしまっていたからではないか。開いていた彼との心の距離が、幾何か狭まったような気がした。
肩の荷が下りた感覚を抱き、葦人はメインフロアを後にしようとする。入れ替わりにドアからメインフロアへ入ってきたのは、局長の神辺だった。
「お疲れ様です」
「ご苦労」
すれ違った後で、神辺はふと思い出したように声をかけた。
「ああ、石済くん」
「……?はい」
「どうだね、織部くんは。彼、君のことをあまり好きではないようだったが」
「……いえ、良い人だと思います。今回の案件でも、僕を何度も助けてくれました。恩人ですよ」
葦人の返事に、神辺は少し驚いたように目を丸くする。だがその表情は刹那のうちに満足気な笑みへ変わった。
「そうか。それはよかった。チームの絆というものが、大切だからな。邪魔したな、行っていいぞ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、葦人はメインフロアから出て行った。
神辺は亀裂探知装置に向かって歩んでゆく。その前には、解散の指示を受けても1人残っている人物がいた。ディスプレイに表示された光で、その後ろ姿は黒く映し出されている。1人作業しているその人物に、神辺が声をかける。
「やあご苦労。これは?」
「ああ神辺局長。お疲れ様です。今、亀裂が開くにあたって危険と思われる場所をリストアップしているところですね」
「危険……というと、亀裂の開く可能性が高い地点ということかね?」
「それもあります……が、亀裂が開くことで、そして生物が侵入することで、どれだけ大きな被害がもたらされるか。それを加味したものです。単純に言うと、可能性の高さと被害の大きさを掛け算したということですね」
「ふむふむ。なるほどな。これは有効なデータになりそうだ……引き続き、よろしく頼むよ。そういえば、過去に発生した亀裂の統計や、その時点で予測された亀裂の発生事案については、過去の亀裂研究のデータが使えるはずだ。目は通したかね?ニック・カッターの研究はアナログで進められていたためにデータベースには掲載されていないが……フィリップ・バートンとコナー・テンプルのものなら、コナー・テンプルがデータベースに載せていたはずだ。参考にするといい。『巨人の肩の上に立つ』という言葉もあるのだから」
「勿論、その言葉は存じていますよ。ありがとうございます、承知いたしました」
「うむ、ありがたい。頑張ってくれたまえ」
神辺は亀裂探知装置に背を向けて、また別の方向へ歩み去った。それを横目で確認しつつ、探知装置を操作する人物は、リストのスクロールを開始した。日本国内各地の名称がズラリと並んだリストが流れていく。ある時点でそれが停止し、1つのファイルが展開される。
人物は再び振り返り、メインフロアに誰もいないことを確認した。展開されたファイルに表示されているのは、先ほどリストアップされたうちの1つ。都市部に位置する大規模なアリーナだった。