PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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牙を剥く大河 Part6

「なッ……」

周囲の人間にも、亀裂の発する光が目に入っていた。一切の情報を知らされていない警察も、古代生物の存在のみを知らされていた自衛隊も、初めて目にする亀裂の光沢に驚異の目を向けていた。日光を反射して煌めく水面の下で、亀裂に由来する光が輝く。絶妙な美しさを湛える光景に、大吾もあっけにとられていた。

「何故このタイミングで……亀裂が……」

手元にある携帯用探知装置にも、目の前の亀裂の所在が示されていた。丁度数メートル向こう、葦人たちのボートの真下に亀裂が開いている。客観的な証拠を突き付けられ、自らの目が過誤を起こしていないと確認できる。

彼らが固唾を呑んで見守る中、パンノニアサウルスがボートへの攻撃を取り下げ始めた。尾を振って体を後退させ、ずるずるとボートの荷重を下げていく。偏っていたボートの重心が元に戻り、白夜と葦人の側の舟底も着水した。

ボートから完全に降りたウミトカゲは、尾を振って亀裂へ向かっていく。何者も邪魔をしなかった。誰一人引き金を引くこともなく、パンノニアサウルスは血痕を残しながらゆっくりと亀裂へ入ってゆく。

向こう側が故郷である保証はないが、未知の動物に襲撃されるこの川はもはやまっぴらごめんだった。それよりも、新しい環境へ逃げ延びる方が確実に生きられそうだ。一時は生存本能を上回った敵意と殺意が完全に鳴りを潜めている。彼は一つの希望を持って、光の中へ進んでゆく。

彼の姿が亀裂の向こうへ完全に消失した後、亀裂は拡大と縮小を繰り返し、やがて消滅した。後に残された人間たちには、脅威が過ぎ去ったことへの安堵と放心がもたらされていた。白夜が大きく息を吐いた頃には、織部と里亜の乗ったボートがようやく水飛沫を上げながら駆けつけてきた。

「おい、どうした?探知装置に反応があったが……もう閉じたのか?」

「ええ、終わりましたよー……。全く……厳しかった」

わずか3分にも満たない激闘は、こうして幕を下ろした。

 

 

 

「そんな都合のいいタイミングで亀裂が開いて、しかも勝手に閉じたってことですか?」

少年が行方不明になったその日の夕方。一同は既にURAのメインフロアに集まり、今回の案件について報告会を開いていた。河川での戦いに参戦できなかった織部と里亜には、あたかも白夜と葦人を救うように開いた亀裂というものは眉唾物であった。

「そうだ。私にもにわかには信じがたかったが、あれは間違いなかった。それもボートの真下に開いた」

「信じられんな。撃ち殺して死体を始末したんじゃあないだろうな?」

「そんなことないですってー。あんなデカい生物をどうやってあの短時間で処理できるんですかー。それに第一、そんなことを隠匿したって何のメリットもないですよ」

「う~ん、それはそうですけど~……」

早く終わってほしいものだ、と既に閉じた亀裂を巡る終わらない議論に葦人は退屈していた。確かに、目の前で突然時空の亀裂が奇跡的なタイミングで開いたことは驚くべきことだった。あの亀裂が偶然開かなければ、今ここに自分の命はなかったろう。とはいえ、それは既に現実のものとなった現象であり、人の手の及ばない自然現象である。今更ここで議論を交わしても何の価値もない──

「まあいいさ」大吾が話し合いを遮った。「亀裂が開いて生物が逃げ、俺たちは助かった。それだけだ。それだけが事実だ」

「まあそれはそうだが──」

「ところで、警察の方はどうしたんですー?行方不明の男子児童の件だとかぁ……」

白夜が話題を転換する。待ってました、とばかりに大吾は微笑んでみせた。

「警察に亀裂の話を漏らすわけにはいかないからな。あの場に居た職員だけならまだしも、報告書なんか書かれたら隠蔽が面倒だ。とりあえずあの場にいた警察官には、米国から密輸されたらしいワニの未記載種という話をつけておいた」

「なるほどですね~。それで、その"ワニ"に襲われて亡くなった警察の方について、ご遺族への説明はどうするんです?証拠の"ワニ"は逃げちゃいましたよ?」

「遺族に説明するといっても、わざわざ事故を起こした野生動物の証拠を見せることなんてないからな。仮に遺体を見せることがあっても、素人にワニの噛み跡との区別がつくことはないし、その道のプロでも化石種の噛み跡とまでは判断できないだろう。問題はない」

「確かにそうですね~……。亀裂そのものを見た警察官にはどう説明を?」

「うん……まあそこは……実力行使だ」

「うわっ腹黒い!」

「権力って怖いですねー」

「……全くだな。この仕事をやっていて、時々感じるよ。民間人や他組織の人間に隠蔽することが、こんなにも苦痛だとはな」

 

そう言って大吾は項垂れて押し黙った。メインフロアに沈黙が流れる。特に何も言うことがなく、他のメンバーと研究者も気まずそうに座っていた。特に葦人は一人重い空気を漂わせていた。ブロントルニスの案件で失った人命がいまだ重圧として残っているようだった。今回の警察官たちの死も、自分たちの無力が招いた結果に他ならない。

車で本部へ戻る途中、彼らの死を気にする必要はない、と白夜が励ましてくれた。自分たちは最善を尽くした。あれ以上にできることはなかったと、彼が持ち上げてくれた。そのおかげか、今朝ほどの重苦しい心情を抱いてはいなかったが、胸にひっかかる物が残されているのは事実であった。

しばらくの静寂の後に、大吾は頭を上げた。

「さて、今回については以上でいいか?」

織部・白夜・里亜は無言で頷き返す。だが調査チームでただ一人、手を上げた人間がいた。

「……どうした、葦人」

「パンノニアサウルスを陸上で捜索していたときです。ナガタビールの話が出ましたね」

「……ああ、そのことか」

「あの時の皆さんの反応。察するに、ナガタビールとURAの間で何か関係があるのですか?」

「……僕が答えるよ。あの時車で答えようとしたのは僕だったし」

葦人の隣に座っていた白夜が、垂れた髪を掻き分ける。

「ナガタビールって言うのはね……いや、ナガタビールが属する企業団体ナガタグループはね、この国の飲食事業を牛耳る最大派閥だ。聞いたことはあるかい?」

「……一応、名前だけは」

「名前だけ……か」白夜が息をつく。「まあ、確かに君は飲食系とは関係のない企業への就職を視野に入れていたようだから、仕方ないかなー。ナガタグループは国外からの輸入、国内の生産、商品化、その全てにおいて大部分のシェアを占める企業グループなんだよ。特にナガタビールは国外への進出も顕著で、既にドイツを除く西欧社会の酒造産業の中枢にも食い込んでいる、ナガタグループのドル箱さ。彼らの影響力は、戦前の財閥と同等かそれ以上なんだよ。もはや日本のGDPの何十パーセントを占めるかも分からない。当然政府にもその影響力は少なからず及んでいるというわけ」

贈賄や議員の国籍が騒がれるこの世の中、日本の政府が必ずしもまともな存在であるとは限らない、と認識していたつもりではあった。だが、予想を上回る利権の話に、葦人は並々ならない衝撃を受けていた。まさか現実にこのような権力の交錯があるとは、そしてそれに直面していたとは、想像もついていなかった。

 

「……つまり、彼らが面倒だというのは、その施設周辺だったから、と?」

どうにか頭に入った情報を取捨選択し、なるべく合理的な答えを合成して今回の案件に結び付けた。どうやらそれは正解であったらしく、白夜は驚きも何もない表情で正解の解説に入る。

「そう。彼らの重要施設の一つに亀裂生物がいたなら、僕らに対して物申すことがあるかもしれない。秘密裏に調査を行えたらよかったけど、銃や自衛隊を展開して派手にやってしまったからねー」

「既に私が簡易報告はしておいた。もし何かあれば、局長に任せるさ」

「ああ、ありがとうございます。まあ僕らもトップシークレットに近い秘密組織の人間だからね。いくら彼らの影響力が強いと言っても、そう簡単に槍玉に挙げられるわけじゃあないから、安心して」

「なるほど……ありがとうございます。納得がいきました」

URAに所属する自分が言えた立場では到底ない──が、比較的公正に見える日本の表社会にも、利権の渦巻く社会構造が多重に重なり合って存在している。自衛隊に守られた秘密組織に籍を置いて社会の頂点の一員になったつもりでいたが、それでも自分の知る由のない領域が無数に散在する。礼の言葉を述べながらも、葦人は新たな虚無感を心のうちに受けることとなった。

 

 

 

さらに数時間後。日は完全に落ちてあたりは闇夜に包まれていたが、自衛隊の施設に完全に格納されたURAの本部には関係のないことであった。煌々と輝く白い照明に照らされた明るいメインフロアで、大吾は独りコーヒーをすすっている。その視線の先には、全国を永続的にスキャンする亀裂探知装置。その進行をぼんやりと眺め、コーヒーの芳ばしい香りを吸いながら、彼は思考にふけっていた。

かつて亀裂調査センターのコナー・テンプルは、プロスペロ社とARCの間を往復していた時期があったという。彼と電磁気学の権威フィリップ・バートンは、"新しい夜明け"と呼ばれるある研究に関与していた。

その研究とは、時空の亀裂を人工的に開くことでやがて来たる"亀裂の収束"を止めようというもの。結論から言うと、その研究は成功と失敗を混ぜ合わせて混沌とさせたようなものだった。彼らは亀裂の開発には成功したものの、"亀裂の収束"を止めた結果として、研究施設は崩壊し、フィリップは崩壊に巻き込まれて命を落とした。第二のフィリップが出ることのないようARCはその理論と原理を門外不出とし──というよりも、プロスペロ社の壊滅とともに闇に葬られたのだろう。その実態はURAでさえも掴めていない。

 

──ここからが、本題だ。川で突然開いた時空の亀裂。あの時間にあの場所で亀裂が開くというのは、奇跡という言葉を何乗に重ねても決して表現できそうもない天文学的確率だと、大吾はそう感じざるを得なかった。"太陽の籠"と呼ばれる、亀裂の生じる可能性が高い人工物も、あることにはある。だがこれにはおそらく成分のマグネタイトが関与しており、あの河川の成分からは過剰量のマグネタイトは検出されなかった。周囲の磁場も簡易的に計測を行ったが、いたって通常の数値を示していた。

より可能性の高い仮説が頭の中に浮かんでいる。もしあの場を何者かが見ていたとしたら。そしてその人物が、亀裂を開く技術を手に入れていたとしたら。──全ての説明がつく。今はまだ推測の域を脱せないが、人為的な介入を彼は疑っていた。

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