PRIMEVAL - Reverberation 作:Tutu-sh
「一体何なんだあんたは……」
疑問を提起する隙も与えず、銃を構えた男はトランシーバーを持つ手の指をピン、と1本だけ伸ばして口に当てた。その間も目線は地面に這いつくばる男を見下し、銃身は彼の頭を確実に射抜ける距離と角度にあった。筋肉で保持しているのではない、まるで金属の骨組みを使って空中に固定された砲台のように、真っ直ぐに震えなく男の頭部に照準がピタリと合っている。
「シィーッ……ンンン、失礼。分かった。黙らせておく。それじゃ」
通信が切られた。だが初めから男の目線と銃口は彼に向いており、雑音が消えた以外の変化はそこに一切なかった。
「さて、兄ちゃん。お前には寝てもらうぞ。質問に答えていると長いんでな」
「そんな待て──」
引き金が引かれると同時に、彼の肉体を大きな衝撃が貫く。頚椎が脱臼するかと思うばかりに頭が揺さぶられ、彼の意識は漆黒の闇の中へ沈んでいった。
「──小型獣脚類の恐竜です。2匹仕留めました!」
「おお、偉い偉い。俺も3匹仕留めたところだが……種類が分からない。データベースに合致する特徴の生物が登録されていないからな、とりあえずレントゲンは撮ったから、論文を照会しているところだ」
「またそのパターンですか~」
「そりゃそうでしょう。化石種は現生種よりも遥かに多いんですよ?同じ種が来る方が珍しいってものです──グシュッ」
「大丈夫か?」
「ええ、グシュッ、すみません、花粉かな……どうも目と鼻がムズムズして……ズビッ」
「そうか。無理するなよ。ティッシュあったかな──」
朦朧とする意識の中で、そんな会話が鼓膜を震わせていることに気が付いた。
──嗚呼、生きてたのか。僕はたしか撃たれて……そうだ、頭を撃ち抜かれたはずだ。奇跡的に当たり所が良かったのか……しかし、嗚呼、頭が痛い。頭が割れそうだ。
頭が内側から押し広げられるような鈍い痛みが延々と続く。それに加えて、目の前にある地面と空がぐるぐると猛烈な速度で回転している。地面に倒れ込んでいるはずの自分が、まるで激しい前転を繰り返しているかのように、目に映る景色は天動説を採用して巡り巡っている。吐き気もこみあげてきた。どうしようもない気持ち悪さと痛みをこらえながら、何とかして脳細胞を再起動させる。
どうやら僕を撃った男以外に、3人の声がしているようだ。1人はさっきの男に似た渋い声、もう1人は少し高いが男の声だ。最後の1人は若い女性のようだった。さっきの男は無線で仲間を呼び寄せていた……はずだ。その仲間だとするなら、こいつらも武装しているに違いない。正体は何だろうか、テロリストだろうか。こんな山奥に銃を持ち込んで何をしようというのか。
動けばどうなるか分からない状況だが、だがここで永久に死んだふりをしていても駄目だろう。奴らがとどめを刺しに来るか、あるいはその前に自分の吐瀉物が喉に詰まって死んでしまう可能性すらある。そんなのはまっぴらごめんだ。生存を気付かせて、交渉するしかない。
「カッ……ガハッ」
失神している間に口に溜まっていた唾液や苦い汁をわざと音を立てて吐き出すと、獣脚類を地面に置いて喋っていた人間たちが気付いた。その中でも中央に立っていた短髪の男が、大きな足取りで近づいて来る。
「目を覚ましたのか。大丈夫……そうじゃあないな。EMDで撃たれたんだ、気分は最悪のはずだ」
──こいつ、生きていると知っていたのか。それに何だと?イー、エム……?
接近する男に目線をやると、その男は介抱するかのように両手を広げて微笑んでいる。
「さて、立ち上がれるか?支えてやろう。おっと、急に立ち上がるなよ、立ち眩みが起こるからな。どこか座れる、近い岩まで案内する」
ふらつく身体を支えるその男の肉体は、先ほど銃を構えていた男ほどではないにせよ、こちらも鍛え上げられた筋肉が堅さという根拠を持って存在感を放っている。顔の風貌はまさに爽やかといったところだった。彼の命を造作もなく散らすことのできる立場にありながら、悪意や敵意は感じられない。
体重をその男へ預けながら安定しない目を動かすと、良い具合に座れそうな平たい岩が視界に入った。男はそこに彼を丁寧に座らせると、その横に腰かけ、待機している2人に向かってチョイチョイと指を動かした。集合の合図らしい。
「あの2人は私のチームメイト、うん、部下と言っていいかな。君をさっき撃った男もそうだ」
「……つまりあなたがリーダー?」
「そういうことだ。無線の内容を聞いていたのかな」
「いえ、緊迫した状況だったので……」
「うん、そうだろうな。全く織部め、やりすぎるなと言ってるのに──すまなかった。私の責任だ。今も気分は優れないと思うが、もし急に耐えられなくなったら言ってくれ。この辺りは全て森だ。吐ける場所へどこにだって案内できるから」
「ありがとう……ございます……」
彼が目を泳がせると、先ほど触れようとした球体が目に入った。相変わらず同じ場所に留まって煌々と光を放っているが、その周囲には見慣れない装置が何台も並べられていた。いかにもハイテクといった印象の金属の棒が球体に向かって四方八方を取り囲み、冷蔵庫ほどの台の上には色とりどりの配線がグニャグニャと生えた用途不明の装置が置かれている。どうやら彼らはあの球体に何かしようとしているらしい。つまり、球体を知っているということか。
「……あの球体。ええ、あの球体は何なのですか?」
「──ふむ」
男はポリポリと顎を掻いた。その表情には先ほどまで浮かんでいた笑みはなく、面倒なことに巻き込まれたぞ、という意思が見え隠れする。
そのうちに、先ほど合図を受けた2人が到着した。1人はビジュアル系バンドに1人はいそうな──彼に音楽の趣味はなかったが、肌が異様な白さを帯びていることもあって直感と偏見でそう判断した、派手な赤髪の男性だった。背は高い。180センチほどか。見ると鼻が赤く、呼吸と共に鼻水のような音がする。どうやらこの男が先ほど花粉に手痛くやられていたようだ。
一方で女性は肩にかかる程度のふわりとした黒髪。容姿は端麗、身長はこの中では最も低いが、女性の中では中間くらいではないだろうか。薄めの化粧だがそれゆえに美貌が際立ち、隣のビジュアル系もそうだが、こんな山の中には似合わない異色の存在だった。
体調不良の濁流に抗いながらしげしげと2人を眺めて観察していると、リーダーが口を開いた。
「よし、そうだな。我々としては君に自己紹介をしてほしかったところだが……確かに我々が先に名乗るのが道理だろう。我々が手を出してしまったわけだし、君は今すこぶる具合が悪いはずだからな。海の向こうの都市伝説だと、生身でタイムスリップをするとそうなるらしいが……まあそれはいいさ。おい、織部!」
突然リーダーが顔の向きを変えて大声を上げた。その方向に顔を向けると、そこには銃を携えた無精髭の例の男がいた。思考が十分には回り切らないこの状況でも、生存本能が警告を発する。即座に岩から飛び出して距離を取ろうとするが、脚に力が入りきらずに倒れかけたところを、咄嗟にビジュアル系が抱き留めた。
「大丈夫かい?」
「え、ええ……ありがとう……ございます」
「まあ仕方ないよねー、撃たれたんだから。さーて織部さん。あなたのせいですよ」
「……」
織部と呼ばれた男は沈黙を守っている。その様子に呆れたかの様子で、ビジュアル系は向き直して微笑みかけた。
「ゴメンねー。彼無口だから……大丈夫?座れる?」
「ええ、何とか……」
「そう、良かった。ところで君、痩せてるけどお尻はキュートだねえ」
「え?」
座ろうとした瞬間に告げられた想定外の言葉に思わず聞き直すが、ビジュアル系はしまったというわざとらしい表情をして、わざわざ手で口を覆ってみせた。
「ああゴメンねー。何でもないよ」
「……コイツは三条白夜。今ので分かったとは思うがオムニセクシャルというやつだが……気を付けてくれ、コイツは別格だ。君の後ろにいるのが織部直人。そして彼女は斎賀里亜」
「よろしくお願いしますね~」
「ああ、よろしく……お願いします」
笑顔で手を小さく振る彼女に対し、疲弊からか、それとも羞恥心からか、蚊のような声で目をそらしながら返答してしまう。
「あれ~嫌われちゃいましたかね?」
「おーっと、彼は僕が予約済みだよ」
「え~やめてくださいよそういうの~」
「おいその辺にしておけ。まだ調査も完了していない」
バツが悪そうな様子を見かねてリーダーが助け舟を出した。2人が黙ったのを確認して、彼はもう一度口を開く。
「私がリーダーを務めている千代田大吾だ。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします……」
ふと、男の発言が止まる。数秒間思考を巡らせるような素振りで、確信を突く言葉が口からぽろり、と零れる。
「……そして、皆さんは何者ですか。名前ではなく、所属や、そう、正体──」
その場に居たメンバーが全員──織部を除いて──キョトン、とした顔をする。織部だけは厳めしい顔で銃を握っていた。そのうち白夜はフッと笑みをこぼして俯き、大吾も表情筋を動かしてみせる。
「フフ、名乗らずにそこを聞くか?」
「あっ、すみません。……ですが、皆さんの会話の中で気になる言葉が何度も出てきまして」
「ほう」
大吾が興味を示したように身を乗り出す。
「それは何かな?」
「まず、リーダーという言葉。そして調査。あなた方は何科の調査のためにここに来ているはずだ。それも地質調査や生態系の調査なんかじゃあない。もはや自明でしょう、あの球体の調査に来ているはずです」
「そうだね」
大吾は相槌を打つだけで、男の主張をただ聞き入れる。沈黙する織部は勿論、白夜と里亜も退屈そうに手を動かしてはいたが、発言を妨害するような真似はしない。まだ万全の体調とは言えないが、男の頭には少しずつ晴れ間が見え始め、舌に脂がのって呂律が回るようになっていた。
「そしてEMDという言葉。僕を撃ったのが実弾銃じゃあなく、ある種のテーザー銃のようなものだとすれば……あなた方がテロリストあるいはそれに準ずる集団であるという線は薄くなりませんか。もしそういった反社会集団であるなら、僕をとっとと殺して東京湾にでも沈めればいい。人質にでもするのなら話は別でしょうけど、それにしたって僕は秘密に近づいた邪魔者だ」
「我々はそんなことはしないさ。殺しもしない、人質にもしない」
「ええそうです。介抱してくださったとき、そんな印象を抱きました。あなた方は球体を私利私欲のために手に入れようとしているのではない、政府か何か、きちんとした組織の下で動いている。少なくとも法律を守る組織のはずだ、違いますか。そして、そんな公的な組織が武器を持たせて人員を派遣するあの球体は──一体、何なのですか」
「……」
「タイムスリップという先の言葉。僕は聞き逃しませんでしたよ。僕は恐竜をこの目で見た。生きている恐竜だ、見間違いじゃあない。実際に、四足歩行の、竜脚類が、目の前を歩いていたんです。何故タイムスリップなどという突拍子もない言葉を挟んだか。僕がどこまで知っているか、こうして探るためでもあった。あの裂け目と時間に大きな因果があるからだ」
「ふう……そうか、見たのか」
大吾はすうっ……と大きく鼻で息を吸った。とっくに笑みは消えていた。これからそれはそれは非常に重たい話を打ち明けよう、とでもいう雰囲気を醸し出す。
「仕方がない。何かの訓練だとか、趣味の射的だとかで済ませようと思っていたが。説明するよ」
男は唾を飲み込む。本やテレビでしか見たことのない、本物など決して誰も見ることがないはずの絶滅した恐竜。それを目撃した理由が、そしてそのバックボーンが明かされる。ここに来てようやく、自分が何か大きな出来事に立ち会っていることを実感する。
大吾が、ゆっくりと口を開いた。
「あの球体は『時空の亀裂』。異なる時代同士を相互に結ぶ、時空間に発生した裂け目だ」
衝撃の事実だが、恐竜が出現した時点でその見当はついていた。しかし実際に肯定されると鳥肌が立つというものだ。現実離れした圧倒的な事象を前に気圧されている。頭皮から冷汗が噴き出て、雫が頬を伝っていくのが感じられる。
「そして我々は『亀裂』を調査するエキスパート。日本社会の表舞台には決して姿を現さない。警察・消防・自衛隊・政府。全てと裏で結び付く、日本という国家から承認された存在」
「『