PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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血染めの軌跡 Part2

自衛隊が駅を包囲した頃には、既に事態は大きく発展していた。無色透明のドアの横には亡骸が積まれ、油や汗の混ざった血でガラスを濡らしている様が遠目にも見える。自衛隊包囲網の内側に止まっていた白バイとパトカーは撤退を始めた。4日前の行方不明事件とは違い、時空の亀裂の存在が明白となった今、現場はURAと自衛隊の管轄下にあった。とはいえここまで拡大した生物災害を民間に説明するには大規模テロのカバーストーリーを用意せざるを得ず、自衛隊の外側に説明のための警官隊も配備された。山城の案件を遥かに上回る人員が投入され、駅の周辺は騒然としている。マスコミも既に何局かがやって来たらしく、遠くで撮影機材を置き始める人間もいた。

 

「里亜には繋がったか?」

「駄目です、応答ありません」

「こっちもダメですねー。携帯の電源切ってるんですかね……」

走り回る自衛隊の靴音に紛れ、調査チームは不在の里亜へ招集をかけようとしていた。しかし何度電話をかけようとも応答はなく、メールの返事も、LINEの既読もない。コンサートに向けて通信を切っているのなら、コンサート会場まで被害の話題が及ばない限りコンタクトは絶望的だった。

「これ以上時間を取れない。突入するぞ」

大吾はそう言って駆け出しながら、自衛隊の指揮を執った。一斉に自衛隊が動き始め、東西南北それぞれの出入り口に向かって階段を駆け上る。北口に控えた調査チームも封鎖装置を持ってそれに続く中、各々の自衛官が構えて走ってゆく銃に葦人は既視感を覚えた。

「リーダー、あれって……」

「ああ、私たちのと同じEMDだ。山城の亀裂のとき、麻酔銃がいかに劣勢に立たされるかはお前も身に沁みたな。実はあの一件以前から、私は局長に掛け合っていたんだ。亀裂災害に対する出動の際には、EMDを装備させること。隊員の安全のためにも、迅速な処理のためにも。あの時に間に合っていればよかったな……」

「なるほど──」

葦人の脳裏には、ブロントルニスとの掃討戦が想い起こされていた。EMDとの交換を拒否した自衛官は、次々に巨鳥に貫かれて命を散らせた。あの日の夜ほど、武器の無力さを呪った日はなかった。その格差が今、是正されている。自らの肉体を縛り付ける鎖が軽くなったような感覚がある。

「──ありがとうございます」

「礼を言うには早い。今はまだ実験段階で、隊全員への配備には至っていないからな。だが大きな一歩なのは確かだ」

調査チームも階段を駆け上り、自動ドアと同じ段に立つ。目の前には遺体が生々しく転がり、血痕や得体の知れない体液が床を汚らしく彩っている。既に突入した自衛隊の靴跡が無数にタイルに残され、泥が血に混じって広がっている。既に突入して生物と生存者を捜す自衛官には、顔を隠しながら任務にあたっている者が散見される。

「──しかし初導入が、ここまで惨い事件だとはな」

ドアをくぐると、鉄の臭いが強く鼻を突いた。白夜が反射的に咳き込み、目に涙の粒をぽつんと浮かべる。残る三人も決して快い表情は浮かべず、先に自衛官が乗り込んだ奥へと歩を進める。滑りそうになる床を四人は踏みしめていった。

 

角をいくつか曲がると、一段と床の汚れや破壊が濃度を増した領域に入った。老若男女を問わず、ではなく、むしろ高齢者や若年の女性の遺体が目立つ。おそらくは生物に追われる中で最初に脱落した人々だろう。脆い骨が砕け、柔らかくなった紫色に変容した腕を晒している。数少ないまだ息のある者には既に自衛官たちが駆けつけており、懸命な救助を行っている。

壁には売店や窓口が埋め込まれているが、そこも破壊の嵐が過ぎ去った痕となっていた。ATMは引き倒されて液晶を散らし、窓ガラスは悉く粉微塵に砕かれている。つい先ほどまで駅員が対応していたのであろうみどりの窓口では、カウンターが大きく薙ぎ倒され、案内板も引き裂かれて床に散らばっていた。売店も商品が床に飛散し、上下反転した冷凍庫からは光と冷気が漏れている。冷凍庫内の霜は融解が進んでおり、水の領域が床に広がりつつあった。

だが、それよりも目を引くものがあった。この惨劇を引き起こした元凶が一つ、時空の亀裂。破損したオブジェ群の前に浮かび、その存在を主張している。

「封鎖しますか?」

「待て。これだけの駅で開いた亀裂だ、入り込んだ人間がいるかもしれない」

「じゃあどうする。捜しに行くのか?亀裂を抜けて、過去の世界に足を踏み入れて」

「そんな危ない橋を渡る必要はない。ここは幸いにも人口密集地。それなら、人同士のいざこざをどうにかする手段があるはず」

大吾の発言を、皆すぐには理解できなかった。分からないのか?という表情で彼は三人を見回すと、天井の一角に向けて彼は背中越しに指を向ける。

「監視カメラがあるだろう。管理人室だか警備室だか知らないが、あの映像を監視する部署があるはずだ。白夜。映像を確認して、亀裂に入り込んだ人間がいるか、そして生物が何頭入り込んだか調べてきてくれ。我々は封鎖の用意を進める」

「了解しましたー」

白夜はすぐに付近の案内板に向けて駆け出していった。残された三人はジュラルミンケースを開封し、封鎖装置を取り出した。宙に浮かぶ光の硝子は人間よりも遥かに高いが、ブロントルニスがそのまま通れるほど大きくはなさそうだった。おそらくは2.5メートルといったところ。足場を安定させ、機材を設置してゆく。

 

その時だった。突然、自衛官の悲鳴がフロアに木霊した。その後に続くのは、麻酔銃とEMDの射撃音。そして自衛隊の叫びと焦りの声。

三人が急いで振り向くと、直行する通路を横っ飛びに迷彩服が投げ飛ばされていた。自衛官はタイルに顔を打ち付け、銃を床に引っ掛けながら猛烈に転がった。銃身は衝撃で歪み、彼も苦痛に呻いて立ち上がれずにいた。

調査チームが現状を理解するよりも早く、続いて自衛官が何人も宙へ投げ飛ばされる。そしてその犯人も姿を現した。到底人間が食い止められる体躯ではない、明らかな古代生物。彼らが介抱しようとした虫の息の生存者は、人間たちの間で暴れ狂うその生物に咥え込まれていた。当然抗う力など残されておらず、骨の通った肉の塊として振り回される。既に四肢は脱臼してもおかしくない遠心力が加わり、その力は周囲の自衛官へ叩き込まれて吹き飛んでゆく。

「何ッだありゃあ──」

これまで数多くの猛者と直接対決に臨んできた織部までも、明らかな動揺を隠せないでいた。次々に人間が吹き飛ばされていく光景の中で躍動する生命体。背丈はかつて遭遇した獣脚類と変わらないが、体格はその比でない。森で人類を翻弄したフクイラプトルほどの速度はなさそうであるが、人間を缶蹴りのごとく弾き飛ばしてゆく様は、圧倒的な力のほとばしりを体現する。

「ゴルゴノプスか!?」

「いや、それよりは顎が細い。あれは──」

 

生物の矛先が、彼らに向いた。曲がり角に体を打ち付けながら、しかしその苦痛を意に介さない様子で、生物が一直線の最短距離を取って突っ込んでくる。振り切られて床へ落ちる自衛隊を進軍ラッパの応援団にでもするかのように、時空の亀裂と立ち塞がる調査チームへ質量を衝突させにかかる。

「まずいぞ避けろーッ!」

織部と葦人、大吾がそれぞれの方向へ跳ぶ。突如として道を開けられた生物は攻撃対象を見失い、既に停止できる段階にはなかった。だがそこには亀裂封鎖装置が残されている。生物の直進する軌跡延長上にぽつんと残された封鎖装置は、その直撃のエネルギーをモロに叩き付けられることとなった。装置は一瞬で崩壊した。ネジや金属板を散らしながら、生物とともに亀裂の彼方へ消えていく。

「そんなッ──」

床への落下運動を続けながら、葦人が叫ぶ。絶対に届くことのない、悲痛な叫び。ブロントルニスの襲撃をも耐えた封鎖装置が、ケースから取り出したばかりに、永久に失われてしまう。三人の体がタイルに着弾するのと、生物の尾が姿を消したのは、全く同じ瞬間であった。

 

だが生物は、過去の世界で運動の方向転換に成功したらしい。封鎖装置の消えた方に向いた葦人の眼前に、巨大な顎が出現した。赤色の口腔と、赤黒く染まった白色の歯が脳内で処理される。

(あ──)

葦人が危機を認識するとともに、彼の左右からEMDの射撃音が響く。織部と大吾の一斉射撃が、亀裂から顔を覗かせる生物へ撃ち込まれていく。連続した衝撃が襲い、生物は低い唸り声を苦し紛れに放ち、倒れるようにして再び亀裂の中で姿を消していった。

「……あれだけ撃てば、もう倒れてる」

消耗した様子で、大吾がEMDを床へ降ろした。織部も髪を汗に湿らせており、危険が計り知れないほどに迫っていたことが実感できる。

「あ……ありがとうございます。助かりました」

「ハア……ゴルゴノプスじゃあないのなら、今のは何だ?」

織部の疑問。状況の激変に呼吸を荒くした葦人が、思考を整える。呼吸と共に肩を大きく二、三度上下させ、もう一度息を吐く。

「……中学の頃でしょうか。一度だけ、展示を見たことがあります。それである保証はないですし、忘れ去った記憶から掘り出したばかりですが……おそらく、あれは、ワニです」

「ワニ?あれがか?この前のモササウルスの方がよっぽど──」

「陸生適応を果たしたワニの仲間です。ワニの仲間、クルロタルシ類は中生代では今とは比較にならない栄華を極めていた。ポストスクス、バウルスクス、新生代にもプリスティカンプススがいた。でもあれは──ああ、名前が出てこない、あれは、あれは……」

記憶を完全に取り出せず、半ば頭痛を患うように額に手を当てる。しばらくの苦悶の末、葦人の目に光が灯った。ついに記憶の扉に鍵がはまり、未知数であった名称が空欄へ埋められていく。

「あれは、セベコスクス亜目の爬虫類です。おそらくは、ラザナンドロンゴベ・サカラヴァエ。ジュラ紀に生息した、陸上適応を果たしたクルロタルシ類の一つです」

 

 

 

その頃、里亜は地下鉄を降りてコンサート会場の入り口に入っていた。ついに無秩序な雑踏から解放されて、整然とした行列に並ぶ。ようやく心に安息が訪れた彼女は、会場入りまでの時間つぶしにスマートフォンを起動した。

(──え?)

起動が完了するとともに溢れる不在着信と無数の通知。ひっきりなしに出現するバナーが否応なしに視界に入る。そのメッセージを、彼女の神経細胞はすぐさまに受容し、電気信号として脳へ伝達する。

つい先ほどまでいた駅に、亀裂が開いた。これまでに類を見ない甚大な亀裂災害の知らせ。応援要請が画面に表示されていた。

 

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