PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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血染めの軌跡 Part3

亀裂にEMDを向けて、調査チームの三人は立っていた。亀裂は憎たらしい様子で邪悪にかぷかぷと笑っているように浮かんでいる。亀裂は単なる自然現象に過ぎない、という大吾の言葉を葦人は思い起こし、湧き上がる苛立ちを必死にこらえていた。数百人に被害を与え、国家機密漏洩の危険さえ具現させた今回の亀裂。やり場のない怒りは理性という名の蓋を抉じ開けて沸騰しようともしている。

「ワニの仲間だと確定したのはつい最近です。今でも断片的な化石しか見つかってはいませんが……」

「全長7メートルの、グンバツな脚のワニか。なかなか強烈な個性の持ち主だな」

「まだあの時のトカゲの方が可愛げがある」

織部が悪態をついた。彼の頭に浮かんでいたのは、自らの土手っ腹に鈍器を叩き込んだウミトカゲだった。あの一件でパンノニアサウルスは警察を蹂躙し十人を超える死者を出したが、それは水辺においてだけの話であった。陸上でURAと自衛隊に遭遇した際、パンノニアサウルスはすぐに逃げ出す判断を取った。いかに水中で機敏に動けようが、地上を主戦場とする哺乳類に陸で包囲されてはたまったものではない。だから丁度良い具合に近場に並んだ石を体格に任せて弾き飛ばし、彼の独壇場たる河川へ逃げ込んだのだ。

だが今回のラザナンドロンゴベは話が違う。根っからの陸上特化型の爬虫類で、全長もパンノニアサウルスに並び、体格は遥かに上回る。群れる哺乳類の有象無象など、進路を妨害する殲滅対象に過ぎない。麻酔銃やEMDで囲まれようが関係なく、ただ蹴散らして突破するのみ。

三人が事の重大さを噛み締めていると、トランシーバーへ通信が入った。発信主は白夜だった。

 

 

 

しばらく経つと、駅前に新たに乗用車が飛び込んできた。警察と自衛隊の検問を通過するその車は、運転席に里亜が座って身分証を差し出している。彼女は列を抜け出して財布をはたいてタクシーでURAまで戻り、装備を整えてきたのだった。悪質な一般人を吹き飛ばせる小型EMDでは、今回の相手には立ち向かえない。大吾からのメールはそう告げていた。

「お待ちしておりました」

「現況は?」

颯爽と車から出て、歓迎する自衛隊の中を悠然と歩く。普段のふわりとした雰囲気は霧散し、生死を分かつ現場に相応しく凛とした態度。待ち焦がれた道楽から理不尽に外された現状に怒りを覚えてはいるが、それをわざわざ人前に出す真似はしない。

「情報の拡散を防ぐため、Line、Twitter、Facebookなど国内のSNSは全てブロックしています。JR・私鉄問わず駅に繋がる路線は全線封鎖。駅構内は各階ごとに封鎖し、現在生物の討伐中です。封鎖装置は破損しています」

「道理でLineが静かで電車も止まっていたわけね。生物の数と、具体的な居場所は?」

「残りは二頭、JRタワーの3階と5階で調査チームが対応中です。生物の詳細はお聞きになりましたか」

「陸生のワニ類。全長は7メートル、体高はヒトと同程度。極めて狂暴とだけ」

「……我々の認識も同じです」

「なら十分ってことね」

ドアを開いて構内へ入る。先ほどまで期待と苛立ちを胸に歩いていた駅がほんの不在の間に惨劇に襲われている。危なかった、という安堵。間に合わなかった、という無力感。その双方が胸に怒涛の圧力をかけ押し潰そうとする。

(──でも、そんな場合じゃない。起きてしまった事態には、収拾をつけなくてはならない)

圧迫感を払いのけると、トランシーバーの通信圏に入ったらしく、白夜から通信が入った。滑らかな手つきで通信機を手に取り、口元へ寄せる。

「白夜さん、えらくタイミングが良いですね。どこにいます?」

『監視室さー。僕だけが高みの見物で、全ての現状を把握できる立場にいる。御足労いただいた直後で悪いが、自衛隊を連れて至急3階へ向かってくれないか。リーダーが戦ってる』

「分かりました。織部さんと石済さんは5階ですか」

『そうだねー。もし3階のを先に眠らせたら、そっちにも向かってくれるか』

「了解しました」

通信を切る。傍にいた自衛官に目配せし、ハンドサインを送る。

「来て」

エレベーターの上昇ボタンを押すとともに、自衛官が六人ほど駆け出す。彼らの到達とエレベーターが音を鳴らしたのは同刻であった。エレベーターの扉が閉まり、彼らはその駆動に任せて上へ登っていく。

(……彼女、怒ってないか?)

監視室に残る白夜は、通信先に聞こえた彼女の声に、何かを感じていた。

 

 

5階では、織部と葦人の隊が破壊魔との激戦を繰り広げていた。

逃げ遅れた民間人が隠れていたカフェテリアを織部が発見し、彼らの避難誘導を行っていたときであった。彼らの焦りや恐怖の臭いを感じ取ったとでも言うのだろうか、3階に潜伏していたラザナンドロンゴベが奇襲を仕掛けてきた。綺麗に掃除の行き届いた窓ガラスが砕け散り、隊員と民間人に切り傷を負わせる。だがガラスの痛みを神経が受容する頃には、さらに強力な一撃が群集に叩き込まれていた。

既に退避を始めていた民間人はその直撃を避けたが、誘導中の隊員が二、三名撥ね飛ばされる。大理石の壁にヘルメットを強打し、壁と防具にヒビを入れるほどの衝撃が、鼓膜を通り抜けて直に脳を揺さぶった。

床に崩れ落ちた者に興味を向けず、ワニの殺戮衝動は背を向けて逃げ惑う民間人の方へ首をもたげた。それが伝わると民間人は悲鳴のボルテージを一層高め、さらにそれがラザナの神経を刺激する。

「させるか!」

巨大ワニと避難者の間に、調査チームと残りの自衛官が立ち塞がる。異物の邪魔をラザナが感じ取るよりも早く、EMDの一斉砲撃が放たれる。

だが中生代を彩った恐竜の蔓延るマダガスカル。その頂点に君臨するラザナンドロンゴベが、この程度の危機に倒されることはなかった。跳び退いて距離を置いたのではない。あくまでも真っ向勝負。否、彼にとっては勝負ですらなく、単なる邪魔者の排斥でしかなかった。

彼は目の前の邪魔者たちへ突進した。これまでの生命で銃火器を目にしなかったこともあり、己に向けられたEMDを意に介さない。一見すると自殺行為にも捉えられる行動であるが、運命の女神は古代の支配者に微笑むことを選んだらしい。奇跡的にワニの軌道はEMDの弾道を外れた。急激に距離を詰められたことで、退避を想定していた人間たちは裏をかかれた。自衛隊の放つ麻酔弾も同様に外れて後方へ飛んで行き、命中した弾も強固な外骨格に弾かれて回転しながら散っていった。人間がそれを認識できた頃には、既にワニはゼロ距離まで迫っていた。

「う──」

ワニが重心を中心にし、床と平行に軸回転を描く。丸太のような尾と胴が自衛隊の画面に直撃し、彼らは歯や鼻を折りながら薙ぎ倒された。回転運動はそのまま織部と葦人に直撃し、彼らに莫大な衝撃を与える。

「がッ」

数人の自衛官は頭から壁へ叩き付けられた。ヘルメットの割れる音ともに、嫌な音が発せられた。おそらくは頸椎が破壊を受けた音であり、それ以降彼の肉体は動かなくなった。

その光景を目にする余裕もなく、調査チームも壁へ叩き付けられる。全身の骨が軋み、葦人は激痛を耐え切れずに叫び声を上げる。織部も歯を食いしばり、その隙間から苦痛の声を漏れた。衝撃で全身に痺れが走り、立ち上がれない。筋肉に力が入らず、腱が脳の指令を聞かない。骨だけでは体を支えられず、バランスを保てないまま床に倒れ伏してしまう。

(まずい、殺られる!)

筋肉と腱に裏切られた葦人の脳は、それでもなお全力で未曾有の危機を知らせていた。

 

だが脳を裏切る者はほかにもいた。彼らを吹き飛ばしたワニは追撃を加えず、それどころか直撃時よりも離れた場所に立っている。何か得体の知れない物を食らったかのような素振りで、前脚を動かして不思議な動きをしている。未知の現象を目の前にして戸惑っているようだ。

「EMDだ。これであいこだな」

葦人や自衛官たちが現状を理解するよりも早く、織部が自信に満ちた顔で言い放った。既に彼が持ち上げた手にはEMDが握られている。

「さあ立てよお前ら。向こうも状況が分かってねえみてえだ。あいつが当たる寸前に最大出力のEMDをお見舞いしてやったんだ。一発で倒れないとはなかなかにタフだが、俺たちに反撃の時間をくれるとは甘い野郎だ」

その言葉は人間サイドに希望を与えた。弾き飛ばされた銃を自衛官が持ち直し、痺れの残る手つきで銃口を向ける。葦人も同様だった。痛みに筋肉を痙攣させながらも、EMDを最高出力に設定する。

ラザナンドロンゴベもまた、状況を次第に理解しはじめたらしい。あの筒は脅威だ。無力なピンク色の生物たちは、あの筒で何か毒のようなものを放つらしい──現状をそう解釈したワニは一歩退いた。それを見た自衛官たちが動き始め、一歩前進する。

ワニは突如として方向転換した。遮蔽物を求め、丸いテーブルを轟音と共に跳ね除けてカフェテリアの奥へ突入する。動ける人間サイドが完全に立ち上がり、ワニの向かう先へ脚を異動かす。

「階段脇の者は避難誘導を続け、完了次第合流せよ!」

自衛隊が高らかに命令を下す。続々と戦闘態勢を整え、ワニに立ち向かう人間が増えていく。

「立場逆転ですね」

危機的状況から好転していく様を目にし、葦人の口角は自然に上がっていた。だが織部の顔を見ると、相変わらず大渓谷のように険しい表情が存在を主張している。葦人の顔から笑みが消えた。

「甘く見るな、石済葦人。あいつとは潰し合いだ。一発で形勢が大逆転するほど楽じゃあねえ……隙を見せれば、狩られるのは俺たちだ」

 

 

 

事実、大吾のいる3階では、織部の指摘が現実のものとなっていた。

出会い頭にEMDを撃ち込んだ大吾の部隊は、人間たちを狩られる側から狩る側へ昇華させたように見える。だがその実態は、EMDという危険な存在をワニに教え、その対策を学習させてしまったということだった。家具販売店や書店が広がる広大なエリアを舞台に、ラザナンドロンゴベはゲリラ戦を仕掛けられる立場に立っていた。

次々に商品棚が倒壊し、隊員が巻き込まれる。ある者は棚に押し潰され、ある者は直接その歯に引き裂かれた。ガラス製品が次々に飛来して彼らの顔に傷を刻み込み、運の悪い隊員には光を失った者もいた。見通しの悪い店内でEMDは金属製品に当たって役に立たず、麻酔銃もその猛威を振るえずにいる。一人、また一人と部下が脱落していく。

「音を聞き取れ!ヤツがどこから来るか探るんだ!」

大吾の鶴の一声で、隊員が沈黙した。息を殺し、生物の立てる音に耳を立てる。

五、六秒後だろうか。先ほどまで暴れ続けていた巨大生物の、荒れた呼吸音が鼓膜に届いた。

「10時の方向だ!」

一斉に自衛隊が飛び出し、各々の武器をその方向に突きつける。高くそびえる棚のと棚の山脈の間に、ワニが潜伏している様が視界に飛び込む。その姿を視認するや否や、反射行動として引き金が引かれていた。電撃と麻酔弾が混ざり合い、一斉にラザナンドロンゴベに牙を向けた。

だが既に、ラザナも一手を打っていた。その爆発的な一手は、人間の発想スケールを超越した領域にあった。頭部から尾までを走る太い筋肉が、そばに置かれている寝具を拾い上げる。まるで投擲具で槍を投げるように、滑らかな動きで加速度がかかる。そのベッドは正確に自衛隊の中心めがけて運動を開始した。自衛隊の反応が声として現れた直後、加速した質量弾が彼らに直撃した。

店内を大きく揺るがす轟音が響き渡り、その音は1階の吹き抜けで話し合っている自衛隊にまで届いた。音源の3階では砕け散った木片が飛び散り、2人の自衛官が寝具の直下で粉砕骨折の憂き目に遭った。既にワニは別の場所へ姿を隠し、彼を狙った無数の砲撃は棚に命中して周囲に破壊痕を残すのみに終わっていた。

 

「おい、今助け──」

逃走したワニの追跡を後回しにし、寝具の下敷きになった隊員を助けようとする。だが大吾は直後に思い知ることとなった。ワニに圧倒的アドバンテージを与えてしまったこの状況で、他者に力を割く余裕はないと。

十メートルほど離れた場所で、これまた凄まじい音が響いた。そして1秒ほど遅れて、何らかの衝突音が響く。また1秒後、さらに1秒後。その音は次第次第に大きさを増しているようで、こちらに接近しているようにも感じられる。

(まさか──)

『リーダー!避けて!』

「千代田さん!棚が倒れてきます!!」

周囲の隊員たちと、通信越しの白夜の叫び。大吾の感覚は正しかった。音は大きさを増しつつ、さらに接近もしていたのだった。ワニは棚に体当たりをかましていた。棚はその圧倒的なパワーに敗北を喫し、ドミノ倒しの波は大吾たちを圧殺せんと迫ってくる。

「クソ──」

「行ってください、千代田さん」

寝具に潰された隊員は苦痛の表情を浮かべていた。だが彼を安心させるためなのだろう、無理な笑顔を作ってみせている。その笑顔が、余計に大吾の心を責め立てた。

「……全員出ろッ!早くッ!」

叫びながら棚の間から飛び出すのと、倒壊が到達したのは同時だった。脚が抜けるとともに棚が崩れ落ち、なおも波状攻撃は轟音を立てて続いてゆく。寝具の下の隊員は、もはや息をしていないだろう。

 

『リーダー、次が来ますッ!』

感傷の暇も与えず、追撃がやって来た。倒壊の波を脱した隊員たちを無慈悲に千切り飛ばす猛獣。圧倒的破壊の暴風雨が吹き荒れ、人間たちはなす術もなく叩き飛ばされる。嵐に巻き込まれた田畑のごとく蹴散らされる様相は、まさに彼が狩る側の地位に復古した証明。

「全員構えろッ!」

暴虐の限りを尽くすワニへ銃口が向けられる。お前達その筒が速いか、それとも爬虫類の歯と爪が上か。ほんの一刹那。試してみるがよい、という覇者の風格が場に降臨した。

その瞬間、自衛隊を恐怖心が突き抜けた。ほんの一瞬、彼らの挙動が制限を受ける。それは大吾までも例外でなく、引き金を動かそうという指が一瞬静止していた。

この一瞬は、日夜鎬を削る野生動物の世界では死に直結する時間であった。ワニが動く。目の前に並ぶ肉袋を引き裂かんと、その筋肉が躍動を始める。まだ人間たちの視神経は情報を伝達できない。無防備なまま立ち尽くす生物に破壊をもたらす──

 

──だが、何事にも例外というものがある。

ラザナは知らなかった。この構造物の中に、新手が一体侵入していたことに。

自衛隊も知らなかった。この駅の構内に、増援が一人増えていたことに。

大吾も知らなかった。この店の中に、仲間が一人駆けつけていたことに。

闘争の途中で足を踏み入れた彼女は、ワニの放つ覇気に恐怖心を抱かなかった。彼女にあったのは強大な怒りであった。第1フロアでは決して露わにせず心の奥底に鎮めていた莫大な怒りが、一気に噴火活動を始めていた。

そのエネルギーはEMDの一撃と化し、ラザナンドロンゴベを襲った。強力な一撃を頭に受け、ワニの巨体が崩れる。低い音がフロアに響き、大吾を含め、その場にいた人間の度肝を抜いた。全員がEMDの砲撃が飛んできた方向に目を向ける。

 

その方向に居たのは、EMDを構えた里亜だった。

片膝をつき、その視線は真っ直ぐにワニを刺すように向いている。

「棚を崩しれくれたおかげで撃ちやすかった……ありがとう。暴れてくれてよかった」

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