PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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血染めの軌跡 Part6

「ぐうッ……こりゃあ鞭打ちになってるな」

 

ラザナンドロンゴベをジュラ紀へ戻した調査チームは、駅で捕獲したもう一頭もアリーナへ運び込んで亀裂の向こうへ帰し、一時被害の拡大はここで食い止めた。問題は事後処理にあった。駅とアリーナで起きた惨事は表向きには新興宗教による大規模テロとして片づけ、架空の人物を拘束したとカバーストーリーを流布して収束させた。当然それを疑う人間も出ようが、広域ブロックの課せられたSNSは意味をなさず、インターネット掲示板にも次々にクロールが行われて機密情報は抹消された。警察と政府の全面協力を以て、ようやく辛うじて国家機密が保持されたということになる。

残った調査チームの課題は今回の亀裂の報告会と、破壊した備品の始末書であった。ワニとの戦闘で破壊され尽くしたJRタワーの店舗、車で突撃した窓ガラスと座席、そして乗用車。被害総額は高くつき、特に後半の責任は運転を担った大吾と引き金を引いた里亜に課せられた。鞭打ち症による痛みを引きずりながら、大吾はそれをぼやいていた。

 

「お前たちは大丈夫なのか?」

「ちょっと怪しいですねー。いや僕が言うのも何ですけど、本当無茶苦茶な作戦でしたよ」

首を擦って白夜が答えた。織部も若干の症状は出ているらしく頻りに肩に手を当てている。ただし葦人と里亜は例外のようで、特に苦痛を顔に表してはいなかった。里亜は心理的要因による苦悶を引きずっているようではあるが。

「僕は何ともないですね」

「私もです」

「一応、病院には行っておけ。葦人はまだ亀裂調査に携わって4件目だから、他のメンバーより興奮して症状に気付いていないのかもしれない。里亜もそうだ」

「分かりました、後で受診しておきます」

「……一旦報告はここで中断しておくか。全員、検査を受けに行こう」

 

 

 

駐屯地に用意された自衛隊の医療施設。既に症状の出ている三人はすぐさま部屋に案内され、里亜と葦人は待合室で待たされることになった。長椅子に腰かけた二人の間に特に会話はなく、壁にかかった時計の長針は文字盤を半回転しようとしていた。窓から差し込む光の生み出す影は、いつしか角度を変えていたようである。

「……すみません、葦人さん」

ポロッ、と里亜が言葉を漏らした。突然のことに驚いて葦人は彼女の方を向く。そこには涙こそ流していないが、悲しみに暮れている彼女の横顔が逆光の中に置かれていた。

「ドン引きですよね……勝手に怒って、叫んで暴れて、その上皆を巻き込んで……本当に申し訳ないです。ごめんなさい」

「いやそんな──」

「私、URAを抜けると思います」

「……」

予想のできない発言ではなかったが、それでも衝撃は走った。たった1週間ともに働いただけでも仲間意識は芽生えていた。それを突然脱退するというのは──

「元々向いてなかったんですよ。織部さんの言う通り、23にもなって私はガキでした。気持ちの整理もつけられずに現場に出向くなんて。葦人さんが入ったので調査チームの人数も足りてますし。私はもう要らない人間です」

「……そんなことはないですよ」

そう言うと、里亜は彼の方へ顔を向けた。

自己嫌悪に陥る人間を励ますのは得意でないが、ここは立ち上がる必要があった。彼女には調査チームに留まってほしい。URAに居てほしい。彼女はたった五人しかいない調査チームの空気を作り上げる重要な人間の一人だ。さらにブロントルニスのときも、パンノニアサウルスのときも、彼女は他のメンバーと同じようにチームを支えていた。第一、彼女がいなければタワーとアリーナでの惨劇はその被害を増していたはずだ。亀裂調査プロジェクトに不可欠な人材。彼女の欠員は大きな損失だ。

「大切な望みを破壊されたんですから、同情できますよ。今回は仕方がないです。これから変えていけば十分だと思いますよ。人は皆、人生を送る中で変わっていく。それが進歩なのか、それともそうでないのかは人によってまちまちですけどね」

「……」

里亜は呆気にとられたように口を開けていたが、やがて思い出したように口を閉じた。

「そう思いますか?」

「はい。今回の事件での出来事は、きっと貴女を大きく変えますよ。僕もそんな経験をしているのかと問われると、怪しいですが」

「……」

再び天使が通り過ぎた。既に他の受診者は待合室から姿を消しており、秒針の定期的にコチコチと鳴る静かな音が鼓膜を刺激する。

「ありが──」

 

「ここに居たか。医務室に向かったと聞いたよ」

突然背後から男の声がした。驚いて二人が振り向くと、そこには上物のスーツに身を包んだ神辺がネクタイをいじりながら、長椅子に座る二人を見下ろしていた。

「斎賀君、今回はやってくれたな」

「局長……」

「駅での荒れ様は仕方ない。だが問題はアリーナの方だ。器物損壊罪を一体幾つ犯せば気が済むんだ?我々の隠蔽工作にも限界と言うものがあるのだよ。君のようなトラブルメーカーは私としても是非解任したい……」

「……申し訳ありません」

「だが、私は君の能力を高く買っている。織部君から聞いた。君の速やかな判断や行動には普段から助けられていると。今回も君が車で突っ込むという判断を取らなければ、犠牲者が大勢出ただろうとな」

二人は驚いて顔を上げた。

「だから、今回は始末書だけで済ましておく。今後は気をつけろよ」

「……ありがとうございます!」

神辺は口角を上げて頷くと、背を向けて立ち去って行った。その背中はこれまでに目にしたよりも広いように感じられた。

 

局長が去って再び静けさに包まれた待合室で、今度は葦人が口を開いた。

「……良かったですね、織部さんが話してくれていて」

「……葦人さん、どうして敬語なんですか?」

「え?」

「私の方が年下ですよ~。私、学部卒ですので」

口調だけでなく、彼女の態度はかなり普段のものへ回帰しているようだった。

「……いや、でも僕の方が所属は後ですし──」

「年上の人に敬語使われるって戸惑っちゃうんですよね~。言い出せずにいたんですけど、結構前から気になってたんですよ、これ。斎賀さん、じゃなくて下の名前でも構いませんし」

「いや──」

それでも、と否定する言葉が喉から出そうになるが、思い留まった。むやみにゴネるほどの必要性もない──むしろチームに打ち解けさせようと計らいを振り払うのは益がないし失礼だ。せっかく差し伸べられた手だ、ありがたく受け取らせてもらおう。

「そういうことなら、分かった、里亜。……これからもよろしく」

「フフッ、ありがとうございます~」

彼女は見るからに、普段の調子を取り戻していた。

 

 

 

里亜と葦人を施設に置いた三人は既に診療を終えてURAに戻っており、織部と白夜は安寧を取り、自室にこもって安静にすることを選んだ。一方で大吾は亀裂探知装置の前に陣取ってそのスクリーンを眺めていた。首の保護器具がディスプレイと照明の光を反射し、瞳もスクリーンの光を受けて白く像を浮かび上がらせている。

彼は今回の亀裂に対処する中で一つの疑問を抱いていた。探知装置に保存された数多くのデータファイルの1つに、亀裂の具現可能性を解析したリストが存在する。ブラックリストとも呼べるこのファイルは、気温・湿度・気圧をはじめとする基本的観測情報のほかにマグネタイトやビスマスといった化学成分の検出情報を研究者たちが収集し、独自のアルゴリズムに従って羅列したもの。時空間の構造を分析するというニック・カッターの研究に確実性においては劣るものの、リアルタイムで変動する環境を即座に反映できるという点は長所と呼べた。彼はその計算が弾き出した答え──ブラックリストを目に通していた。

彼の指が動いて一覧をスクロールし、視線が目的の文字列を求めて縦横無尽に液晶画面を撫でる。そして目標──件のアリーナと駅の名前が捕捉される。

(あった。時空の断層はさておき、アリーナに亀裂が生じる可能性は以前から指摘されていたか……)

大吾は怪しんでいた。全盛期のARCであればともかく、現在のURAには予測のできない、時空の断層という超自然現象。だが予測のできない現象と言えば、彼らはもう一つの別の現象にも直面していた。

 

それは4日前、パンノニアサウルスとの接触時。あの時、葦人と白夜の危機を救うように突如開いた河川の亀裂。あまりにも都合の良すぎる助け舟に、亀裂を開く技術の介入を疑ったものだった。

あの時に開いた亀裂の場所は、ブラックリストに載っていない。気象条件や周囲の物性を加味して計算され尽くしたブラックリストに、想定外の断層現象で開いた亀裂さえアーカイブしたブラックリストに、あの亀裂だけが載っていない。同じ想像の枠外にあった亀裂現象に、なぜこうも差がついたのか。

 

まず第一に考えられるのは、河川の亀裂が強制的に開かれた人工亀裂であること。到底開かないとアルゴリズムが判断した場所であっても、プロスペロ社の技術の残骸結晶を用いれば時空を抉じ開けることも可能になってしまうのかもしれない。

そして第二に考えられる仮説。大吾はこの仮説を破棄したかった。何故ならこの仮説はURAそのものに精神的な亀裂を入れかねない、危険な仮説であったからだ。だがもしこの仮説が現実であり、真実であった場合、これを阻却するという行動に道理は通らない。頭の中に置いておかなければならない重大な仮説の一つ。

 

それは、『URAの中に亀裂を開く張本人がいる』こと。

 

ブラックリストは亀裂災害の軽減を図るためのハザードマップではなく、亀裂災害を引き起こすための作業プロトコルなのではないか。アリーナに時空の亀裂が開くこともこの手順書に準拠して計画されていたのではないか。

河川の記述がないのは亀裂を開いた張本人の予定にないものだったから。絶体絶命に追い込まれた葦人と白夜を救うために、何者かがやむを得ず亀裂を開いた。そう仮定した場合には亀裂を開いた犯人は外部犯ではなくなる。最初からこのURAに所属し、何食わぬ顔で飯を食べ、研究書類を執筆し、布団に入って睡眠を取る、構成員の一人。調査チームの行動を監視して亀裂を開く人間がいる。

 

(これが正しいと決まったわけではない……他の可能性だってある。むしろ私だって否定したい。だが──考えなくてはならない)

大吾は指を動かしてスクリーンの表示画面を切り替えた。ブラックリストの閲覧ではなくファイル自体の情報にアクセスする。URAの職員には全員アカウントが割り振られており、このファイルを作成・編集した人間の情報が開示される。更新履歴を辿れば、少なくともアリーナの亀裂情報を握った人間が分かる。

大吾は息を吐いて呼吸を整えると、しっかりと画面を見据えて更新履歴にアクセスした。

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