PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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真相を秘めるベール Part1

「最近物騒ねえ……もう本当に、この国はどうなるんでしょう」

「ええ、全く。駅でテロリスト、でしたっけ?そんなものが暴れるなんて、もう世も末よ」

「電車は止まるし、携帯も使えなくなるし!」

ラザナンドロンゴベの侵入災害は、表向きには首都圏を狙った大規模テロという形で報じられていた。死者数はそのまま爆破による犠牲者としてカウントされ、遺族やアーティストのファン達、そして報道に心を痛めた民間人は真相を知らされないまま、彼らの墓地や命の散った場所へ花を手向けた。ラザナンドロンゴベを目撃しながら辛うじて生還した人間には、政府により直々に口封じが行われた。理不尽な社会的制裁をちらつかせた脅しから記憶処理剤の投与まで幅広い手法がとられ、亀裂災害の事実に繋がり得る証言は悉く封殺された。一般の電話回線やインターネット回線をも一時的に寸断し、恒久的に動画や写真の一つさえも規制する徹底的な情報統制。陰謀論者が聞けば泣いて喜びそうな話題であるが、背後に隠された事実へ近づけた者はいなかった。

 

マスコミはテロの脅威という全く虚構の危機を鬼気迫る表情で報道し、世論にもその情報操作は浸透していた。今公園で喋っている高齢者たちもまた、都市に迫るテロリズムという虚偽の情報に慄いている。

「私らはもうどの道あの世に行くからいいのよ。問題はあの子たち──」

井戸端会議に参加していた女性の一人が、皺に囲まれた瞳を公園の一角へ向けた。彼女の瞳には遊具で遊ぶ児童たちの姿が映っている。ブランコがキィキィと軋む音を立て、鉄棒で着地して砂の擦れる音とともに砂埃が舞う。天真爛漫で明るく振る舞う子どもたちの様子を目にし、井戸端会議は一層暗く重い雰囲気をその身に受けていた。

「あの子たちが大人になる頃、ちゃんとした世界は残っているのかしら?」

「もう、申し訳ないわ……この時代に生まれたばっかりに」

 

「……あら?」

社会の将来を憂いでいる頃だった。全く乖離した2つの空気を纏った公園、その茂みが突如として揺れた。子どもが遊んでいる状況では全く不自然ではないだろう。しかし、女性の一人はその揺れに違和感を覚えた。その根源は足音にあった。その足音は子どものものにしては、否、人間のものにしてはやけに重々しい。しかしウマやイノシシのような蹄の音もしない。ただ質量を感じさせる足音が、茂みの擦れる音とともに公園へ迫ってくる。遊びに興じていた子どもたちも異変に気付いたのか、笑みに満ちた表情が次第に木材のように強張り始める。他の児童の動きを互いに見習おうとして遊具から距離を取り始める。

「ねえ、何かしら、あれ」

「ん……?」

井戸端会議の他のメンバーが白内障も危うい目を凝らすよりも先に、その茂みから揺れの正体が姿を現した。その姿は公園にいる人間では咄嗟に形容できないものであった。蹄はなく、全身が体毛に覆われている。四足歩行で背丈は人間と同じ程度。クマではなく、その顔は肉を喰らうとは考えにくい風貌であった。

 

「何、あれは……」

「アレよ、アレっぽい……ええと──」

「カピバラ?」

「それよそれ!」

「動物園から逃げたのかしら?」

ここにいるはずのない動物に、井戸端会議は警戒心を強めた。携帯電話を持つ何人かで警察消防への通報を入れ、持たないメンバーも巨大なカピバラ様生物──とはいえ、太く長大な尾と体格がその差異を明らかにしているが──から目線を逸らさずに警戒する。だがもしあの生物が本気で人間に危害を加えるのなら、この場にいる全員が瞬く場に弾き飛ばされるであろうことは分かり切っていた。今この公園にあの巨大生物に立ち向かえるだけの人間も力も皆無。自らの安全が風前の灯火であると彼女らは身構えた。

だが子どもたちは、未知の動物に対する好奇心を駆動した。恐る恐る、しかし着実に、現れた動物の方へ手を伸ばして歩んで行く。動物もそれに気付くが、彼らの緩慢な動作のためか、すぐに逃げ出そうとしない。耳を動かしつつも、その場から動かない。

「な……何してるのッ!やめなさいッ!」

「危ないわよ、戻って!」

児童たちは井戸端会議の必死の呼びかけに「でも……」「だって……」と曖昧な返事を返す。これが猛犬やクマであれば彼らも警戒心を働かせたことだろう。だがこの時姿を現したのは巨大なカピバラであり、動物園で幸せを享受して草を食む姿しか見たことがなかった。巨体は恐怖も煽ったが、その実体験が恐怖心を探求心へ変換してしまった。やがて児童の一人の掌がカピバラの体毛に触れ、老女たちは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

その頃自衛隊の駐屯地では、その中枢でサイレンが鳴り響いていた。亀裂探知装置のディスプレイが切り替わり、警告音に彩られた警告画面が点滅と共に電波異常の発生を告げる。

「場所は!?」

EMDを片手に持って駆けつけたのは、質問主の葦人だった。亀裂探知装置の正面の椅子には長い髪の持ち主──白夜が座っている。だが今回は、彼のトレードマークたる白い肌と長い赤髪の他にもう一つ人目を引く要素があった。彼の首にはいまだ補助器具が備え付けられ、先日のラザナンドロンゴベとの戦闘で負った鞭打ちの完全回復には至っていない様が無言で語られている。

「うーん、住宅街だねー。隣の県。今日は休日だし、結構ヤバいんじゃない?子どもの被害とかー……それにしてもこのタイミングかあ」

「向かいましょう、白夜さん……は──」

「うん、もし鞭打ちが治っていたら、ね?」

「……すみません」

「良いんだ。僕はここからの助言役に徹するよ。……それよりも心配なのは、葦人、君たちの方だ。リーダーも織部もまだ回復しきっていない。動けるのは君と里亜だけだ」

 

「いや、俺も動ける」

背後から響いた低い声の主は織部だった。首からは補助器具が取り払われており、強靭な筋肉に物を言わせて鞭打ちの苦痛を根性で耐えているらしい。だが当然、ハタから見ても万全と言えるような状態ではない。大吾と里亜も白夜の見解に同意する。

「無茶をするな、織部。トレーニングでもガタが来ていたじゃないか」

「そうですよ~、無理は禁物です。私と葦人さんに任せてくださいよっ」

「……だがお前達だけではどうにも心配だ。特に里亜、お前は先日のワニの一件で──」

「大丈夫です~。もうあんなことにはしませんからっ」

「しかし」

織部が言葉を返そうとすると、里亜の雰囲気が変わった。一瞬で変容した場の空気を織部はいち早く察して押し黙り、周りにいたメンバーも口を噤んだ。数秒の沈黙の末に、里亜が口を開く。

「安心してください。ここ数日で私も深く反省してきたので」

ふわりとした空気の抜けた里亜からは仕事人の圧が張り詰めていたが、その空気はこれまでのように暴走の気を孕んだものとは微妙に異質なようであった。焦燥や絶望といった負の感情を薄めさせ、剛健でありつつ滑らかでしなやかな性質を帯びている。先日の修羅場を潜り、一歩成長を遂げた様が感じられる。

「……まだ甘い。激情が完全に失せたわけではなさそうだ。……だが賭ける価値はあるか」

「……ありがとうございます」

「……おいおい、俺をほっぽって盛り上がってくれるなあ」

「あっすみませんリーダー」

「まあ良いさ。今回はお前達二人に任せる。知っての通り、俺たちは動けない。今回の亀裂はお前たちの掛かっているわけだが、俺たちがこっちでアシストする。安心して行け」

「「ありがとうございます!」」

 

 

 

里亜と葦人がメインフロアを脱してしばらく経たないうち、迷彩服に身を包んだ部隊が乗り込んできた。スーツ姿の男──局長神辺が彼らを亀裂探知装置の前へ誘い、指示基地の設営が開始される。

「時空の亀裂はTPOを弁えないようだな。最新鋭の医療でも回復しきらないうちに再び開こうとは」

「それが現実ってものですよー、局長」

「否定はしない。だが、国家機密の中枢へ自衛隊を、か」

「作戦本部は向こうに設置しますが、我々も調査チームである以上ここで要請には答えなくてはならない。さらにその場合、自衛隊の人間もいた方が遥かに効率が良いですから」

「うむ……気は進まないが仕方ない。現場に居なくてもリーダーは君だ、やってくれ」

「承知いたしました」

最低限の状況確認を済ませ、神辺は局長室に向けて踵を返した。残された調査チーム三人と自衛隊は真剣な表情で亀裂探知装置に向かう。白夜がキーを操作し、探知装置のディスプレイが一部変化し、ウィンドウが複数展開される。近隣の監視カメラ映像、作戦本部との通信画面、その他必要な情報が全て提示される。当然リーダーたる大吾も顎に手を添え、そのディスプレイの内容一つ一つに視線を注いでいた。

──さて、どう動く?

 

 

 

 

 

舞台は公園に戻る。児童が動物の毛皮に触れて1秒が経過したが、何も起こらなかった。やがてカピバラは頭を下げた。自らを恐る恐る撫でている少年に興味を抱いたらしく、彼の頭に顔をしかと近づけた。生暖かい鼻息が彼の頭髪を揺らすと、少年の顔にオレンジのように明るい笑顔が灯った。

周囲の児童たちもカピバラに近づき、想い想いに手を伸ばして毛皮に触れ始めた。特別警戒心の薄い個体なのか、群がる小さな人間たちに戸惑う様子を示しつつも、カピバラはその場に留まった。

「……襲わないの?」

「人間は食べないみたいね、良かった、良かった……」

大きな災厄が過ぎ去ったかのような空気が井戸端会議に漂う。ホッと胸を撫でおろし、落ち着いて警察の到着を待つ。人間に危害が加わらないのであれば、むやみに騒ぎ立てて刺激する必要もない。

 

だが、カピバラを囲む児童にも、通報した高齢者たちにも、到底計り知ることのない真の災厄はすぐそこへ迫っていた。そしてこれから始まる惨劇は、亀裂を潜り抜けて現代へ到来したフォベロミス・パッテルソニ自身までも予測がつくことではなかった。

 

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