PRIMEVAL - Reverberation 作:Tutu-sh
「URA……そんなものが」
突然明かされた突拍子もない秘密組織の存在。だがこうして武装した勢力に囲まれ、未知の球体とそれを取り巻く機器類、さらには地面に横たわる小型獣脚類を見せつけられた今、その言葉は圧倒的な説得力を持ってこの場にそびえている。
「我々の仕事は亀裂の封鎖と、生物による被害の軽減だ。君も既に目撃したと言ったな。亀裂を通って侵入する過去の生物からこの日本を守る。そのために亀裂の向こうの時代を調べ上げ、生物を同定して対策を練り、その確保ないしやむを得ない場合は処分する」
先ほどまで見せていた大吾の爽やかな顔には、大渓谷のように険しい皺が刻み込まれている。他3人の表情も硬く、真剣そのものだった。この場を統率できる銃という文明の利器を手にした人間が、糸の弛む様子さえなくこの場に居る。その緊張感は凄まじいものであり、男の全身に纏わりつく消耗の気配が薄れてゆく。
「さて。我々の職務を紹介したわけだが……無論、このことは他言無用だ」
それはそうだろうな、と男は思った。恐竜が現代に居るというだけで世間は大混乱だろう。それに加えて時空間の裂け目、さらには政府と結びつく秘密結社の存在。そんなものが明るみに出れば生物学や物理学は音を立てて崩壊し、ただでさえ随所で散見される現政権に対する不満は爆発的に沸騰するだろう。一般市民を不安に陥れる泥沼の論争が起こるのは誰の目からも明白だった。
「勿論喋りませんよ。……だがあなた方からすれば、僕が喋らない保証はない」
「その通り。だから──」
男に指差してみせた大吾は、その手でポケットへ手を入れる。取り出されたのは褐色の小瓶。中身はその距離ではよく見えないが、どうやら何かの液体であるらしく、チャプチャプと水音を立てている。
「これを飲んでもらう。大丈夫、毒じゃあないさ。ただ、今日1日分の記憶を失ってもらうだけだ。民間への影響を鑑みると、必要な処理なのは分かるだろう?」
「……毒でないという根拠は?」
先ほどは自分で彼らが悪人でないと口にしたが、彼らの大層な肩書を聞くうちに確証が揺らいでいた。政府とパイプがある組織なら、事態は重大だ。人間一人の生死など軽く捻り潰せる力がある。そして彼らが表沙汰にできない事象を取り扱うことが分かった今、この薬品が毒物でない証拠はない。
そんな思考回路を見越してのことだろう、大吾は丁寧に弁明をする。
「……君が言った通り、我々は殺人をするような組織じゃあない。なるべくは、ね。もし毒殺するなら死体の処理をしなくちゃあならないが──ああ、その程度なら根拠にはならないか。しかしね、我々は悪人じゃあないのは感じてくれたのではないかな。そうだ、それこそ君がさっき言ってくれたテーザー銃だ。それに、堂々と民間人を殺戮する集団に政府やその他組織と繋がることができると?」
「政治ってのはそういうものでしょう。表社会はどこかで裏社会と繋がる。完璧な白なんてものはない。次第次第に灰色を帯び、どこかで闇に呑まれて黒に転じるものなんですよ」
「陰謀論者かね、君は……」
「しつこいガキだ」
「まあそう言うな、織部。彼の発言にも一理ある。綺麗事で済むほど、世の中甘くはない」
「だが……」
沈黙が流れる。十秒ほどだった頃だろうか、白夜と里亜はチラチラと男へ視線を送る。早くアクションを起こせという目配せだ。事態の停滞に、織部もわずかに苛立ちを覚えていた。彼らのフラストレーションが爆発しないタイミングを見計らい、男は口を開く。
「──いいでしょう、テーザー銃を根拠に出したのは僕です。認めましょう。それが毒でないと、僕は信じます。あなた方を信頼します」
それを聞いた大吾の表情に笑みが灯る。
「ああ、非常に助かる」
「ですが拒否します」
急転直下の発言に、全員の表情が凍る。大吾の眼光は鋭く、遥か上空から獲物を見定めるハヤブサさながらだった。他3人も警戒態勢に入り、各々が銃に手をかける。織部に至っては銃口が完全に男の脳天を捕らえ、いつでも電撃を浴びせられるように構えを完了していた。
「……理由を聞いていいか?」
大吾はまだ平静を保とうとする。ゆっくりと男へ問いかけるその態度には、男の返答次第では強硬手段に出る雰囲気がにじみ出ていた。
「答えを聞く前に一つ言っておく。我々は確かに生物を殺さないし、人間に危害も加えない。やむを得ない場合は容赦なく撃つ。ここにいる3人はすぐにでも君を撃ち抜ける」
「またテーザー銃ですか」
「EMDだ。お前たち、最高出力に設定しろ」
3人が各自の銃をいじると、生じる電子音の周波数が上がってゆく。設定電圧が最大値に達したらしく、男の生命活動に危険を与えるレベルの砲撃が整えられた。
「もう一度拒否してみろ。最大出力のEMDはさっきとは段違いの威力だ。少なく見積もってまる1週間は君をコーマ状態にする。目を覚ましても三半規管へのダメージは数か月は癒えんよ。その間にゆっくり君を監禁させてもらう」
「撃たせないでくれよ……」
「ええ、私たちの本来相手にすべきは生物。人間のあなたじゃあないのよ……理解して」
「我々も単なる慈善活動家ではないのでね。手は出したくないというのが本音ではあるが、多少の犠牲が要求される瞬間もある。その身を
この極限状態に追い詰められてなお、男の決意は固まっていた。薬品の摂取を拒否する決意は、依然変わらずにいた。
「……すみません。ですが、僕はあの光景を忘れたくはないのです」
「……亀裂のことか」
「ええ。時空の亀裂というあの裂け目、そしてそこから出現した巨大な恐竜。僕が長年心の底から望み、追いかけ、そして諦めたものなのです。僕に感動を与えてくれた。あれを見たのは僕だ、記憶を消す権限があなた方にあるとは、僕には到底思えない。考えられない。社会的な立場など僕にはどうでもいい。そしてあなた、織部とか言ったな、突然押さえつけられて撃たれた恨み、僕は忘れちゃあいないぞ。千代田さんには悪いが、あんたの思う壺にはならない」
彼自身までもが信じられないほど、体温が上昇している。体が火照り、まるで胃の中でマグマが煮えたぎっているかのごとく、脳汁が沸騰しているかのごとく、口と舌が駆り立てられる。もはや自分が何を言っているのか分からない。だが自分の意思を、ノイズも含めて限界まで相手に叩き込もうとしているのは感じられる。
そんな弁舌に嫌気がさしたのか、織部が舌打ちする。
「……くだらない熱意と反骨心の混ざった幼稚な理論だ。現実を見ろ」
「そう一蹴されても構わない。適切に言語化できている自信なんてない。だがこれだけは言わせろ、僕はこの記憶を終生大事にとっておくだろうさ」
「──撃っていいか、リーダー」
「……許可する」
男が覚悟を決め、歯を食いしばる。男に向かって織部は冷徹な目線を向けたまま、正確に引き金が引かれる。
しかし、激痛に襲われたのは織部の方だった。
男が反撃に転じたのではない。URAは部外者に気を取られ、本来の職務を見失っていた。
彼らが真に警戒すべきは亀裂から現代へ侵入する生物。その生物を捜索し、捕獲しなければならなかった。彼らは既に獣脚類の恐竜を5匹は確保していたが、それがこの時代へ到来した個体群の全てではなかったのだ。侵入した群れはパニック状態になり、散り散りになって逃げて行った。そしてそのうち数匹が、亀裂をめがけて戻ってきていた。
そして戻ってきた彼らが目撃したものは、地面に積み上げられた同胞の遺体──厳密にはEMDで対処されたため死んではいないのだが、何頭も重なって不自然に倒れている様は、野生で生きる彼らからすれば死以外の何物でもない。そしてそこからそう離れていない場所に立つ未知の生物が5体。犯人は決まったようなものだった。彼らの狂乱は警戒と憤怒の色を交えて立ち上っていた。
織部の首に鉤爪が突き立てられる。鋭い爪を持った小型獣脚類が、織部の頸動脈をめがけて一直線に着弾していた。
幸いにも織部の鍛えた筋肉と分厚い襟が味方し、さらに鉤爪も悪名高いラプトルほど卓越してはいなかったため、辛うじて致命傷は避けられた。だが30キログラム近い野生動物が矢のごとく飛来したのだ。織部の肉体は紅い血を飛び散らせながら、突撃した獣脚類とともに吹き飛ばされて地面を転げ回る。
「うわッ!?」
「織部さん!?」
「ごぼッ……」
咳き込みながら体勢を立て直そうとするが、特攻をかました竜はそれを許さなかった。開いた口に並ぶ歯が飛び掛かる。咄嗟にEMDを狭間に割り込ませて直撃を防ぐが、到底人間に対処できる速度ではない歯と爪は銃身を着実に刻んでいた。
白夜と里亜は織部を襲う獣脚類へ銃を向けたが、既に彼らも襲撃対象にロックオンされていた。横から、背後から、頭上から、次々に同種の獣脚類が姿を現す。意識の外からの攻撃に彼らは地に引き倒された。構えたEMDも弾かれ、奪われ、執拗な攻撃に逃げ惑うばかり。
「くッそ──」
男に最も近い位置におり、獣脚類の潜む森から離れていた大吾は襲撃を免れた。記憶消去剤の小瓶を投げ捨て、秘かに忍ばせていたEMD拳銃を懐から取り出す。引き金を正確に引き、部下を翻弄する獣脚類を一匹一匹撃ち抜いた。獣脚類たちはブラックホールに吸い込まれるがごとく吹き飛んで行き、羽を散らしながら地面へ落ちて行った。
「……皆、生きているか!」
「ええ、なんとか。しかし、ああ、手痛くやられました」
引き裂かれた白夜の服の下に露わになった傷口からは、血が小さな泉のように流れ出ていた。里亜も顔や手に擦り傷を負い、服で見えない場所からは痛みが打撲の存在を主張している。
「リーダー、首をやられた。止血しなくては」
首の横を押さえる織部の指は赤く染まり、首の濡れた領域は拡大しつつあった。
「……分かった。急ぎ止血と消毒だ。済まなかった、私の指示ミスだ──」
そう言いつつ、大吾には悪い予感が走った。静かに振り向くと、そこに先ほどまで銃を向けられていた男の姿は、もう、なかった。
バッグを背負ったまま、動きが次第次第に緩慢になってゆく脚に力を入れつつ、男は茂みの中を逃走していた。獣脚類の襲撃は想定外だったが、外部からの干渉を全く期待していないわけではなかった。あてもなく時間稼ぎのために舌を動かしていて本当に良かったと、心の底から実感していた。極度に厳戒された状況から間一髪解放された彼は、斜面を走る消耗もあり、心臓の脈動が遥かに大きく速くなっていた。
「ハア……ハアッ……」
荒い呼吸で走る中、突如足に衝撃が走る。体が一瞬宙を舞って地面に倒れ込み、ぬかるみの中へ突っ込んでしまった。どうにかもがいて顔だけを泥から出して後ろを振り返ると、木の根がトラバサミのように突出していることが分かった。どうもそこに足をひっかけてしまったらしい。
不味い。このままでは追い付かれてしまう。連中は普段生物を相手にしているのだ、人間の足跡を辿ってここまで来られないはずがない。いくら恐竜に襲われたと言っても、エキスパートを名乗る彼らがあれで全滅しているとは思えない。すぐに応急処置を済ませて追跡を開始するはずだ。そしてこの泥も問題だ。ここを抜け出しても泥がついていては足がつく。早く抜け出して、泥を落とさなくては──
そこまで考えて手足に力を入れたときだった。何かの呼吸音が耳に入った。遠くない。近い。
身体を持ち上げようとするのをやめ、一時泥の中で静かに待つ。何が居るのか、見極める必要があった。この呼吸音は明らかに人間のものではなく、先ほどの小型獣脚類がこんなにも大きな音を立てるとも思えなかった。ぬかるみの中に身を沈めながら、呼吸を殺す。鼓動音がさらに増大していることに気付く。だがそれとは裏腹に、冷たいぬかるみに冷やされるよりも早く、体温が急速に下がってゆく。
やがて茂みが揺れ、白い歯と瞳が見えた。間違いなく、先ほどの獣脚類よりも遥かに大きい。背丈は人間ほどだろうか、明らかに捕食動物の風貌をした恐竜が目の前にいた。
鼓動の高まりが加速する。肉食恐竜を目にできた歓喜と、それに対する圧倒的な恐怖が同居する。幸運にもこちらに気付いている素振りはない。ぬかるみに潜航したまま様子を窺っていると、その恐竜は空気中の何かの匂いを辿っているようだった。不意に恐竜は首をもたげ、そのまま山を下り始めた。
揺れ動く尾が茂みの中へ消えていくのを見て男は安堵した。大きくため息が漏れ、張り詰めていた力が全身から抜けてゆく。だが数舜後にある事実が頭に浮上すると、大きく全身を揺さぶられるような衝撃が走った。
恐竜の進行方向の先にあるもの。それは時空の亀裂、そして襲撃を受けたばかりのURAのメンバーだった。