PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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極東の地で Part5

織部を窮地から救ったのは、EMD持ちの2名が有効射程範囲に入ったことだった。本能でそれを感じ取ったのか、それとも彼らが銃を再び構えたことに警戒したのか。フクイラプトルは襲撃を中断して飛び退いた。大吾もEMDを持ち直して加勢する。自衛隊の銃との違いに気付いたのか、フクイラプトルは逃げ出さず、様子を窺うように射程範囲の外を彷徨い始める。

「織部、そのまま動くなよ……」

あまり大きく動くわけにもいかず、織部は小さく、しかし大吾には伝わる動作で頷く。転落したことで織部はフクイラプトルの死角に入っていたが、フクイラプトルは嗅覚を働かせて織部の位置を測っている。空気吸入のたびに鼻孔周辺が膨張と収縮を繰り返す。一方で視覚は三人の方へ集中しており、彼らの一挙手一投足も見逃さないという構えだった。

「あいつ、なかなか賢いな。恐竜ってあんなものなのか?」

「これは長引きそうですね……」

 

白夜の発言通り、場は膠着状態に陥った。三人は織部を防衛するため彼を中心にとった扇型を描き、フクイラプトルに対して半径を広げる形で前進する。一方のフクイラプトルは茂みの中へ一時的に身を隠し、その中を潜航した。このまま前進すれば奴を山の中へ放逐して自衛隊に処理を任せられる、という甘い思考が浮かんだが、すぐに頭から消えた。三人の間隔が広がれば各々が消される可能性が出てしまう。三人で固まったまま前進すれば、織部が再び標的にされる可能性が高い。ろくに動くこともできず、弧を描いたまま茂みを睨みつけるほかなかった。いつフクイラプトルが茂みから飛び出してくるか、緊迫する中での睨み合いが続く。一方で現場を翻弄する捕食者も、目の前に陣取る邪魔者をどうにか殺せないかと苛立ちを覚えていた。

汗が垂れる。茂みの揺れが突如として接近し、EMDを構える腕に力が入る。しかしその数舜後には揺れは収まり、遠ざかっていく。そしてそこから離れた地点で再び揺れが大きくなる。このサイクルを幾度となく繰り返し、三人の表情には緊張と焦燥に起因する消耗が見え始めた。

だが激しい動きを繰り返すフクイラプトルも痺れを切らしていた。やがて彼らを扇動するのをやめ、歩調を緩める。足をその場に止め、ひっそりと音を殺して佇んだ。沈黙が訪れる。だがセミの声は依然として鳴り響き、静寂に包まれたわけではなかった。

このセミの音で、フクイラプトルの足取りは曖昧模糊なものと化していた。動作を止めたのは三人にも薄々感じられたが、どこで歩みを止めたのかが正確に分からない。存在圧が周囲に溶け込み、どこまでも希薄になって溶けてゆく。どこから奴が飛び出してくるのか。三人は感覚器官をフルに働かせるが、状況を読めば読むほどその存在は朧げになっていった。

 

静かに力を蓄えていた筋肉を稼働させ、フクイラプトルが飛び立つ。地面を蹴り、茂みを破り、真っ先に里亜へ飛び掛かった。咄嗟にEMDが向いたものの、既にそこはフクイラプトルの間合いだった。歯が銃口をがっしりとホールドする。銃身が彼の力で捻じ曲げられるということはなかった。EMDごと里亜の体そのものが大きく力を受け、バランスを崩したからだ。

「あッ……」

里亜が現状を呑み込んだときには、既にフクイラプトルの脚が彼女の胴にクリーンヒットしていた。衝撃でEMDから指が剥がれ、体がゴムまりのごとく跳ね飛ばされる。処置した擦り傷の上にさらに傷を負いながら、彼女はなす術もなく地面に打ち付けられ転がっていく。体が地面との摩擦でようやく止まり、胸を広げて大きく肺に酸素を送り込むころには、EMDはフクイラプトルの口から放り投げられて放物線を描いて沢へ落ちて行った。セミの声にかき消されかけてはいたが、銃が水没して破損する嫌な音が耳に入った。

フクイラプトルは考えた。今駆け寄ってくる武装した二匹を先に無力化するか、たった今蹴りつけた相手を餌として亀裂へ持ち帰るか。散々ここで暴れ散らして疲労も蓄積した。そろそろ故郷へ戻ってよい頃合いだろう──と。彼は餌を優先することにした。

 

だが彼の計画はここで頓挫する。

激しい音と共に、頭部に突然強い衝撃が走った。自衛隊から受けた銃撃とは明らかに性質を異とする、外部からの攻撃だった。痛みをこらえながら、蹴り飛ばした餌を守ろうとした二匹の仕業かと睨みつける。だがどうやら彼らも驚いている様子だった。地面に目をやると、泥に塗れた謎の物体が落ちていた。

二人はフクイラプトルよりも状況を詳細に目撃していた。上空からの飛来物がフクイラプトルの頭を打ち、そのまま地面へ落下した。飛来物には見覚えがあった。それは、フクイベナトルの襲撃時に姿を消した男の荷物だった。

 

「斎賀さァん!無事ですかー!?」

山の斜面を何かが滑り降りる音がし、男の声が響く。茂みの間に時折明るい色が見え、人間の衣服であることが分かった。

「助け舟……ということか!」

大吾がEMDをフクイラプトルへ向ける。頭にショックを受けたフクイラプトルはいまだ倒れずに立ってはいた。しかし、足取りは不安定そのもので、腕はビクビクと震えながら宙を切っていた。頭部もどこを向けばいいのかといった具合に動き回り、目の照準もあっていない。回復の兆候を見せてはいるが、完全復活は果たしていない。これまで機敏に立ち回ってきた竜を倒す、最大にして最高の好機。

「ありがとう」

EMDの放電音が立て続けに3発鳴り響く。フクイラプトルの体は直撃のたび、氷山に衝突したように大きく揺れた。やがて彼の肢は自重を支えきれなくなり、その場に崩れ落ちた。

 

百夜が里亜を介抱し、大吾が倒れたフクイラプトルを観察していると、音を立てて茂みから男が姿を現した。

「ああ、よかった。無事でしたか」

「無事?君、これが無事に見えるっていうのー?全身に擦り傷、グスッ、多分蹴られたときに骨折したかも」

「あっ……すみません、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ~、バッグ投げて助けてくださったんですよね、ありがとうございます」

事態が一応の終息を迎え、里亜の態度は柔らかなものに戻っていた。大吾もフクイラプトルのそばから立ち上がり、男に向き直す。

「ありがとう、君のおかげで助かった。おそらくその……荷物の中身は無事ではないと思うが」

「さっき沢で採ったノジュールたちです。まあ……人命よりも大切なものなんてありませんから。それに、案外今ので化石が石から剥がれたかも」

「フフ、それならよかった」

大吾は笑ってみせるが、ふとやらなくてはならないことを思い出して真剣な顔つきに戻る。男もそれを察知し、神妙な顔をする。既にこの次に上る話題を彼は理解していた。

「……恩人に申し訳ないが、君の記憶は──」

「僕をチームに加えてもらえませんか」

話を遮り、打診する。男が考えついた中でこれが最善の一手。突然の申し出にURAのメンバーはポカンとするが、大吾だけは納得した様子だった。

「逃げ出したことについては申し訳なく思います。それに、この事実を世間に漏らしてはならないという実情も痛いほど分かります。……ですが、滅び去った恐竜を見てとても高揚した、というのが事実なのです。身の毛のよだつ経験もしましたが、こう……」

 

「──分かるさ」

言葉に詰まる男に、今度は大吾が助け舟を出した。

「この世には我々の計り知れないことが数多く存在する。そのうちの1つが時空の亀裂だ。日常に縛られた人間では滅多に出会えない神秘。この世界の素晴らしさがそこにある。──だが辛いこともある。この世界がどれだけ恐ろしく、狂気に満ちているかも経験することになるだろう。それでもいいのかな」

「──いいですよ。ありがとうございます。僕は事実を知る数少ない人間の一人です。引き受ける義務はなくとも、僕は参加したい」

「えーっと、お話し中申し訳ない。」会話を遮り、白夜が口を挟む。「君、本当に入るの?」

「ええ。嫌ですか?」

白夜は、じっと男の瞳を見つめる。男も彼の瞳を見つめ返す。彼の瞳は澄んでいて清らかで、白夜というよりも極夜をイメージさせる美しい夜の色だった。

「……いいや。むしろ歓迎さ、君のその意思が本心ならね」

見つめ合いの果てにポン、と白夜に尻を叩かれると、男は若干の嫌悪感を示した。その背後から里亜が口を出す。

「もう、初対面で攻めすぎですよ~。気を付けてくださいね石済さん、そして歓迎しますよ!」

「ああ、ありがとうございます」

早くも仲間として認められ──織部はそこに居なかったが──喜びが湧く。

しかし、そんな中で男はある一点がひっかかった。

「……待って、どうして僕の名を?」

「君が撃たれている間に財布を抜かせてもらった。君の免許証に保険証、学生証、その他会員カードがいっぱいだったよ」

男はパタパタとポケットを探る。どのポケットもペタリと潰れ、財布をスられた事実を認めるほかなかった。ため息が出る。

「全く……本当になんてことを」

「必要な用心だ。君がもしそのまま失踪して、自衛隊の捜索網までかいくぐったら困るものな。もしそうでないとしても、生物と遭遇したアフターケアだとか、いろいろ手を回す必要があるんだよ」

「なるほど……まあ合点がいきましたよ。後で返してくださいね」

口ではそう言いつつも、心の底では不平不満が募っていないこともなかった。それを読み取ってかどうかは分からないが、千代田が話題を転換する。

「もちろんだ。ところで君の処遇については織部にも話すが……君の専門分野が具体的に分からないが、きっと君の趣味からして、亀裂調査プロジェクトにも一役買うものだろう。きっと我々にとって貴重な戦力になる。まずは君の口から自己紹介が聞きたいな。これから同じチームで働くことになるかもしれないわけだ、チームメイトの名前は把握しておかなくちゃあな」

「ええ、分かりました」

男は息を吸い込む。これからの人生に間違いなく史上最大の変革をもたらす出会いの場。ここで初めての自己紹介だ。

 

 

「石済葦人と申します。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」

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