PRIMEVAL - Reverberation 作:Tutu-sh
フクイラプトルがURAに対し大立ち回りを繰り広げて、ざっと半年後。ある基地に黒曜石の色をした車が乗り入れていた。運転席と助手席のドアが開くと、サングラスをかけたスーツの男がそれぞれ姿を現した。頭から足元まで黒色に統一されている。うち1人が後部座席のドアを開けると、1人の男が車を降りた。半年前の戦いで事態を終息に導いた第一人者、石済葦人である。
彼は周囲の景色に目をやった。カーキ色の装甲車や自走砲がこれでもかと並び、今すぐに他国からの侵略を受けても迎撃できそうな装備が整っている。これは明らかに、事実上の軍事組織の様相を呈していた。
「……ここは自衛隊の基地では?」
「はい。URAの基地は陸上自衛隊の駐屯地の内部に存在します」
「……なるほど。まるでイソギンチャクの中に暮らすクマノミですね。自衛隊の力を突破して踏み込める生物や集団なんてそういない。安全を保障してもらう代わりに、亀裂災害が起これば先陣に立って指揮を執る。完璧な共生関係──いや、電話一本で自衛隊を出動させられるその力。もはや寄生と言って差し支えないのかもしれませんね」
「URAは自衛隊のような高火力の武器を持ちませんからね。我々のようなガードがいるだけで、後は調査チームと研究者だけです。詳しい説明は中でされると思いますが」
「……ふうん。ご説明、感謝します」
葦人がURAの実情を知らなかったのには理由がある。彼はURAへの加入が正式に決定された際、ある条件をつけられていた。それは修士課程を修了すること。大学院での研究に精を出し、それを終えてからURAに就職せよという決定だった。これは織部が彼の加入を簡単に快諾しなかったことだけが原因ではなく、チーム全員の意向だった。
半年間彼の私生活には私服警官やエージェントの張り込みがなされた。やはりプロなだけあって素人の葦人に気取られることはなかったが、見張りがつくことを大吾から告げられていたため、一日のふとした瞬間に監視されている感覚を味わっていた。丁寧に盗聴器も設置されており、プライベートなど存在しないも同然だった。機密の漏洩を防ぐための処置なのは重々承知していたが、研究室での言動まで監視されていたのではたまったものではない。亀裂調査プロジェクト以外の内部機密など存在しないとでも言いたげな高圧的な印象を受けるが、組織の力を考えると無理も無いのだろう。
そうこうしているうちに、黒服2名を左右につけたまま、葦人はURAの本拠地へ到着した。網膜認証と指紋認証、さらにカード認証のトリプルチェックを経て、重々しい鋼鉄のゲートが開いてゆく。
その向こうにはメインフロアが広がり、白を基調とした近未来的な空間が3人を出迎えた。奥には映画鑑賞でもできそうな巨大なディスプレイが壁に埋め込まれている。直線と120°の角の意匠が散りばめられ、この世界に存在するどの先端組織にも比肩しうるデザイン。半年前に山で目にした装置に加え、得体も用途も知れない、洗練された設計の機器がずらりと並んでいる。
「おお、よく来た!」
陳列された装置を眺めていると、見知った声が響いた。顔を向けたその先には、向こうから他ならぬ大吾が駆け足で寄って来ていた。その後ろには里亜と白夜が歩いて向かって来ており、さらにその後ろには織部が首を鳴らしながら歩を進めていた。
「よく来てくれた。改めて石済葦人、君を歓迎しよう」
「おめでとうございま~す!」
「ありがとうございます。改めて、よろしくお願いします」
下げた頭を上げる際、奥に居る織部が目に入った。相変わらず葦人を快くは思っていないようで、口を尖らせて見下す姿勢をとっていた。鼻につく男ではあるが、この場でやり合ったところで全く得はないし、むしろ返り討ちにされるだけだろう。別に全員と何らかの関係を築く必要があるわけでもない、馬が合わないなら触れないでおけばいいだけだ。
「ほう、君がそうなのか」
突然、上から低い声が響く。見上げると、メインフロアの上に備わった通路の上に人影があった。オールバックの髪形に垂れた前髪、眼鏡をかけた長身の男だった。ラメの入った上等なスーツが周囲の光源の光を反射し、ひときわ存在感を放っている。
「……あなたは?」
「そうか、まだ聞かされていなかったか……」
男がパキンと指を鳴らすと、重い駆動音を立て、彼の立っていた通路の一部がゆっくりと降下を開始した。やがて通路はメインフロアの床と一体化し、手すりはコンパクトに畳まれて床へ収納された。通路と床の消失した境界の上へ、男が足を踏み出す。履いている革靴も丁寧に磨かれており、光沢を放っていた。
「私の名は神辺光輔。URAの局長だ。ここに所属するということは、私の部下になるということだ。そこのところ、よろしく頼む」
「ああ、あなたが局長の神辺さんでしたか。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
急いで頭を下げる葦人に、局長は微笑みかける。
「なに、頭を上げてくれ。新人職員を歓迎しよう。ほら握手を」
「あ……はい。ありがとうございます」
「うんうん。さて千代田くん、業務内容について説明は?」
「いえ、具体的な説明は、まだ」
「ではしてくれ。新人教育をしっかりな」
「承知いたしました。葦人、来てくれ。お前たちも作業に戻ってくれ」
局長に肩を叩かれて大吾は葦人を連れて別室へ消えていき、夜と里亜もそれぞれの部屋へ戻っていった。織部も休憩室で茶でも啜ろうと思い、肩を伸ばして部屋を移ろうとする。
「織部くん、少しいいかな」
織部は突然呼び止められ、不思議そうに振り返った。
「……何でしょう?」
局長が織部との距離を詰める。前髪が肌に触れそうなほどに接近し、局長は口を開いた。
「君、石済くんに反感を抱いているようだな。違うか?」
「……違うと言えば嘘になりますね。奴は元々部外者です、いきなり特権を与えて職員にするなど」
「まあ君の気持も分からんでもない……だが、くれぐれも仲良くな。我々は、いや、君たち調査チームは少数精鋭なんだ。親密になれとは言わないが、表向きだけでも仲良くしてくれたまえよ」
「……了解です、ボス」
織部の返事を聞くと、局長は口角を上げて指で軽く敬礼のポーズを取り、その場を後にした。残された織部は首を横に小刻みに振り、休憩室へ入っていった。
「──というわけで、この城が建てられたのは16世紀の後半ごろと言われていますが、この庭園が完成したのは江戸時代の初頭というわけなんですね。その後も何度も手が加えられ、現在ご覧いただいている庭園は江戸時代後期の姿を忠実に再現したものとなっております」
同日、とある城に観光ツアーの一団が訪れていた。老夫婦や春休みを迎えた親子連れ、歴史愛好家などがぞろぞろと並び、畳の上に立っている。荘厳な龍が掘られた鴨居の向こうには、年季の入った滑らかな縁側を挟み、気品に満ちた枯山水が湛えられていた。砂の芸術の中にはオアシスのように苔が生し、その奥に青々とした庭木と玄武岩が佇んでいる。数百年に亘って培われた日本文化が誇る、傑作と呼べる代物である。
「では次の場所に移りましょうか」
女性ツアーガイドの案内を受け、一行が縁側を進みはじめる。まだスマホや一眼レフで粘る観光客がいる中、年端もいかない男児が庭園の一角を見つめていた。子どもは傍で進もうとしている父親のズボンを掴み、ぐいぐいと引っ張る。
「お父さん、あそこ」
「ん?どうした?」
「お馬さん!」
馬がいると聞いた観光客たちが、どれどれと振り返る。妙だと思いながらツアーガイドも振り向いた。確かに、戦国時代の再現としてこの城の敷地内で馬は飼育されているが、ここまで入ってくるはずがない。脱走したのだろうか。そうなら早く管理事務所に連絡しなくてはならない。
ガイドの目に飛び込んできたのは、馬というよりもむしろラクダに似た動物だった。しかしラクダよりも鼻が伸びていて歪であり、不気味な印象を放っている。そして巨体。首を上げれば人の背丈を優に超えるであろうその動物は、蹄で枯山水の上を歩いて砂を崩しながら、生えている苔を食べられるか吟味しているようだった。
「……あれは馬なの?」
「馬じゃないだろ……」
「じゃあ何なの?」
観光客の一人がぽろっと不安をこぼすと、一斉にざわめきが伝播した。得体の知れない動物が近くに迫っている非日常に、不安が拡大している。これは不味い。
「皆さん落ち着いてください!あれは品種改良された馬でして、ここに連れて来られていることも秘密だったのですが、ちょっと逃げてきてしまったようですね!今事務所の方へ連絡いたしますので、どうか、どうかご安心ください!」
あれが何者であれ、やるべきことは変わらない。動物の侵入を事務所に報告し、必要なら近隣の動物園や警察に通報する。どうやら今の咄嗟の方便でツアーご一行様は若干の落ち着きを取り戻したらしく、ひとまずは安心だ。スマホを取り出し、管理事務所宛の電話番号をタップする。
「ママ、もう1匹いるよ!」
別の女児の声が上がった。ガイドが耳を疑って即座に顔を上げると、そこには2頭目の動物が現れていた。2頭目は枯山水の上を急ぎ足で進み、砂に描かれた文様を突っ切っていく。
どよめく観光客をよそに、3頭目が走り出てきた。そして4頭、5頭と次々に同種の動物が現れ、その速度を増していく。やがて数えきることのできないほどの群れが押し寄せ、砂を巻き上げて暴走を開始した。緑色が随所に浮かぶ灰色の庭園は最早栗色の毛皮に溢れている。子どもたちはパニックを起こして泣き叫び、大人たちも不安に怯えていた。
やがて100キロを超えようかという動物たちは、無残にも泥流に呑まれる庭園だけに飽き足らず、縁側に蹄を乗せて城内へ上がりこんだ。先駆者を追って続々と動物たちが縁側へ乗り込み、逃げ惑う観光客を蹴り上げながら畳を踏みつけて疾走していく。殴打の音と壮絶な群集の足音、そして悲鳴が響き、1分も経たないうちに阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れた。
自衛隊の基地の一角では、開く扉から葦人と大吾が姿を現した。
「我々の仕事はそんなものだ。亀裂調査プロジェクトと銘打っているが、実際に亀裂をその場で相手することは多くない。まあ、ここ最近ではその限りではないが……しかし君が赴任してすぐに亀裂が生じるということもあるまい。今日はいろいろと施設を回って、できるだけ早くこの職場に──」
その時、白色に満ちていたメインフロアが赤色の点滅光と警報に包まれた。
突然に変貌を遂げた状況に戸惑い目を大きくする葦人に対し、全てを悟った大吾は額に手を当てて項垂れる。
「……あぁ」
「……もしや、このリズミカルなサイレンが?」
メインフロアの奥に備え付けられたスクリーンに光が灯り、日本地図が表示される。彼らの現在地からそう遠くない場所が拡大されていき、赤い円が表示される。
「そう、亀裂発生だ。いやまさか、初日からこんな事態になるとは……」
里亜と白夜、織部も部屋を飛び出してきた。大吾は自らの顔を勢いよく叩く。
「──出発だ。皆武器を取れ」