PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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陥落の城 Part2

封鎖された門が開かれ、自衛隊の車両数台が砂埃を巻き上げて山城の敷地内に突入する。車両群の中心には一台の乗用車が位置取り、カーキ色の護衛者ならぬ護衛車に守られていた。敷地内では本丸を落とした獣たちが草を食んでいたが、彼らの突入に驚いて一斉に四方八方へ距離をとった。

蹄を持つ彼らが乱入者の動向を恐る恐る窺ううち、自衛隊車両の側面が勢いよく開き、膝をついて銃を構えた自衛官たちが姿を現す。銃の照準が戸惑う野生動物にピタリと合う。

「てーッ」

ほぼ同時に銃声が鳴り響き、麻酔弾が動物たちへ命中していく。数頭は隊員が銃を向けた段階で敷地の奥へ逃げ出していたが、人間を知らない大多数の個体はそのまま地に吸い込まれるようにバタバタと倒れていった。

「生物、沈黙!」

指揮官が高らかに宣言すると、中央の乗用車からぞろぞろと人が降りてきた。URAの調査チームである。周囲の状況を目視で確認する。

「オーケイ、通報の通りですねー。自衛隊の皆さん、ここからは車では進めないので、うちのリーダーが指示したとおりに分かれてくださいねー」

 

 

騒動の最中にツアーガイドは管理事務所に報告を果たし、事務所は警察へ、事情を察知した警察はURAへ通報した。この時すでにURAと陸上自衛隊は出動しており、移動の最中に城の封鎖の指示を下していた。軽傷で済んだ者は自力で城を脱出して保護されていたが、満足に動けないほどの重傷者は城に取り残されていた。出現した生物が捕食者ではなかったことが不幸中の幸いであった。

植物食動物が相手であれば比較的簡単に片付きそうなものであるが、そうではなかった。

第一に、山城という防衛に徹した施設の存在。長きにわたる熾烈な戦乱の時代を生き抜いた当時の武将たちは、自らや部下の英知を結集して牙城を築き上げていた。その防衛機構は今なお健在であり、内部に出現した生物たちに圧倒的な優位性をもたらしている。URAを除けば日本国で最も強力な集団といえど、車両で山を登るには限界があった。

第二に、城が歴史的遺産である点。そこで自衛隊が車で乗り込んで縦横無尽に射撃を開始すれば、一般市民からの批判は避けられない。そこから亀裂調査プロジェクトへ辿り着く者もいるかもしれない。むやみに城へ乗り込むことは、どの観点から見ても避けたいことであった。

そこで今回の方針では、入り口まで車で突入した自衛隊が四手に分かれ、歩兵として生物を鎮圧する。さらに既に派遣されたヘリコプターが上空から状況を監視し、亀裂と生物の捜索、被害者の救出にあたり、マスコミの接近を封じる。山城の上をヘリコプターが合計で4機滞空し、そのうちの1機に大吾が乗っている。

 

「いいか、我々のなすべきことは上空からの探査。撃っていいのはやむを得ない時だけだからな」

「承知しています」

ヘリコプターには誘導弾の代わりに機関砲が備え付けられていたが、文化財を破壊しないためにも使用は最小限度に留める必要がある。それを差し引いても、生物を殺傷するには過剰なほどの威力。過去の生物を殺すことは避けなくてはならず、今回この機関砲が火を噴くことはないだろう。

大吾は窓に額を近づけて城の様子を見下ろす。本丸の裏で光っている物が目に入る。時空の亀裂である。正確な大きさは分からないが、直径は4メートルほどだろうか。

観測ヘリコプター2機に護衛されたUH-60JA多用途ヘリコプター2機に亀裂の所在を伝えると、部隊の降下が開始された。ロープから滑らかに隊員が降りて行き、第1機部隊の降下が完了すると続いて第2機がその位置につき、合計で6名の自衛官が降り立った。

「それでは、本丸から救出を開始だ」

大吾の指示を受け、6人は武装したまま本丸へ乗り込んでいった。

 

 

一方で四手に分かれた地上部隊はそれぞれ二の丸・本丸に向かっていた。亀裂の所在地が本丸であるため二の丸に分布する生物は少ないと想定され、里亜の率いる部隊だけが二の丸へ向かった。織部、白夜、そして葦人たちは、道中で生物を倒しながら本丸へ駆け上がる。

張り巡らされた城壁ゆえに周囲を一望することはできず、影に潜む動物を隈なく探して麻酔で眠らせてゆく。最初の突入が効いたのか動物たちは姿を見るや否や逃げ出していき、自衛隊と調査チームの手腕の前に倒れていった。稀にパニックを起こして飛び掛かってくる個体もいたが、部隊の持つ戦力差の前に封殺された。あと少しで本丸へ到達するという目前にも、暴走個体が飛び出してきた。

「おっと──」

流石に手馴れてきたか、白夜が片手でEMDを撃ち込む。生物はもんどりうって転倒し、その勢いで放たれた蹄が彼の顎をかすめた。

「っと、危ない危ない」

後ろへ2,3歩飛び退きながら顎をさすり、傷がないか確かめる。特に外傷はなく、動物も静かに地面の上へ横たわっている。白夜は動物に近づいてしゃがみ込み、しげしげとその顔を見つめる。バクのように伸びた鼻が特徴的である。

「いやあ、危なかったー……。いいですね、元気な子だ」

「こいつは何だ?ゾウの祖先か何かか」

「いえ、たぶんマクラウケニアで間違いないですねー。どちらかと言うとウマに近いかと」

白夜の推測に興味が無さそうに織部が頷く一方、葦人は眉をひそめた。

「……そうですか?」

「え、違う?」

「……マクラウケニアにしては鼻が短いかと。もっと長い復元図をよく見かけます」

「……復元によるんじゃあないかな。鼻が伸びているくらいなら骨格からでも推定できるけど、その具体的長さとなると研究者や画家の匙加減だと思うな。僕は」

「……そう、ですか」

確かに白夜の指摘の通りであるが、葦人はどうにも違和感を拭えなかった。マクラウケニアとは違う存在であるという感覚が、具体的根拠のないまま頭に浮かんでいる。

 

その様子を白夜はしばらく見つめたが、ふと思い出したように部隊に振り返った。

「亀裂は本丸の裏側にあるって、うちのリーダーは言ってます。もうじき本丸なので二手に分かれましょう。織部さんと葦人くんの部隊は本丸の裏へ、そして僕に付いてきてくれる皆さんは表へ。表にもこいつらがいる可能性は高いですからね。それに負傷者の皆さんの救出も手伝わないと。亀裂封鎖装置は織部さんの隊に任せます」

「え──」

「はいッ!」

葦人の戸惑いは勢いの良い返事にかき消された。部隊はそれぞれのURAメンバーに付いて二手に分かれる。織部は葦人に目線を送らないまま淡々と部隊を引き連れて歩を進め、気まずさと居心地の悪さを抱いた葦人も彼に並んで坂を上がっていった。

 

城壁のなす迷路を抜け、やや開けた場所に出たときだった。沈黙を破ってマクラウケニアが一頭、叫び声を上げながら必死の形相で部隊に突っ込んできた。耳をつんざくような雄叫びに、その場に居た誰もが驚き、反応に遅れた。

「ムッ──」

織部は突っ込んできたマクラウケニアを避け切れず、その身に体当たりを食らった。鍛え上げられた織部の肉体は80キロに迫っていたが、その倍もある野生動物に撥ねられたのではどうしようもない。織部の体はいとも簡単に吹き飛び、凄まじい摩擦音とともに砂埃を立てた。

暴走するマクラウケニアはそのまま部隊の中央で暴れ、次々に自衛官を蹴り飛ばしていく。宙を舞う隊員や、地面へ斜めに叩き付けられる隊員。地面を転がって危うく頭を踏み潰されそうになる者もいた。

 

煙幕のように舞い上がる砂と混乱が周囲を包む中、葦人は自分の頬に砂の混じった赤い液体が付着したことに気が付いた。自分の血ではない。マクラウケニアの特攻を自分は回避したからだ。蹴散らされる部隊のものかとも考えたが、砂埃の中で赤いものが動いているのが目に入り、考えを改めた。マクラウケニアの躍動する肉体、その臀部が大きく負傷している。血はそこから飛び散ったものであり、赤々とした鮮やかな傷がぽっかりと開いていた。

やがてその負傷ゆえかマクラウケニアの動きは次第にスローダウンした。隊員たちが銃を向けたとき、後方から葦人の袖をかすめてEMDの衝撃がマクラウケニアの首へ着弾する。そのままマクラウケニアは倒れ、背後から織部が歩み寄った。彼は腕を擦り剥いているようだった。

「危な──」

「負傷しているな、こいつ」

葦人のクレームを遮り、織部が個体の鑑定を始める。

「かなり最近の傷、というよりもついさっきついたような傷だな。皮が削げ落ちている。転んだ負傷にしては激しすぎるし、位置が妙だ。亀裂を抜ける直前に捕食者に襲われたか」

「……あるいは、こっちの時代に来てから襲われたかですね」

 

織部は喋るのを止め、葦人の方を向いた。城に着いてからはじめて目線を向けられた気がする。

「兄ちゃん、どういうことだ」

「この生物がマクラウケニアなら、同じ時代・同じ地域に生息した捕食者にはスミロドンやティラコスミルス……俗に言うサーベルタイガーやそれに準ずる捕食動物が居ます。封鎖は正解でした、余りにも危険すぎます」

「そいつらが現代に来ているということか」

「可能性は高いですね。半年前と同じですよ、今の血の臭いを嗅ぎつけて襲いに来るかも」

「あれはお前のせいだろうが」

「……」

返す言葉もない。触れないようにしていた罪悪感が掘り返され、葦人は口を噤む。織部は押し黙った葦人から顔を背け、舌打ちをしながら本丸の方を向く。

「てめえのしたことを棚に上げて語るんじゃねえ。俺はお前を認めていないからな」

「……分かっています、しかし」

「黙れ。進むぞ」

邪険に扱われ、罪悪感の背後にいた殺意が立ち上ったのが実感する。そうだ。元はと言えば織部が最初に自分を地面に押し付けてEMDで撃ったのではないか。ただ撃たずに大人しくさせておく手もあったはずだ。手が痙攣したように震える。急に怒りが湧いてきたが、ここでやり合うわけにはいかないと、燃え上がる感情を必死に押しとどめる。

「……それで、その時代の捕食動物はそいつだけなのか?」

歩きながら、織部が問いかける。黙れとほざいたくせに情報だけは要求するのか、と怒りのボルテージが一段階上がるが、これも全力で押し殺す。手足に震えが走り、歯に凄まじい圧がかかる。

「……アルゲンタヴィスという巨大な猛禽もいたかと。鳥ですよ」

「そいつは飛べるのか?」

「気流を使えば──」

 

突然、2人の目に赤い液体が映った。彼らを護衛するように前方を歩いていた隊員が、曲がり角を曲がった途端に血を噴き出した。血の源は彼の首であり、そこを鋭利で硬質な何かが貫いている。頚椎は一撃で折られているようだった。

「何ッ……」

織部が驚きの声を漏らす中、葦人はマクラウケニアに覚えていた違和感の正体を悟った。よく見かける復元図より鼻が短かったのは、それよりも祖先的な生物だったからだ。おそらくは1000万年前ごろに生息していた祖先種。つまり先に上げた捕食動物はいない。この時代に侵入しているのは、それ以前の生物相からやって来た捕食動物のはずだ。

絶命した隊員の体が、血を靴底から垂らしながら高く持ち上げられる。およそ3メートル近くに持ち上げられると、隊員の首から鋭器が抜き取られた。彼の体は力なく地面へ落下し、べしゃりと音を立てて血を飛び散らせる。

葦人たちは惨殺された隊員の遺体から、上へ視線を送る。猛禽さながらの風貌の、しかし遥かに異質な形態の鳥がそびえている。ブロントルニス・ブルメイステリ。フォルスラコス科で最大級の巨鳥が、嘴から血を滴らせていた。

 

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