PRIMEVAL - Reverberation 作:Tutu-sh
上空から様子を窺っていた大吾たちのヘリコプターにも、戦慄が走る。
彼らが本来担当すべき航空部隊の進捗は遅々としていた。突入した部隊は一向に姿を見せず、負傷者の一人も出てこなかった。地上部隊を相手に戦いを繰り広げていたマクラウケニア──の祖先だが──の一頭も見えず、滞空するヘリコプターにはどの機もやきもきとした空気が漂っていた。一体何をしているのか、と不安や苛立ちが上空を取り巻いていた。
その空気を引き裂くように、隊員たちの焦燥を霧散させるように、本丸から使者が姿を現す。降下部隊が突入した出入り口に、動く物がいる。出てきた物は二本足で歩いてはいたが、明らかに人間の風貌をしていない。そして遥かに背が高い。だがマクラウケニアとも明白に異なる生物。部隊と生存者の帰還への期待は、無残にも完全に砕け散ることとなった。
大吾が息を呑む。URAが連携している海外の同業組織と共有するデータベースに、あの生物は記載されていたように思う。ディスプレイで何度も参照した。無数の生物が地球へ侵入した中で、要注意生物の上位に登録されていた。過去に幾度もイギリスとカナダを蹂躙した生物に、眼下の生物は酷似している。
「あれは──!」
その時、けたたましい叫び声が響く。嘆きの声とも、憤りの声とも捉えられそうな、常軌を逸した叫び声。彼の地では災いの使者と呼ばれていたそうだが、まさに彼らを形容するのに相応しい叫びであった。死神の鎌とも呼べよう禍々しい嘴は、刺突に特化した魔槍。地面を踏みつける強靭な脚は、獲物の意識を一撃で消し去る棍棒。この世に地獄を具現化させるべく降り立った魔物。この巨鳥の声に秘められた狂暴性は、周囲にいる何者をも押し黙らせるほどのものだった。
だが既に、周囲には何者もいなかった。既に城の敷地内に遺体が転がり、木の板の上を滑らかに紅の水が流れていた。降下部隊は全滅。民間人を救いに来た彼らは奇襲を受け、数発の麻酔段を放つだけして命を散らしていた。背後に人知れず広がる地獄を証明するように、2頭目、3頭目の巨鳥が姿を現す。
「こいつ──ッ!」
「落ち着いてください、千代田さん!」
「くそォーッ!」
「自分だって……!」
大吾がふと自衛官の方へ向くと、彼の瞳から涙が一筋、つうっと流れていた。だが彼らの悲痛な声はヘリコプターの壁と駆動音にかき消され、地上に蔓延る鳥たちは頭上の憤怒などつゆ知らず我が物顔で歩き回る。ヘリコプターから部隊の亡骸は見えない。しかし鳥の嘴と足が鮮やかな赤色に染まっており、彼らの壮絶な最期はゆうに想像できる。
怒りに震え、大吾の顎に力が入る。莫大な負荷に歯の感覚は消え、油の切れた歯車のような音を立てて軋む。痛恨を抱え、大吾が呻き声を絞り出す。
「頼む……こいつらを、必ず、元の時代へ──」
「これは……ッ」
部隊と織部も、目の前に突如姿を現した巨鳥に戦慄していた。一瞬で自衛官を一人屠った鳥は首をカクカクと動かし、血を垂らしながら次の標的をじっくりと鑑定しようとしている。部隊が距離を取り始めるころ、葦人はいまだ巨鳥を目の前にして数秒の思考の世界にふけっていた。
(大きい……フォルスラコス、なのか?やはりあれはマクラウケニアではなく──)
「馬鹿野郎ッ!!」
突如として横から剛腕が飛ぶ。織部のラリアットが葦人に炸裂し、プロレスラーさながらの容赦のない一撃に葦人は軽く吹き飛ばされる。口から空気の漏れる音を立て、葦人が突然暴力を振るった織部に文句を言おうとした、その時だった。
自分を弾き飛ばした織部の背後に、歪みがあった。空間が歪められていた。時空の亀裂ではない。自らの奥底に眠る生存本能が見せた幻影なのかもしれない。そこには、自分や織部の体が位置していた座標を、見るからに猛烈な勢いで貫いている脚があった。これを食らえば、果たして骨の何本が無傷で残ろうかという威圧。時間が止まったかのような体感。自らに迫っていた危険がどれほどのものだったか、今初めて実感する。
やがて時が動き出し、織部が自分に向かって倒れ込んできた。それと同時に、痛烈な風切り音とともに脚が視界から消え、再び巨鳥の体の下へ戻っていた。
「馬鹿野郎、あれを食らえば俺だって死ぬぞ!」
怒り心頭の織部に返す言葉が浮かぶ前に、巨鳥の追撃が襲い掛かった。織部が葦人の体を両手で勢いよく跳ね飛ばすと、ちょうどその狭間へ空を切って嘴が切り込んでくる。二人はゴロゴロと体を転がし、生命の危機に瀕したトカゲのごとく、手足をがむしゃらに動かしてその場から遠ざからんとする。織部の耳元で、嘴を閉じる大音量のシンバルが鳴り響く。
織部の窮地に駆け付けたのは、態勢を整えた隊員たちによる麻酔銃の一斉掃射だった。何発もの麻酔弾が羽毛の中に消えていく。しかし、ブロントルニスは全くそれを意に介さず、いまだ活発に脚を振り上げていた。脚という名のスレッジハンマーが地面へ叩き付けられ、その風圧に舞い散る枯葉のように織部は生と死の狭間を立ち回る。
「効かない!?」
「羽毛のせいだ、羽毛で麻酔銃が届いてないんだ!」
葦人の叫びを聞き、再び隊員が射撃を開始する。羽毛の薄い首元、そして脚部へ、照準が向けられる。銃声と共に麻酔弾が放たれた。ドチュッという音を立ててブロントルニスの首へ、脚へ着弾する。突然の痛みに脚の挙動が止まり、首を慣れない様子で横へ振るう中、織部のEMDが火を噴いた。真正面から巨鳥へ衝撃が走り、織部はすぐさま背を向けて脱出を図る。力なく巨鳥が崩れ落ちる間一髪、織部はその下敷きにならずに事なき事を得た。
隊員たちと葦人が荒い呼吸で状況を見守る。突如として場を攪乱した魔鳥が、再び立ち上がらないとも限らない。過度の精神負担に肩を大きく揺らして胚を動かす。織部はやれやれといった具合でため息をつき、口を開いた。
「……これが後何羽いるってんだ?」
「──というわけで、これはフォルスラコス科の鳥類。そのうちのどの属かまではすぐに分かりませんが」
倒したブロントルニスの体を眺めながら、葦人が判断を下す。織部は反論もせずに半ば興味を示していないようにコクコクと頷いていた。部隊は周囲に対し厳戒態勢を引き続けている。敵が何者かは整理する必要があるが、長居は無用である。身内の安全のためにも、そして本丸に取り残された被害者を一人でも多く救出するためにも。
「それで、対策は?」
「EMDなら問題なく通用すると思います。問題は自衛隊の麻酔銃ですね。羽毛の層があまりにも厚く、胴部では間違いなく効きません。それよりは先ほどのように脚や首を狙う方が得策です」
「だが動く動物の脚に麻酔弾を的確に当てるというのは……」
「ええ、走り回る人間でも難しいですね」
「つまり、狙うは首か」
織部が首を指し示すジェスチャーをしてみせる。葦人が頷く。
「はい。……とはいえこいつらは嘴も武器に使う生物です。戦闘の際には細心の注意を」
「だそうだ!」
織部が葦人から顔を背け、二人に背を向けて周囲を取り巻く部隊に向かって叫んだ。自衛官たちは傍に潜伏しているかもしれない巨鳥へ意識を向けたまま、織部の方へ耳を傾ける。
「お前達、今の聞いたな!俺たち二人のEMDは使えるが、お前たちの麻酔銃は限定付きの使用しかできないときた!」彼は続ける。「さらに城壁の裏には奴らが潜み、俺たちを陰から襲い掛かる。正直に言って、かなりアウェーなのは相違ない」
沈黙が流れる。数秒を待って、彼がその沈黙を破る。
「──そこでだ。EMDを使いたい者、あるいは逃げ出して安全を確保したい者へ告ぐ!許可しよう。武器が欲しいならEMDと麻酔銃を交換しよう。逃げ出したいのなら銃を持って立ち去ると良い。強制はしない。これは諸君のためだ。勝利の美酒を、必ずしも飲めるわけではないのだから」
彼が口を閉じると、再び沈黙が訪れた。隊員の誰一人、葦人も口を挟まない。皆が状況の過酷さを理解していた。瞬く間に同胞を一人消されたのだ。銃撃戦や空爆とは性質を異とする、野生動物の不意打ちによる落命。全く未経験の未知の状況下で、戦意の確認は必須事項である。
「……大丈夫のようですね」
部隊の一人が口を開いた。葦人と織部が彼の方を向くと、発言したらしい隊員は静かに背中を向けて立っていた。その手には銃がしっかりと構えられ、職務を全うする確固とした意志が漲っている様が、誰の目から見ても感じ取られた。
「今回の我々の任務は民間人の救出。それをこんなところで揺るがすわけにはいかないでしょう」
周囲を見回すと、他の隊員も同様の闘志と義務感を抱えているようだった。
「EMDも不要です。そもそもEMDが2丁だけで、全員に供給が回りませんよ」
「我々は麻酔銃で十分です。先を急ぎましょう!」
「……そうか」
織部が満足そうに口を緩める。
「よし、では──」
織部が指揮を執ろうとしたその時、彼の持つトランシーバーに通信が入った。こんなタイミングで誰だ、とでも言うように舌を打ちながら端末を取り出すと、発信元は上空のヘリコプターだった。
『織部、今の鳥退治は見事だった』
「……リーダー、何の用だ。今は──」
『集団決起して演説、これから本丸へ向かうところだろう。助け舟を出してやる』
「ああそう……助け船?」
『我々は上空から鳥公を見つけられる』
葦人が事態の進展を嗅ぎつけ、織部に近寄る。織部はトランシーバーを握り直し、一旦空へ視線を向け真正面へ戻す。
「……つまり?」
『私が指示を出す。上空からでもある程度の死角は残ってしまうが、それはやむを得ない。可能な限り死角はなくす。私が上空から鳥の位置を君たちへ教え、君たちはその不意打ちを躱せ。そして本丸へ乗り込み、民間人を救出するんだ』
織部が状況を理解した。全く見通しの悪い地雷原を歩く作業が、地雷の座標を既に周知されたマインスイーパーとなった。敵の地の利を極限まで削り取った、理想的な戦況。無意識のうちに織部がとっていたのは、予期せぬ喜びからもたらされたガッツポーズだった。
「……なるほどな。了解だリーダー」
『里亜や白夜との連絡を取るときには、申し訳ないが通信を切らせてもらう。だがその際は伝える。まず、次の曲がり角の付近だが、そこに奴らは居ない。すぐに駆け上がるんだ。健闘を祈る』
「聞こえたな!先の露見した簡単なゲリラ戦だ、行くぞお前ら!」
織部の掛け声とともに隊員たちが一斉に返事をする。EMDと麻酔銃で武装した集団は、本丸へ向かって坂を全速力で駆け上がっていった。