PRIMEVAL - Reverberation   作:Tutu-sh

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陥落の城 Part4

幾重ものプロペラの音が響く中、砂地と砂利を踏みしめて無数の軍靴の音が駆けていく。その手には引き金を引かれるのを待ちかねた麻酔銃が携えられ、上空からの指示に従って鳥を撃破する算段でいる。爆音のプロペラ音の根源は上空を飛び交うカーキ色のヘリコプターで、その中には操縦士、そして眼を光らせた大吾がいた。

大吾は本丸を取り巻く兵士たちと生物を見下ろす。地上ではかつての大名たちの生活の場を巨鳥が根城とし、奪還を目指して斜面を駆け上がる部隊を今か今かと待ち構える。その状況を半ば軽蔑した目で見下ろし、彼はトランシーバーを口元へ寄せる。

「次の曲がり角の左右にそれぞれ1頭だ」

 

部隊が角へ突入すると同時に銃口を向ける。報告の通り、そこに居たのは殺戮の快楽を覚えたと見えるブロントルニス。引き金が引かれると同時に、鋭利な嘴が兵士の胸元へ飛び込む。

首を狙った麻酔弾は惜しくも羽毛に食い止められ、その効果を発揮できないまま沈黙した。だが自衛官は自らの放った弾の末路を悟る前に、胸を大きく穿たれていた。勢いよく嘴が引き抜かれるとともに、胸に開いた空洞と口から血を撒き散らす。引き締まった心臓の筋肉と胃が切り裂かれるように貫かれていた。不安定な圧力がかかった心臓がロケットエンジンのごとく血を噴出するが、肉体は血液噴射の方向に向かって落ちて行った。

だがこのまま黙って全滅はしない。犠牲となった隊員が射抜かれた直後、周りを取り巻く隊員たちが一斉に麻酔弾を放っていた。4発の弾が正確に首へ着弾し、ブロントルニスは突如力が入らなくなった脚に戸惑いながら、バランスを失ってその場に倒れ込んだ。

この命のやり取りは、会敵から5秒と経たない一瞬のうちに決着していた。辛うじて自らの命を守ることができた隊員たちが、改めてこの救出作戦の無謀さを悟る。これまで苦楽を共にした同士が、華麗に捌かれて横たわっていた。坂道を駆け上ってきた後だというのに、汗が奇妙な冷たさを帯びている。

背後でも大きな物が倒れる音がした。どうやら向こうのブロントルニスは仲間を手にかける前に倒されたらしい。だが消耗しきった顔を浮かべているのは向こう側の隊員も同じであった。たった数秒の攻防が、確実に精神を蝕んでいた。

「位置が割れていてこれか……」

『織部、倉の陰にいるぞ!』

突如として警告を発するトランシーバー。それにタイミングを合わせてきたかのごとく、ブロントルニスがさらにもう1頭飛び出してきた。咄嗟に迎撃態勢に入った部隊めがけて、巨鳥は急速に距離を詰めていた。麻酔銃が乱射され、ブロントルニスの首へ何発もの麻酔弾が突き刺さる。嘴は隊員たちの首元をかすめる寸前にベクトルを下へ変え、巨鳥は海を割るモーゼのごとく、飛び退いた隊員たちの間に墜落した。

 

『……よくやった。裏側に他に鳥は見当たらない。本丸の手前まで進んでも問題ないはずだ。申し訳ないが、私たちは白夜の方へヘリを回す』

「了解だ、リーダー」

織部が返答すると、ヘリコプターは船体を傾けて天守閣を飛び越えて姿を消した。プロペラの音が小さくなり、周囲に聞こえるのは襲われた隊員たちの呼吸音だった。彼らの荒い息が耳を刺激する中、葦人が息を吐く。

「なあ織部さん。やはりEMDを持つ僕らが先陣を切るべきじゃないですか」

織部は無言で葦人を見つめ返す。他の隊員ほど感情や消耗を表に出してはいなかったが、疲弊しているのは確かだった。

葦人の発言はもっともだった。羽毛で弾かれてしまう麻酔銃では、突如襲来するブロントルニスに完全に対処しきれない。これまでの4頭のいずれも、焦った隊員たちが必要以上の麻酔を撃ち込んでいる。このままでは弾切れ、そして全滅の最期が待ち受けている。第一、それでも麻酔銃の対応が間に合わず命を落とした隊員が一人出たばかりだ。彼の死が、麻酔銃がいかに不利な代物かを如実に表していた。

大きく息をついて無言を貫いていると、葦人が続けた。

「麻酔では不利が過ぎます。彼らだって人間だ、最前線に置く必要なんて──」

「分かっている。反発したんじゃあない、ただ呼吸を整えていただけだ」

「……」

「良いだろう。後悔するなよ」

「しかし──」

自衛官が一人会話へ割り込んでくる。織部は片手を伸ばして彼に待ったをかけた。

「さっき、麻酔銃で良いと言ってくれたのは君だな」

「……ええ、そうです」

「それなら次の意思決定は俺にやらせてくれ。どうせ亀裂調査プロジェクトは元々URAの仕事だ。俺たちが先頭を行く」

「……承知、いたしました」

他の隊員たちもここで異議を唱える気にはなれなかった。というのも、先ほどEMDの所持を拒否した手前、ここで容易く受け取るわけにもいかない。自衛官たちは織部と葦人の打診を呑み込むこととなった。

 

 

その頃、本丸の表側には白夜一行が待機していた。織部と葦人がトランシーバーの指示を受けた直後、大吾は白夜にもブロントルニスの到来を伝えていた。巨鳥の存在を警戒した白夜たちは本丸を目前にした斜面に潜伏し、里亜の部隊の到着を待っていた。

すると後方から軍靴の音が聞こえ、里亜と彼女が率いる部隊が姿を現した。その光景を視界に入れた白夜はパッと笑顔を照らし、彼女に向かって大きく手を振った。一方の里亜は苦虫を嚙み潰したような顔をし、警戒を怠るな、というジェスチャーを返す。ヒラヒラと動かす手の反対側には、トランシーバーが握られている。

「白夜さん!何してるんですか」

「来たね里亜。どうやら捕食動物も侵入しているらしくてねー。リーダーから聞いた?本丸に亀裂が発生したじゃないか。だから君たちと合流した方が安全かなって」

「……リーダー、どうなんです?」

数秒遅れて、大吾から返事があった。

『いや、表側に鳥はいない。さっきまでは表に出ていたんだがな、今はマクラウケニアが何頭かいるくらいだ。だが警戒は解くんじゃない。降下部隊は城の死角で奴らに襲われた。細心の注意を突入してくれ』

「……了解」

「ね?君を待って正解だった」

「そーですねっ」

ぶっきらぼうに返事をしてみせるが、不意に里亜は違和感を抱いた。

「──リーダー」

『どうした?』

「表に鳥がいないと言うのなら、裏側はどうなんですか?」

ピクリ、と白夜も何かに気付いたように反応する。大吾は押し黙っている。トランシーバーからは声は聞こえず、ただプロペラの音だけが聞こえてくる。

「……リーダー」

『……何もいなかった、はずだ。私の目には何も見えなかった』

「見えなかったって──」

「──リーダー。降下部隊が襲われたのは、城の死角だったのでは?」

大吾が黙る。里亜と白夜も様子を窺い、口を閉じている。

『……今から裏へ向かう。ありがとう、里亜』

ヘリは大きく傾き、天守閣の裏側へ飛び去って行った。

 

 

葦人たちは天守閣の裏へ到達しつつあった。先頭を行く葦人と織部が順に土を踏み、ついに本丸の壁をその視界に捉える。続々と隊員たちが続いて上陸を果たしてゆく。大吾の告げたようにブロントルニスの姿はそこになく、ただ彼らとマクラウケニアに破壊されたのであろう木片が散らばっていた。

「それで、今回の亀裂はどこにあるんでしょうね……」

「待て」

ポケットを漁り、織部がコンパクトなデバイスを取り出す。カバーをかけたスマートフォンよりも少し厚い程度のその装置には、レーダーや魚群探知機のような画面が表示されていた。同心円の中心から反時計回りに線が回転し、何かを探知しているようである。その正体が何か、葦人にはすぐに分かった。

「それが携帯用亀裂探知装置ですね、フクイラプトルの時にあなたが亀裂を見つけたのも、その装置のおかげですか」

「……ああ」

織部は葦人の方を見向きもせず、顎を撫でながら亀裂探知装置を見つめて訝しんでいた。

「……どうかしましたか?」

「……亀裂が見当たらない。このあたりのはずなんだが」

「その装置の有効距離はどのくらいですか?」

「半径50メートル。イギリスでARCが使っていたものの改良版だ、不具合ではないと思うが……」

「……亀裂が既に閉じた可能性は?」

「ありうる。もう少し進むか。ちょっと持ってろ」

EMDを葦人に軽く放り投げる。葦人がよろめきながらEMDを受け止めた時には、織部はトランシーバーを取り出していた。

「リーダー、戻ったか?亀裂が見当たらない、上空から見えるか確認してくれ」

『織部!そこから離れろ!』

「……リーダー?」

『奴らがいるッ!!!』

 

大音量で警告を放つ大吾の目に見えたのは、山を登り切った葦人たちと部隊と、本丸の死角に揺らめいた羽毛だった。死角に潜伏していた。降下部隊を闇に葬ったときのように、ブロントルニスたちは本丸の陰に潜み、ヘリの死角に溶け込んでいた。先に指示を出した時には出し抜かれていたのだ。

里亜の疑問を受けて戻った大吾の目には、本丸の輪郭線に沿って、倉の隅に隠れて、羽毛が蠢いている様子が映った。瞬時に状況を理解した。雷に打たれる衝撃が走った。既に葦人たちの部隊は複数のブロントルニスの包囲網の中心にいたのだ。

僅かに見える羽毛が、大きく動こうとしたのが目に入った。死角から堰を切ったように巨鳥が躍り掛かる瞬間、最大限の声で大吾は叫んでいた。

「周りにいる!気付け──ッ!!」

 

眼球が空を舞った。

骨の砕ける音が響き、人体の詰まった迷彩服が何着も空を飛んだ。同僚が破壊された轟音を認識した隊員たちは、続けざまに強健な脚を叩き込まれた。ある者は脊椎を破砕され、ある者は頭部を陥没させられた。銃声が次々に響くが、やはりここでも羽毛が防弾チョッキのように弾丸を受け止め、自衛官へ絶望を叩きつける。叩き付けられた絶望はそのまま物理的な破壊と化し、周囲にはさらに砂と血が飛散する事態となった。

 

「クソォォオッ!!」

もはやこの場で通用する武器は葦人の持つEMDを置いて他になかった。EMDの衝撃が次々と放たれ、1頭、2頭とブロントルニスを射抜く。だがこの場にいたブロントルニスは全部で7頭。残る5頭は蹂躙を続けながら、一斉にガラス玉の目を葦人へ向けた。

亀裂から侵入した個体のうち既に眠らされたものを除く全頭が、下界から這い上がる卑しい哺乳類を蹂躙するために集結していた。特にこの場に集っていたブロントルニスは、下で遭遇した個体よりもキレ者だった。わざわざ乗り込んでくる猿たちを真正面から叩き潰したのでは、恐怖して引き下がってしまう可能性がある。それだけならまだしも、さらに強力な群れを引き連れて戻ってくるかもしれない。ならば先頭の何匹かはそのまま歩ませ、側方から叩き潰し、殺戮してやるのがよい。

葦人と織部は率先して前を歩こうとした。それは武器や責任を考慮に入れた、自衛官たちへの配慮であった。しかしそれは今や、完全に裏目に出てしまっていた。

「うッ──」

葦人が一瞬立ちすくんだその時、もはや死体と区別がつかないほどに手痛く損傷した隊員の喉を引き千切り、1頭のブロントルニスが向かってきた。その場に転がっている死体を500キロの全体重で踏み潰しながら、この場で唯一脅威となりうる葦人を狙う。脚で壊すか、嘴で射抜くか。曲がるはずのない嘴が、嬉しそうな表情へ化けたように見えた。

 

「こっちだァーッ!!」

だが。圧倒的なブロントルニスの気迫に隠れ、鳥も、葦人も、ある人物を見落としていた。織部だ。全身の筋肉を躍動させ、全速力で葦人に向かって突進する。距離の離れていたブロントルニスの嘴が届くよりも早く、質量弾と化した織部が葦人に激突し、もろともに吹き飛んで行く。

「ぐあッ──」

頭を強打し、葦人の目に火花が散る。だが視界を取り戻す前に、彼らは硬い地面へ叩き付けられた。

 

否、それは地面ではなかった。

 

廊下。木でできた廊下の上に、二人の体は投げ出されていた。

「これは──」

「早く奥に入れッ!」

服を鷲掴みにされ、葦人は織部に片手で引きずり回される。

「ハハッ、やはり荷物がないと軽いな!」

「うああッ──」

畳との摩擦で火傷を負いそうになりながら、緑色の畳の上を転げまわる。井草の繊維に毛髪が引っ掛かり、千切れる感覚があった。織部も廊下を飛び上がると、近くにあったいかにも高級そうな襖をぶち破って畳の上に着地した。

織部の着地と同時だったか、それとも先だったか。ブロントルニスの嘴が、先ほどまで二人がいた廊下の床を貫通する音がした。木端を散らして嘴を引き抜き、真っ赤な口の中を見せながらブロントルニスが叫び声を上げる。

「喧しいッ!」

畳の上に転がるEMDを手に取り、流れるような手つきで織部が射撃した。二発、三発と引き金を引き、巨鳥は吹き飛ぶようにして地面へ倒れ込んでいった。

 

ブロントルニスが倒れるさまを確認し、荒れる呼吸を整えながら、葦人は周囲を見回した。丁寧な木彫りの彫刻が施された鴨居、そして金色の刺繍がなされた奥の襖を見るに、どうも城の中に突入したらしい。織部がEMDを下ろし、面白くなってきたとでも言わんばかりに口を歪めた。

 

「……なんとか本丸には入れたな。さあ、民間人はどこだ?」

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