「ふむ」
空中庭園の王の間。その玉座にてただ独り座る“赤”のアサシンのことセミラミスは暇を持て余した。
先程まで同じ“赤”のサーヴァントであるライダーと彼女たちのマスターであるシロウとの遊びの殺し合いを観戦していたが、今は一人でここにいる。
ここに来る直前にライダーが“余計な事”を言ったせいで、先程まで彼女の気分は良くなかったが、いまはなにもすることがないせいか、ひどく虚しい。
敵の襲撃はまだ先。自分に今やるべきことも特にない。
さて、いかにしてこの空虚の間を埋めるべきか?
そこで、ふっと、アサシンは思い浮かべる。
そういえば、我がマスターであるシロウ。あの大英雄であるライダーと戯れとはいえ、先程まで立ち合っていた。表面はいつものように飄々としていたものの、息切れしていた。
そう思うと、余計に何故か
恐らくかなりの疲労をしているだろう。彼はマスターであると同時にサーヴァントであるが、その身は受肉しているもの。人間に限りなく近く、しかも
自分が想像する以上に疲弊しているかもしれない、そう考えた途端、彼女はその美貌を歪ませる。
敵の襲撃まではまだまだ時間はあるものの、マスターである彼がそれまでに万全な状態に戻らないかもしれない。もちろん、そんな愚行をするほど彼は馬鹿ではないこともアサシンは知っている。信頼している。だが、万が一のもしもだ。
勿論、仮にその万が一の状況になろうとも、この空中庭園では自分に敵う相手などいない。シロウに指一本触れさせないことだって可能だ。
だが、それでもマスターであるシロウが万全の状態であるのは好ましいだろう。
さて、どうする?
あれは適当に睡眠をとり、まともに休息をとろうともしない。前に自分が膝枕をしたときも全然嬉しそうではなかった。今もわざわざ存在するだけで疲れる
休めと言っても無駄だろう。彼は真面目だから何かしら仕事に励むはずだ。そこはとても褒めても良い点だとアサシンも思うが、そんなこと言っては埒が明かない。
となると、アサシン自ら動くしかない。女帝である自分が動くのは面倒だが仕方ない。
では、どう動くか?
魔術で回復する? できなくはないが、自分が得意なのは黒魔術。呪う、傷つけるは得意だが、専門ではない。
では、それ以外での外部供給はどうだろうか? そう例えば――
「いやいやいやいやいや!」
考えた瞬間、アサシンは思考を打ち切った。仮にその場で誰かがいれば、いきなり顔を真っ赤にして狼狽する彼女の姿を見て眉を寄せただろう。
「そ、それはまだ早いと言うか、驕ましいと言うか、別にアレとは同盟を組んでいるだけだし、そもそも逆に疲れるし――」
アサシンは俯き、まるで誰かに言い訳するかのようにブツブツ何かを言っている。頬が少し赤いのは見間違いではないだろう。
「む? 外部供給? おお!」
と、なにか閃いたのかアサシンは顔を上げる。
善は急げ。さっそく彼女は行動に移した。
§§§
「いきなり呼び出しとは、いったい何のようでしょうか?」
シロウは突然アサシンから念話で「来い」と命じられた。
なんの用かと訊ねたのだが、いいから来い、としか返ってこなかった。
敵襲でもなにかのトラブルでもなさそうだ。
訳の分からないまま、仕方なくシロウは彼女に指定された場所に向かう。
「おや? これは?」
指定された場所に向かうにつれて、なにやら「匂い」が鼻を刺激した。
「おお、来たか!」
到着すると胸を張ってシロウを出迎えるアサシンがいた。
ここは空中庭園の食堂。
天井には煌びやかなシャンデリア。赤いカーペットの上には細かい刺繍が施された白いクロスを敷いてある丸いテーブルに向かい合わせになっている二つの椅子。
そして、テーブルの上に火が灯されたローソクと共にあるのは数々の料理だった。
その料理があまりにもこの場に似つかわしくない。
食堂なのだから、料理があるのは必然。しかし、周りの景色とその料理はかみ合っていなかった。
「これは貴女が作ったのですか?」
「当然であろう」
もしくはと思いながらも、予想通りの返答がアサシンからきた。
色々と言いたいことがあるのだが、シロウは到着してから最も疑問に感じていたことを彼女に聞いた。
「なぜ、日本食なのですか?」
そう。ここに並ぶ料理の数々は全て日本食だった。どこから材料を持ってきたのか肉じゃがや山菜や魚介類のてんぷら。ご丁寧にみそ汁と炊きたての白米まで準備してある。
「なに、お主は今まで教会におったのであろう? ならば故郷の料理など早々食す機会がないと思ってな。
お主のことだ。どうせ普段からロクなものを食べていないであろう?
最後の晩餐などと縁起悪いものではないが、これで精々鋭気を養うが良い」
どうやら、アサシンは自分のために料理を作ってくれたようだ。
いきなり何故? などと再び質問をすれば、途端彼女の機嫌もそろそろ悪くなるだろう。アサシンはシロウが速く食べないのかと、今か今かと椅子と彼を交互にチラチラ見ている。
シロウは苦笑を浮かべながら、席につく。
ここで一番警戒すべきとこは、あの毒で有名な女帝セミラミスが作った料理だ。
常人であれば何か盛られてないかと疑うとこなのだが。
「いただきます」
シロウは両手を合わせてから、置いてあった箸を手にして料理を取る。
そこに一切に怖じ気も感じさせない。
シロウはアサシンに絆され、無条件に信仰しているわけではない。
しかし、ここで自分に毒を盛っても彼女にメリットがないと理解もしており、ゆえに警戒を一切せず、どんな思惑かは解らないが態々自分のために料理を作った彼女に感謝しながら箸をとった。
取ったのは肉じゃがのジャガイモ。生前、自分がまだ天草四郎時貞だった頃、まだこのような料理は日本にはなかった。だが、それでも、香りだけで、どこか懐かしさを感じる。
そして、口の中にいれて、何度も咀嚼する。
「ど、どうだ?」
普段のアサシンからは想像できないような何処か不安げな問いかけにシロウは穏やかに答える。
「とても美味しいですよ」
「!」
アサシンは少し驚いた顔をして、やがて見る見る内にその表情を綻ばせてる。
「そうか? そうか。そうだろうとも! なにせ、この我が作ったのだからな!」
「しかし、以外ですね。失礼ですが、料理ができるとは思えませんでした。しかも、日本食を作れるとは」
料理を眺めながらシロウが言うと、アサシンは少しだけ不満そうな顔になる。
「料理など毒作りや黒魔術と基本は一緒だ。手順さえ確りしておれば、一度も作った事ないものでもできるに決まっておろう」
「毒作りと一緒にされると微妙ですが、美味しいのは事実です」
美味しい、その一言だけでアサシンは不思議と気分が高揚する。
シロウは再び箸を進めようとして、その動きがピタリと止まった。
「む? まさか、もういらぬのか?」
「いえ。貴女は一緒に食べられないのかと思いまして」
「我か? 気にするな。お主が全部食べればよい」
「では、私からお願いします。一人で食べるよりも二人で食べるほうが美味しいので、貴女もご一緒しましょう」
「しかし――」
アサシンは恥ずかしそうに俯き、なにかごにょごにょ独り言を言っている。
「なにか問題でも?」
「いや、日本食の作法を我は知らぬ」
途端、シロウは吹き出して笑った。
「な、なにを笑う!」
「失礼。いえ、淑女である貴女が礼儀作法を気にするのは当然ですね。
ならば、食事をしながら私がお教えしましょう。それなら構いませんか?」
「う、うむ。それなら良いだろう」
そうやってアサシンは反対側の椅子にちょこんと座る。
「では、改めてしましょう。私に真似てやってみてください」
「う、うむ」
「では、こう両手を合わせて、いただきます」
「いただきます」
そうして、二人の食事が始まった、その時だった。
「なんだ? 良い匂いがすると思ったら二人だけで食事か?」
「おおおお! 人知れず場所で戦前の蜜月。まるで小説の一ページのようだ」
「……………」
どこから現われたのかライダー、キャスター、それにランサーまでぞろぞろとやって来た。
キャスターはともかく、ライダーとランサーはサーヴァントとして常人に外れた嗅覚もある。それで嗅ぎつけてきたのだろう。
「お、お主たちはどこから!?」
「ああん? なんだよ、二人っきりで食事なんて水臭いじゃねえか」
「誰もお主たちなど呼んでおらぬわ! って、あああああ! ライダー! なに、勝手に喰っているのだ! それは我がシロウに作ったのに!」
「アンタが作ったのか? まぁ、毒がないみたいだし大丈夫だな。というか、手作りなんて随分可愛いことするじゃないか、女帝さんよ」
「黙れ! ええい、シロウもなにか言え!」
「ライダー。手づかみなんて行儀が悪いですよ」
「そういう事を言えと言ってる訳じゃないわ!」
「ほうほう、これはマスターの故郷の食事ですか? これは中々の未知。吾輩、創作意欲が湧いてきましたぞ。次の新作は料理でもテーマにしましょうか」
「……………」
「お前たちも勝手に食べるな! というか、ランサー! 無言で物凄い勢いで喰うのを 止めろ! シロウの分がなくなる!」
「俺は槍にすぎない」
「今のこの状況と関係あるのかそれは!?」
「まぁまぁ、アサシンも落ち着いて。仕方ありませんから皆で食事しましょう」
「くうぅ! かくなる上は、ほれ、シロウもどんどん食べろ!」
「おいおい、見ろよ! あーん、だぜ。女帝さんのあーん、だ!」
「いちいち騒ぐな! 小童共かお主たちは!」
「はははは…………」
かくして、喧噪を撒き散らしながらも、賑やかな食卓を“赤”のサーヴァントたちは囲むことになった。
§§§
とある某所。
「なぜだろう? 何故か除け者にされた気がしたぞ?」