風太郎のスマホに四葉から一件のメールが送信されてくると、そこには『今から、名古屋駅来れますか?』という内容が。首を傾げながらも、了承し名古屋駅に向かうと、そこで四葉から「鰻、食べに行きましょう!」と告げられるのだった。

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 五等分の花嫁の聖地巡りで名古屋に訪れた際、夕飯で鰻を食べたのですが、あまりにも美味しかったので、風太郎と四葉を借りて小説にしてみました。
 拙い文章ですが、読んでもらえたら嬉しです。


勤労感謝ツアー スピンオフ

 太田川駅から名鉄線に乗車し、少し揺られれば、名古屋駅に到着し、下乗した。

駅の中も大概だが、外も負けず劣らず、軽装の地元民や、でかい鞄を持ち歩く遠出の観光客で歩道を埋め尽くしている。街の喧騒はピークの沸点を超え、溢れんばかりの音が支配する。

 橙色は退去し、既に名古屋市は夜を迎え、店やビルの明りが光を代替えしていた。

 黒い短髪の少年は、少しでも見通しのいい開けた場所に移動すると、ジャケットのポケットからスマホを持ち出し、尖った目つきで画面を睨んだ。そこには、初見では首を傾げた、一通のメールが。

『今から、名古屋駅来れますか?』

簡潔な文章に、とりあえず了承し現在に至る。

 少年はもう片方の手で、頭頂部の二本のくせ毛をいじると、ズボンの尻ポケットにスマホをしまった。そうして、しばらくもしないうちに、前方から悪目立ちしたリボンが、手を振りながら接近してきた。

 「上杉さん、待ちました?」

 明るく弾む声音に、あどけなさを感じる、可憐な少女だった。

 「いや、俺も今到着したところだ」

 それを聞いた、蜜柑色の髪の少女は、唇をへの字にして、その蒼海に劣らない青色の瞳を、驚いたように丸める。

 「勉強星人だと思っていたのに、意外と男子力高いんですね」

 「どういうことだ」

 上杉と呼ばれた少年は、己の言の意味に自覚せず訝しむと、賛美をかけた少女は可憐な容姿を若干引き攣らせた。

 「それより四葉、いきなり名古屋駅に呼び出してどういう了見だ。太田川からここまで往復すると約千円するんだぞ。手痛い出費だ」

 そんな金にせこい彼の言葉をぶつけられた、四葉と呼ばれた少女は、『待ってました!』と、言わんばかりに、眩しい屈託のない笑顔を返した。

 「鰻。食べに行きましょう!」

 「は?」

 想像するだけで恐ろしい(金額)食材名が耳朶を叩き、手が震えてきた少年——上杉風太郎と、そんなこと全くお構いないし、元気溌剌快活少女——中野四葉の夕飯デート(?)が幕を上げた。

 

 『鰻』。

 鰻と言えば、かくかくしかじかで絶滅危惧種指定され、国産の『二ホンウナギ』となれば、それはもう、一気に高級食材に仲間入りしたのであった。地元のスーパーに、二百円で販売されていた過去など、とうの昔に置き去りである。

 うっなぎ。うっなぎ。などと隣ではしゃいで歩く、ボーダーシャツにサスペンダーズボンを着用した少女を脇目に、ズボンのポケットに入っている小さな財布へ、風太郎は手を置いた。

 頼りない薄い感触が手に当たる。額に冷や汗が一筋流れながらも、彼女の輝かしい笑顔に断りを入れられず、鰻屋に直行している次第だった。

 四葉はスマホのマップを何度も確認しながら、途中、様々なショップに目移りするも地下街を抜け、大分迷ったが、十字路を二つ超えた先で、首をひねった。

 「この辺りを左に曲がるはずなんですが……上杉さん、どこでしょうこれ」

 「どれだ」

 そう言って、風太郎の顔が、四葉の顔の近くまで伸びて画面を覗いた。瞬間、彼女の鼓動が跳ね上がった。息遣いを感じれるほどに、彼の距離感の無さに不意打ちを食らう。過去の感情を退去させた彼女脳裏に、嫌でも蘇ってくる。

「この道なら、もうちょい先じゃないか——って、聞いてるのか、四葉」

 「ふぇ!? あ、はい、聞いてましたよ。あっちですね。行ってみましょう」

 「そっちは今歩いてきた道だ」

 はたして、動転した四葉を導き、風太郎が読み解いた道を左折すると、そこは、人気が捌けた細い車道。引き戸の店が両サイドに居を構え、僅かな電灯が点いていた。

 「私、こういう雰囲気好きです。なんだか、昔の日本って感じがしますよね」

 風太郎が周囲に視線を投げると、電光看板に『カフェ』という文字が記してあった。彼女の言葉を微妙にぶち壊す景色への思いを、胸中にしまいながら、どんどん歩いていく。

 「いったいどこにあるのでしょうか鰻屋さん」

 「もう少し、ちゃんと調べてから、誘ってくれ」

 「うーん、すいません、上杉さん。歩かせてばっかりで」

 四葉は申し訳なさそうに、頬をかいて軽く笑う。

 「確かに、歩いてばかりでくたくただが……」

 人生の半分を勉学に費やしてきたインドア派の彼にとって、体力は平均男子並みにも満たない。

 だが、それでも、彼の思考は以前とは変わっている。

 「デートは歩いてるだけでも楽しい。おまえが言ったんだろ」

 四葉は、面食らいながら風太郎の表情を窺うと、彼は照れ臭そうに視線をわざと外し、目元を前髪で隠していた。それから、彼女が握っているスマホをひょいっと、没収すると、マップと現在地を照らし合わせた。

 「それに、ほら。見つけた」

 彼の鋭い目つきが優しく見つめる先に、鰻屋の暖簾が垂れていた。

 「なにしてる、行くぞ」

 四葉は呆然と立ち尽くしながら、背中を見せ振り向く彼に、やがて、ししし。と口を片手で押さえて笑った。

 その微笑は今日一で可愛かったのだが、彼にそんなことは言えなかった。

 「デートですかー」

 頬を薄く朱色に染めた風太郎の背を、小走りで追いかけ、彼の脇腹を肘で何度も小突いた。

 「やっぱり、上杉さんは隅におけませんねー」

 互いに精一杯の照れ隠しを衝突させながら、鰻屋の敷居を跨いだ。

 

 「いらっしゃいませー。お客様は二名様でよろしいでしょうか」

 引き戸を開けると、女性店員が出迎えた。その背後のレジカウンターには、店主らしき老齢の男性の姿がある。

 二人は、途中右に曲がった階段を抜け、二階の客席に案内された。

 店内は日本特有の和を基調としたデザインで、落ち着いた雰囲気が醸し出されていた。床や壁は木目調である。

 「美味しそうですね、私お腹ペコペコです」

 隣の家族連れが食べている、鰻重やひつまぶしを一瞥し、四葉はメニュー表を開いた。風太郎もそれに倣うと——。

 「わりぃ、トイレ」

 口腔内に、少量の水を含むと、席を外した。

 トイレの引き戸を静かに閉める。トイレも高級店らしく、徹底して綺麗だ。

彼は別段、用を足すわけではなかった。その変わり、全身からどっと、汗が拭きだしたのであった。

「高い! 俺の知ってる鰻と違う!」

 せめて二千円くらいだろうと、腹を括っていた彼を強襲したのは、その倍の価格はする、鰻のメニューであった。

 手持ちの金銭では圧倒的に足りず、どうするか思案する。しかし、彼の決断は早かった。

『この店で一番安い注文をして、四葉から金を借りよう』

彼は自分の情けなさに、溜息が出そうになるも、引き戸を開いてその場を後にした。

「鰻の上を二つください」

「ちょっとまて」

「あ、お帰りなさい、注文勝手に済ませちゃいました」

「済ませちゃったじゃねーよ、俺の家の何食分の値段だと思ってるんだ!」

慌てて確認すると、それは四千円以上もする風太郎の背筋が凍り憑くような、らいはに知られたら当分は口を聞いてもらえなそうな値段であった。

「あ、そこはお気になさらず。今日は私の奢りですので」

 「え」

 「いつも勉強教えてもらってますし、家庭教師のお礼です」

 「——できれば、結果で返してほしいんだが」

 「ははは、それは中々厳しいので」

 ——そうか、厳しいのか。

 彼女の言葉に肩を落とすが、結局その好意に甘えることにした。というか、風太郎には甘える以外の選択肢はなかった。

 

 「鰻上二つです」

 「おぉぉぉぉ」

 二人して喉を鳴らした。

 彼らの目前に配膳されたのは、塗られたたれが照りつく鰻が積み上げられた丼ぶりに、『福』と字が刻んである麩が入ったお吸い物。トレーの端には生姜の漬物が。

 「上杉さん。写真撮って、五月に飯テロしましょう」

 「おう」

 食欲をそそる香ばしい匂いに当てられながら、シャッターを切って五月に送信を完了すると、風太郎は早速箸を掴んで、鰻を一切れ口に放り込むと、それを噛み千切る。

 「ん、うまい」

 皮は噛めばパリッと音が鳴るような、中の身は弾力があって歯ごたえ十分。その後に、鰻の脂が口の中を占領した。

 白米は鰻と合わさってさらに旨味を引き立てる。そこに鰻の甘辛いたれが絡めば、絶品と唸るほかはなかった。

 山椒も用意されてあり、ふりかければ、ピリッとした刺激がスパイスとして加わり、箸を休める暇を与えない。

 「生姜の漬物も美味しいですね」

 生姜は辛さが控えめになっていて、苦手な人でも美味しく食べられる上品な味だ。鰻に染まった口腔内の口直しになった。

 一心不乱で食べ続ければ、白米の中にもう一枚鰻が埋まっていた。上を注文しただけあってボリュームは満点だ。

最後はお吸い物と一緒に流し込む。塩分が控えめで、温かい汁はほっと癒される。

 そうしてものの数分で米粒一つ残さず完食してしまった。

 

 「美味しい食べ物は一瞬ですね、不思議です」

 満腹の帰り道。

 鰻上二つで約一万円、それを平然と支払う四葉に驚嘆しながら、美味の余韻に浸って帰路につく。

 「見てください、この五月の送ってきたスタンプ。カンガルーがよだれ垂らしてますよ」

 「ああ、五月にそっくりだ」

 四葉は笑顔で歩く彼の横顔を見ながら、

 「また行きましょうね、今度は皆で」

 大切なのは、五人でいること。それが彼女が物事を考察するときの根幹にある。

 「ああ、だが、俺もしっかりとお礼をしないとな。明日からはこれまで以上に、勉強を叩き込んでやる、覚悟しとけ」

 彼の不敵な笑みに、彼女は額にびしっと手を当てて答えた。蕾が開花したような、新鮮な喜びに満ちていた。

 「はい、覚悟しました!」

 

 




 四葉って可愛いですよね。元気いっぱいな姿を見ていると、こっちまで元気になってきます。
 読んでくれて、ありがとうございます。


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