鬼滅の刃~胡蝶家の鬼~   作:くずたまご

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新章です。


鬼の章
第1話 玄弥と弦司


 ――鬼舞辻無惨と鬼殺隊の最終決戦は佳境に向かっていた。

 上弦の肆・鳴女は胡蝶カナエと弦司に抑えられて、まともに動く事ができず。

 上弦の参・猗窩座(あかざ)は竈門炭治郎と冨岡義勇の二名で頚を斬り。

 上弦の弐・童磨は胡蝶しのぶと栗花落カナヲ、嘴平伊之助の三名が力を合わせて頚を落とした。

 そして今、不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)の目の前で上弦の壱と三名の柱達が激闘を繰り広げていた。

 ――いや、激闘というのは正しくない。一方的に攻められ続けていた。

 最初は良かった。

 岩柱・悲鳴嶼行冥と霞柱・時透無一郎が()()()上弦の壱と相対。鬼殺隊最強を天才剣士が援護するという、理想的な戦いが出来ていた。

 さらには、風柱・不死川実弥も到着。密かに援護射撃を狙っていた玄弥は、このまま圧倒する未来を思い描いたが……それはあまりにも甘い想像だった。

 強靭な肉体を持つ鬼が呼吸を使い。さらには数百年にも及び鍛え上げられた剣術を用い。自身の肉体で生成され、無限に生み出す事の出来る刀……それだけでも厄介にも関わらず、上弦の壱はさらに刀を長大にし高速で振り回し始めた。

 三人の柱は徐々に傷を増やした。実弥と無一郎に至っては、指を数本斬り落とされた。

 このままでは鬼舞辻無惨にたどり着けないと三人は()を出現させて戦うが、凌ぐのがせいぜい。

 実弥の稀血も、最初こそ酩酊していたが今では効いている様子が一切ない。

 このままでは、最悪の未来が――。

 

 

(だけど、俺が役に立つのか? 俺に何が出来るんだ?)

 

 

 玄弥は柱の陰から様子を伺う。目の前の光景は嵐、としか言い表せない。それ以上は何が起きているの分からない。とてもではないが、玄弥の目では追いきれない。

 あの剣嵐の中に尊敬する師匠。大切な仲間。そして……大好きな兄がいる。

 助けたい。助けたいのに自身が弱すぎて、身体が強張る。悔しいのに何もできないと思ってしまう。

 

 

(そうじゃない! 弱くても出来る事があるって炭治郎に教わっただろう! 出来るように()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 炭治郎からは一番弱いからこそ可能性があると。

 弦司からは()()()()使()()()を。

 それぞれ教わってきた。

 

 

(俺は師匠を、仲間を、兄貴を絶対に死なせねぇ!)

 

 

 玄弥は懐からあるものを取り出す。

 毛髪と刀の刃先に、赤い液体が入った瓶。

 激闘の最中、どさくさに紛れて拾った上弦の壱の肉体と、常に持ち歩いている弦司の血液。

 

 

(斬られた時とか考えるな! 助けたいなら、攻めの姿勢でいくしかねぇ!)

 

 

 玄弥は覚悟を決めて上弦の壱の肉体を口に運び、

 

 

(弦司さん……最後まで俺を手伝ってくれ)

 

 

 尊敬する()を想い、飲み込んだ。

 

 

 

 

 玄弥が弦司と関係を持つようになったのは、鬼殺隊に入隊してしばらく経ってからだ。

 隠れて鬼喰いを行い行冥に気づかれて、しのぶに体を診察してもらうよう紹介された。

 ――一回目の診察。

 危ない真似をするなとちょっと小言を言われれてから、

 

 

「鬼殺を辞める気はある?」

 

 

 悲痛な表情で尋ねられた。本気で辞めさせたい訳ではなく。優しさから訊かずにはいられなかったようだった。

 玄弥の覚悟が固いを分かると、しのぶは二度とその話をしなくなった。

 ――そして、数回の診察の後。

 

 

「私の研究を手伝いませんか? 対価としてあなたの強化を手伝います」

 

 

 覚悟を決めた双眸でしのぶが提案してきた。

 

 

「私は玄弥君の体質を再現する薬を作りたい。定期健診次いででいいので、鬼化の仕組みを研究させていただけませんか? 私からは玄弥君に、鍛錬の分も含めて定期的に鬼の血を提供します。それに……()()()なら仮に人に戻れなくても、人を喰らわず生きていく事ができます」

 

 

 研究が何なのか玄弥は説明されても一切分からなかったが、強くなり()に至れるのであればと即座に頷いた。

 ――そうして、玄弥は弦司と出会った。

 鬼殺隊に協力する鬼がいる事は知っていたが、知っている事と理解する事は違う。彼の事を一切理解していなかった玄弥は罵倒した。

 ――鬼なんてどいつも同じだ。

 ――いつかお前は俺が殺す。

 玄弥はカナエに半殺しにされた。

 最悪の出会いを経てから、玄弥と弦司の交流は始まった。

 

 

「俺の血ならいくらでも供給できる。才能がないなら、訓練を繰り返し安定して鬼の体質を使えるようになろう」

 

 

 最初は自身の体質を理解する所から始まった。

 どれだけの血を飲めば鬼になれるのか。

 鬼になれる時間はどの程度なのか。

 鬼になれば、どれぐらいの力を出せるのか。

 一つ一つ出来る事を確認していった。理解が進むたびに十全に力を振るう事が出来るようになった。

 

 

「俺にも剣術の才能はない。代わりに銃の開発を進めてきた。威力重視の小銃か、攻撃範囲の散弾銃か。お前の戦闘方法を考慮しながら考えよう」

 

 

 日輪刀の代わりに散弾銃を手に取った。

 刀を扱えない事に忸怩たる思いはあった。だが、一つずつ積み上げるように強くなっていった。鬼の頚を確実に落とす事が出来るようになった。

 呼吸が使えない事も。

 剣術の才能がない事も。

 段々と気にならなくなっていった。

 ――ここまでくると、弦司との付き合い方も変わった。

 師匠と呼ぶには優し過ぎて。

 兄貴として扱うには頼りなくて。

 ――尊敬できる()

 玄弥の周りにまともな大人はいなかったから、なおさら尊敬の念が生まれた。

 そうして幾度も鍛錬を繰り返し……ついに()()()が来た。

 

 

「それじゃあ、そろそろ俺の血鬼術の練習に移りますか」

「待ってました!!」

 

 

 弦司との鍛錬で何度も彼の血鬼術を玄弥は見てきた。

 全身を鋼鉄よりも固い材質に変えて、刀や果ては銃に体を変形して戦う……ぶっちゃけ想像するだけ玄弥は滅茶苦茶興奮した。

 まさに男の浪漫……のはずだったが、

 

 

「俺の血鬼術の肝は『変化』なのは再三言ったと思うが、ここで大切なのはなるべく物理法則に従う事。構成を単純にする事だ。そうすれば、消費を抑えて自由に戦える」

「…………」

「そこで、まず基礎となるのは頁35にある原子配置で、この表を参考に体内の原子を並び替えれば――」

「分からねえよ!!」

 

 

 なぜか勉学に励んでいた。

 重要な内容なのは分かる。弦司を信頼もしている。だけど、玄弥は碌に文字も読めないのだ。なのにこんな専門性の高い事を言われても、理解できるはずがなかった。

 カナエに聞いてみても『弦司さんの真似をすればいいのよ!』と参考にならない。

 ――ここで初めて訓練が暗礁に乗りあげた。

 強くなりたい。

 弦司のように戦いたい。

 だけど、何をすれば良いか分からず。

 迷っている間に……上弦の鬼と戦う事になった。

 

 

 

 

 玄弥は刀鍛冶の里で上弦の鬼と戦った。

 共闘した竈門炭治郎とは最初こそ玄弥が一方的に突っかかり、連携が取れなかった。最終的には炭治郎の素直な性格のおかげで、無事協力ができるようになった。

 正直、玄弥は我ながら上手く戦えたと思った。上弦の鬼の頚こそ斬れなかったが、他の隊士を庇う以外で鬼の再生能力をあてにした戦いはしなかった。鬼の身体能力でまともに戦う事ができた。

 ――だけど足りない。

 血鬼術さえ使えていれば。隊士を庇った上で即座に反撃を行い、もっと楽に上弦の頚を斬れたはずだった。

 だから、弦司の言う通り勉強をしてみた。

 分からなかった。

 刀鍛冶の里を訪れ、金属とは何なのか訊いてみた。全員違う答えだった。

 ますます分からなくなった。

 もうどうすれば良いか分からなくなって、もう一度弦司に訊いてみた。

 

 

「なら、玄弥なりの『金属』とは。『変化』とは何なのか見つけるしかないな」

「でも、効率的に血鬼術を使うには『カガク』を理解する必要があるんだろ?」

「効率的なのはな」

「じゃあ――」

「だが、効率的なのが最善・最短とは限らない。時には自分なりの答えが、一番の近道かもしれない」

「……分からねえ」

「あくまで俺の答えは、最効率を求める際の答えだ。強さを求める玄弥にとって……何が()()()()()()なんだろうな?」

 

 

 そうして、玄弥が思い出したのは兄・実弥がいなくなり、母親が鬼になった事が悲劇の始まりだと知った時の事。

 その時にはすでに実弥は柱となっており、手の届かない存在となっていた。謝りたいのに、いつまでも謝る事ができない。

 謝るには強くなるしかなかった。だが、玄弥は強くなかった。

 だから()()()が欲しかった。日輪刀さえあれば強くなれると思って。

 玄弥は玉鋼を取り寄せた。きっと、これが玄弥の()()の原点だと信じて。

 ――気づけば玉鋼と似通った材質に『変化』できるようになった。

 

 

 

 

 上弦の壱の欠片は、一味も二味も違った。

 血流が一気に早くなり、再生能力も身体能力も弦司の血と比較するまでもなく上がっていた。

 それ以上に玄弥を愕然とさせたのが――

 

 

『黒死牟! 早く柱を倒せ! 誰も私に近寄らせるな!』

 

 

 鬼舞辻無惨の声が聞こえた。

 まるで自身の体ではなくなったかのようで、玄弥は恐ろしかった。

 だが、怯んでいる暇はない。玄弥は続けて弦司の血を飲み干した。予備も含めて全てを。

 視界が明滅する。全く別種の鬼を体内に収めるのは無理があったのか。玄弥は自身の体が、まるで他人のもののように感じられるほどだった。そして、その違和感は時間が経てば経つほど大きくなる。

 どうなってしまうのか。漠然とした不安に玄弥が襲われていると、

 

 

『――無理をするからだ』

(……えっ)

 

 

 玄弥は聞こえるはずのない声を聞いた。弦司の声だった。

 

 

『理屈をつけるなら鬼舞辻無惨に近い血を吸収して超大な力を身につけて、俺の血を大量に取り込んだせいだろう。上弦の壱を前にして、心が弱っていたから一部の支配権を俺に依存した可能性もある』

(弦司さんなのか!? 本当に弦司さんなのか!?)

『俺も驚いているよ。確かにカナエと似たような事、出来ない事もないけど。玄弥と出来るとは思ってもみなかったよ』

 

 

 本当に弦司であった。想像以上に体質がおかしくなっていた。

 

 

(っ、それより、弦司さんは俺に構ってていいのかよ?)

『上弦の肆はカナエに一旦任せる。それより、今は上弦の壱だろ? このままじゃあ、勝てそうにないんだろ?』

(そうなんだ……だから、俺が何とか役に立たないといけないのに……!)

『不安かもしれないが、思うがままにやってみろ』

(でも、失敗したら――)

『今の繋がった状態なら、血鬼術の制御の補助ができる』

(!? ほ、本当か!?)

『不安な部分は俺が補う。だから――お前は最善だと思う事をやり抜け』

 

 

 本当にそれでいいのか、と玄弥は内心思う。だが、そんな玄弥の不安や恐れなど弦司は分かっている。それでも、やり抜けと言ってくれている。

 尊敬する人に背中を押されたのだ。ならば、信じてやり通すだけ――。

 玄弥は言われた通り、思うがままに動き始めた。

 

 

(弦司さんの小銃に散弾を詰め込む……!)

 

 

 そう思った時には、頭の中に銃の図形が思い浮かんでいた。

 こんな図形、玄弥は知らない。ならば、これは――。

 

 

(弦司さん)

『補助するって言っただろう? あとは、実際に変化させるだけだ。さあ、やってみよう』

 

 

 降って湧いて出た図形をそのまま、玄弥の右腕が小銃になるよう想像する。

 『変化』はすぐに起きた。

 肌の色が漆黒に塗り替わると、徐々にその形を変化させる。

 手は銃口に。腕は銃身。

 気づけば、引き金のない小銃に右腕全体が『変化』していた。

 

 

(これが血鬼術・宿世招喚)

『いいね、完璧だ。よし、次は弾丸だ。また図面を送るから、所定の位置に肉弾を作成するんだ』

(これは……ただの散弾じゃない? 先が尖ってて、銃身の溝で回転を加えるのか?)

『ああ。物理法則に従うといっても、血鬼術は血鬼術だ。本来なら噛み合わないライフリングと散弾を、術で繋いで相乗効果を与えるぞ』

 

 

 図面一つとっても様々が意図が含まれていた。また複雑な図面を脳内に記録し、玄弥に分かる形で提供してくれる。

 足りないモノを頭脳と工夫で補い、力を最大限発揮させてくれる。弦司は本当に凄まじかった。

 玄弥は安心し、言われるがままに弦司に提案された肉弾を弾倉に生み出す。

 

 

『あと、肉弾は鬼の肉体でできている弾だ。遠隔で変化させる事も出来る』

(なら、敵の内部に留めて足止め用の血鬼術を発動させる)

『分かった。それなら、発動後に鬼の血管に沿って成長し金属化するよう術を仕込んでおく。時期は玄弥が計るんだ』

「ああ……後は俺に任せてくれ」

 

 

 準備は整った。後は成すだけだ。

 玄弥は改めて覚悟を決め、戦場を睨み付ける様に観察する。身体能力が上がったためか、先は嵐にしか見えなかった戦場がよく見えるようになっていた。

 上弦の壱は複数の刃が付いた長大な刀を高速で振り回している。しかも、刃は刀を振るごとに長さや大きさを変え、細かく斬撃を変えていた。避けたはずが、切り刻まれる原因を玄弥はようやく知った。柱が三人もいて、間合いを詰められない理由を理解した。

 だが……三人は()だ。鬼滅のために、命を失う事を厭わない。ただ消耗し、命を費えるような真似をするはずがなかった。

 

 

(死ぬ前に誰かが動く。自分の命を踏み台にしてでも、進もうとする。俺はその命を守ってみせる)

 

 

 ――ほどなくして、その()は訪れた。

 霞柱・時透無一郎。彼が合図もなし、上弦の壱の間合いの中に飛び込んだ。

 三人の中で一番年が若く戦闘経験が少ないせいか、最も傷を負っていた。だからこそ、役に立てずに死ぬ前に役に立ってから死のうと、いの一番に飛び込んだのであろう。

 

 

(死なせない)

 

 

 玄弥は右腕の銃で狙いを定める。集中し、皆が一番助かる機会を伺う。

 そうして狙っている間も、状況は目まぐるしく変わる。

 

 

「不死川!」

 

 

 行冥が実弥の名を呼ぶと、二人も無一郎に続いて間合いに踏み込んだ。

 

 

(今か? いや――)

 

 

 鬼の能力を最大限に活用し、撃った際の状況を何度も想定する。今、撃っても上弦の壱に隙はない。全て弾が弾き飛ばされる。

 

 

(まだだ)

 

 

 行冥が数珠を上弦の壱に飛ばし、一瞬だけ斬撃が止まる。

 

 

(まだ)

 

 

 実弥の剛剣で隙を作り、行冥の鉄球が上弦の右肩を削げ落とす。

 

 

(まだ)

 

 

 無一郎がわき腹と首元を斬られながらも、針の穴を通すように斬撃を抜けきった。上弦の左手を斬り落とす。

 上弦の両手が一時的に欠損する。頚を守るものが、一瞬だけなくなった。

 

 

(今!)

 

 

 玄弥は銃弾を撃ち放った。

 すでに上弦の両腕は復活していたが、刀まで戻ってはいない。

 上弦の壱は咄嗟に生えた両腕で銃弾から身を守った。そして、この()()こそ玄弥が最も望んでいた行動だ。

 銃弾は当たる直前に散弾となり、両腕と胴体に数個、肉弾が埋まった。

 

 

「……!」

 

 

 銃弾が体内に埋め込まれて、上弦の壱はこの日初めて()()()()()()()。六つの眼球が鬼化した玄弥を捉えた。

 上弦の壱は玄弥も倒すべき隊士だと認知し、刀を復活させて大きく振りかぶるが、

 

 

(血鬼術)

「……!?」

 

 

 上弦の壱の動きが止まる。

 肉弾が成長し上弦の体内で鋼鉄の根を張り巡らせたのだ。いずれ根は砕かれるかもしれないが、砕くような暇を三人の柱が与えるはずがない。

 三方向同時、三人の柱が自身の刀の間合いに入る。あとは、頚を落とすまで斬り続ける。玄弥は血鬼術の制御に集中し、柱の援護をするだけ――。

 

 

『避けろ!!』

「えっ」

 

 

 弦司の絶叫が響いたと思った時には、玄弥は()に斬られていた。自身の体が左右に開かれるの感じながら、玄弥は倒れ伏す。

 おかしな視界だった。自身はうつぶせに倒れているのに、()()()()()()()が同時に見える。

 左の景色には全身から刃を生やした上弦の鬼が見えた。

 間合いに入っていた柱たちが、いつの間にか間合いの外まで追いやられていた。

 無一郎は左足を失っていた。それでも、上弦の壱に斬りかかっていた。

 行冥も傷だらけだった。

 そして、実弥は……今にも内臓が飛び出そうなほどボロボロに斬られていた。

 

 

『玄弥! 俺の声が聞こえるか!!』

「守、る……俺が、みんな、を……」

 

 

 玄弥には一番可能性があるんだ。みんなを守れる可能性があるんだ。だから、まだ戦わなければならない。

 

 

『っ、なら、玄弥を戦わせてやる!! ただし……玄弥の命も何もかも、俺に渡せ!!』

「弦司、さん……お願い……」

 

 

 弦司の戦わせるという言葉に、玄弥は即座に承諾した。彼の悲壮な声にも気づかずに――。

 

 

『俺の力を供給する。全てをぶちかませ!』

「ありが、とう……弦司、さん」

 

 

 さっき撃ち込んだ肉弾が、まだ上弦の壱の体内に残っていた。柱たちの捨て身の猛攻に、玄弥に構う余裕がないのだ。なら、遠慮なく全てを注ぎ込む。

 

 

「血、鬼……術」

「!!」

 

 

 再び肉弾が鋼鉄の根を張る。しかし、今度こそは逃がさないと、根は体内だけではない。体外にも根を伸ばし、一歩たりとも動かさないと上弦の壱の全身を鋼鉄で覆った。

 上弦の壱は鋼鉄の巨大な樹木となった肉弾を斬り裂こうと、再び力を込めるが――なぜか強張る。

 玄弥に強張った理由は分からなかったが、それは明確な隙。それを逃す、兄ちゃん(さねみ)ではない。

 実弥の日輪刀が鬼の頚に喰い込んだところで、玄弥の視界は徐々に暗転していった。

 

 

 

 

 しばらくして、剣戟が止んだ。今も玄弥の視界は、ほとんど何も見えない。

 

 

『心配するな。まだ、力の供給はできてる。体を繋げて力を補給すれば、まだ治せる……!』

「もう……いいから、弦司さんは、上弦を……」

『いいから、俺に任せておけ!』

 

 

 弦司が泣きそうな声で言う。

 きっと、玄弥のせいで辛い事をさせているのだと思う。何が辛いのかは分からないが、それもきっともうすぐ終わる――。

 

 

「玄弥、聞こえるか」

 

 

 大きな足が玄弥に近づいた。声音から悲鳴嶼だと判断し、

 

 

「悲鳴、嶼さん……兄貴と、時透さんは……?」

「私たちは大丈夫だ。時透は――」

「玄弥、治せそうか……」

 

 

 ずりずりと引きずる音と共に、無一郎の声が聞こえた。誰も欠けていない。生きてくれていた。

 

 

「良かっ、た……みんな、守れた……」

「……玄弥のおかげだ。玄弥のおかげで、ここにいる」 

 

 

 無一郎が玄弥に感謝してくれた。気持ちが晴れやかになる。

 あと、心残りは――。

 

 

(兄貴に一言謝れたら何もいらない)

 

 

 心の底からそう思って……体の何かが変わった。

 何がとか具体的には分からない。ただ、何かが明確に変わった。

 それを証明するかのように、玄弥の左腕が勝手に動き始めた。人差し指を血だまりにつけると、床の上を滑らせる。

 

 

「そっか……」

「すまない、弦司……」

 

 

 無一郎と行冥が同時に後悔の念を込めた呟きを漏らすが、玄弥には何も分からない。

 玄弥が混乱している間も誰かが玄弥を起こし、()()()()()()()()()()()右半身と左半身を元に繋げて横たえた。

 二つの視界が一つになる。だが、割れ目が中々繋がらない。痛みもない。血液が流れる感覚だけがある。視界は戻らない。

 早く兄に会いたい。あとはそれだけだった。

 

 

「俺は役に立って死にたい。玄弥のために喰われたい」

 

 

  ――だからこそ、無一郎の悲壮な言葉が玄弥の耳に届く事はなかった。

 

 

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