6/21に加筆修正しました。
prologue:ベルベット・クラネル
祖父はいつも言ってた。
ダンジョンには出会いがあるのだと。
潔癖で美人の多いエルフ。強い雄に惹かれるアマゾネス。ケモ耳の獣人。小さな体の
その日の冒険を酒場の可愛い店員に語ったり、野蛮な同業者からエルフを守ったり、アマゾネスと一緒にパーティを組んだり、時には他の女の子と仲良くしているところを目撃されて嫉妬されたり……。
時には、時には、時には……。
そんな風に英雄とハーレムの良さを語られた最後には、必ずこう言うのだ。
───今度は何になりたい?と。
前世では
誰よりも愛らしい容貌を生まれ持ち、誰よりも優美な所作を身に付け、理想の女性として生きていた。
羨望も人望も、嫉妬などと言った悪感情すらも、人が人に対して向け得るあらゆる想念を一身に受け、生きていた。
そんな“私”はいつしか『私』という本当の姿を忘れてしまい、他者に対して深い理解を求めるようになった。
それでも理想の女性としての生き方は忘れられず、終ぞ異性の理解者を得る事は叶わなかった。
そうして“私”は変えられないようのない『
そう、願ったからだろうか。
最後の映した景色は、天を穿つ黄金の槍。
気づけば、“私”は男として新しい『
……黄金の槍。それが何なのかは覚えていないし、本当に見たのかもわからない。
それでも非現実的な光景を瞼を閉じれば鮮明に思い出せるということは、“私”にとって余程大切な事なのだろう。
閑話休題。
思い返してみれば幼い頃から女の尻を追っていた“僕”は異様に見えたかもしれなかった。他にも理由はあるかもしれないけど、あの下半身に脳が直結しているような変態祖父は“私”のことに気づいていた。そして祖父の正体に気づき、気づいていることに祖父も気づいていた上で祖父は英雄とハーレムを語り、問うてきたのだ。
何になりたいか、と。
子供に将来の夢について聞くようなそれではなく、あれは
だからこそ“私”は、女の子との出会いを求めて迷宮都市へ行くと、聞かれる度に“僕”は祖父に言っていた。
もしかしたらそんな“男の子の英雄譚”が物語としてあるかもしれない。題名は例えば……「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」とか。もちろんこの世界にではなく、前世のように現代で娯楽が発展した日本で、だ。
……何故か、ピンときたというべきか。しっくりくるというべきか。
知らないはずの何かが、頭の中に浮かんでくることが偶にあるのだ。そして今までの経験から、その“何か”の通りに添えば生き残れる。全面的に信じるわけではないから自分の意思で決めることが多いけど、言わばこれは最後の手段だ。
まさか某聖女のように神の啓示を受けているとまでは言わないけど、今回だけはこうした方がいいと、僕は思った。
そして、叫ぶ。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ほぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
牛頭で人型のモンスター。名を『ミノタウロス』。
ギルドで教わった情報では5階層にはいないはずのモンスター。確かLv.1の力では傷もつけられない程に硬い筋肉を誇るマッスルモンスター、なはず……なのだけど、現に僕はこうして追いかけられている。エンカウントした瞬間に逃げれば助かったかもしれないが、僕は無謀にも一度立ち向かった。
しかし武器が片方砕けてしまい、あのムキムキな腕に抱かれそうになったのを命辛々に抜け出し、今に至る。
って、やばいやばいやばいヤバイ……ッ!?
横薙ぎに振るわれる剛腕。己の勘を信じて前へ転がるように頭上を過ぎるそれを躱した。
「ほんと、元凶早く来い!!」
異変には何かしらの原因が必ずある。
そして今日の朝、ギルドではあの【ロキ・ファミリア】が遠征から帰還してくると情報が出回っていたのだ。
点と点を繋げるようにこの状況に至る推理をした結果、僕は遠征から帰還中の冒険者からミノタウロスは逃げてきたのではないかと予想している。希望的観測かもしれないが、ミノタウロスが逃げるほどの何かが下の階層にはいるはずなのだ。その何かにミノタウロスを押し付け、その隙に僕は隠れ、逃げる算段を組み立てていた。
だから僕は記憶していた迷宮の地図を脳裏に浮かべながら、6階層に繋がる階段へと走る走る。
そしてあと一つ、曲がり角を曲がれば階段に辿り着く……のだが、本当に6階層へと降りた時には僕の命はない。何故なら『新米殺し』の別名で呼ばれるウォーシャドウが出てくるからだ。ミノタウロスもそうだが、
だから僕は目の前の曲がり角を曲がるまでに来てくれる可能性に、一抹の希望に賭け、身をその先へと投げ出そうとした──その、刹那。
ほんの一瞬。
何かが通り過ぎた、という事しかわからなかったが、すれ違いざまに聞こえた声が小さな声が金色の影は女の人のだと教えてくれた。
「───ん、ちょっと伏せてて」
言われるがままに伏せ、そして彼女の姿を目に焼けつけようと後ろを振り向こうとし、無様に躓いたその先に見たその光景を僕は一生忘れないだろう。
音も無く、牛頭の怪物の胴に線が走る。次に厚い胸部、上腕、大腿部、下肢、肩口、そして首。
連続して振るわれる銀の光と揺れる金糸が幻想的で、僕は女神と見間違うような少女に魅せられた。勿論その容姿にもだが、何よりも僕は風のようなスピードで敵を圧倒する姿に、だ。
「あの……大丈夫、ですか?」
振り返った彼女は僕をその金の瞳で見下ろし、そう言った。
「えぇ、助かりました。ありがとうございます。あなたはアイズ・ヴァレンシュタインさんでしたよね?」
「うん……その、ごめんなさい」
「……もしかして、ミノタウロスがこんな上まで上がってきたのは」
「そう。私たちから逃げた」
「そうなんですか」
「……怪我はない?」
「怪我は一つもないですよ。至って健康体です。まぁ、ずっと走りっぱなしだったので少し疲れましたけど」
「ずっと?」
「はい。5階層に続く階段を降りたら目の前にミノタウロスがいたのでビックリしましたよ」
「え……。それからここまで?」
「ん?はい、そうですけど……。……あの、アイズ・ヴァレンシュタインさん?」
「…………」
返事がない。ただの人形のようだ。
……まぁ、冗談はさて置き。彼女は何か考え込んで此方の声が聞こえていないらしい。そんな彼女のことを僕は此れ幸いと、ジーっと本当に人形のような綺麗な顔を眺めていた。
そうしてわかったことが一つある。彼女は感情があまり表面に出ないタイプなのか、基本的に考えていることがわかりづらい。あと天然。具体的には話の途中で自分の世界に入ってしまうところとか。二つだったな。
このまま立ち去るのも失礼だと思った僕は、腕を組んで考え込む彼女のことを待つことにした。
「……あ」
「どうかしましたか?」
「ベートさん」
ベートさん、というとベート・ローガ──【
「あの、アイズ・ヴァレンシュタインさん?」
「アイズ」
「は、い?」
「アイズって呼んで」
「……はぁ、別にそれはいいんですけど。仲間の方も来るんですよね?」
「うん」
「なら僕はこれで失礼しますね。助けてくれてありがとうございました」
「え……」
彼女の戸惑うような声に足を止めそうになるが、
なんにせよ面と向かって会えば、こんなところまで下級冒険者が来れる理由を探られかねないのだ。そして僕にとってそれは、最も困る事でもある。
ダンジョンに出会いを求めてやってきた僕にとって、彼女とはもっと話したいところではあったのだけど……意識して僕は足を早めようと、した
「その……名前を聞いても、いい?」
のだけど……失念していたことを思い出させられた、と言うべきか。流石に助けられた人に名前を聞かれて答えない程、僕は薄情者ではない。
足を止めて振り返った僕は彼女──【剣姫】に宣誓するように、こう名乗った。
「───ベルベット、ベルベット・クラネル。いずれ貴方を超え、都市最強になる冒険者の名前です」