TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 久しぶりの投稿。
 この女神は原作に名前自体は出てたけど登場していなかったので、オリキャラとして登場させました。
 ヘスティア・ナイフの代わりというわけではないですけど、それに匹敵する代物を作れるヘスティアの知り合いの神だと、この女神しかいないと思うので。


 ──追記──
 文字数調整の為、話の前後を繋ぎました。(2021.02.21)


episode.10:智慧の女神

 北のメインストリートを大きく外れ、入り組んだ路地を進んだ先でひっそりと営まれているという服飾店。

 そこは、……あぁ、確かに。聞いていた通り、『静謐』という言葉が似合う雰囲気を醸し出していて、立地的にも人通りのない此処は隠居生活には最適だろう。

 

───Pallas El.Olive───

 

 オリーブの木とそこに止まる梟を模した看板に刻まれている神聖文字(ヒエログリフ)の意味は──パラスの止まり樹。

 

 

「ここがそうなの?」

「えぇ。渡された地図ではここで指していますし、店の名前と看板はかの女神を象徴するものです。間違いないでしょう」

「オリーブと梟が?」

「そうですよ」

 

 

 僕の言葉に相槌を打ちつつ、手元の地図を横から覗き込むエイナさん。髪が僕の頬を撫でる程に顔が近づいて来るとエルフの種族特性なのか、特有の森のように爽やかで良い匂いがして来る。

 少しして此処までの道順を地図上で辿ったことで彼女自身も納得できたのか、顔をあげたエイナさんは自分達がかなり接近していたことに気付き、申し訳なさそうに後退った。

 

 

「ご、ごめんね。えっと、その、ちょっと近過ぎたかも」

「良いですよ。役得だなぁって、僕は綺麗なエイナさんを見ていたので」

「べ、ベル君?」

「それに、僕はエイナさんのパーソナルスペースに入っても不快にならないことがわかっただけでもよかったですし」

「……ぅう、ベル君が女慣れし過ぎて辛い。…………気づいてくれるのは嬉しいけど

「ふふふ……」

 

 

 最後の小声が届いていないと思っているのだろう。嬉しそうな言葉に反し、「私拗ねてます」と言いたげな態度を取る彼女が普段から見ている大人びた仕事姿とは打って変わって可愛らしく、僕は笑みを零した。

 すると、エイナさんは勢い良く目を逸らした。それはもう、ブンッ、と首を心配するくらいには勢いが良かった。

 

 

「エイナさん……?」

「な、なんでもないのよ?! ただ少し今私見せられない顔してると思うから見逃して」

「……えぇ、わかりました」

 

 

 良く見ると、エイナさんの頬と耳は薄らと赤みを増している。

 そんな彼女を見て、僕はとある言葉を思い出す。

 

 

 ───「男でも可愛らしい顔なのに、女みたいな仕草が合わさって危険な色気を醸し出している」

 

 

 そう言った人達は共通して目を逸らすか、見惚れるかのどちらかだった。

 ただこれは諦めている部分もある。女みたいな仕草というより、女の仕草なのだから。だって女だったんだもの。仕方ないよね。

 

 まぁ、これもあんまり良いことばかりではない。何が良くないかというと、男からも見惚れられるということだ。しかも質の悪いことに、彼らは僕が男だと認識した上で惚れられる。僕には腐の気も、女としても真っ当に男を好きになることは一生ないので、男に惚れられても嬉しいことなんて一つもない。

 

 だから僕は人前に出る時──【歌姫】として歌う時、女装をすることにしたのだ。

 女装でもすれば僕が男だとは絶対に思われないし、女装の姿は別人の女性(“私”)として完結しているので、二つの姿が結びつく可能性は限りなく少ない、という寸法だ。

 さらに、僕は一定の親密さがないと表情の変化が乏しくなるようにしている。正確には「見えるようにしている」が正しいが、認識阻害の一種で、僕の本当の貌は僕が気を許し、僕に気を許している人にしか見れないようになっている。

 そう見えるようにする《歌》──【仮面(ペルソナ)】を歌ったから。

 

 そして、エイナさんには僕の貌が見えている。即ち、エイナさんは僕に気を許してくれているということ。

 それがとても嬉しく、何時に無くだらしない表情を浮かべているだろう貌を、僕は意識して引き締めた。

 

 

「あの、さ。ベル君」

「ん、どうしましたか?」

「今日会う約束をしている女神はどんな神なのかなぁ、って」

 

 

 そう、調子を取り戻したエイナさんが目的の店に視線を飛ばしながら、問うてくる。話題を変える意図もあったのだろう。でもまぁ、これから女神と会うのにだらしないといけないのだし、気持ちを切り替えるのは賛成だ。

 素直に話合わせることにした僕は彼女の視線を辿ると、店は無()なのか明かりがついていなかった。

 

 

「……そう言えば、まだ話していなかったですね」

「うん。教えてくれる?」

「えぇ、いいですよ。これはとある神から聞いた話なのですが……───」

 

 

 ヘスティアとフレイヤ、そして祖父曰く、ここに住む女神(ひと)は彼の大神ゼウスの娘であり、ヘスティアと並ぶ処女神でもあり、大変美しい女神だとか。

 されど、その美しさからは想像できない程に女神は強く、賢く、正義のための戦争を好んでいる女神は知将として城塞と人民を護ったこともある。

 他にはその智慧でゼウスの雷を発明したとか、女神たちの着物を織ったりなど、器用な者を愛するという技術の神としての側面も持っている。

 

 

「───そのような女神ですが、何故オラリオに降りたのに【ファミリア】を作らないか。それは軍神アレスにあるらしいですよ」

「あの、ラキア王国の?」

「はい。神アレスが好む戦争は暴力による血生臭いもので、対して先程も言った通り女神様が好むのは正義のための戦争です。そして主義主張が違えば対立が起こります。それは超越存在(デウスデア)である神も同じで、二人の神は会う度に諍いを起こしていたそうですよ。まぁ、神アレスからの一方的なものだったらしいですけど」

「そうなると、オラリオにいることがバレれば……」

「すぐさまオラリオに仕掛けてくるでしょうね。もともと神アレスにも辟易していたそうで、女神様もそれが予想できたから今ではひっそりと……という感じです。このことを知っているのはヘスティア、大神ゼウス……あとは、フレイヤ様です」

「神ヘスティアは同じ処女神で、大神ゼウスは親だからなんでしょうけど…………どうしてフレイヤ様が?」

「女神達の服を作っていたと言ったでしょう? その話を聞いたフレイヤ様も欲しがったそうです」

 

「(……なんでそんなことまで知ってるんだろう)」

「(なんでそんなことまで知ってるんだろう、って顔してますねわかります)どうしました?」

「……うぅん、気のせいかな。なんでもないよ」

 

 

 不思議そうな表情で見てくる彼女から、目を逸らさずに僕は澄ました声音で問いかけた。若干見逃された感は否めないけど、そこは彼女に感謝しよう。まだフレイヤとの関係を知られるわけにはいかないのだ。

 僕の悪い癖だ。気をつけないと。

 

 そう、己の失言を反省していた時だった。

 

 路地に敷き詰められた石の道から響く四つの音。先導している二つの音はぺたぺたと、今日は張り切っているらしく、聴き慣れた足音は快活だ。

 次いで後から遅れて聞こえてくる二つの音は……小さく、最小限の稼働で最大限の動きを自然にやって見せるその歩き姿を一言で表せば──流麗。そこに立つ女神は、フレイヤとはまた異なる美しさを内包しており、叡智を宿すはずの瞳は魔性の如く。

 

 

「初めまして、ですね。しかし勘違いしないように。クラネル(大神の子)など、私は歓迎しませんよ。私は仕方なく、仕方なくヘスティアの頼みだったから話を聞くことにしたのですからね?」

 

 

 ……微笑を浮かべて言うようなことではないのだけど、いきなりとんでもない爆弾を投下しててきた澄んだ空色の瞳を持つ女神。

 普通、人が隠したがっていることを開口一番で言うだろうか。というか支障をきたすからやめてほしいのだけど……と、そこまで思考を巡らせた辺りで、その考えが間違っていることに僕は気づいた。

 何故、と聞かれれば目が似ていたから。神が人を見極める時の目つきが、祖父に問われる時の目つきにとても似ていたから。

 だから僕は、この女神に試されているのだと気づくことができた。そして言外に、こう伝えてきているのだ。

 

 

 ───私のことを知っているらしいけど、私もあなたのことを知っているのよ?

 

 

 と。

 最初の一言で先手を打つ。それだけでは何でもないように思えるが、内実は大きく異なる。

 詳細を語るとすれば、効率的な場面を見極める戦術眼と、効果的な言葉を選ぶ頭脳、そして実行へ移す行動力が肝心だ。

 

 たった一言、されど一言。

 

 その一言が彼女の在り方そのものを表す神言であると理解した時、僕は背中に冷たい何かが流れる感覚を覚えた。同時に、このようにも思った。

 

 彼女は僕に“何か”を期待しているのかもしれない、と。

 

 それを探るためにも、僕は目の前で悠然と佇む彼女に向かい立つ。けれど、そこから僕は道化のように戯けた態度を取るしかなかった。

 

 

「……これはこれは。女神アテナともあろう方が人の話を盗み聞くなんて、らしくないのでは?」

「わかっていて言ってるのでしょう?戦いは戦場だけじゃないのだし、そも神相手に常識を問うなんて……何様のつもりなのかしら」

「それはクラネルなので、としか」

 

 

 この女神はエイナさんとの話を聞いていたのだろう。そしてエイナさんに話した通り、自分の存在がオラリオ、延いては下界に降りた神々に周知されるのを避けている。

 それをわかっていながら問いかけた僕に、女神は戦いは戦場だけではないと論じてくる。まぁ、確かに神々は曲者ばかりだし、その気持ちはわかるけど……何様なのかと聞かれれば、のらりくらりと僕は意趣返しにクラネル、大神の子だと答えるしかなかった。

 だけど、まだ神意が見えない。

 

「……なるほど、頭はそれなりに回るようね。少なくとも馬鹿ではないし、秘密も守れそう。……いいでしょう。着いてきなさい」

「何をヘスティア様から頼まれたかはまだ聞かされていませんが……今日はお世話になります」

「全く、本当に困るわ。さっき言った通り、今日会うことにしたのはヘスティアに頼まれたからですからね。そこを留意しなさい」

「肝に銘じます」

 

 

 そう言ってドレスの裾を翻しながら店へと歩みを進める彼女の後を、僕は静かに着いていく。

 エイナさんは……うん、ヘスティアに任せよう。今僕が話しかけても逆効果だろうし……───

 

 

「ほら、僕たちも行くよ。アドバイザー君」

……神ヘスティア。なんで私、呼ばれたのですか

 

 

 ───その言葉が、彼女の切実な思いを表していた。

 

 

 

 

 

 

「さて、本題から入りますが……先日、私はヘスティアからあなたが中層でも耐えられる戦闘用の服を作って欲しいと頼まれました」

 

 

 目の前の女神──神名をアテナ。

 祖父(ゼウス)の娘であり、僕からすれば義理の姉とでも言える存在なのだけど……その様子は歓迎とは真逆と言えた。一応はヘスティアの頼みだからと言って店内へ案内されたものの、本当に歓迎しないつもりらしく、僕は兎も角エイナさんにも飲み物の類いは出されないまま全員が席につく。

 その間、僕が話しかけても徹底的に無視していた女神が漸く話し出した言葉がそれだった。

 

 

「えぇっと、それは神アテナがヘスティア様の頼みで僕の戦闘服(バトル・クロス)を……それも中層でも耐え得る代物を作ってくれる、ということですか?」

「そう言いました。中層ではヘルハウンドの炎でやられる冒険者が多い……そうですね、そこのハーフエルフのアドバイザー」

「は、はいっ。ヘルハウンドもそうですが、他にもミノタウロスなどもきょう───」

「そこまでは聞いていません」

「───い、…………」

 

 

 エイナさんは口を神アテナの視線で封殺され、涙目で此方に助けを求めてくる。

 その時此方を見ていた神アテナが不快そうにその美麗の眉を少しだけ歪めるのを、そして同時に懐かしそうな感情をその緩めた眦から見てとり、次いで優しく口元を緩める様子を、僕は見逃さなかった。

 ただその一連の流れを見ていた僕の視線に気づき、キリッと表情を引き締める女神アテナ。冷ややかな視線が、僕を貫いた。

 

 

「……まず言っておくことが幾つかあります、ベルベット・クラネル」

 

 

 さっきの事には触れないのが吉らしく、僕は頷き、視線と体の向きで耳を傾けている事を彼女に示した。それを理解したのか、彼女は言葉を続ける。

 

 

「私は女にだらし無い男は基本的に好きません。嫌っていると言ってもいいです」

「まぁ、それは今の貴女の様子を見てよくわかりますが……、態々面と向かって僕に言う必要はないと思いますが」

「……意味はあります」

「では、それを聞いても?」

 

 

 彼女の様子を逐一伺いながら言葉を選ぶのは少し疲れるけど、それはそれで対神経験となるので良しとしよう。

 そうして女神アテナの様子の言葉を待っていると、今度は今まで口を挟まずに傍観していたヘスティアが口を挟んだ。

 

 

「なぁ、アテナ。少しは素直になったらどうだい?」

「ですが……」

「はぁ……、君の純情っぷりには流石の僕もお手上げだよ。アテナが言わないなら僕から言うけど、……どうする?」

「……、…………はい。そうしてください」

「まぁ、今回は僕が頼み事をする立場だから良いけど、次はないよ?」

 

 

 二人は同じ処女神としても姉妹としても気が合うのか、僕の言葉を慎重に選びながらの会話とは異なり、敢えて言えば自然だった。

 すると、ヘスティアはやれやれ……とでも言いたげな雰囲気で、でも頼られるのが嬉しいのを隠し切れておらず、ツインテールが跳ね回っている。今日はヘスティアの姉アピールが凄い、とだけコメントを残しておく。

 

 

「いいかいベル君。オラリオに降りてくる神々の目的は、手段は様々だが究極的には“娯楽”に行き着く。それは理解しているね?」

「えぇ、まぁ。その最たる例が身近にいましたし、そのことは嫌と言うほど理解していますよ」

「……まぁ、ゼウスのことは置いておいて、だ。それは彼女……アテナも例外ではなく、“娯楽”を求めている。言うなれば暇神だ」

「な……っ!!」

 

 

 その物言いに、女神アテナは絶句して言葉を返せないようだった。

 ……おそらく彼女は内心で『まさかあのグータラ駄女神と呼ばれているヘスティアに、暇神と言われるなんて……っ!!』と、思っているに違いない。

 

 

「それでアテナの場合、戦争はもう懲りたと言っていて、あとはこうやってひっそりと服飾店を営んでいる時点で察していると思うけど、彼女は服を作りたいんだ。それも勇士となり得る者の戦闘服(バトル・クロス)を。ついでに言えば、器用な子供達を募ってファミリアも結成したいらしい」

「まぁ、それは簡単に予想付きますが……そこから僕が嫌いですと言われる筋は通りませんよね?まさか本当に女に無節操だから嫌っている、というわけではありませんよね?」

「……」

「…………」

「………………え、本当ですか?」

 

 

 いくら処女神とは言え、大神である祖父を初めとしたギリシア神話のオリュンポス十二神の一柱であるなら性に寛容だと思っていたのけど……、まさか本当に?ヘスティアでもちょっと揶揄えば狼狽る程度なのに?

 

 

「……はぁ、顔に出ていますよ。ベルベット・クラネル」

「え、あ、……申し訳ございません。ですが、少し信じられません」

「少しどころか全く信じていないという顔をしていますが……まぁ、あの男の下で育ったのであればその反応も仕方がないでしょう」

 

 

 ツンと臍を曲げ、心外だと言いたげな態度を取る女神アテナは一人で勝手に自己完結して納得していた。まぁ彼女が想像している通り、僕が祖父を基準に神々のことを見ているのは否定しないけど。

 するとヘスティアは補足として言葉を続ける。

 

 

「まぁそれはアテナの心情的な要因も少しはあるんだろうけど、問題なのは偏に彼女の聡明さ──智慧にあったのさ」

「あぁ……、成る程。把握しました」

 

 

 今の僕は正に悟りを得た仏のような表情をしているだろう。

 そしてそんな顔を向けられ、当然目の前の女神はいい気分ではない。

 予想通り彼女の首、次いで顔、耳と徐々に赤く染め上がっていき……最終的には一回りして冷静になったのか直ぐに平常な美しい貌へと戻っていく。しかし、それでも唯一、叡智を想わせる目は据わっていた。

 

 

私がおかしいのでしょうか……

「はい?」

「私がおかしいのでしょうか……、と言いました」

「……」

「…………」

 

 

 その悲壮さを想わせる物言いに僕は何も言えず、目を逸らした先にはまた目を逸らしたヘスティアがいた。

 すると女神アテナはポツリポツリと語り始める。

 

 

「だって、おかしいでしょう。幾ら神だからって近親間のアレコレは絵面的にも精神的にもヤバイってわかるのにやめないし。そもそも浮気するなって話ですし、最終的にはしゅ…… 衆道に走る者も出始めるし。

 ギリシャの神々を信仰する子供達も子供達でぶっ飛んでますし……。これは私がおかしいのでしょうか。いえ、おかしくなんかありません。ない、はず。おかしくないですよね?ね?」

「……」

 

 

 目を、逸らすことしか出来なかった。僕は無力だ。

 

 

「……と、いうわけなんだよ。要するに、見てないし見たくない親や子供たちのグログロなアレコレを理解してしまう智慧があるせいで、……まぁ、彼女の純情さは加速してしまったのさ」

「心情的には男女の行為は神聖なものだと理解しているけど、実際に見てきたのは神々のアレコレなわけでこうなった……というわけですか」

「純情さで言えば神界一だしね。神々からは【智慧年増純情処女神(エターナル・ピュア)】って呼ばれてる。ちなみにこの処女神をしょじょと読むのではなく、おとめがみ、と読むのがポイントだ」

「何時になく楽しそうですねヘスティア」

「そりゃあ……可愛いから。拗ねたアテナは」

 

 

 そう言ってヘスティアが目を向けた視線の先には……眦に涙を溜め、白い肌も相まって上気した頬と鼻がピンク色に染まった女神アテナ。拗ねているのか、ヘスティアの方を全く顔を向けない様子だけど、それを無理やりヘスティアが頭を胸元に持っていく。

 そのまま、ぽすん、と母性の塊に包まれた瞬間、彼女の顔はふにゃりと安らぎを体感している子供のようなものへと変わっていった。

 

 まさか自分で拗ねさせた相手を大きなそれで治すとは。しかもあれは自分の武器を理解した上での行動だった。しかも狙っての行動である。あの、ヘスティアが、だ。

 ……うん、まぁ、綺麗系のアテナ様が可愛い系のヘスティア様に甘えるのは先程までのギャップも相まってイイ。

 何が良いかを敢えて言うとすれば、ロリ巨乳のヘスティア……間違えた、ヘスティアのロリ巨乳の谷間にアテナ様が顔を埋めているというところか。アテナ様の胸はヘスティアまでとはいかないまでも、平均よりも小さ───

 

 

「ベルベット・クラネル……?」

「いえ、何も考えていませんよ。アテナ様可愛いなぁなんて考えていませんから」

「……ベル君。それ思いっきり墓穴掘ってるからね?」

「知ってます、わかってて掘ったんです。可愛いと美しいは正義!!だからアテナ様は正義です。わかりましたか?」

「……ベル君。ボクは時々君のことがわからない時がある」

「いや、今のは流石に冗談ですよ?……半分」

 

 

 そんな僕とヘスティアの何時ものやり取りを見てアテナ様は調子を戻したのか、凛とした表情で此方を見据えてきた。

 

 

「…………はぁ」

「え、今の溜息はなんですか」

「いえ、なんでもありません。話を戻しましょう」

「えぇ……凄く気になるのに」

「戻します」

「はい、どうぞ」

 

 

 アテナ様の声は背筋を伸ばされるような……そう、厳しい女教師に姿勢を正しなさいと言われているような気分になる。……女教師って響きがまず良いよね。

 っと、いけない。目が段々と据わってきたので、僕は意識して他所行き用の、貴族然と姿勢を正した。

 

 

「…………ベルベット・クラネル。恩恵の器用値がSに到達したというのは、本当ですか?」

「……それは、ヘスティア様から聞いたのですか?」

「はい。今回貴方と会ったのはヘスティアからの頼み事もそうですが、貴方の事を説明する時に」

「具体的には態々アテナ様の作る服を依頼する理由を説明した時、ですか?」

 

 

 僕がそう言うと彼女は目を見開き、次いで何かを噛みしめるように瞼を閉じた。そして此方をじっくりと祖父そっくりの目で暫く見続けた後、エイナさんに視線を向ける。

 向けられた当人はその視線で姿勢をキリリと正したけど、それを気にした様子もない女神アテナはもう一度、此方を見た。

 その視線に僕は笑みで返す。

 

 問題ない。この場にいるのは事情を知っている人だけだ、と。

 

 

「……えぇ、その通りです。聞くところによると、貴方は何時か精霊へと成るらしいですね。あとはあのフレイヤとお付き合いしているにも関わらず、他の女性とも関わりを持とうとしているとか」

「えぇ、否定はしませんよ。正直に言えば、僕がオラリオに来た究極的な理由はそれですからね。『英雄、色を好む』とも言いますし」

「目指すは英雄ですか?」

「いいえ?」

「…………では、何故?」

「フレイヤ 、ヘスティア、ゼウス、あとはヘファイストス様にミアハ様、タケミカヅチ様、天照様ですか。あぁ、最近ではロキ様もですね」

「……なんのこと?」

「僕と関わった神達の名前であり、同時に僕の在り方を理解し、認めてくれた神達の名前です」

「……」

 

 

 驚いた様子を見せるアテナ様の心情は、おそらく僕の女好きを認めたということではなく、一夫一妻か主流な極東出身の神々が認めていることに対する驚愕だろう。

 だが、それには確りとした理由がある。あるのだけど、簡単には教えてやらない。それがわかった時、初めてこの女神と分かり合えるのだ。他人から教えてもらったのでは意味がないし、彼女も智慧を司る神としてのプライドもあるだろうから。

 

 

「まぁ一先ず僕の事は置いておきませんか?貴女の願いを叶えるとっておきの策を提案したいのです。……おそらく貴女にとっても最良の結果となりますが、聞きますか?」

「奇遇ですね。丁度私も策を思いついたところです」

「……擦り合わせは必要ですか?」

「そうですね。あなたはソーマと面会したと聞いています。その時のことを含めて、私達……特に彼女へ説明してください」

 

 

 そう言ってアテナ様が視線を向けた先にいるのは、今日ここに来て右往左往としていたエイナさんだ。当人が一番わかっていないと思うけど、正直僕も今日彼女が呼ばれた理由はわからなかった。

 しかし、だ。アテナ様と僕の考えが共通しているのであれば、今回の策……延いては今後のオラリオにおいて彼女は重要なファクターとなるだろう。

 何か重大なことを任されることを彼女もギルド職員として感じとったのか、ゴクリと喉を下ろした後、その美麗な顔つきは真剣な仕事用のものへと切り替わった。

 

 

「エイナさん。プレッシャーを掛けるわけではありませんが、心して聞いてください。今回貴女には重要な役割を受け持って欲しい」

「はい、既に決意は固めています。私は君に……ベルベット・クラネルに付いていくと決めました」

……ありがとう

 

 

 そう、小さく感謝の気持ちを溢した僕は彼女から何かを言われる前に説明に移り始めた。

 

 

「さて、これはランクアップした翌日の出来事なのですが……───」

 

 

 

 




  設定を詰めていく上で勝手に私が考えたのですが、『Cranel(クラネル)Cran(氏族)el(最高神)を合わせた造語で、「大神の子」を意味している』ということにしています。
 ちなみに意味がわかるのは、ベルベットの育ての親が大神(ゼウス)であることを知る神だけです。

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