TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 ──追記──
 文字数調整の為、話の前後を繋ぎました。(2021.02.21)




episode.12:星の息吹(Glossy breath)

「ねぇ、ベル。貴方は迷宮都市オラリオを代表するファミリア──即ち、最強はどちらか?そう聞かれれば……、貴方はどちらを選ぶのかしら」

「【フレイヤ・ファミリア】だよ」

 

 

 柔らかい太腿に頭を預けながら、白魚のような細い手で撫でられる。その心地良い感覚に僕はウトウトと目を細めつつ、フレイヤの本を片手に投げられた問いは、半ば無意識から出たものだったのだろうと推察する。もしかしたらライバル同士のせめぎ合いという熱い展開を物語の文字で追いつつ、想像したのかもしれない。【ロキ・ファミリア】VS【フレイヤ・ファミリア】という状況を。

 そして間髪を容れずに答えたからか、僕の言葉は意識外からの返答だったはずだ。彼女の美しい容貌はキョトンと、そして眦はパチクリと。美女はどんな顔でも美しいとは言うけれど、本を退けて僕の顔を覗き見る彼女の表情はやはり美しかった。

 

 

「……ふふ、随分と答えるのが早かったわね」

「当たり前でしょう?」

 

 

 そうしてゆっくりと、言葉の意味を噛み締めるように理解したフレイヤは随分と嬉しそうに微笑んでいた。そんな僕達を見ていたヘスティアはゲンナリとしていた。

 

 

「まったく、僕の事を忘れてるのかい?僕の前で堂々とイチャイチャできる君達の気持ちが知りたいよ。……で、だ。ベルくんはどうしてそう思ったのか、是非とも僕に教えて欲しいんだけど」

「まぁ、要は方向性の違いですよ」

「方向性?」

「えぇ」

 

 

 そう、オラリオの住人達の答えは多種多様となるだろう。

 

 美の主神を絶対的頂点とした、卓越した個の集団という側面が強い【フレイヤ・ファミリア】か。

 はたまたトリックスターと謳われる主神を含めた、頭のキレる眷属たちによって纏めあげられた【ロキ・ファミリア】か。

 

 迷宮都市二大ファミリア、または二強派閥とも呼ばれているが、当然ながら彼ら以外にも負けず劣らないファミリアは確かに存在している。

 例を上げるとすれば【ヘファイストス・ファミリア】や【ディアンケヒト・ファミリア】などがそうだ。

 だけど、大多数の冒険者達はそんな僕の答えに首を傾げるだろう。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】にその二つのファミリアが勝てるかと言われれば、また話が違ってくるからだ。

 

 それでも街の住民に貢献しているという面であれば『癒』の【ディアンケヒト・ファミリア】を始めとした、医療系のファミリアが。

 冒険者達に必須な防具や武器などの装備品を造るのは『創』の【ヘファイストス・ファミリア】を始めとした、創造系のファミリアが。

 魔灯などの都市の設備など様々な資源として使用される魔石を還元しているという面であれば、探索系のファミリアが。その二強に【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が上げられるのは、迷宮都市に所属するファミリアの大多数が探索系のファミリアであるからなのだけど……やはり、その二つのファミリアが上げられるのは探索系の中でも『覇』や『智』という面で一歩も十歩も先を進んでいるからだろう。

 因みに『覇』は【フレイヤ・ファミリア】を指し、【ロキ・ファミリア】が『智』を体現しているファミリアだ。

 

 とまぁ……長々と語ったけど結局は、最初に言った通りに方向性の違いでしかない。

 

 

「……うん?でもそれじゃあ、特別『覇』を重視しているわけでもないベルくんがフレイヤのところを最強って言った理由がわからないじゃないか」

「いえいえ、確かに僕は言いましたよ。【フレイヤ・ファミリア】は美の女神を絶対的頂点とした卓越した個の集団である、と。そしてフレイヤを慕う一人の男である僕も、またその一員でもあるんですよ?僕としてはフレイヤと対等の立場でいたいし、フレイヤは認めてくれていますけど……残念ながら周囲の者達はそれを認めない。単純な戦闘能力でも、社会的にも。だからこそこうやって外でのデートは控えているんです。わかりました?」

「ぬぅっ…………あれ?ねぇ、ベルくん。今君は僕の事を馬鹿にしたよね?よね?最近僕への敬意が足りないんじゃないかな?かな?!」

「煩いわよヘスティア。読書の邪魔よ」

「本もこの場所も僕のモノなのに……!!」

 

 

 横暴だ!!

 そう言って拗ねたヘスティアがみょんみょんと二房の黒髪を跳ねさせ、その後ろ姿に僕とフレイヤで微笑ましい笑みを向けるのが最近の流れである。

 因みにヘスティアは、僕達に遊ばれているのを気づいていない。

 

 して、話はなぜ僕達はこうして読書に勤しんでいるかというと、フレイヤの気分だった。

 ……普段フレイヤは優美に振る舞ってはいるけど、彼女の本質は気紛れで、そして行動的だ。コロコロと、フラフラと、気分のままに赴き振る舞っている。

 眷属達に知らせずお忍びでふらりと拠点(ホーム)を抜け出すし、さっきはヘスティアの手前、二人での外出は控えているとは言ったけどそんなことは関係なしに僕を連れ出したりもする。その時は僕が認識阻害の魔法をかけるためバレはしないけど。

 

 私が美しい、だから私は私の美しさに相応しい態度で在ろう。そんな気分が転じて周囲には優美に見えているだけなのだ。そしてもし自分が美しく在ることよりも優先したい“何か”があれば、彼女は己の美を投げ捨てたとしても“何か”を優先するだろう。

 そんな彼女が自分の素を僕に見せるのはフレイヤがそうしたいと思っている証拠でもあり、それを僕も嬉しく思っているし、今日も二人でゆっくりと過ごしたいと言い出したので、僕から読書でもどうかと提案したのが理由でもあった。

 

 …………フレイヤの事を考えながら今日のこれまでを思い返していたけど、結局は何が言いたいのか。

 

 彼女曰く、予感がする。

 

 フレイヤがそう言うのなら、おそらく今日何かが起こるのかもしれない。別に起こらなくてもそれはそれで、ゆっくりとまったりと時間を過ごすのもまた乙であるので、僕達はこうして読書を──半分以上は膝枕からのローアングルによって見える下からの光景、そう……呼吸と共に揺れるO(以下略──楽しんでいた。

 あとは僕達は抜けた天井から差し込む光の下で肩を寄せ合ったり、昼食を協力して作ったり。若干ヘスティアが除け者になっている感じは否めないけど……兎も角、今日は思い思いの行動を二人で楽しんだ日だった。

 そしてもう夕方となり、日も落ち始めている。廃教会に差し込む光が薄れていく様は幻想的で、見慣れているヘスティアと僕とは違って珍しく感じたのか、そんな時間も楽しんでいたフレイヤにヘスティアが声を掛けた。

 

 

「ねぇフレイヤ。本当に誰か来るのかい?」

「あら……私は予感がすると言っただけで、誰かが来るとは一言も言ってないのだけど」

「茶化さないでくれフレイヤ。君が動く程の予感となれば、ほぼ確実だと言ってもいい。ベルくんも巻き込むということは、その予感はベル君にとって良い事なはずだ。それに……」

「……、それに?」

「…………最近のフレイヤは見ていて楽しいからね。信じているよ、フレイヤ」

「…………えぇ」

 

 

 束の間の静寂が訪れる。

 僕達の身を案じるヘスティアから聖母のような微笑みを向けられた美の女神は気恥ずかしそうな様子だけど……それは『親愛』の裏返しであり、フレイヤはヘスティアから向けられる感情を心地良く思っているのが伝わってくる。

 そんな彼女の微笑みに惚れ直していた──そんな時。

 

 

「───ヘスティア!!ベルベット君はいるか!?」

「戯け、夜分遅くにその様な大声を出すでないわ」

「痛ぃ──ッたい?!」

 

 

 バタン!!と乱暴に隠れ家(ホーム)の扉が開け放ち、大きく声を張って呼び掛けてきたのは一柱の武神。顔面の両端、顳顬の下辺りで特徴的に髪を結んでおり、その頭は後ろから振り下ろされた強烈な一撃によって今、床に沈み……いや、減り込んでいた。

 一撃を繰り出した方へと視線を向ければ、花が咲いたように満面の笑みを浮かべる女神がおり、その在り方は日輪が如く。

 

 名を天照大神とタケミカヅチといい、以前極東で色々とお世話になった方達だった。……知り合いでなければ引いていたと確信を抱きつつ、僕は大体を把握する。

 

 即ち、僕の力が必要になる事件が起きたということを。

 そんな僕を見ていたフレイヤは、終始楽しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 中層へ行った天照様とタケミカヅチ様の眷属達が帰ってこない。

 主神である二人は事実であると受け止め、その上で眷属達を信じたのだという。眷属達との間に感じる繋がりが一人たりとも途絶えていないことも、そのように判断した要因でもあるのだろう。

 しかし、眷属達は一晩明けても帰ってくることはなかった。この時点で眷属達に何らかのトラブルがあって、現在は地上へ帰って来れない状況にある可能性があるということは明白だけど……二人はあと半日だけ待ったらしい。

 

 そして、現在。こうして二人は僕に直接依頼(クエスト)を頼もうと、廃教会を訪ねたという訳だった。

 

 

「まぁ、依頼(クエスト)自体は受けましょう」

「本当か!!……いや、先に言うべきことがあったな。ベルベットくん。本当にありがとう」

「貴方にはとてもお世話になったこともありますし、何より僕の剣の師だ。弟子が師の役に立ちたいと思うのは……おかしいことですか?」

「……そうだな。だが、私が感謝しているということを知って欲しい」

 

 

 言外に『あなたは僕の師なのだから、頭を上げてください』と言ったのだけど、思い出した。この方はとても誠実で、こういうことに関しては一切引いたりしない一面を持っていたことを。

 

 

「まぁ、ベルの実力を知ってる身としては、此奴に任せれば大丈夫じゃろ。……それにしても、相変わらずベルは可愛らしいのぉ」

「天照様も相変わらずのようで」

「なんじゃ、ベル。そなたの容貌で穴が開く程に見詰めても、我が惚れ直すだけじゃぞ?」

「それについては全面的に同意しましょう。だけど、手を出したら転送するから。天界に」

「はいはい、話が進まないので静かに。あとこの方は僕を揶揄おうとしているだけなので拗ねないでくださいねフレイヤ」

「む、心外じゃな。ベルのことを可愛らしいと思っているのは誠じゃぞ?」

「それは知ってますし、今更なことです」

 

 

「……すまないね、タケミカヅチ。君も知っているとは思うけど、ベル君はちょっとズレてるんだ。話が収まるまで少し待っていてくれ」

「…………あぁ」

 

 

 ……背後から呆れるような視線を向けられている。

 ダメだこの流れは。断ち切らないと話が進まない。

 

 

「はい。この話はこれで終わりにして本題に移りますが、お二人からの依頼内容は『第一の優先事項として行方・生存不明者の捜索、及び地上までの同行。捜索対象が危険な状態であれば生存を最優先事項とする』……これで問題ないですか?」 

「あぁ、問題ない。問題ないのだが……、一つだけ依頼を受けてはくれないか」

「……まずは聞きましょう」

「……これは無理だとはわかってはいるが、それを承知で頼みたい。子供達の捜索には俺──」

「ダメです」

「──も連れて行って……欲しいのだが」

 

 

 依頼内容を口頭で確認しつつ、宙で走らせていた右の人差し指を止め、切羽詰まった様子のタケミカヅチ様に向き直っていた。そしてタケミカヅチ様の言わんとすることを察した僕は、言葉を途中で遮るという、およそ神へ取る態度ではあり得ないことを敢えて行ってみせた。

 

 

「……どうしても駄目か」

「えぇ、ダメです。理由はわかりますね?」

「……、…………あぁ。すまない、無理を言って」

「いえ、気持ちはわかるとは言いませんが、依頼達成のために全力を尽くすつもりです。あなたは自分の子供たちを信じて待ち、帰ってきた時は主神として迎えてあげてください」

「あぁ、そうしよう。改めて感謝する」

「…………こういう時、下界に降りてきた神々が【神の力(アルカナム)】を封じた状態になってくれて良かったと沁沁と実感しますね」

 

 

 もし、もしの話だ。【神の力(アルカナム)】を開放した神に対し、言葉の途中に言葉で遮る(神託をぶった斬る)という真似を仕出かせば、人の身は真っ二つに別れることだろう。それは神が不機嫌になるからとか、不敬だからとか、そんな次元の話ではない。ただ人の魂の格──人格が神格よりも小さいから。それだけだけど、人の言葉では神の言葉に敵わないが故に返り討ちに遭ってしまい、言霊を通して魂を傷付け……その傷は身体にまで及ぶ。

 もちろんタケミカヅチ様を含めた僕の知る神々はそこまで狭量ではないけど、その意思が神になくとも……口から出た言葉を後から引っ込める事は出来ないが故に、人は神の威に背く事は出来ない。

 

 

「じゃが、お主なら切り傷程度の軽傷……最悪を想定したとしても四肢の欠損で済むしの。それにやろうと思えば腕や脚くらいは生やせるじゃろう?」

「いや、まぁ……否定はしませんよ。ただ蜥蜴みたいに言わないで欲しいですし、そもそも四肢を失う経験なんてしたくありませんから」

 

 

 それを知っていての行動だとわかっているからこそ、タケミカヅチ様も大人しく非を認めた上で引いてくれたのだった。

 

 

「さて、時間が惜しいので急ぎましょう。まずメンバーについてですが、今回の依頼はスピードが命なので最低でもレベル2の冒険者があと二人欲しいのですが……」

「ヘファイストスの所の子を一時的に借りることができるか聞いてみるかい?」

「いえ、残念ながらそれは出来ないです。先日ロキ様と会った時に遠征で【ヘファイストス・ファミリア】の団員達が同行することを聞いたので、レベル2以上の冒険者は殆どいないでしょう。それに、同行させるなら僕が知っている人の方が望ましい」

 

 

 とは言ったけど、仮にレベル2の冒険者が居たとしても僕はその冒険者を同行させることはないだろう。提案してくれたヘスティアには申し訳ないけど、子と親は別人だ。ヘファイストス様は信頼できるけど、時間が惜しい現状で信頼しきれない人を連れて行くわけにはいかない。

 いかない、のだけど…………困った。

 僕とリリだけでも行けるけど、リリが不測の事態に対応出来なくなる。物資を運んでくれるリリは今回の依頼の重要な役割を果たすことになるから、連れて行かないという選択肢はないのだけど。だからと言ってオッタルさんを連れて行くわけにもいかないし。……困ったな。

 

 そんな風にどうしようかと頭を悩ませていると、見知った気配(神気)をホームの外から感じ取り……そしてダン!!と、勢いよく扉が開け放たれ───

 

 

「───そんなベル君のため、オレも協力しようじゃないか!!」

 

 

 誰も彼も、神が騒がしいのは共通事項だったらしい。

 本日二度目の騒がしい登場の仕方に呆れつつ、隣を素通りして扉の金具が遠心力の勢いで緩んでないかを確認した。

 

 

「……うん、問題なし」

「え、ちょ…………アレぇ?」

「ふふっ」

 

 

 完璧なタイミングで登場してみせたとドヤ顔を浮かべていた当の本人はこれまた完璧にスルーされたために空回りし、視線を右往左往させる。そして丁度対面でその様子を見ていたフレイヤは、小さく嬌笑を零す。そしてまた更にその様子を見てしまったヘルメスは、呆然と固まっていた。

 それはフレイヤの笑顔に見惚れたのか、それとも想定外の神物と予定外に会うことになったからか。

 

 …………いや、違う。その嬌笑は嘲笑に近しい、呆れの裏返しでもあったからだ。そうして道化として振る舞う神が誠に道化となったこの場で、美の女神の言葉は絶対となる。

 だから、動かない。

 

 

「───ベル、さっきの話の続きなのだけど……メンバーの内の一人としてその子を連れて行くのは如何かしら。レベルも申し分ないだろうから、丁度いいと思うわよ」

「えっ」

 

 

 この場にいる全員の視線が、ヘルメスの後ろで控えていた冒険者──アスフィ・アンドロメダに向けられた。ヘルメスはまるで救世主(メシア)を見るかのように……いや、駄々を捏ねる子供のようにしがみついていた。

 彼女自身は全力で拒否したいのか、ヘルメスを全力で振り解こうとしている。

 

 

「もう一人は私の信頼する子の所から借りてくるわ。その子についてはベルも知っている筈だから問題ないでしょう」

「えっ」

「なにか問題でも?」

「いやいやいや!何も言ってないよ貴女の聞き間違えかもしれないそうだよ神フレイヤ。ていうことでアスフィよろしく!!」

「はぁっ!!?この状況でどうしろと!?」

「では僕はこれで失礼するよ。また会おうベル君!」

 

 

 そうしてヘルメスはまた、扉に突っ込む程の勢いでホームから退散していった。

 後にはポツンとたった一人でアウェイに残されたアスフィ。

 

 

「もう改宗しようかなぁ……──」

 

 

 切実な思いを吐露する彼女の背中に、優しく手が添えられ、後ろを振り向けば優しい眼差しを向けるタケミカヅチ。

 そうしてお互いにシンパシーを感じたのか、二人はもうここには居ないヘルメスの悪口などで盛り上がり始めたのだった。

 

 

 

 

「【 夜の帳が下りる時、バベルの影は斜陽に沈む。なれば、月と共に夜空を眺めよう─── 】」

 

 バベルの塔。

 その最上階はフレイヤが所有しており、何度か招待されたことがある。そこから眺めるオラリオの夜景は普通に見ても綺麗だけど、フレイヤと共に見る景色はより一層違って見える。

 その情景を想いながらと詩を唄えば、眼下には星空と見間違う程に綺麗な光景が広がった。

 

 ……比べるのも烏滸がましい。

 

 オッタルさん達だったらそんな風に言うだろうなぁ、と脳裏に思い浮かべた僕は笑みを零す。

 その艶美な表情に待ち人が息を呑む気配を感じ取った、

 

 

─── されど、汝がいっとう美しい……協力者とは、あなたのことでしたか」

「……クラネルさん」

 

 

 声を掛けると、少しの間を開けてから返事が返ってくる。その凛とした声音の主は、腰まで届くフードの付いたケープを着こなす一人のエルフであった。

 フードを深く被り、肉付きの薄い唇を除いて顔は良く見えない。下はショートパンツと腿を半ばまで隠すロングブーツで、折れてしまいそうな脚線美が良く目立つ。

 胸よりも脚派である僕にとっては大変よろしいのだけど、あまりじろじろ見て不快に感じさせても申し訳ないので程々に全体を見る様に意識しつつ、観察を続ける。

 

 武器はケープの裾から見え隠れする一本の長い木刀と二本の小太刀。

 身体付きからして女性で、冒険者の戦闘衣(バトル・クロス)に身を包むその姿は正体を隠そうとしているのは見て取れるのだけど……既に彼女の正体は看破している。というのも、彼女の周りに集まる妖精は個性的で分かりやすいからだ。

 まぁ、こんな方法でわかるのは僕かフレイヤくらいだろうけど、僕たちの様な眼がなくとも彼女の格好は逆に男の目を引きそうだった。

 

 ……それにしても豊饒の女主人の店員たちはシルを除いた全員が実力揃いだとは思っていたけど、こうして対峙してみて改めて思う。

 

 

 ───かなり、強い。

 

 

「えぇ、シルに頼まれたので……親友を頼みます、と」

「……なるほど、親友ですか」

 

 

 そのシルがリューさんに伝えた言葉とその意図を、僕は正確に把握した。

 確かにシルと僕の関係性を言い表すのであれば、友達でもなく、恋仲でもない。一番妥当な言い方をすれば、兄妹だろう。

 義理のという意味でも、同志的な意味でも。

 そんな妹分の考えが僕と同じなのであれば、彼女の意図はこうだ。

 

 曰く──彼女を守りなさい、と。

 

 リューさんが僕を頼んだのではなく、僕がリューさんを頼まれた。そして態々リューさんが勘違いするように、シルは僕のことを親友と言ったのだ。

 ならばここはシルに合わせ、リューさんが僕を頼まれているという体を取った方が吉と判断し、リューさんに頭を下げた。

 

 

「では、今回は宜しくお願いします」

「はい。微力ながら私も協力させていただきます」

「まずは簡単に自己紹介と役割を分担しましょうか。ちなみに詮索と他言は無用でお願いしますね」

「えぇ。了解しました」

「はい」

 

 

 そう、素直に頷くアスフィ。

 ……可哀想に。ヘルメスに振り回された挙句、フレイヤには釘を刺されたに違いない。

 魅了は使ってないみたいけど、美女の笑顔は怖いというのは、女性に向けられた場合も当て嵌まる。もしかしたら女性に向けられる方が凶悪かもしれない。ましてやフレイヤの笑顔だ。破壊力と効果は抜群だろう。

 ここで僕が彼女を労ったりすれば更なる被害が彼女を襲うので、僕は見なかったことにした。それが一番彼女も望んでいる事だろうから。

 

 

「まず僕の戦闘スタイルですが、双剣を使いながらの並行詠唱で魔法を唄う(・・)回避型魔法使い(ノーヒット・ソーサラー)です。それと魔法の詳細は伏せますが、《攻撃》《防御》《回復》《支援》……戦闘であればこの位でしょうけど、思い付くことは大抵出来ます。まぁ、オールレンジの万能タイプなので、どんなパーティでも合わせられますよ」

 

 

 僕がそう言うと案の定、アスフィとリューさんは少し疑う様な視線を向けてきた。

 まぁ、それについては実際に身を以て体感してもらった方が早いだろう。経験済みであるリリは僕の隣でうんうんと、頷きながら二人に理解を示していた。

 だけど、いつまでもそうされてしまうと話が進まない。それを理解してくれているアスフィが先に口を開いてくれた。

 

 

「アスフィ・アンドロメダです。自作の道具(アイテム)を使用して敵を翻弄する戦い方を得意としますが、道具(アイテム)には限りがあります。なので一応剣も使いますが、普段は司令塔の役割(ポジション)を受け持っています」

「……リュー・リオン。見ての通り、木刀と小太刀を使います。魔法は少々」

 

 

 まぁ、アスフィも弱点を克服していない筈がないし、リューさんも全てを明かす訳ないか。それが当たり前なんだろうけど。

 

 

「私はベルさんと専属契約しているサポーターです。スキルの影響で見た目以上に荷物を持てるので、物資は私が持ちます。逆に私がやられたら物資の大部分が無くなるので守ってくださいね」

「なるほど。依頼内容は『行方・生存不明者の捜索、及び地上までの同行』でしたね。捜索対象の生存を第一とするとも聞いているので、今回のキーパーソンはあなたと言う訳ですか。宜しくお願いします」

「は、はいっ!!」

 

 

 アスフィがリリの役割を理解した上で、礼儀正しく接したからだろう。リューさんも言葉として出さないまでも、態度でわかる。

 それをリリも感じ取ったのだろう。やる気を漲らせ、嬉しそうな表情をしていた。

 

 

「よし。ではフォーメーションは等間隔に三角形を作り、その中心にリリを据え置く形にしましょう。そして今回は捜索依頼なので、前衛は足取りを追うことができる僕が。後衛はアスフィとリューさんのお二人です。そしてぶっつけ本番になってしまいますが、合わせるのは今回が初めてなので戦闘ではお互いの距離を測りつつ、無理にフォローし合うよりも危機回避に徹してください。それが結果的に全体の生存率の上昇に繋がるでしょうから」

「それが最善ですね。力量を完全に把握したわけではありませんし、あなたが自ら進んで前衛をやってくれるのであれば私に異存はありません。リオンはどうですか?」

「はい。私にも異存はありません。強いて言うのなら、……クラネルさん」

「はい?」

「“なんでもできる”からと言って“なんでもやろう”とはしないで欲しい。人の手には、限りがあります」

「えぇ、わかっていますよ。経験済みですから」

「……必要のない忠告でしたか」

「いいえ?ただ……」

「ただ?」

「……あなたも僕を心配してくれるのですね」

 

 

 真っ直ぐ射抜いてくる彼女の瞳は後悔と自虐の念を宿らせていたけど。そう僕が言えばキョトンと、何を言われているのかを自覚した彼女は気恥ずかしそうに顔を背ける。

 

 

「は、早く行きましょう。ここでやるべきことは終わった筈です」

「「「はい」」」

 

 

 日が落ち、魔石灯を除く光がない場所であるため顔が見えないのだけど。

 誰が見ても彼女が照れているのは明らかだった。

 

 

 

 

 

 そして場所は変わって、中層──その入り口。

 ここまでの道程は、順調の一言に尽きた。むしろ順調過ぎたと言ってもいい。

 そのおかげで道中はアスフィとリューさんからの『どうやっているんですか?』という視線を穴が開くかと思う程、ひしひしと感じていた。

 まぁ、やっていた事と言えば魔除けの鼻唄を奏でていたくらいだ。

 神秘と魔法を扱う者として効果は二人も理解しているようで、だからこその知識欲なんだろうけど。魔力を魔力として直接操り、扱える人なんて僕以外で見たことないし。

 

 原理としては、良質且つ強大な僕の魔力は美の女神に似て非なる『魅了』の効果を持っており、早い話がモンスターほいほいなので、『魔力は質と大きさが凶悪で強大である程、無自覚に他者を威圧する』の真逆を───つまりは、魔力を音に乗せることで全く見当違いな方向へとモンスターを誘導している訳だ。

 モンスターを多く狩り、経験値を稼ぎたい時はまた真逆のことを行っている。

 

 しかし僕の魔力の『魅了』には、人にも効果が及んでしまう、という欠点がある。

 まぁ、フレイヤの『魅了』のように重度の陶酔状態になったり、当人の感情や言動に作用することはないけど、理性ではない無意識な部分を……言わば本能的な部分を惹き寄せてしまうだけだ。

 だけだとは言え、普段の日常生活や迷宮探索に支障が出ることには違いないので、僕は体内から漏れ出ないように魔力を完全に制御下に置くことで、僕の魔力を他人に感知されないようにした。

 そのおかげで基礎アビリティの《器用》と《魔力》は軒並み上がっているけど。

 

 

「それで、どのような方法で行方不明者の足取りを追うのでしょうか」

「確かに気になりますが……私達が知っても大丈夫ですよね?」

「えぇ、大丈夫ですよ。知っても誰も真似できないので」

 

 

 そのように話を切り出したリューさんとアスフィは僕の言葉を聞くと、ステイタスに関わる事だと理解したのだろう。揃って納得したように口を閉ざしたので、続けて彼女達の疑問に答える。

 

 

「では、ここからは足取りを追う為に陣形を崩します。お二人はリリの護衛をお願いしますね」

「わかりました。完全に理解した訳ではありませんが、貴方にも考えがあるのでしょう。アーデさんのことはお任せください」

「私も、任されましょう。ついでに貴方の実力を見させていただきます」

「それが本命ですよね?……まぁどうせヘルメスの指示でしょうし、今回は良しとします」

 

 

 僕の許しを得たことで明らかな安堵の表情を見せるアスフィは、幾つもの無茶振りをヘルメスから受けているのだろう。その様子に流石の僕も同情の念を禁じ得ないけど、だからと言って何かしてあげることは、一切ない。

 そんな偽善的で、ある意味では非情とも取れる己の言動に、奇妙な可笑しさを覚えた。

 

 

「ふふふ、興が乗った……」

 

 

 そうして、ふと思い付く。

 どうせ魅せるなら、限りなく強烈に。

 他の誰かに伝わるのなら、極めて鮮やかに。

 その光景を誰もが想い浮かべられる、魂が震えるような……───そんな、英雄讃歌を、歌いたい。

 

 その情動を、魔力と声音に織り交ぜ───

 

 

 

 

 

 

 全身に剣を突き立てられている。

 そのように錯覚する程の気迫と魔力の余波を全身に受けた彼女達は、その発生源であるベルベットに意識を向けた途端───景色が変わった。

 

 湿った空気と岩盤で形成された領域──第十三階層に足を踏み入れていた彼女達の眼前に広がるのは、夥しいモンスターの大群。

 そこで初めて、先程迄の自分達の状態がどういったものだったかを自覚する。

 即ち、今も尚、増え続けながらジリジリと距離を詰めようとしているモンスター達のように、ベルベットに惹き寄せられていたのだと。

 

 その事実に思う所はあるものの、気持ちを切り替えたアスフィとリューの二人は予定通りに護衛の為にリリの両隣に陣取りつつ、いつでも戦闘へと移れるように気を引き締める。

 

 しかし、その心構えが不要なものであったと理解するのは、次の瞬間だった。

 

 

「【 『夢』──『其れ』は希望であり、理想であり、願望である 】」

 

 

 ベルベットのその第一声は、意識無きモノ……つまりは大気、熱、そして音などといった自然を支配下に置くことを目的としたものだった。

 ただし支配下に置くとは言えど、その尽くを操ろうとすれば刹那の時を掛けることもなく、確実に精神力と魔力を枯渇させてしまうだろう。

 故に、必要な情報を取得していき、不要なものは削ぎ落としていく。

 

 

「【 そして汝は己の限界を、矮小さを、真実を識った時、『絶望』に身を窶すのだろう 】」

 

 

 そうして残ったモノは、領域内に存在する敵の姿形を知る為の、調べだった。

 

 そして──斬り、逸らし、捻じ、払い、曲げ、唄い、舞う。

 一対の剣を駆使し、縦横無尽に駆け回るベルベットの武は完成されており、その根幹に在る理念は“神楽”と“輪舞”である。

 

 では、その舞は誰に向けたモノか?

 

 呼びかけるは、日輪と雷鳴。

 常に円環の流れを意識しながら、舞い唄い続け……───

 

 

「【 されど、案ずるな。人は希望を抱き続ける限り、可能性に生きることができるのだから 】」

 

 

 ───そして、終幕。

 

 凡そ百体以上のモンスター。

 大小軽重に違いはあれど、その尽くの命を魔石ごと砕き散らし、後に残ったのは灰と砕けた魔石。

 それに向けて、艶やかに吐息を吹きかければ。

 

 

「【 Glossy breath(親なる絆を辿る・十節の章──星の息吹) 】」

 

 

 煌めく紫紺の欠片が、宙を踊った。

 

 




───Glossy breath───(親なる絆を辿る・十節の章──星の息吹)

『夢』──『其れ』は希望であり、理想であり、願望である

そして汝は己の限界を、矮小さを、真実を識った時、『絶望』に身を窶すのだろう

されど、案ずるな。人は希望を抱き続ける限り、可能性に生きることができるのだから


 砕け散って宙を舞う魔石へ、唄を吹きかける時の仕草──艶やかな吐息を『光沢のある息』と表現して、そこから【Glossy breath(星の息吹)】と銘を綴った、十節の章からなる詠歌。





夜の帳が下りる時、バベルの影は斜陽に沈む。なれば、月と共に夜空を眺めよう

されど、汝がいっとう美しい


 フレイヤがバベル最上階にいる時に歌った。
 効果は視覚共有で、『綺麗な景色を一緒に見たいけど、やっぱりフレイヤの方が美しいよね』という意味。
 所謂、口説き文句の唄。
 
 
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